第40話 邪教の神殿と呪法


「シズ、覚えてないかしら? あなたを召喚したときに説明したでしょ? 強力な精霊力マナを持つ人間のことを神子みこと呼ぶって」


「そんな話もしてたな……」


 思い出す。6年前、召喚酔いでベッドに横になっていて俺にダイアナが説明してくれた。

 神降ろしの儀式を成功させるには、強い精霊力マナを宿した神子みこの存在は必要不可欠。だからダイアナが召喚者に選ばれたのだ、と……。


 ダイアナ曰く。

 ティアラ・ノーグに生きるすべての存在は、すべからく精霊力マナの影響を受ける。

 だが、成長過程にある子供はその身に宿す精霊力マナの属性が定まっていない。

 言わば、無の精霊力マナを体に宿している状態で、その後の経験や環境によって精霊力マナの属性が決まるらしい。


「そういえば……」


 俺がこの世界に転生する際、女神スクルドも俺に無の精霊力マナが宿っていると言っていた。

 何者にもなれない。けれど、を自らの手で決められる希望の光でもあると。


「これはあくまで推測なのだけれど、ゴブリンたちはクロを使って儀式を行っていたのでしょう。無の精霊力マナを黒く染めるために」


「儀式って、いったい何の儀式だ?」


「これを見て」


 ダイアナそこで鞄から羊皮紙を取り出して、テーブルの上に広げ始めた。


「これは村の周辺で起きた出来事を時代ごとにまとめた年代記よ。およそ1000年以上前からの歴史が綴られているわ。貴重な品だけど無理を言って借りてきたの」


 ダイアナは身を乗り出して年代記の前半部分を指差す。


「それでこの年代記なんだけど……ここ、800年前の記述を見て」


 年代記なので詳しいことは書かれていない。事実だけが年代順に羅列されている。

 800年前は災害が頻繁に起きたようで、特に地震による被害が大きかったらしい。

 そして、最後に――


「邪神の神殿を封印? これってもしかして……」


 気になる記述を見つけて、俺は声に出して読み上げた。

 ダイアナは我が意を得たりとばかりに頷いた。


「ヨシュアくんが見つけた古代神殿でしょう。教会に保管してあった資料を読んで検証してみたけれど、大まかな位置も合っていたわ」


 宝石店で小耳に挟んだ情報を元に内容を精査したところ、数十年前の炭坑の崩落で邪神の神殿の入り口が開いたのだという。

 その報せを聞いた教会が神殿騎士を派遣。崩落の危険性あり、として炭坑を閉鎖したようだ。


「だけど、度重なる地震で古代神殿の入り口が開いて、中からアースドラゴンが現れたってわけ」


「もしくは、アースドラゴンが目覚めたから地震が発生していたのだろう」


 ダイアナの言葉を受けて、エイラが補足を入れる。


「ここで重要なのは、アースドラゴンが眠っていた場所が邪教の神殿跡だったということだ。人間は愚かで貪欲な種族だ。土地の奪い合いだけでは飽き足らず、神の力……よりにもよって魔神の力を手に入れようとした連中がいた。それが邪教団だ」


 エイラはそこで肩をすくめて、皮肉たっぷりに言い放った。


「モンスターは獣や幻獣が【魔石】を取り込むことで生まれる。魔石に宿っているのは【魔力】と呼ばれる死と破壊の力だ。魔力の源となっているのが魔物どもが崇拝する【魔神】だな」


「魔神の力……魔力のせいで獣が凶暴化してモンスターになるんだよな」


 ティアラ・ノーグに転生したとき、世界の基礎知識としてモンスターの成り立ちをダイアナに教えてもらった。


「そうだ。邪教団は魔石を体内に取り込むことで、自らをモンスター化させる儀式を行っていた。魔力によって精霊力マナを強制的に闇に染めていたわけだ」


「そんな呪法が知れ渡ったら、人と魔物の区別がつかなくなって世界は混乱する。だから教会は、神殿の存在そのものを隠匿したのでしょうね」


「だが、岩盤が崩落して入り口が露わになった。そこにゴブリンたちがやって来て……」


 エイラとダイアナの説明を受けて、ようやく俺にも理解が及んだ。


「クロの身に宿ってる無色の精霊力マナを闇に染めようとしていた……」


「魔物が使う魔の精霊術――【魔術】は他者に死と破壊をもたらす。シズ、おまえも見ただろう。ゴブリンが突然死したのを」


「まさか、あれは……」


「クロがおまえを護るために死の魔術を使ったんだ」


「そんな……」


 それならすでに、クロの精霊力マナは闇に染まっていることに……。


「ゴブリンどもがクロの体に何を降ろそうとしたのかはわからない。プロテクトが掛かっているからな。だが、災いの芽は早めに刈り取るべきだ。根が張り、枝葉が伸びてからでは取り返しがつかなくなる。女王がワタシに調査を命じたのも、厄災の目覚めを感じ取ったからだ」


「それは……」


「見たところ、クロの力はまだ覚醒していないようだ。エルフの森なら結界が何重にも張り巡らされている。万が一の場合にも対処できるだろう」


 エイラは切れ長の瞳で俺を見据える。


「今ならまだ間に合うぞ? クロを渡せ。悪いようにはしない」


「冗談……ってわけじゃないんだな」


「シズ……」


 エイラの申し出に、俺とダイアナは顔を合わせる。

 エルフの森が世界で一番安全なのは確かだ。あの森は魔王の侵略にも耐え抜いた。

 クロの今後を考えれば、エイラの提案を呑むべきだが――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る