第三話ー①



 午後をむかえた頃、教室内は喧騒けんそうと熱気に包まれていた。窓際からのぞく太陽は、うんざりとするほど陽光を照り付けてくる。

 とにかく、暑い。

 開け放たれた窓から少しの風は吹いてくるものの、それだけでは気休めにもならないほど、気温は高かった。


 学園内は昼休み。教室や廊下には、お喋りに花を咲かせる女学生で溢れかえっている。その騒がしさもまた、暑さを増長させているのではないか、って思えるほどだ。


「もうすっかり夏だねぇ」


「暑すぎるよー。人が集まるところだから、余計にね」


 わたしは汗で湿った制服のワイシャツに顔をしかめながら、手であおいで少しでも涼気りょうきを送ろうと試みている。しかし、それはわずかばかりの効果しかもたらさず、結局はこの夏という季節にあらがえないのだ。

 そんなことは百も承知。それでも、わたしは最後の抵抗として、無意識のうちに手がひらひらと動いて、頼りない風を発生させ続けている。


 お昼休みもなかばを過ぎ、暑さにうなだれながらも、目の前のクラスメイトと気だるく会話を交わす。もっとも無気力な時間帯である。


「あっ、エリナさん。こんなところにいたのね」


「探しちゃったよー」


 頭がぼーっとし始めていた頃、不意に2つの声がかけられた。

 それは、涼しさを欲していたわたしの意志を無残なものにさせる。


 だって、今のわたしは3人の女子たちに囲まれているんだもの。そのむさくるしさに熱気も上昇。

 だけど、わたしはそんなことよりも、この状況が気がかりだった。

 これくらいの友達が集まってくるのは、別に珍しくもなんともないけど。わたしをわざわざ探していた、っていうのが、どうにも引っかかった。


「どしたの、みんなして」


「や~、ちょっと、どうしても聞きたいことがあって」


 わたしはその瞬間、とてつもなく嫌な予感がした。

 別に、なんとなーくそう思った、ただの勘によるものだけど……。

 おねだりをしてくるかのように、手を合わせて頼み込んでくるクラスメイトの女の子を見て、何か得体のしれない悪寒が背筋を駆け巡る。


「わたしで答えられることなら、いいけど……」


 興奮に迫る彼女たちに気圧けおされながら、わたしは次に来るだろう質問に対して身構える。

 しっぽを巻いて逃げることも可能だったけど……。これでも、数カ月間は仲良くしてきた、大切なクラスメイトだしね。


「答えられることもなにも、当事者だし。ねぇ?」


「ねー」


 目の前の友人2人は、友とは思えないような意地の悪そうな笑みを浮かべている。意味深にニヤニヤとしつつ、なかなか質問を飛ばそうとはしない。

 わたしは、やっぱりな……って思って、これは嫌なことの前触れだ、って確信していた。


「なになに? あのことで、また何かあったの?」


 ついさっきまで、わたしと2人きりで会話していた子まで加わってきた。

 どうやら、3対1になったらしい。わたしは辟易へきえきとして、心の中で溜息を吐く。


「もう、なんなのよ!」


 ついにしびれを切らして、わたしは苛立いらだち混じりに彼女たちを、じろってにらむ。

 だけど、わたしなんかが怒ったところで、別に怖くもなんともないってバレちゃっているせいで、彼女たちの反応は変わらなかった。


「クレアさまのことよ」


「えっ?」


 ついに本題を切り出してきたクラスメイト。

 それが、わたしの予想の斜め上だったため、心音が大きく跳ね上がった。


 え、どうして、クレアのことを?

 ううん、今までだって、話題になったことはあったし……。また、なんでもない世間話だよね……?

 わたしの全身には、暑さのせいではない汗がじっとりと浮かんでいた。


「あらあら、とぼけても無駄よ、エリナさん。クレアさまと親しいんでしょ? ずっと気になっていたのよ」


「わたくしもよ! さあ、さっさと白状はくじょうしちゃいなさい!」


 突き付けられる質問の刃。

 気温と混乱によって、わたしの思考は正常な状態を維持できなかった。

 

 なんで、クレアとのことを……。

 いつ、どこで見られていたの?

 ううん、今はそんなことよりも。なんて言い訳をするべきなんだろう。

 ああ、どうしたらいいのよー……!?


「え、ええっと、それは、その、あの……」


 わたしは口ごもってしまう。だけど、それは悪手あくしゅだ。だって、すぐに答えられないこと、ってなると、何かやましいことなのではないか、って疑われてしまうから。

 しかし、今のわたしは人の言語を発することができなかった。


誤魔化ごまかす気ね、エリナさん。でも、無駄な抵抗よ。エリナさんとクレアさま、一緒にいるの見ちゃったんだから」


「さっきも、裏庭のほうで話していたでしょ?」


 その一言で、わたしの体温は急激に下がっていった気がした。今までの暑さが嘘だったかのように、汗までも冷たく感じられる。そしてそのまま凍結してしまったみたいに、身をカチカチに固めてしまった。


 まさか、まさか、あれを見られていたのー!?


 わたしはクレアと数日前に行った実戦場での経験以降、学園でもたびたび、一緒に昼食をとったりしていたのだ。

 誰にも見られたくない、って気持ちは一貫いっかんしていたわたし。だから、クレアを言い聞かせて、わざわざ裏庭でこっそりと会っていたのに、まさかそれを目撃されていただなんて。


「別に、なんでもないってばー。ちょっと、話したりする、くらい、だよ……?」


 わたしは咄嗟とっさに、そう答えていた。

 確かに、クレアとは親しいよ。別に、それがただの友達、って関係だったなら、こんなにあせることもなかったんだろうね。


 でも……。

 わたしとクレアは、恋仲……とまではいかないのかもだけど、そういう仲になってきちゃっているし……。


 わたしは、クレアとならば、別にそれでもいいと思えるようになっていた。

 けれどね。

 他人にそれを知られるのだけは、忌避きひしたい。だって、普通のことじゃないんだから。


 クラスメイトたちは、じとっとした目つきでわたしを見つめている。何を言いたいのか、その顔だけで伝わってきてしまう。そう、懐疑かいぎに満ちた瞳だ。


あやしいよ~、とっても!」


「うんうん!」


「だって、あのクレアさまと、だものねえ?」


 と、彼女たちはとっても楽しそうに、内輪うちわで盛り上がり始める。

 もはやわたしには、彼女たちを止めることなどできなかった。


「エリナさんを見て確信したわ。やっぱりエリナさんとクレアさま、何かただならぬ関係なのだわ!」


「なら、いっそのこと、本人に聞きに行っちゃう!?」


「ええええええっ?」


 話の流れに不穏ふおんを感じ取ったわたしは、頓狂とんきょうな声をあげていた。

 この場合の本人っていうとー……わたしか、クレア。でも、わたしのほうはここにいるし。

 って考えると、行き着く先はクレアしかいなかった。


「クレアさま、普段は怖いけど……きっと、エリナさんのことを話題に出せば、大丈夫よね!」


「あーん楽しみぃ、クレアさまとお喋りできるチャンスなんて」


「ねね、クレア……さんの、どこが、怖いの?」


 自分たちの世界に入り込んでいたクラスメイトたちに、わたしはふと、疑問を投げかけていた。それを受けた彼女たちは、きょとん、と立ち尽くしている。


「いつもクールで、りんとしてて!」


「そうそう。話しかけるな、ってオーラがすごいのよね~」


「……そうかなぁー?」


 わたしの認識であるクレア像とはだいぶかけ離れていて、そんなことをぼやいてしまう。

 だけど、それをクラスメイトたちは聞き逃さない。きらりと眼が光って、鋭い目つきでわたしを見つめてきた。


「これはやっぱり、親密な関係ってことね!」


早速さっそく、クレアさまに聞いてみましょう」


「ちょ、ちょっと~。だから、そんなんじゃないってぇ!」


 わたしの叫びもむなしく、彼女たちは嵐のように教室を飛び出していった。


 ぽつんと1人取り残されたわたし。

 やっぱり、嫌な予感は見事に的中したみたい。

 だけど、このまま彼女たちを放っておけないよ。事態の悪化を招くだけだろうし。


 ……はっきりとした態度で、"クレアとはただの友達だよ"って答えておけば、こんなことにはならなかったのかなぁ。

 でもね。

 わたしは、言えなかったんだ。

 ただの友達、だなんて。嘘だとしても、平然と、言えるわけがないよ。

 わたしは、クレアの熱い想いを知っているんだから。


 わたしは、はぁ、って溜息をついてから、彼女たちを追いかけることに決めた。


「大変なことにならなければいいけど……」

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