第48話 偽りの母子だとしても-SIDE:ダイアナ
ダイアナ視点となります。
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昼過ぎ。ワタシはリビングの窓を開け放ち、作業服の袖をまくり上げた。
手には鳥の羽で作った埃はたき。
リビングの中央に設置した椅子とテーブルは、あらかじめ部屋の端へ寄せておいた。
「お掃除頑張りますか……!」
「ますか……!」
ワタシはわざと言葉を口に出して気合いを入れる。
隣に立っていたクロも両手を握り締めて、ワタシの真似をするように気合いを入れた。
シズとエイラは朝早くに遺跡へ向かった。
クロは熟睡していたので見送りができなかったため、朝食を食べながら頬を膨らませていた。
お腹が膨れると怒っていたことを忘れてしまったのか、家事の手伝いをしたいと言い出した。
留守番をしながらクロの看病をしようと思っていたけど、当人は元気が服を着て歩いてるような状態だった。
絵本を読み聞かせながら二人の帰りを待つのもよかったが、半日以上眠って元気があり余っているようだった。
というわけで、家の掃除をクロに手伝ってもらうことにした。
「ワタシが天井の埃を落とすから、クロは箒でゴミを集めてくれるかしら」
「りょーかいっす!」
「あはは。ヨシュアくんの口癖がうつってる」
埃はたきを使って天井や棚上の掃除を行う。
お手伝いできることが嬉しいのだろう。
三角巾を頭に被ったクロは、目をキラキラと輝かせながら箒で床を掃いていた。
クロは好奇心旺盛で、ワタシが家事を行うと目を輝かせて近づいてくる。料理にも興味があるようだった。
料理が下手なワタシは、残念ながらクロの先生になれそうにない。帰ってきたらシズに相談してみよう。
「せっかくだから、ワタシも教えてもらおうかしら」
ワタシは掃除を行いながら、シズとのやり取りを妄想する。
「美味いぞダイアナ。やればできるんじゃないか。さすがは俺の嫁。完璧すぎて怖い。このまま、もう一品作っちゃおうか。きゃっ、なんでお尻触るのエッチ。そういうのは大人になってからだってば。なんだよ、体はもう大人じゃないか。胸も大きくなって。え~、そうかな~? そうさ。今からもう一品作っちゃおうぜ。俺とおまえの子供をさ! なんてねなんてね!」
「ママ、うるさい」
「はい。ごめんなさい……」
「パパが帰ってくる前にお掃除を済ませて驚かせようって言ったの、ママでしょー。未来のことばかり見てないで、ちゃんと今を生きて」
「返す言葉もございません……」
幼児に人生を諭されてしまった。
クロは腰に手を当てて、ぷくりと頬を膨らませている。
シズの前では甘えん坊だけど、ワタシと二人きりだとしっかり者な面も見せてくる。
もしかしたら、まだワタシをライバルと思っているのかもしれない。
ワタシがペコペコと頭を下げていると、クロは寂しそうに窓の外を見つめた。
「ママ。パパはいつ帰ってくるの?」
「早くても夕方過ぎじゃないかしら。調査が難航したら明日になるかもしれない」
「むぅ~。ずっと一緒だって約束したのに……」
ワタシの答えが不服だったのか、クロは蛙みたいに頬を膨らませた。
ワタシは一度掃除の手を止めてクロの前にしゃがみ込み、できるだけ優しく頭を撫でた。
「大丈夫、パパは必ず約束を守ってくれる。これからもずっとクロのそばにいてくれるわよ」
「ママは? ママもずっと一緒?」
「もちろん。ママもずっとクロのそばにいるわ」
「えへへ~。ママ、だぁい好き」
「……うん。ママもクロが大好きよ」
なんだ。クロはやっぱり天使じゃないか。
独り占めされるのが怖い、だなんて思っていた自分の方が子供だ。
クロは、3人一緒がいいと思ってくれている。家族を想う気持ちはワタシと同じなんだ。
ワタシは居ても立ってもいられなくなって、クロの体を抱きしめた。
「クロ……」
「えへへ。くすぐったいよぉ」
ワタシはちゃんと”ママ”をやれているだろうか。
6歳まで王宮で暮らして、いきなり故郷が滅んで。
パヴァロフに亡命してからも、側仕えのメイドがワタシの面倒を見てくれた。
シズと冒険に出たあとは、戦いの毎日だった。
だから、子供の扱い方はよくわからない。他人との接し方すら怪しい部分がある。
けれど、シズは笑顔でワタシを受け入れてくれて。
クロもワタシに甘えてくれて……。
「何があっても、ワタシたちがクロを護るからね」
もう一度、今度は強くクロの肩を抱き締める。
クロと出逢って日は浅いけれど、この時間を失いたくないと思った。
わがままだとわかっている。けれど、想いは口にしないと叶わない。
無様でもいい。必死にあがかないと、大事なモノは何ひとつ護れやしない。
ワタシはそうやって生きてきた。
あの人はそんなワタシを笑って受け入れてくれた。
今さらこの生き方を変えるつもりはない。
だから――
「聖神教会の者です」
不意に入り口のドアがノックされた。
聞き覚えのない男性の声がドアの向こうから聞こえてくる。
教会の関係者だろうか?
「クロはお掃除の続きをしててね」
「は~い」
念のためクロを奥の部屋にやり、ワタシはドアを開いた。
「お初にお目にかかります。私の名はロッシュ。聖神教会の神官をしております」
戸口に立っていたのは、聖神教会の修道服に身を包んだ初老の男性だった。
見覚えがない。狭い村だ。たいていの村人とは顔なじみなのだけれど……。
ワタシが怪訝な表情を浮かべていることに気がついたのだろう。男性は胸に手を当てて頭を下げた。
「失礼。クロさんの件で、シスタークレアから言伝があったと思うのですが……」
「クロの件で……?」
教会にはクロの身元を調べてもらっていた。
何かわかったのかもしれない。
ワタシはドアを開いて神官を家に招き入れた。
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