第六話ー②

「あ~っ! エリナさんまだ残ってるよ、ほらほら!」


「本当だっ。行ってみよっか」


 モヤモヤが頭の中をぐるぐるって渦巻うずまいているとき。わたしを現実に引き戻してきたのは、甲高かんだかい声だった。

 顔を上げると、3人のクラスメイトに周りを取り囲まれている。


(あれ……? これもデジャヴを感じるんですけど……!?)


 わたしは自然と苦笑していた。夏休み直前、彼女たちに圧迫面接のような質問をされたのだった、と思い出したのだ。

 しかし、その時とは違って、彼女たちから嫌な予感はしない。

 そもそも、2ヶ月ぶりほどなので、懐かしさもいっぱいだし。彼女たちも、ただお話にきただけなのかも。


「久しぶりだね、どうかしたの?」


「どうもこうも! エリナさんに聞きたいこと、色々あるのよ~!」


「ね~?」


 彼女たちの受け答えも、なんだか過去と一致している気がするんですけど?

 だけど、悪寒おかんは全く訪れてこない。今のわたしには、後ろめたい気持ちがないからなのかもしれない。

 しかしながら、どーにもこーにも、わたしの頭にはクレアがちらちらと顔を覗かせており、どこか上の空。だって、脳内のクレアにお茶を誘われたら、ふらふら、っとついていってしまうのが自然の摂理せつり。そんな妄想にばかりふけってしまうのは、恋愛の経験を積んだことによってイメージがしやすくなったため、脳みそがふわふわとしたお花畑状態になりやすいのかも。


「聞きたいこと、って何かあったの?」


「エリナさん、クレアさまと同室になったのでしょう?」


「うん、そうだよ」


 ぼんやりと答えると、彼女たちは黄色い歓声をあげ、手を取り合ってはしゃいでいる。

 わたしが泰然たいぜんとした態度だった、っていうのもあるかもだけど。だって、今更クレアとの仲をつつかれたって、何とも思わないもん。どんな質問をされたって平気だった。


「それでそれでっ! 2人で夏休みは何していたの!?」


「んーっと……。一緒にわたしの実家に帰ったり、冒険に出たり。後はお買い物行ってー、遊んでー、って感じかな?」


「遊び……もしかして、イケナイ遊びですのっ!?」


「あはは、なにそれ」


 盛り上がるクラスメイトと比べてしまうと、わたしはどこか冷めた風に映るのかな。

 彼女たちはわたしに気を利かせたのか、興奮を抑えてくれて、やや真面目な顔つきをしていた。


「どうしても聞きたいこと、1つだけいいかな?」


「へ? そんな前置きされると、怖いんだけど……」


「ふふふ、わたくしたち、ずっとこれが気になっていましたのよ」


 彼女たちは神妙しんみょうな面持ちなので、わたしはおどされているような気にさせられた。ごくり、と生唾を飲み込む。


「あなたたちって……」


 その先を言うには力が必要なのか、そこで一旦いったん区切られる。嫌な間の開け方に、緊張は高まる。


「どちらが先に、告白をしたんですの?」


「……えっ」


 わたしが間の抜けた声をあげてしまったのは、その質問に呆れたからではなかった。答えを返すのが嫌、ってわけでもない。


 道が開けた気がしたのだ。

 今までモヤモヤっとしていたものが晴れ渡ったような、身体に電流が流れたかのような閃き。


 わたしはうつむいて黙ったまま。

 クラスメイトたちは、そんなわたしの反応に、聞いてはいけないことだったのかな、と顔を見合わせているようだった。

 わたしはいても立ってもいられなくなり、ガタッと勢いをつけて立ち上がる。


「ご、ごめんっ! ちょっと、どうしてもしなくちゃいけないこと……思い出したからっ」


 口早に告げて、わたしはぞんざいな手つきで、教材をかばんの中にしまい込む。そしてそれを引っ掴んで、目を丸くしているクラスメイトを後目しりめに、教室の扉へ駆け出した。


 迷いなんて、もうない。

 真っ直ぐクレアのもとに。

 確かな心をたずさえて、わたしは走った。





 人気ひとけのない裏道を、わたしとクレアは歩いていた。

 わたしたちの"いつも"、でおなじみ、学園の裏側から遠回りして寮へと帰る道だ。

 ここを通るのも夏休みぶり。

 だけど、今のわたしはその道に感慨深くしている場合じゃなかった。半日ぶりにクレアと対面しただけで、緊張が倍加されちゃって、うまく喋ることができなかった。

 迷いはないけれど、それとこれとは別だよ。

 

「久しぶりの授業はどうだった?」


「えっ、えと……だ、大丈夫だった、よ」


「授業が楽しみだったのでしょう? 1日楽しめたかしら?」


「う、うん、そうだね……」


 何を聞かれて、何て答えているのか。沸騰ふっとうしていそうなほどの脳みそでは、わかるわけもない。


 クレアはわたしの態度に眉をひそめた。

 何日も一緒に過ごしてきたクレアには、わたしの内面なんて全部お見通し。

 今のわたしを見れば、どんなに鈍感な人間でも、おかしいな、って気づくだろうけれど。

 クレアはわたしを指摘するべきか否か、懊悩おうのうしているようだった。

 

 わたしは、ゆったりとした歩みを、ぴたりと止める。

 それに釣られて振り向いてきたクレアの顔をじっと見つめた。


 サラサラっとしたストレートの銀髪。新雪しんせつのような白い肌。長い睫毛に、翡翠ひすい色の瞳。高い鼻と、薄桃色うすももいろの唇。スラッとした細身の身体。

 全てが愛おしいよ。

 わたしの鼓動こどうが早まる。暴れる心臓に体が引っ張られてしまうのかと思うくらいだった。


(クレアが告白してくれたあの時……。クレアも、これくらい緊張していたのかな。……ううん、きっと比べ物にならなかったよね。だって、初めて会ったその日で、しかも女の子同士で……。それでも、クレアは……)


 わたしの雰囲気から、クレアも何かただならぬことを感じ取ったのか、はらはらとした面持ちをしていた。


(わたしだけ勇気を出さないで逃げるなんて、ダメだよね。だって、クレアが勇気を振り絞って告白してきてくれたから、わたしたちは今、こうして一緒にいることができているんだもの)


「……エリナ、何か、悩みでもあるの?」


「ううん。あのね、クレアに聞いてもらいたいことがあるの」


「……何かしら?」


 緊張が伝染してしまったのか、クレアも声を震わせていた。

 わたしは、ふーっ、って大きく深呼吸する。

 何もかもを伝えるために、空気だけじゃなくって、想い全部をお腹の中に溜め込むようにして。


「あのね、クレア。言うの遅くなっちゃったけど……」


 わたしの瞳にはクレアしか映らない。

 緊張で胸がけてしまいそうだった。

 口がうまく動いて欲しい。一瞬の躊躇ためらいのせいで、言葉が消えてなくならないように。わたしはそっと開口する。


「わたし、クレアのことが……とっても好き……です」


 絞り出すようにして言った。

 自分なりに最大出力で想いを伝えたつもりだったのに。

 声量は、ちょっとした風にすらかき消されちゃうかもしれないものだった。

 ……でも。自分の全てを込めたつもりだった。


 ぎゅって目を瞑ってしまう。愛しのクレアがまぶたのせいで見えなくなってしまったけれど。今、彼女を凝視するなんて、鋼の心臓でも持っていないと無理な要求だ。


「そ、それは嬉しいけれど……。突然、どうしたの?」


 クレアの声だけで、戸惑いが感じ取れた。咳払せきばらいまでしちゃって、それがちょっとだけおかしいと思った。

 今は可愛いモードを発動させているのかな、クレア。

 そんなことを考えたお陰で、多少、心にゆとりが生まれてくる。


「えっとね……クレアの告白の返事、ちゃんとしてない、って思い出して。今なら……自信を持って言える、って思ったから。クレアのこと、好きだ、って」


 きっかけは、クラスメイトの問いだった。

 どちらから好きって伝えたのか、って聞かれて……。返事をしていない、って思い出したのだ。間抜けすぎないかな、わたしって……。

 でもね、想いをしっかりと届けないといけないんだ、って覚悟を決めることができた。


「エリナ……」


 クレアはもしかしたら、これまで見えない壁みたいなものが存在していたのかもしれない。けれど今は、彼女をはばむものが何もなくなったかの如く、おもむろに、飛びつくようにしてわたしを抱いてきた。

 わたしもそれに逆らわず、むしろがっちりと、クレアを受け止める。

 夕暮れの田舎道。わたしたちは熱い抱擁を交わした。


「あのね。クレアのことがすごく好きになっちゃってたんだ、って気づいて……。少しでも離れているのが寂しかった。ごめんね、こんなに好きになっちゃって……」


 一度想いをぶちまけたからだろうか。わたしはき止められていたものが流れ出るように、饒舌じょうぜつになっていた。言葉だけで気持ちを表現できるかも怪しいけど。それでも、わたしの想いを聞いてもらいたかった。


「何を謝ることがあるのかしら……。だって。私だって、同じ気持ちよ、エリナ」


 互いの身体を抱きしめあったまま、ひたいがくっつく距離にいるクレアを見つめる。

 わたしの見たことのないクレアが、そこにはいた。

 幸せの絶頂にでもいるかのような、鼻の先まで真っ赤にしちゃって、でも嬉しそうに微笑んでいる。


「私もね、今朝、不安だったの。学校が始まったら、エリナと会えない時間が増えるなって思っていて。でも……たくさん愛されてるってわかった今……そんなこと、些細ささいな問題になりそうよ」


「ほんとに……? よかったぁ」


 わたしは使命をまっとうしたような気になって、脱力する。

 もちろんね、クレアの熱い思いは熟知しているつもりだった。わたしのこと、愛してくれているんだ、って。告白されたあの日から、知っているつもりだった。

 それなのに、わたしってば。クレアに拒絶されるわけもないのに。こんなにも勇気が必要だったんだから。でも、やっと肩の荷が下りたよ。


「ふふ、私たちの好き、って気持ちの強さ、同じになったみたいで嬉しい」


「うん、わたしも嬉しいよ。とっても……嬉しい」


 わたしの心音はいまだおとろえないのか、バクバクとしっぱなし。

 だけどね。さっきとはまるっきり別物。

 だって緊張によるドキドキではなくって、大好きな人と一緒にいられる、幸せで嬉しいドキドキなのだから。


 わたしたちは、そっとかさなった。

 秋を予感させる風が吹く、学校の帰り道。

 わたしたちの"いつも"、のその道で。

 自然と、導かれるようにして、どちらからでもなく。

 キスをした。

 初めてのそれは、とってもとっても甘く感じるのだった。

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