第40話 【メルテル視点】バルバリタ劇場、再び
「どう? この店のクレープ美味しいでしょ?」
「はひ。ほいひひでふ」
ちょうど一口食べた時にケントさんにそう訊かれて、変な喋り方で答えてしまった。
「よかったぁ、気に入ってもらえて」
ケントさんが笑いながら隣に座る。触れそうなほどに近い。
表通りから少し奥まった場所の、陽当たりのよい階段に腰掛けて、わたしたちはクレープを食べていた。
……はぁ。何やってんだろう、わたし。
ちゃんと断れなかった自分が嫌になる。けれど、断る理由がなかったのも確かだった。ほかに約束があったわけでもないし。
ちらりとケントさんの顔を見る。
ここに来るまで、ケントさんはこの前のクリムゾンベアのことをずっと話されていた。森での戦いに不慣れだったことや騎士たちとの連絡不足が原因だったようだ。
『でも、迷惑をかけたのは確かだからね。今は森の復旧を手伝ってるんだ』
そう言われていた。
正直に言うと、わたしはケントさんのことはあまりよく思っていなかった。いつからかと言えば、最初から。
彼の仲間の三人がクロード様のことを侮辱するような態度だったからだ。
けれどケントさんは、あの三人に比べてクロード様のことを罵ったりはしていなかった。それでもやはり、クロード様やリリィさんやルージュさん、アルマーさんに対して見せる態度を見ていると、どうしても近づきがたい印象を持ってしまっている。
「あははははっ!」
「ねぇ、早く行こ!」
明るい笑い声が上から聞こえてきた。小さな子どもたちが階段を跳ねるように降りていく。手には花びらが入ったバスケットを持っていた。
「そろそろパレードの時間だね」とケントさんも立ち上がる。
「はい」
「俺たちも観に行こう。メインイベントらしいからね」
立ち上がる腰が重たかった。
昨日知った。クロード様もパレードに出席するそうだ。イスドレイク討伐後、クロード様は町の英雄で、リベルト様たちとパレードに出席するのは当然のことと言えば当然のことだった。
嫌だな……。ケントさんと一緒のところ、見られたくない。
そう思っている自分がいる。
◇◇◇
中央広場には多くの人が詰めかけていた。吟遊詩人たちの小型ハープやリュートの音が満ち、子どもたちが振りまく花びら越しに誰もが楽しそうにしている。
「なんでも今年は高貴なご令嬢様が来ているらしいよ」
「そうなの? どんな人?」
「そこまでは知らないけど。でも、とても美しい方だと噂になっているよ。王都から来たんだってさ」
近くの人々がそんな話をしていた。
パーララーッ!
ラッパが高らかに吹き鳴らされた。そして奥から花で飾られた馬車がやってきた。
シエンナの旗をなびかせる騎士たちに先導されて、とてもゆっくりと二台の馬車が近づいてくる。見ている人たちは歓声を上げ、拍手で出迎えた。
前列の馬車の屋根──そこに乗る女性を見て、わたしは血の気が引いた。
「ど、どうして……?」
「メルテル?」
クレープを落としてしまった。ケントさんが不思議そうに覗き込んでくる。わたしは馬車の屋根に乗る彼女しか見えていなかった。
少しずつ少しずつ、わたしに近づいてくる。わたしは思わず後退りした。
なぜ、ここにいるの? バルバリタ……。
彼女は沿道の人々に、にこやかに手を振っていた。そしてその暗いマリンブルーの瞳が、わたしを見つける。
彼女の目元が大きく緩み笑顔になった。わたしは足が竦んで動けなかった。
「メルテル! メルテルではありませんかっ!!」
バルバリタがそう言った。その声はよく通り、衆目が馬車の上の彼女に集まっていく。
中央広場のその真ん中で、馬車は止まった。それにつられ、周囲の馬も後続の馬車も歩を止める。
「メルテル! メルテル・ステラベル! ああ、わたくしの友よ!!」
身を乗り出すようにわたしに手を差し伸べる。人々の目は自然とわたしへと注がれる。
「メルテル! まさか貴方がこんな場所に。シエンナにいるなんて! どうしていたのです? 心配していたのですよ?」
「どういうことだ?」
「あの修道女さん、最近シエンナに来た人だよね?」
「知り合いなのかな?」
そう言う声が聞こえ始める。
「彼女はメルテル・ステラベル! 王都のステラベル家の伯爵令嬢にして、聖都では光輪の大聖女エレオノーラ様の下で修業を積む聖女だったのです!」
あの日の出来事が鮮烈に脳裏に蘇って、鎖のようにわたしを締めつける。
ああ……。また始まるんだ……。
あの時もそうだった。まるで坂道を転がる車輪の様に、止めたくても止まらない。躊躇う間に、あれよあれよと周囲の人々を巻き込んで、車輪は勢いを増して転がっていく。巻き込まれた人々は観衆となり、異様な熱気に包まれていく……。
バルバリタは、何度もわたしの名前を呼んで、馬車から降りるとこちらへ駆け寄ってきた。周りの人たちが彼女に道を開ける。立ち竦むわたしを囲むようにして人の輪ができた。
「さあ!」
手を取られ、わたしはバルバリタに馬車の屋根に乗せられた。
「わたくしの友、メルテル・ステラベルです! 嘆かわしいことに彼女は今や、王都のみならず聖都でも国を揺るがしかけた淫乱な聖女として名が広がっているのです!!」
その一言が波のように広がって、花祭りの華やぎやあたたかな人々の空気が徐々に変わっていく。
「アステル王国の精神的支柱、大聖女エレオノーラ様に近づくために多くの聖職者たちに近寄り、その身体を使って堕落させた淫乱な聖女として烙印を押されています!! そればかりではありません!!」
バルバリタがわたしの手を握る。逃げられないように強く。腰にも手を当てられて、周囲の人々に顔を向けるようにゆっくりと身体を回される。
「彼女は王家に近づくために、多くの王都貴族とも関係し、王家に近い公爵様との婚約まで取りつけたのだと噂されているのです!!」
楽の音もいつの間にか消えて、人々のざわめきだけが中央広場を包む。そこへ、バルバリタの声が響く。
「大聖女様と公爵家に近づき、国家転覆を謀った反逆者!! 王都や聖都ではそう呼ばれていますが、それでもわたくしは貴方の無実を信じています。このシエンナの民のように!!」
胸に手を置き、瞳を潤ませてバルバリタは訴えた。
「シエンナの民の、なんと聡明で慎み深いことか!! 王都や聖都での噂や悪評など気にすることもなく、そんな作り話には左右されずに我が友メルテルを受け入れてくれているのだから!! メルテル! 貴方の様子を見ると分かります。ここで貴方が受け入れられていることに!! ああっ、やはりわたくしは、シエンナに来てよかった!!」
バルバリタが両手を取ってわたしと向き合った。
「元気そうで何よりです。いつか王都にも戻ることができるように、友としても助けたく思っていますよ」
全身を凍りつかせたわたしに、バルバリタが微笑みかける。
彼女は一体、何をしたいのだろう? 何が目的で、わたしをどうしたいのだろう?
何も分からない。
「これを」と何かを手渡される。
それを見て、完全に息が止まった。
手渡されたのは、わたしがお父様に宛てて送ったはずの手紙だった。
ふわりとバルバリタがわたしを抱きしめる。そして耳元で静かに暗く、でもはっきりと言った。
「ふふっ、見ぃ~つけた。もう逃がさないわよ?」
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