第60話 【聖女弾劾裁判】男爵騎士〈バロンナイト〉の帰還
「俺の話はさておき、コイツの話が途中だったろ?」
そう言うと、グランゴはルデリーノに顔を向けた。
「さっきの続きを聞かせてくれよ? 俺も興味あっからよ」
「あ、ああ……」
「シエンナに到着するまでの二日間、馬車ん中で二人きり、熱~い時間を過ごしたんだろ?」
グランゴがふざけ合う様に、ルデリーノを肘で小突いた。片方の口角を上げ、にやりと笑ってみせる。それを見て、ルデリーノもまんざらでもないように笑った。
「そりゃもう。顔に似合わず激しいのなんの……。ええと、どこまで話したっけな? あ、川辺で服を脱ぎだしたメルテルが──」
「しっかし、不思議だよなぁ」
ルデリーノの言葉を遮り、グランゴが空を見上げる。
「今のお前の話が本当なら、あの話は何だったんだ?」
「えっ?」
「お前、俺たちに言ったよな? 二日間、距離を縮めようとしたけど全然ダメで、口説けなかったって……。お茶に誘っても断られたってよ……。今の話だと、もうそう言う仲になってたわけだな? そりゃもう、お茶に誘うどころの話じゃないんじゃないか? えぇ、ルデリーノ……?」
「グ、グランゴさん……??」
雲行きが怪しくなったのを感じ、ルデリーノが顔を引き攣らせる。そんなルデリーノの顔を見て笑い、グランゴは太い腕をルデリーノの首に絡ませた。
「領主さんよ。いや、今日は裁判官、だっけ? 俺とメルテルとそこに座るクロードとか言うオッサンには、ちょっとした因縁があんだよ」
「……聞かせてくれ」
ちらと俺を見た後、グランゴに顔を向けてリベルト伯はそう返した。
「おい、勝手に決めるな! 裁判権は俺たちが──」
「黙っていろ、ダンテカルロ!」
一喝するようにリベルト伯が言い放つ。
「二人とも、そなたらが召喚した証人であろうが」
「ぐっ……!」
「だが二人とも、ここは厳粛な裁きの庭だ。その証言台に立つものは何人も、真実のみを口にし、偽りを口にしてはならない。それを忘れるな」
念を押されて、グランゴは肩を竦めた。
「ええ、ええ。仰せの通りに。俺もコイツも、本当のことだけ口にしますよ。なぁ?」
グランゴが強引にルデリーノを引き寄せる。
「俺と俺の仲間は、コイツに頼まれて、そこにいるクロードを呼び出して襲ったんだよ。六人がかりでな。……まあ結局、全員返り討ちにされたって言うか、言葉の通り手も足も出ずに終わったけどよ」
「本当なのか、クロード?」
リベルト伯に問われ、頷く。
「ルデリーノは行商の帰りに、シエンナの修道院を目指して聖都から旅をしているって言う聖女を拾ったんだとさ。そこにいるメルテルのことだ。んで、メルテルを一目見て気に入っちまったんだとさ」
そう言うと、グランゴが親指を立てて、ルデリーノを指し示す。
「コイツがあくまで紳士的にお茶にお誘いしていたところ、そこのオッサンが急に暴力的に邪魔してきたらしい。それで仕返しをしたかったんだと……」
グランゴがルデリーノの頭に大きな手を置く。ルデリーノはびくりと肩を揺らした。
「なぁ? お前は俺たちに、そう言ったもんな? けどよ、さっき言ってた話と随分違うじゃねぇか。どういうことだ、ルデリーノ君!?」
「ひいぃ!?」
「まだメルテルとは何もないんだろ? 口説けなかったんだろ? だからこそ、お近づきになりたくてお茶に誘ってたんじゃないのか? えぇ!? ホントのトコ、どっちなんだよ!?」
ぐ、ぐ、ぐ……!
グランゴがルデリーノの首筋にその大きな手を置いて力を込めた。ルデリーノが顔をしかめる。
「わ、分かった話すよっ!」
ルデリーノがグランゴの腕を振りほどく。
「こ、この女っ、こっちがいくら気さく喋りかけても、いくら口説こうとしても
「もうよい!!」
リベルト伯が素早く言葉を遮った。厳しい眼をルデリーノに向けていた。
「ルデリーノよ、最後に一度だけ訊く。心して答えるのだ。宣誓の言葉を忘れるな。偽りを申せばそれ相応の罰を受けてもらう」
「……!?」
「先ほど話していたそなたの証言は嘘だったのだな?」
「……は、はい」
「グランゴの言っていたことが真実なのだな?」
「はい……」
「なぜ、嘘をついた?」
「……」
「答えよ、ルデリーノ!」
黙るルデリーノを見て、グランゴの顔が赤くなる。奴の胸ぐらを掴んだ。
「誰に
「わっ、分からねぇ! 酒場で呑んでる時に声掛けられたんだ。フードで顔も隠してたが男だった」
「そいつになんて言われたんだよ! 吐けっ!!」
「メ、メルテルがどんだけ淫乱な女かを裁判で証言しろって……! そ、そしたらバルバリタ様の御者として雇ってやるってさ。お、俺は王都の住人になるんだ! そしたら王都の美人な女を抱き放題さ! こんなクソ田舎とはおさらばだ!!」
「それが、嘘の証言をする見返りって訳か。そんな下らねぇことのために……!!」
グランゴが拳を振り上げる。
「よすのだ、グランゴ!!」とリベルト伯が止めた。
「兵よ、ルデリーノを連行せよ。先ほどの証言が聞くに値しないことだけ知れれば十分だ」
「「ハッ!」」
二人の騎士がルデリーノに迫る。
「バ、バルバリタ様! お、俺ちゃんと証言したぜ!? ちゃんと王都で雇ってくれんだよな!? なぁ!!」
ルデリーノは証言台から身を乗り出して訴えた。
「……?? どなたですの??」
バルバリタが目をぱちくりさせながら小首を傾げる。
「はぁあっ!?」
騎士が両脇からルデリーノの肩を掴む。ルデリーノは近衛騎士たちにも助けを求めたが、誰一人、見向きもしなかった。
放心状態になったルデリーノが、騎士に引き摺られるように退廷する。
「俺もこっちに座らせてもらうわ」
グランゴがこちら側の証人席へと座った。黙って見ている俺と目が合うと、少しばつが悪そうに口を尖らせた。
「いいだろ? 傍聴席に戻んのが、面倒なんだ」
「……ああ、構わんさ」
「き、貴様ぁ……!! はじめから、そちらの味方をする気だったのか!!」
ダンテカルトが恨みのこもった目をグランゴに向けた。
「ん? 俺は嘘なんてついてないぜ。最初に言ったよな? お前たちにとって有利になる話だって。まあ、お前たちってのは、こっちだけどよ?」
「ふざけるなっ!!」
リベルト伯が木槌を打って、バルバリタを見やった。
「一体どういうつもりなのだ? 説明してもらおうか、バルバリタ」
「さあ、なんのことだかさっぱりですわ」
バルバリタは憎らしい困り笑いでリベルトを掬い見た。
「先ほどのチンピラなんてわたくしは知りません。それに、あの男の話が嘘だからと言って、王都や聖都でのメルテルの罪が消え去るわけではない。この請願書があるのをお忘れなく。犯罪者リベルト・アスター!!」
その言葉で、バルバリタ側が再び全員立ち上がった。
「さあ、リベルト。そこをどけ!!」
「バルバリタ様が、弾劾裁判の判決を下す!」
「何をする気だ!?」とデルツィオも思わず腰を上げる。
ケントが気合を入れるように首の骨を鳴らした。
「不当に裁判官の座を占拠する輩を排除しようと思ってね。陪審員や書記を含めて、お前たちの席には俺たちが座る」
陪審員たちの顔が凍り付く。
いよいよ最終手段に打って出る気か。
俺たちも立ち上がった。
ダダンッッ!!!!
その時、勢いよく扉が開いた。
「待つのだっ!!」
中庭へ、一頭の馬が雪崩れ込むように入ってきた。
やっと来たか!!!!
馬上の老人を見て俺は安堵した。
「どうやら最後の証人がやっと、出廷してくれたようだな……」
俺と目を合わせると、リベルト伯も安堵の表情を浮かべた。
カン!! カン!!
「前シエンナ騎士長ヴァンフリード・マルテロを証人として召喚する!!」
傍聴席を含むその場にいる全員を見やって、ヴァンフリードがその場で跪いた。
「ヴァンフリード・マルテロ。メルテル様の噂が真実か否か、その真偽を確かめるために王都並びに聖都を回り、今シエンナへと戻ってまいりました」
「……!?!?」
バルバリタたちがざわついた。
俺も内心驚く。
聖都まで足を運んでいたとはな……。
「まず初めに、メルテル様に申し上げたい」
そう言うと顔を上げてメルテル殿を見る。その顔は久しぶりにメルテル殿と再会した時に見せていたあの笑顔と同じだった。
「王都にいるご家族は全員無事にございます。事情を伝えて、しばらくは用心するようにお伝えしました。もう、何を発言されても心配はいりません!!」
ジャラジャラン……ッ!!
それを聞いて、メルテル殿が手で顔を覆う。
両手の鎖が揺れた。
「よかった…………!!」
身体の内側から絞り出すようにそう言うと、肩を震わせた。
「ヤッター!!」
リリィが両手を天に伸ばしてそう言った。俺を見て笑う。俺も頷き返した。
「メルテルさんのご家族、無事だったんですね……」
ルージュもほっとしたように胸に手を置いてため息を漏らす。
ヴァンフリードが動いていることはリリィとルージュ、メルテル殿も知るところだった。だから俺たちは、裁判の時を稼いで、ヴァンフリードの帰還を待っていた。
この裁判でもバルバリタらの芝居によって、お裁きの場は歌舞伎の舞台のごとくと化した。裁判自体を乗っ取られ、あやうく真実を有耶無耶にされるところだったが、メルテル殿のお父上たちの無事を確かめることができた今、これでメルテル殿も俺たちも気兼ねなく戦える。
攻勢に転じる。一気に叩くぞ……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます