第62話 【聖女弾劾裁判】バルバリタ、顔面崩壊
「父から聞いたのですが、社交界では晩餐会の一件やメルテルさんの失踪はちょっとした話題になっているようでしたね」
旅する画家リュゼッペが、台車の上で
「事が事だけに、公にはされていない様子でしたが、それがかえって妙な噂に繋がったみたいで、それを面白がる人がいたことは確かです。けれど、やっぱり噂はただの噂。僕の聞いた範囲では、メルテルさんと秘めたる男女の関係になった人なんて、どうもいなさそうでしたよ?
僕のデッサンを見て、メルテルさんだとみんな驚いていました。あんなことがあった直後の失踪だから、逆に心配している人も多かったですね」
なんとも締まらない格好でそう言った。
「急いでいたので、証拠になるような書簡などはありません。ですが、父がリベルト辺境伯に宛てた書状ならば持参しています。ちゃんとデル・サンク家の封蝋がされたものです。
花祭りの一件をを聞いて、父はメルテルさんの境遇に胸を痛めていました。書状にはメルテルさんのご家族が心配している旨、晩餐会から広まった噂は事実無根である旨が書かれているはずです。リベルト辺境伯に対しては、メルテルさんを庇護してあげて欲しい旨が書かれています。裁判の証拠になるかはわかりませんけれどね」
「それで十分ですよ。ご協力感謝いたします。リュゼッペ様」
リベルト伯が立ち上がり深々と頭を下げる。
「そうですか、お役に立ててよかった。ただ、僕はもう早く【聖術】の治療を受けたいですね……」
困ったようにリュゼッペが笑う。
「おいおい、どうなってんだよ……」
「じゃあ、花祭りや今日のあのバルバリタって人の話はなんだったの?」
「全部嘘だったってのか? だとしたら、アイツ、やべーヤツじゃねぇかよ……!」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
「バルバリタよ」
俺はさっきから顔色を悪くして、ずっと黙っているバルバリタを見据えた。
「そなたは人心を操る術に長けておるな。衆目を集めたい場所に集めて、平然と嘘を並べ、狂言じみた芝居で聴衆を煽る。そうやって王都でも、公爵の男と結託しメルテル殿を貶めたのか? そしてシエンナまで追って来て、花祭りやこの場でも……。それが、そなたの本性なのだな」
「…………!!!!」
バルバリタがガタガタと震え出す。ゆっくりとバルバリタの顔面が歪み、額や眉間に皺を寄せてこちらを睨んだ。
「あ゛あ゛あ゛っっっ?? るせんだよ、このチビ男!!!!」
バルバリタが突然に叫んだ。
その豹変ぶりに、傍聴席はざわりと大きく揺れた。
「バルバリタ、その請願書がいったい何なのか説明してもらおうか?」
リベルト伯は落ち着き払っていて、バルバリタを見下すように問う。
「うっせえ!! 辺鄙な田舎貴族の分際で指図してくんじゃねぇ。図に乗りやがって!!」
「調子に乗っているのは貴方です、バルバリタさん!」
メルテル殿が明瞭な声でそう言った。厳しい眼をバルバリタに向けている。思わぬ反撃だったのか、バルバリタは驚いた顔をして目をひん剥いた。
「都市伯、地方伯、辺境伯……。伯爵という地位が生まれるきっかけになったそれらの伯は、宮中伯とも呼ばれるわたしたち王都の伯爵家とは、根本から違うんです」
バルバリタを真っ直ぐに見て続ける。
「アスター辺境伯家も同じです。その昔はボールド・シエンナ地方を治めていた王家なのですよ。そして今も、この土地と民を守っている。わたしたち王都の伯爵家よりも格は上なんです。そんなことも知らないのですか?」
「……はあぁぁぁっっ!?!?!?」
バルバリタの顔面が完全に崩壊する。
まるで能面が砕け散ったかのようだった。
「リベルト様やデルツィオ様への侮辱の言葉を訂正してください」
「調子に、乗ってんじゃ、ねぇぞ!! このクソ女っ!!!!」
メルテル殿に掴みかかろうとする。それを止めたのはダンテカルロら近衛騎士たちだった。
「バ、バルバリタ様っ!」
「お、落ち着いてください!」
「取り乱してはいけません!」
「うっせえ! うっせえよ、この屑ども!!」
近衛騎士たちを引っ掻き、殴り、蹴る。
「どいつもこいつも使えねぇゴミ以下の屑がよ!!」
カン!! カン!! カン!! カン!!
「もういい加減にしてくれっ!!」
リベルト伯が呆れ果てたように言い放った。
「審議は以上をもって終了とする!! これより陪審員たちと協議の上、判決を言い渡す。皆、元の席に座り静粛にして待つのだ!!」
ついに、花祭りから始まったバルバリタの言動のすべてが、この女の芝居であり嘘であることが知れ渡った。
傍聴人たち凡そ百名を含め、この場にいる人々の面前で嘘や謀略は愚か、バルバリタが隠していた化けの皮が完全に剥がれた瞬間であった。
◇◇◇
リベルト伯たちの話し合いはすぐに終わった。陪審員とリベルト伯、五人が席に座って俺たちを見下ろす。
「これより、フルースタ家伯爵令嬢バルバリタの晩餐会での殺害未遂事件における裁判の判決を言い渡す!」
そう言って、リベルト伯が木槌を振り上げた、その時だった。
「決闘だ──────っっっ!!!!」
中庭にバルバリタの絶叫が木霊した。
「な!?」
リベルト伯が木槌を振り上げたまま顔をしかめる。陪審員やデルツィオも、思わず驚いたように口を開けた。
「メルテルとの決闘を申し込むっ!!!!」
勢い良く立ち上がったバルバリタが、メルテル殿に指を突き付ける。
決闘……?
「決闘、ですと!?」
「そうだっ! 決闘の申し込みは、判決が下る前になされた。ならば、この決闘が終わるまで判決は下せねぇよなぁ!? あ゛あ゛っ!?!?」
バルバリタがリベルト伯を歪み切った顔で睨む。
「ふっ。伯爵令嬢とやらも地に落ちたもんだぜ。どんな駄々っ子だ」
グランゴが失笑しながらぽつりと言った。
「決闘とはなんなのだ?」
グランゴに問う。こちらを見て一瞬怪訝な顔をしたが、グランゴは言葉
「……なるほど。つまるところ、果し合いと言う訳か」
こちらにも、そのようなものがあったか。斬り合いに持って行ってくれるのならば、簡単は簡単か。
「バルバリタ嬢、いくらなんでも……」
ため息を吐きながらリベルト伯が呟く。だが……。
すっ。
すっ。
すっ。
すっ。
なんとケントら四人も同時に手を挙げるのだった。
「俺たちも、決闘を申し込む。相手は……」
そう言うと俺やリリィ、ルージュに顔を向けた。
「そこの転生者三人だ」
「そなたらも、果し合いを望むのだな?」
俺は訊いた。
「ああそうだ」と言ってケントも立ち上がる。
「お前は俺を侮辱した。俺を馬鹿にするヤツは、全員殺す」
侮辱? 何を言っておるのだコイツは?
ケントに続いて、ユージーンとロキアンナ、レイラも立ち上がる。
「いい気になって侍を騙る農民風情がよお!? 今からその化けの皮剥がして、大勢の前で泣いて詫びさせっからなぁ、許さねぇけどぉ??」
「そして、そんなオッサンに媚び売ってパーティー抜けたルージュとリリィもねぇ!」
「二人とも顔が変形するまでボコボコにするんで、ヨロシク♡」
ルージュとリリィが顔を引き締める。その顔には若干の恐怖が滲んでいた。
傍聴席も不穏な空気を感じ取り、ざわざわとしてくる。
「待ってください!!」
俺たちを見てメルテル殿がそう言った。そして、真剣な眼差しをバルバリタに向けた。
「もうやめて、バルバリタ」
「あ゛っ!?」
「これは元々は貴方とわたし、そしてあの公爵様の三人の問題でしょ? 関係のない人たちを傷つけ合わせるような真似はしないで」
一瞬の間を置いて、バルバリタが再び絶叫する。
「説教してんじゃねぇぇぇぇっっっ!!!! 今すぐぶっ殺してやるからな、メルテルッッッ!!!!」
「へっ、ふへへへへっ……!!」
今度はケントが壊れたように笑い出す。
「
「……?」
「お前を殺したいからだよ、メルテル!! お前が憎くて憎くて……、ぶっ殺してやりたいからだよ!! お前も俺を馬鹿にして、裏切ったからなぁ!!」
それを聞いて、リリィが「はぁ!?」と怒った声を上げる。
「なに言ってんのアンタ? メルちゃんがいつ裏切ったっての!」
「メルテルさんに軽蔑すべき行為を働いたのはケントさん、あなたの方ですよ」
ルージュもそう言った。
そして座っていた二人も立ち上がった。
互いに向かい合う。リベルト伯とデルツィオも立ち上がった。
「クロード! 他の皆も、落ち着け! 決闘などに乗ってはならない!」
「バルバリタ様! これは決闘裁判ではありません。こんなことは認められない! それにこれ以上、フルースタ伯爵家の家名に傷をつけてはならない!」
「どいつもこいつも……るせぇっ!!!!」
唾を飛ばす勢いで、バルバリタが咆える。
「もういい! ロキアンナ、やれっ!!」
「おう! 【ロックグレイヴ】!!」
ケントの合図でロキアンナがそう言うと──
ドドドドドド……ンッ!!
傍聴席の地面が突如盛り上がり、剣のように鋭い岩があちこちから突き出してきた。
人々が悲鳴を上げる。
おのれ……【魔術】か!!
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