第四話ー②
わたしが目覚めた時には、すでに日差しが舞い込んできていた。どうやら、朝まで眠っちゃったみたい。
わたしは上体を起こして、思いっきり伸びをした。
「おはよう。ぐっすり眠っていたわね」
「わっ」
急に声がかけられたものだから、わたしはびっくりして、その
だって、クレアが起きているだなんて思ってなかったんだもん。
彼女より早く寝て、遅く起きるなんて……情けないにもほどがあるよ。じっくり寝顔を見られていたのかな、って思ったら顔が熱くなる。
わたしはそこではっとする。よだれとか、垂れていなかったな……。もしかして、危険な状態を
すると、クレアはくすくすっと笑っていた。
「気持ちよさそうな寝顔、可愛かったわ」
「うぅ、恥ずかしいよ……。クレアはちゃんと眠れたの?」
わたしは、頬をほんのりと上気させたまま、クレアへと向き直る。
彼女の髪や服装に乱れはなくって、雰囲気も落ち着いているので、とても寝起きのようには見えない。かといって目元に
「快眠……は言い過ぎかしらね。でも、充分眠れたから、大丈夫よ」
クレアは
馬車は静かに揺れながら、ゆっくりと移動している。
クレアは振動をものともせず、しっかりとした足取りで壁にまで移動する。そこは小さな四角の窓から外が
「エリナは、ここがどの辺りかわかるかしら? ずいぶんと自然の多い場所みたいだけれど」
クレアに目で誘導されたので、わたしも立ち上がって彼女の
そこから一望できる景色は彼女の台詞通り、建造物など全く存在しない、見渡す限りの平原だった。入り込んでくる空気も
「もうこんなところまで来てたんだ。わたしの実家も、こんな感じだよ。すごい田舎でしょ?」
「いいえ、素敵なところね」
「あはは、何もすることないからね、すぐ飽きちゃうよ。もうちょっとしたら、到着かも」
この周辺は、どこもかしこも似たような風景なので、わたしの故郷からどれだけ離れているのかは把握できないけど。感覚から、間もなくなんだろうな、って答えを導き出す。
わたしたちは到着までの間、肩を寄せ合ってゆっくりと過ごすのだった。
それからほどなくして、目的の地へたどり着いた。予定していた時間よりもやや遅れて、時刻は昼前といったところ。
運転手さんも長時間の移動に、くたくたの様子だった。しばらくこの村で休憩をとった後に帰るらしい。
馬車業も大変そうだね。
わたしが運転手さんに料金を支払おうとして財布を探っていると、クレアが横手から
「これでお願いします」
クレアが差し出したのは、札束数枚だった。それが何事でもないかのように、彼女はさっさと支払いを済ませてしまう。規定料金よりも多めに見えたのは、クレアなりの心遣いだったのかな。
「ご、ごめんね、もたもたしちゃって。いくらだった?」
「エリナは気にしないでいいわ。これから、あなたの家にお世話になるのだから」
「そ、そうはいっても、お金はさすがに……」
クレアにとって、たいそれたことじゃないのかもだけど、一般家庭のわたしにしてみれば、あれは大金の部類。この行程を1人の
しかしながら、そんな料金をさらっと出しておいて、何か? みたいな態度なのだから、クレアってやっぱりお金持ちなんだなあ。
だけどね。そうだからといって、わたしが支払わない理由にはならないよ。
「私がエリナにできるお礼って、これくらいしかないから。エリナの家族にもお世話になるのだから、馬車台くらいは払わせて、お願い」
「うーん……そこまでいうなら、だけど……。でもね、わたしの家族、ほんっとーに何にも気を遣わないで平気だよ? 気負わないで、クレア」
「実はね、けっこう緊張しているのよ。エリナの家族に、みっともないところは見せられないから」
何を言っているんでしょうね、このお嬢さんは。
彼女の
どこをどうとっても、みっともない、なんて単語とは
だから、彼女の気持ちを
以上のやり取りを済ませると、ようやく故郷に戻ってきたんだなー、って実感が増してくる。
「たったの数ヶ月ぶりなのに、懐かしい感じがするね~」
村の入口から眺められるのは、ぽつぽつと点在する木で出来た家屋や風車小屋、そして馬や牛などの動物がのんびりと寝そべっている風景だ。
雲の流れさえもゆっくりかのような、のどかな景色こそがわたしの生まれ育った地だよ。
「ここが、エリナの故郷なのね」
「あはは、本当になんにもないでしょ」
「ふふ、ゆっくり過ごせそうね。とっても良い夏休みになりそうよ」
「そう言ってくれると、助かるよ」
クレアが物珍しそうに近辺に目を
すると、わいわいとした騒ぎ声が近づいてくる。
現れたのは、数人の女の子だった。
「あっエリナだー。帰ってきたんだ!」
「わー、久しぶり~」
わたしと同年代の女の子たちが駆け寄ってくる。
彼女たちはこっちのお友達。どの娘も、何にもない
「みんな、久しぶりだね~」
わたしも彼女たちとの再会に、嬉しくなって挨拶をする。
だけど、友達たちは
なんて横暴な態度なのか。
クレアは綺麗だからさ、わかるけどね。でもね、あんまりだよ。
「ねぇねぇ、エリナ。こちらの方は?」
「すっごい綺麗な人ね!」
やっぱり、田舎の女の子たちから見ても、クレアは美人なんだよね。
だけど、学園と似たような状況に陥って、わたしは溜息をつきたい気分だった。
まさか同じ問題が故郷でも起きるなんて……想定外である。
「学校で仲良くなったんだよ。しばらくわたしの家にいるから、よろしくね」
「クレアといいます、よろしくお願いします」
わたしは苦笑しながらも紹介した。クレアは普段あんまり見せないようなほど、かしこまっている。
なんだかそんな彼女が珍しくって、やっぱり緊張しているのかな、って少し不安になっちゃう。
「良かったら、時間がある時にでも色々聞かせてね。クレアさんも混ぜて、遊び行ったりしよー」
「エリナたち、長旅で疲れてるでしょ? 早くお家に戻りなよ。リリナちゃんも心配してたぞっ」
彼女たちは、わたしが
わたしは口をぽかーん、と開けたまま
「あの子たちが、こっちのお友達なのね。みんなあけすけな感じで……面白そうな子たちね」
彼女たちを見送っていたクレアが、ぽつんと呟く。
わたしはその言葉で気づいた。
みんな裏表がないから、何にも心配することはなかったんだ、って。
空と同じように、心までも晴れ渡ったわたしは、満足げに頷いてから、自宅へ向かうことに決めた。
「さっ、いこっか」
「あ、待って。さっきあの子が言っていた、リリナ……さん、っていうのは、どなたかしら?」
「あ、そっか、言ってなかったっけ。妹だよ。ちょっとうるさいかもだけど……気にしないでいいからね。むしろ
わたしは冗談めかしてクレアに伝える。
にしても、リリナかー。元気かな。ううん、健康の心配とは
ふふ、懐かしいな。
「妹さんがいるのね……。やっぱり、緊張するわ……」
「もー、大丈夫だってば。ほらほら、いこっ」
お腹でも痛くしていそうなクレアを引っ張って、わたしは村を進んでいくのだった。
数分ほど歩くと、すぐにわたしの実家が顔を覗かせる。
いざ、自宅の前に到着すると、
築何年かわからないような、古びた木造の住宅。横に広い、1階建ての家屋だ。これがわたしの村のスタンダートでもある。
「ただいま~」
最近はただいま、なんて使ったことなかったな。って思い
わたしを迎えてくれたのは、家内の
彼女はわたしを待ち構えていた、っていうよりも、ただ単に通りかかっただけ、らしい。移動中のポーズをしている子は、わたしにそっくり。
「あっ、お姉ちゃんだ!」
言いながら、わたしへと抱きついてくる。
わたしの妹、リリナだ。リリナはわたしよりも1つ年下。自分と比べると、少しだけ背が低くって、幼い顔を残している。
……っていっても、わたしだって童顔なのよね。そんなところまで
リリナとわたしの違いといえば、妹のほうが髪が少し長いところだとか……言いたくないけど、胸は大きかったりするところかな。
「帰ってきてたんだね。久しぶりだね~」
「あはは、ただいま」
わたしもくすぐったくなって、笑いかけながらリリナの頭を撫でてあげる。
しばらくじゃれあっていたんだけど、リリナはようやく、わたし以外の気配に気づいたようだ。わたしの胸から顔をあげて、後ろを覗き込む。
「あれ、お姉ちゃん。こちらの人は?」
「わたしのパートナーになってくれた人だよ。強くて、お金持ちで、すごいんだからね」
「はじめまして、クレアです。今日から、こちらにお世話に……」
「もう、クレアってば。
お
「あのお姉ちゃんが……こんな美人で、しかも強い人とパートナーに!? 色々とありえない。さすが都会……といったところ?」
リリナはおそるおそる、それでいて
「学校のほうはあんまり都会じゃないよ。あ、お母さんにも挨拶しないと」
「お母さんは台所のほうにいるよ」
「わかったー。今日からクレアも一緒だから、ちゃんと仲良くするのよ」
「よろしくね、リリナちゃん」
クレアはわたしの言いつけ通り、堅苦しい挨拶はやめて、
その気持ちはわからないでもないよね。わたしだって、クレアと初めて出会った時は、同じような反応しかできなかったし……。
「こんな美人さんと、一緒にいられるのね!」
リリナの目はきらきらと輝いているように見えた。
わたしと同じで、単純な子なんだから。
わたしたちは彼女を背に、家の中へあがって、台所を目指した。クレアはその間、きょろきょろと周囲に気を配っており、なかなか落ち着きがない。
いっつも凛としてて、冷静で、クールビューティーなクレアにしては、そわそわってしているね。今はどちらかといえば、可愛い感じのクレアモードだ。
「おかーさん、ただいま」
「あらエリナ。帰ってたのかい」
台所で何か作業をしていたわたしの母は、あまり驚いた様子もない素振りだった。わたしも再会の喜びより、いつもの光景に
「そちらの綺麗なお嬢さんは、エリナの友達?」
「うん。パートナーになってくれた人だよ!」
わたしはリリナに紹介したときのように、鼻を高くしてクレアを全面に出した。
容姿はわたしとリリナに似ていないお母さん。だけど、クレアを眺める様はリリナにそっくりで、血の繋がりを示すには充分すぎるものだ。
クレアも母親が相手となると、気恥ずかしいらしい。やっぱり、どこかあたふたとしている。
「は、はじめまして。エリナさんには、いつもお世話になっております……」
ぎくしゃくと
「綺麗で礼儀の正しい、良いお嬢さんだね。エリナのパートナーには、もったいないんじゃないのかい?」
「そんなこと言わないでよ、お母さん。……わたしだって、そう思う時があるんだから」
と言って、親子2人して声をあげて笑う。
その雰囲気に和んでくれたのか、クレアも気が抜けているみたい。
お母さんは一転して、和やかな空気を断ち切るようにして、かしこまってクレアに向き直る。そして、深々と頭を下げた。
「エリナが学校ではお世話になっているみたいで、ありがとうね。わざわざこんな田舎にまで来てくれて、仲良くしてくれているみたいで、母親のあたしも安心できるよ。自分の家だと思って、ゆっくりしてくといいよ」
「クレアはお金持ちだから、ここが自分の家とは思えないかもね」
「余計なことは言わないでいいんだよ」
お母さんに
「じゃ、とりあえずわたしの部屋に行って、荷物置いてこよっか。うちってば狭いから、わたしと同じ部屋で我慢してね、クレア」
「え、ええ。それでは、しばらくお世話になります」
わたしは
クレアはお母さんとの別れ際、もう1回お辞儀をしていた。
「良い家族ね」
「クレアがそう思ってくれるなら、良かったよ」
お母さんを後にすると、クレアは緊張も
そうやってたどり着いた部屋は、わたしが引っ越した時の名残もあって、質素なものだった。
大して広くない部屋……学生寮よりは、ちょっとばかりマシだけどね。クレアと2人で過ごすには、問題ないかな。
数少ない調度品は、机にタンス、そして本棚。本棚にはぎっしりと本が詰まったままで、わたしの読書好きをアピールするには不足がなかった。
クレアはそれに関心があるのか、一通り部屋を眺め回した後に、本棚をじっと凝視していた。どんな本を読んでいたのか、気になっているみたい。
残念ながら、女の子が読むようなものは、全くといっていいほど置いてないけどね。
「狭い部屋で、ごめんね」
「ふふ、エリナと同じ部屋、嬉しいわね」
わたしはその台詞を受けて、あっ! て心の中で大声を張り上げた。
だって、つい先日、一緒の部屋で暮らさないか、ってクレアに誘われたばっかりじゃん。これじゃまるで、予行演習みたいだよ。
だけど、クレアはそれを気にした風もなく、指摘してくることはなかった。
わたしだけが、心臓をバクバクといわせているようだ。
「おねーちゃーん!」
静かになりそうだった雰囲気は、けたたましい叫び声によって壊される。どたどた、って走りながら部屋に駆け込んできたのは、リリナ。
「な、なによ、リリナ」
わたしは未だ動揺している心臓をどうにか抑えつつ、妹の来訪を迎える。先ほどまでの会話をリリナに聞かれていたら、どうしよう。もしかしたら、クレアとの関係がバレちゃうんじゃないのかな。
女の子同士で恋をしている、なんて家族に知られるのは忍びないよ。細心の注意を払わないといけないよね。
「せっかく帰ってきたんだから、向こうのこととか色々聞かせてよ!」
瞳を輝かせながら訴えてくるリリナは、よっぽど学園のことに興味津々みたい。わたしとクレアのことについては、何も疑ってはいないみたいで、内心ほっとする。
それに安心して、リリナを呆れたような目つきで見やった。
「今帰ってきたばっかりなんだから、少しくらいはゆっくりさせてよね。クレアだって疲れてるんだよ。話なんて、後でいくらでもしてあげるから」
「あら。私は別に疲れていないわよ」
クレアはリリナのことを気遣ったのか、それとも実際に疲れていないのかはわからないけれど、平静としていた。リリナは、おっとりと優しいクレアに気をよくしたのか、満面の笑みを浮かべている。
「ほらほら、クレアさんもそう言ってるしさ! それに、ゆっくりなんて、お喋りしながらでもできるでしょ!」
「もー、しょうがないなあ」
リリナは、えへへ、とわざとらしく笑った後に、わたしたちと向かい合うようにして床へ座り込んだ。
3人は円を囲むようにして顔を突き合わせ、談笑モードへ突入する。
「お姉ちゃんは魔法使えるようになったの?」
「うん。それくらいはできるようになったよ」
「後で見せてね!」
「はいはい。そう言うと思って、ちゃんと準備はしてきてるよ」
これでも、学園では勉強を頑張っているんだからね。才能はないかもだけれど、知識さえついてしまえば、低級の魔法くらいならば、わたしにだって扱うことが可能だ。
リリナはわたしのことを、さすがだね、と持ち上げた後に、クレアのほうをしきりに
どうにもこうにも、美しい彼女のことが気になるみたい。
クレアもその視線に気づいているので、にっこりとして、どうしたの? って目で問いかけている。だけどリリナはそれから逃れるようにして、わたしへと顔を向けてきた。
「お姉ちゃんの魔法ってすごいの? さっき言ってたけど、クレアさんってとっても強いんでしょ?」
「え、わたしの魔法は……まあ、素人もいいところだけど……」
「ふぅん……。じゃあ、どうしてクレアさんがパートナーになってくれたんだろ。力、釣り合ってないよねえ?」
わたしはぎくっとした。この妹、鋭いぞ。
リリナは腕を組んで、考え込むようなポーズを見せる。
「つまり……深い
得物を見つけた猛獣のような目つきで、リリナは問いかけてくる。
さて、どうやって誤魔化そうかな……。わたしは冷や汗をかきつつも、言い訳を考える。
「パートナーだもんね、絆は深いに決まってるよ」
「どうやって知り合ったの?」
リリナは興奮気味に詰め寄ってくる。
うう、まずい。何にも解答を用意していない自分のうかつさに、
だって、クレアに告白されたのが知り合ったきっかけだよ、なんて言えるわけないじゃない!
わたしの脳内がぐるぐると目まぐるしい動きを見せている中、隣から忍び笑いが漏れてきた。
その
それに、わたしは緊張していた。
「告白したのよ」、なんてクレアが
「エリナにはね、人を
クレアはしっかりと、様々な状況に対応できる模範解答を準備していたみたい。わたしのことを想って、わたしが不利にならないように
けど、リリナはそれで納得してくれるのかな。わたしの不安は未だになくならない。
「うーん、なるほどねえ。お姉ちゃんってば、昔っから友達とか作るの早かったし。そういうのだけは、得意なんだよねぇ」
「ふふ、やっぱりそうなのね」
リリナもクレアも、うんうん、と頷きあって納得している。
「ちょっと、リリナ! "そういうのだけ"、ってひどくない? 他にも得意なこと、あるんだからね!」
わたしだけが
けれどそれすらも予期していたのか、リリナはケタケタと笑うだけだった。
まったくもう。リリナってば。
わたしは呆れた風に吐息をついたけど、何事も疑われてはいないようで、よかったよかった。
しかし、クレアもリリナばりに面白おかしく笑うものだから、わたしも黙っているわけにはいかなかった。
「2人とも、笑いすぎだってばー!」
言いつつ、クレアとリリナは仲良くやっていけそうだね、って思えたら、自然と口元が
ま、わたしをいじることでムードがよくなるなら、いいことだよね。
和やかな空気が、わたしの室内を支配していた。
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