3・守護者の使命

「サボってたな」

 社長であるネイサが唯一の社員である玩具会社カーペン。その商品製作工場の中に、魔術によるドアロックを解除して入るや否や、じっとしていた体を急に動かし始めた鉄人形や、プラスチック製の巨大昆虫たちに、呆れ声を上げるネイサ。

 しかし弁解したり謝ってくる者はいない。一度動き始めたら始めたらで、みんなとても真面目に、実に効率よく働く。

 ただ、その労働状況のなんと奇妙な事か。玩具の設計図を書いたり、粘土などで原型モデルを作ったりしている鉄人形たち。道具やその他もろもろをあちこちに運んでは、鉄人形に手渡し、また飛ぶ巨大な虫たち。それは人が1人もいない、まさしく魔術により作られた者たちの労働現場。


「あ、あの、でも最低限の仕事はこなしてるみたいですし、そんな怒る事もないんじゃないでしょうか」

 今にも大声で怒鳴り出しそうな師に、恐る恐るそんな事を言うイザベラ。

「だから困るんだ。まったく、優秀な不真面目ほど扱いにくい奴らもいないな、ほんとに」

「でもそれなら、こんな高性能なふうにしなくてもよかったんじゃないですか?」

 イザベラの言うこの場合の高性能は、鉄人形や巨大な虫たちの物理的な側面ではない。

 それは高度な知能。カーペンの鉄人形もプラスチック製巨大昆虫も、ゴーレムの一種なのだが、しかし普通のゴーレムには決して持ち得ぬとされる高度な知能を有しているのだ。優れた知能を持つがゆえに、面倒くさい、サボろう、などという考えを持てる訳である。

「いや、そんな程度の理由で、普通の”創造術”を使うのは、偉大なる先代たちの教えに反する」


 普通の”創造術”。

 現在、基本的にホムンクルスやゴーレムのような、人工生命や特殊な機械を生み出す魔術を、”創造術”と呼ぶが、ネイサは基本それに、普通の、と頭につける。

 カーペンのゴーレムたちを生みだしたのは、知れらている限界を超えた特別な”創造術”。

 そう、ネイサはこの世界のほとんどの者が知らない、その特別な”創造術”を会得している。実のところ彼は、彼こそが、多くの者が探し求める、かの”命の書”を継承している魔術師なのである。


「偉大なる先代の教え、偉大なる先代の教え」

「何だ、言いたい事あるならはっきり言え、別に怒らないから」

「いえ、私、いずれ”命の書”を継ぐわけですよね。そしたら師匠みたいに、何かにつけ、偉大なる先代の教え、とか言わなくちゃならないなら、ちょっと微妙だなと」

「大丈夫だ。そもそもお前、いったい何とどれが先代の教えなのか全然わかってないだろ」

「まあ、そうなんですけどね」

「じゃ、気にしなくていい」

 実はそもそもネイサも、先代の教え、など、わりと適当に言ってるだけにすぎないのだから。


ーー


「ネイサにイザベラ」

「ちょっとそこで止まれ」

 工場を出た所で、面倒くさい2人に声をかけられる。ゴツゴツした印象の大男と、それと対称的に、細身で茶髪の女性。

「何、俺たち、別に何もしてないよ」とはいえ内心身構えるネイサ。

 2人は街の警備騎士団の、女性の方が隊長で、男の方が副隊長。

「そうですよ、エリザさん」

 女性隊長の方の名前。

「ルードさん」

 副隊長の名前。

「それに俺たちは忙しいのだけど」

「時間はとらせん。ただ」

 そこでちらと工場の方に目を向けるエリザ。

「我が工場が何か?」

「この工場から、お前たち2人以外の者が出入りするのを見た事がある者は誰もいない」

「それで?」

 威圧的なルードの言葉にも、ネイサは全く臆さない。

「この工場の稼働時の、と思われる音はほとんどずっとのようだとも聞いている」

「この街の労働基準法は知ってるし、別に破ってない」

「だが、げ」

 そこで軽い手振りで、ルードを黙らせるエリザ。

 そして顔は真っ直ぐ、ネイサと向かい合ったまま、彼女は、その腰に下げたレイピア剣を、彼に突き刺せそうな距離までゆっくりと近づく。


「なんですか?」

 エリザが何か言う前に、2人の間に割って入るイザベラ。

「私個人としては、ネイサ、お前が悪党とは思えん」

 エリザはそこで剣を、抜きこそしないものの、柄を握った。

「お前の事はルードよりは知ってるつもりだ」


 実の所、2人は同じアパートに暮らす隣人同士だった。


「じゃあほっとい」

「いい、イザベラ」

 ネイサの方も弟子よりエリザの事は知っている。だからこそ、彼女が伝えんとしている事はすぐにわかった。

「エリザ、お前は疑ってるんだな。俺が魔術師ではないかって」

「そうだ。そしてお前が、民間では禁止されている”創造術”を使っている。のだと考えている」

「馬鹿馬鹿しい誤解だ」

 ネイサは心底落ち着いていた。一方でエリザも、彼女の疑いを知ったイザベラもルードも、内心穏やかとはいえなかった。

「俺が魔術師である事は認めるよ。こいつもな」

 イザベラの方を指差すネイサ。

「だが俺たちはそれほど優秀じゃない。”創造術”はかなり高度な技で、俺たちには使いたくても使えない」

 半分は本当である。実際”創造術”は非常に難易度が高く、使えない魔術師も多い。

「使いたくても使えないときたか」

「正直、残念ではあるよ」


 そしてしばらくの沈黙の後、「まあいい。ひとまず今はな」と微妙に納得していないという顔で、一応は納得するエリザ。

「行くぞ、ルード」

「はい」

 そして警備隊の2人はその場を去っていった。


-ー


「エリザさん、ちょっと鋭すぎません。私、相当にヒヤッとしましたよ」

「ああ、正直俺も驚いた」

 エリザたちとの遭遇からほんの数分。労働者たちを一斉に眠りにつかせ、静まり返った工場内で向かい合い、安堵の息をつく師弟。

「あの、わりと真面目なおはなし。この街を去る事を考えた方が」

「まだそんな段階ではないよ。仮にエリザたちが完全に確信を持って、本気で俺たちを追求したとしても、ごまかす策はいくらでもある」

 ネイサだってただの魔術師ではない。多くの人が探している”命の書”と、それに記された秘密を隠し守る役割を任されるほどの魔術師なのである。 

「安心したか?」

「はい。お見通しですか?」

「ああ、お前は友達多いからな」

「はい」


 隠し事は下手くそ。明るく、それに社交的な性格。


「師匠?」

「いや、なんでもない、気にするな」

 今は亡き自身の師を思い浮かべていたネイサ。

「でもいいか、お前はかの”命の書”を受け継ぐ次期継承者なんだから」

「友人だろうと、恋人だろうと、家族だろうと、突然にその元を去らなければならない可能性は常に持ってる。でしょう?」

「大事な事だ。それに」

「私たち自身も例外じゃない、ですか?」

「そうだ。俺は”命の書”を守るためなら、お前も見捨てる。お前もそういう必要に迫られたら、俺を捨て去ってでも、いや、殺してでも、”命の書”だけは守るんだ」

「わかってます。わかってますって」

 イザベラにとってはもう飽きるほど聞いてきた教訓。

「わかってますよ。さすがの私だってそのくらい」

「ああ、しつこくてごめんな」

 ネイサが最後に謝るのも毎回だった。

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