第30話 【お約束】レミちゃんに一体何をしたっ!?【勘違い】

 寝不足だ……。


 昨晩はレミ殿と夜更けまで話していた。俺が生きた時代のこと──幕府や藩を揺るがす事件から日常の暮らしまで根掘り葉掘り問われ、まるで奉行所にてお取り調べを受けている気分だった。

 当人は、目を輝かせて聞き取ったことを書きつけていたが……。


 その時にレミ殿と約束を交わしたのでホールに向かう。


 レミ殿は砂色の長袖長ズボン姿で、バスケットと呼ばれる編みかごを手にしていた。地味で目立たない格好だがそれでも溢れる魅力のためか、人々に取り囲まれている。


「お待たせし致した。拙者はいつでもよいが」


 そう言うと、レミ殿が跳ねるように横に並んだ。こちらを見上げてくる。


「もう、遅いよ……」

「かたじけない。しかし、レミ殿が悪いのだ。昨日はなかなか眠らせてくれぬから……」

「ハハハ! ごめんね。君のこと色々と知りたかったんだ。お陰で昨日の夜はとっても楽しかったよ」


 話していると、その場が一瞬静まり、次には騒然となった。


「はぁっ!? どういう事だよ、オッサン!! 昨日の夜ってなんだ!!」とユージーンが凄む。


 騎士たちも身を乗り出してきた。


「ククク、クロード様っ!! 英雄色を好むって言いますけどぉ、でも僕、やっぱりそう言うのは良くないと思いまーす! 騎士道的にも、そう言うエッチなのは良くないと思いまーす!」


 騎士の一人が挙手してそう言った。


 雁首を揃えて、お前たちは何をしておるのだ……?


「クロードッ!!!!」

「むっ!?」


 レッキオに両肩を掴まれる。


「見損なったぞ!! お、お前……っ!! レミちゃんに一体何をしたっ!?」

「何を言っておる? 話しをしていただけだ」

「ほ、ホントかっ!? それホントかっ!?」

「ああ」

「絶対、絶対にホントかっ!?」

「くどい!!」


 パチンと顔の前でレミ殿が手を合わせた。大げさに頭を下げる。


「皆さん、本当にごめんなさいっ! でも、単なる遺跡の調査だし手伝いは彼一人で十分だから」


 それを聞いて人々が落胆する。


 レミ殿はこちらに向き直った。


「三日月亭の厨房を借りてサンドイッチを作ったから、お昼は向こうで一緒に食べようね」

「レミ殿が? それはかたじけない。サンドイッチとは燻製肉の輪切りと葉野菜などを挟んだパンだな。あれは拙者せっしゃも好きだ」

「そう? なら良かった」


 それを聞いていた人々が歯ぎしりする。


「なっ!? パーティーを組むばかりでなく、レミちゃんの手作りサンドイッチまでもっ!?」

「ず、ずるい! ずるすぎるわっ!」

「もうそれ単なるデートだろっ!?」


 心の中で嘆息しつつそんな人々を眺めていると、レミ殿が咄嗟に俺の手を握った。その手の柔らかさに思わずこちらの手は固まった。


「さ、時間が惜しい! 僕がここにいられるのは限られているからさ。早く行こう!」


 レミ殿に引っ張られるようにギルドを出る。


「夕方には戻りまーす!」

「で、では行ってまいる」


 前を走るレミ殿はなんだか楽しそうだった。


◇◇◇


 修道院長のローザ殿に案内されて、修道院の裏手から森に入る。森と言っても、修道院の敷地内で、人の手が入った果樹や木の実を生らせる木立が多かった。

 【聖術】による結界の中でもあり、魔物などもいない。


「こちらが闇の祭儀場でございます」


 さほどかからずに到着する。開けた場所に石室があった。入り口は扉で塞がれ、錠がされている。その石室の前には円形に石畳が敷かれていた。


「いにしえには闇を司る神がいたとか……。ここは古代にそんな神を祭っていた場所だと云われております。今、そのような神はこの世界におりません。魔族たちは、今でも闇の神の復活を信じているようですが……」


 ローザ殿がそう教えてくれた。本来扉もなかったらしいが、修道院で設置したようだ。


「わざわざ案内していただいて、ありがとうございます、マザー・ローザ!」

「……っ! い、今、鍵を開けます」


 レミ殿に笑顔を向けられローザ殿が顔を赤らめる。咳払いして鍵を開ける。閂を外して扉を開いた。


「中は暗いですから、お気を付けください」

「おぉ……!」

「これは……」


 中は人が十人前後入れるくらいの大きさか。驚くことに三方の壁と天井に壁画が描かれていた。その多くは奇怪な文字のようなものだ。


「扉をしてあるだけあって保存状態がいいですね。よい調査が出来そうです!」

「扉をしているのは闇を封印するためですが、それが役立ったのならよかったです」

「ありがとう、マザー・ローザ。帰る時はしっかり閂をかけて、帰りに鍵もお返ししますね」

「ええ、よろしく。それではわたくしはこれで。クロード様も、ごきげんよう」

「では」


 腰を折って挨拶を返す。


「それじゃ、クロード君。さっそくお願いできるかな?」

「うむ。明かり持ちをすればよいのだったな」

「うん。ええっと、ハイこれ」


 レミ殿がバスケットから木の棒を取り出し、こちらに手渡す。

 先端に鉄の枠がしてあり、中に白っぽい水晶が嵌まっている。レミ殿が水晶に指を触れると、明るく輝きはじめた。


「魔力に反応して光るクリスタル。ダンジョン探索などでもよく使うアイテムさ」

「なんとも便利だ」

「さっそくはじめよう!」

「うむ。……むっ!?」

「どうしたの?」


 石室の外よりただならぬ気配を感じた。鯉口を握り、外に飛び出す。


 なっ!?


 修道女たちが木の後ろや草むらからこちらを窺っていた。その眼はレミ殿にくぎ付けだった。


 ……何をやっているのだ、お主たち。……んっ!?


 その中に、メルテル殿も発見する。


 メ、メルテル殿……、お主もか。

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