第37話 【ケント視点】パーティー離脱

 ルージュとリリィが俺たちに向かって深々と頭を下げた。


「ケントさん、そして皆さんも。今日まで本当にお世話になりました。ですが、私たちは抜けさせていただきます」

「みんなには本当に感謝してるよ。けど、ここまでにしようよ」


 突然のパーティー離脱宣言。それを聞いた三人がキレる。


「パーティーを抜けるぅっ!? アンタら、どういうつもり!?」

「自分の立場分かってんの? 戦闘じゃ碌な役にも立たないのをここまで使ってやったのに、何偉そうなこと言ってんだよ? 絶対許さないから!」

「いい加減にしろよ? 今から俺たちは古代龍の残骸を回収しに行くんだぞ!? 魔物の解体と回収は本来、二人の仕事だろ! 特に【アイテムボックス】がないとキツイのに、それを前にパーティー離脱を申し込むなど、何の当てつけだ!?」


 三人ともかなり怒っている。


 当たり前だ。これから俺たちはあの男が討伐し、未だに野ざらしになっている古代龍の身体の一部を回収しなければならないのだから。あのクソ領主に命令されて。


 【アイテムボックス】があるかどうかで作業効率は雲泥の差だろう。それを分かっていて、このタイミングでパーティーを抜けたいなど、ふざけているとしか言いようがない。


「理由くらい聞かせてよ。これまでずっと一緒に旅してきた仲間じゃん」


 困った顔して俺は頭を掻いた。


「ついてけないんだよ、みんなのやり方には……」

「方向性の問題、でしょうか」

「方向性?」

「爵位を上げランクを上げ、そのために多くのダンジョンに潜る。それがみなさんの目指すところでしょう? それを否定するつもりはありません。ですが、それは私やリリィさんがやりたいことではないんです」

「これからも上を目指すなら、あたしらは足手まといにもなるでしょ?」


 ユージーンがため息を吐いて俺を見た。


「だとさ。どうする、ケント?」

「……少なくとも、今日まではお願いしたいけどね」

「そうだよ。テメェらの尻拭いしに行くんだよ、こっちは!」

「いい迷惑なんだよ! 最後に荷物持ちの仕事くらいしてから出て行けっての!」


 ロキアンナとレイラが吐き捨てるように言った。


「それにな、二人とも勘違いしているようだが、俺たち四人は子爵! お前ら二人は男爵の身分だ。階級的にも俺たちには逆らえねぇんだぜ?」

「聞き捨てならんな」


 ユージーンの言葉を切り返すように、ギルドの外から声が飛んできた。肩まで黒い髪を伸ばした男が中に入って来る。


「デルツィオさん、お久しぶり」


 アルマーがそう挨拶した。老いぼれの右腕としてシエンナ騎士団をまとめているデルツィオと言う男だ。


「君たちが古代龍の素材回収をするのは懲罰の一環だ。先の領主の森の一件のな? そこのお嬢さんたちには何の関係もないこと。いや、関係ないどころかお二人はイスドレイク討伐に功績のある方々だ」

「あ?」

「ホントだよ。手を貸してやる必要はないよ、二人とも」


 アルマーが出しゃばる。デルツィオは俺たちを見て続けた。


「それに、身分のことを言うのは好きではないが、身分的にも彼女たちは君たちよりも上だよ?」

「なんだと? こいつらは男爵だろ? 俺たち子爵よりも下なんだよ!」


 デルツィオはユージーンの言葉を無視して、リリィとルージュ、そしてずっと隅で話を聞いていたあの男に向き合った。


「新しいカードだ。受け取ってくれ」

「おおっ!」

「ありがとうございます……」

「おめでとう。二人とも今日から晴れて伯爵だね」


 アルマーが笑顔でそう言うと、ユージーンらが仰け反った。


「は、伯爵だとっ!?」


 伯爵。つまり子爵である俺たちより上だってことだ。


「遅くなってすまなかった。調査が長引いてね。それに王都からの客人をもてなす準備なども重なり、ここの所バタついていたのだ」


 デルツィオが頭を下げる。


「クロちゃんのカードも見せて」と、リリィがあの男の腕に縋りついた。

「うむ。けれど、ランクがSになったくらいだ」

「お~! おめでとー!」

「正式な登録が済めば、爵位も騎士爵から公爵へと上がるだろう」


 そう言うと、デルツィオは今度は俺たちに向き直る。


「それではケント、ユージーン、ロキアンナ、レイラよ。我々もそろそろ出ようか? 兵数名と荷車二台を貸すのだ。手早くやって今日一日で終わらせよう」


 みんな舌打ちする。リリィとルージュを睨んだ。


「スキルを買って使ってやっていたが、後悔しても知らんぞ!」

「大人しく道具してりゃいいんだよ、クソが!」

「その辺で野垂れ死んじまえ!」


 二人に向かって捨て台詞を吐き捨てた。


「……まるで私たちのこと、便利な道具くらいにしか思っていない言い方ですわね」


 顔から表情を消して、ルージュが低い声でそう言った。だから俺も早口に言葉を差し挟む。


「道具の自覚あるなら黙って使われてろ、バーカ」


 反論する余地を与えずに、「さてっ!」と手を叩く。


「さっさと行こうか!」

「待て」


 あの男が俺たちの前に立った。その顔は怒っているというよりも困惑し呆れているようにも見えた。


「何だ?」

「そなたらは、前の世界では民を下賤と見なす高貴の身でもあったのか?」

「あ?」

「邪魔だ。どけよオッサン」

「キモい顔見せんな」


 あの男は、ため息を吐きながら首を横に振った。


「いや、それはどうでもよいな……。前の世界のことは知らないが、ここではそなたらも自由騎士。武士と似たようなもの。はねっ返りもよいが、礼節は忘れぬことだ。仲間だったのだろう?」


 俺たちが無言を貫いていると、「ケントさん……」とルージュが俺に呼びかける。


「あなたは隠しているつもりでしょうが、私たちにもソーガ様にもバレていますよ? 私たちのことを道具程度にしか思っていないことも、あなたのその虚栄心や自己顕示欲も……」

「四人に感謝してるのは本当だよ。だから、これ以上あたしたち、みんなのこと嫌いになりたくないよ……。それにこの前、ケントも言ってたよね? 同じ転生者だからって助けてやる義理はないんでしょ?」


 よし。コイツら殺そ。


 そう決定し、外に出た。


◇◇◇


 デカい荷車を押しながら修道院へ続く道から外れて東の野を進む。イスドレイクの残骸があちこちに散らばっていた。


 丘に何本も抉れた痕が残っている。


「なんだよこれ……、魔獣の爪痕みたいな」


 ユージーンがぽつりと言った。


「古代龍の攻撃の痕っしょ?」

「いや、違う」


 ロキアンナに俺はそう返した。


「おそらくこれは、奴の仕業だ」

「奴って、あのオッサンがやったっての?」


 レイラに向かって俺は頷いた。


「やっぱアイツ、スキル隠してやがったのか……」

「それも違うと思う。この戦いの痕跡を見て確信した」


 そう言うと、三人が問うようにこちらを見た。


「あるだろ、アイツには。俺たちに隠していることが……。ユージーンでもレイラでも抜けず、俺の【鑑定眼】も弾いた……」

「「「刀か!」」」

「ああ。イスドレイクの単独討伐……、冷静に考えてみるとあり得ないことだ。それを可能にしたのは、あの刀。あいつの秘密はあの武器にある」

「じゃあ、あの武器さえ奪っちまえば……」


 ユージーンが残忍な表情で笑った。良い笑顔だ。俺もあることを想像して笑いが漏れた。


 武器を取り上げられて俺に嬲り殺されるアイツの姿……。


 そうだ。あいつの強さは偽物だ。あの武器が強いだけ。あの刀さえどうにかできれば。ヤツはやはり、ただの無能。

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