第39話 パレード直前
憂うつだ。これからリベルト伯やヴァンらと共に、花で飾られた馬車に乗ってパレードなるものに出る。
ほんの昨日だ。そう言う誘いがあった。
町の人々も望んでいるから是非、馬車の上から手を振ってやってくれとしつこく誘われたので無下にできず。だがしかし、う~ん。あのような華やかな舞台は慣れんな……。
パレードの準備が整うまで、館の一室にてリベルト伯とヴァンと共に茶をして過ごす。紅茶と呼ばれる甘く風味豊かな茶である。
「私に訊きたいことがあるって?」
こちらの問いかけに、リベルト伯がそう言った。
「うむ。先のイスドレイクの件にござる」
「なにかな? 早速、ソーガ・クロードの英雄譚を執筆してくれ、なんてことかい?」
「ハハハハ! 気が早いな、ソーガ! あ、いや。今、花祭りで吟遊詩人らも来訪しておるから、詩人たちにそなたの武勇を話してやれば、よい抒情詩を作ってくれるかもしれんな」
ヴァンが愉快そうに笑う。こちらが黙っていると、「なんだ、浮かない顔をして」とリベルト伯が訊いた。
「あの古代龍がどれほどの脅威なのかは嫌と言うほどに聞かされた。しかし実際のところはどうなのだ?」
「どうなのだじゃと? 前も言った通り、神でもなければ一人で打ち倒すなど不可能なほどの強さじゃ」
ヴァンが呆れたように言葉を返した。
それは分かっているのだが、手応えがなかった。謙遜でも見栄を張っているわけでもない。言葉の通り、生き物を、肉や骨を断った感触が、なかった。実際、刀身に血のりの痕すらなく、斬撃が飛び、それで斬れた。
俺はまっすぐに二人を見た。
「俺は光の姫神ティアにこの世界を死から救ってくれと頼まれている。そこでお聞きしたい。あの古代龍は、この世界を死に陥れるほどのものだったのだろうか?」
もしもそうならば、俺のこの世界での役目は終わったと言うことになるが……。
真剣に俺が問うと、リベルト伯とヴァンも真顔に戻る。
「古代龍は確かに脅威だ。だが討伐できないわけではないよ。あんなものが都市に降り立ったら多くの犠牲が出るのは確かだけどね。けれど世界を死に至らしめるかと言ったら、そこまでではないだろうね」
「もちろん古代龍が何十匹も舞い降りたら話は別じゃがな」
リベルト伯の言葉にヴァンが付け加えた。
「何か気になっておるのか?」
「いや……。ところでお取り調べの時に誰かが言っておったのだが、イスドレイクがこの地に降り立った理由とやらは調べがついたのであろうか?」
「ああ、そのことなんだけどね」
リベルト伯が紅茶を一口啜る。
「古い文献に記述が見られたよ。季節を巡らせる
「災厄の前触れでござるか」
「うん。ただ昔の迷信みたいなものだから、どこまで真実かは分からないけれどね」
「今回のように、はぐれ龍自体が災厄のようなものだからな」
二人の言葉を聞いて、ひとつ答えが出せた。
「今の話を勘案して考えるなら、やはりあの古代龍は拙者が転生した理由ではなさそうだな。まず、それを聞けてよかった。それに古い言い伝えが正しいのなら、今後その災厄が訪れぬとも限らん」
「そうならないことを祈るけれどね」
「その時はまた頼むぞ、ソーガ」
「うむ」
トットットットッ……!
小気味よい駆け足が近づいてきて、騎士が一人、吹き抜けの入り口の前に立った。
「リベルト様! 馬車の準備が整いました!」と短くハッキリとした声でそう言った。
「さて、では我々も行くとしますかね!」
リベルト伯の一言で俺たちも立ち上がる。
「しかしソーガよ。お主、ほかに着るものはなかったのか?」
「ん?」
ヴァンが怪訝そうに俺の服装を眺め見る。
俺は普段の袴姿だが、今日はパレードと言う晴れやかな舞台。リベルト伯やヴァンだけでなく騎士たちも普段とは違う華やいだ服装に身を包んでいた。
「オーダーメイドでこちらの服を仕立ててやると言ったのに断られてな」
前を行くリベルト伯がそう言って笑った。
「なんだ、もったいない……」
「外に出ん時はこちらの服も着ているが」
そう言って刀の鞘に触れる。
「こちらの服では刀が差せんからな。それに、どうにも動きにくい」
「そんなに動きやすいのか? そのハカマと言うやつは」
そんな話をしながら館前で待っている馬車の屋根に乗り込む。手すりがついていて、リベルト伯とここに乗って人々に手を振らねばならない。
ああ、また憂うつになって来たな。
ヴァンやデルツィオら騎士たちは馬に跨って馬車の前後で列をなしている。
俺もあちらの方がいいな。
「前の馬車も準備はできているのかな?」
騎士の一人にリベルト伯が訊いた。「はい。もうこちらへ来られています」と騎士が答え終わる前に、別の棟から美しいドレスを着飾った女子と青を基調とした鎧の騎士たちが現れた。女子のドレスは雪のように白く、そこに薄い黄色や桜色の花びらがあしらわれている。
「お待たせしてしまってごめんなさい」
暗い藍色の髪と目で頭上のリベルト伯を見上げた。
「頭上から失礼。私も今来たところですから、お気になさらずに。ドレス、お綺麗ですよ。町の皆も喜ぶでしょう。貴方も楽しんでくださいね?」
リベルト伯がそう言ってお辞儀を返す。並んで俺も頭を下げた。女子がちらとこちらを見る。そのまま行ってしまい、前列の馬車の屋根に上がった。
とても柔和な笑みを浮かべて騎士たちと談笑をしている様子だが、俺はその藍色の瞳の奥に言葉では言い表せないただならぬ気配を感じていた。
「…………」
「クロード、どうかしたか?」
「いえ……」
なんなのだ、あの女子の表情は……。
そう思っている間にも、騎士たちに囲まれた二台の馬車はゆっくりと進み始めた。
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