第25話 地竜の影


 戦闘が終了したことを確認すると、俺は肩をすくめながらダイアナに近づいた。


「逃げる相手に容赦ないな」


「容赦なんてするはずないでしょ? 遺跡に連中の仲間が潜んでいたら、手痛いしっぺ返しをされるんだから」


 ダイアナは肩をすくめながら、ゴブリンの死灰の中から小指ほどの小さな鉱石を探し当てた。

 色はくすんだ金。純度は低いが本物の金塊だ。


「【魔石】ゲット。夕飯の足しにはなりそうね」


 ダイアナはホクホク顔で、金の魔石をポーチにしまいこんだ。


 【魔石】はモンスターの力の源だ。

 金銀銅、プラチナなどの鉱石、またはエメラルドなどの宝石に微量ながら魔神の力――【魔力】が封じ込まれており、魔石を取り込んだ獣を凶暴化させる。

 魔力を得た獣――【魔物モンスター】は高い知能と異質の力を手に入れるのだが、代償として魂が呪われてしまう。

 呪われた魂は輪廻転生の輪から外れ、死骸は残らず灰となる。

 灰化と共に魔石に宿っていた呪いも浄化され、元となった鉱石や宝石だけがこの世に残る。

 売ればそれなりの金額となるため、ハンターたちは目の色を変えて魔石回収に励むわけだ。


「シズさん!」


 俺とダイアナが話をしていると、ヨシュアくんが駆け寄ってきてペコリと頭を下げた。


「助けてくれてありがとうございまッス!」


「礼には及ばないよ。誰かを護りながら戦うのが、拳闘士グラップラーである俺のバトルスタイルだから」


 俺は左腕に装備したガントレットを叩き、無事をアピールする。

 拳闘士グラップラーとは、鍛え上げた己の肉体を武器にして戦う格闘系戦闘職だ。

 俺は打撃系の攻撃技の他にも、防御に特化したスキルを数多く取得していた。

 もっともゲームの世界みたいにレベル上げをして、スキルポイントが貰えるわけではない。

 その道を究めた師匠の元に弟子入りしたり、教本をベースに独学で修行に励んだりして技を磨くのだ。


「窓際のシズって呼ばれてるから期待はしてなかったんスけど。シズさんホントは強かったんスね、見直しました!」


「ヨシュアくんのことがわかってきたよ。その素直さは美徳でもあるけど、もう少し社会を学ぼうか」


「わかりました師匠!」


「し、師匠?」


「オレ、決めたッス! 今日からシズさんの弟子になるッス。あ、でもでも使ってる武器が違うんで心の師匠と呼ぶことにするッス! だから月謝は払いません!」


「よかったわねシズ先生。可愛い教え子ができて」


「カンベンしてくれ……」


 子犬のように目をキラキラと輝かせるヨシュアくんの隣で、ダイアナは意地悪な笑みを浮かべていた。

 初陣ういじんで浮かれてるヨシュアくんは好きにさせておくとして、まずは状況確認だ。


「ダイアナ。敵の気配は?」


「今のところは平気よ。周囲にゴブリンの気配はないわ」


 ダイアナは杖を両手に持って意識を集中。精霊を通じて敵影を感知してくれていた。

 遺跡の奥に他のゴブリンたちが潜んでると思ったが、取り越し苦労だったようだ。


「それじゃあ荷物を回収して村に戻ろう」


「遺跡に入らないんスか?」


「調査は入り口までと言っただろ? 本格的な装備を調えてから明日また来よう」


「えー? でも、明日になったらギルドの調査隊がやってくるんでしょ? それまでに……」


「そうッスよ。敵がいないから好都合。遺跡の謎を解き明かしてヒーローになるッス!」


「そうッス。なるッス! ついでに遺跡のお宝も懐に収めるッス」


「また本音が漏れてるぞ」


 ダイアナはヨシュアくんの真似をして駄々をこねる。

 そんな二人に向かって、俺は首を横に振って腕でバッテンマークを作った。


「ダメでーす。もうすぐ日が落ちまーす。夜のダンジョン探索は先生が許しませーん」


 夜は魔物たちの時間だ。モンスターは元々が野生の動物が凶暴化したもので、夜目が利く連中も多い。

 さらに月明かりは魔力を高める。魔物がうろつく夜の森を動き回るのは得策ではない。


「聞いていたよりゴブリンの数が少ない。遺跡の内部にはいなくても、別の場所に別働隊が潜んでる可能性はある」


 狩人に詳しい話を聞いたところ、十匹以上のゴブリンの群れに襲われたと語っていた。

 これまで倒したゴブリンは警邏隊も含めて全部で6匹。数が合わない。


「これだけ騒いでも仲間が現れないってことは他の連中は逃げたか。あるいは……」


「物陰に隠れて様子を窺っている、ッスか……」


「そういうこと。ウチに帰るまでがクエストだよ。ミイラ取りがミイラにならないよう気をつけないと」


 今回はスムーズに事が運んだからよかったものの、ハンターが請け負うクエストは死と常に隣り合わせだ。

 予想外の出来事や他愛もないアクシデントで、あっさりと命を落とすこともある。

 臆病者、三流、窓際、と罵られてもかまわない。拾える命は大事にしたい。

 そんなことを考えながら、来た道を戻ろうとすると――



 ゴゴゴゴゴゴゴ――――



 重くて低い、獣のうなり声のような音が足下から聞こえてきた。

 続けて大地が震え始め、木々が大きくざわめき出した。


「なんスかこの音? また地震ッスか……?」


 ヨシュアくんは地面に槍を突き立ててバランスを保つ。

 精霊と交信を続けていたダイアナは、そこでハッと目を見開いた。


土鬼ノームたちが騒いでるわ。何か巨大なモノが地中を移動して、こっちに向かってきて……」


「……ッ! 二人とも危ないっ!」


 そのとき、俺の内に宿る戦士としての本能が死の危険を察知した。

 俺は二人の体を両脇に抱えると、急いでその場を離れた。

 次の瞬間――――



 ズゴオォォォォォォン――――ッ!



 爆音にも似た地鳴りと共に大地が激しく揺れ、土煙が噴き上がる。

 地面に開いた大きな亀裂から、その巨体は現れた。

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