幕間 一万年に一人の美少女
第27話 サムライ、魔狼種〈フェンリル〉を瞬殺してしまう
「グオオォッ!!」
「こうして見ると大きいなぁ」
突如現れた巨大な熊を見上げた。
ここはシエンナに近い村の外周。この二日、騎士たちと夜営を張っている。
村の家畜が夜な夜な襲われる被害が出ており、リベルト伯から依頼を受けた俺もシエンナの騎士団と共に丸二日、この野営地で、ある魔物の到来を待っていた。
「な、なぜクリムゾンベアがここにっ!?」
予期せぬ来訪者に騎士たちが戸惑っている。確かに、この熊は今回の討伐対象ではない。恐らくだが、こやつもイスドレイクから逃れて里近くまで来たのだろう。
「な、なんか、この前討伐されたやつよりデカくないか!?」
「当たり前だ。この間のは冬眠明けのガリガリの個体だった。これくらいが普通だ」
「どどど、どうするんだよ!?」
「うろたえるなっ!」
ヴァンフリードが馬上から一喝した。
「今回の相手はこれよりも強大なのだぞ!? この程度で陣を乱すでない! 火も絶やさずに燃やし続けよ!」
騎士たちが声で応じる。木を組んだ巨大な
「ソーガよ、大丈夫か?」
「うむ。この熊も倒したほうがよいのかな?」
「頼む。被害の報告は出ておらんが、村に向かったらただではすまないからな」
「承知した」
クリムゾンベアと対峙する。
「グオオォ──ッ!!」
両足立ちになり前足を大きく広げた。こちらも鯉口を握り、ゆっくりと刀身を抜き放つ。
ダッ!
その時だった。遠くから地を駆ける音が聞こえてきた。
ダッ! ダダッ! ダッ!! ダダッ!!
獣の足音……。来たか。
「ハッ! ハッ! ハッ! ハッ!」
跳躍する足音と共に、その息遣いも近づいてくる。そして──
ザッ!!!!
「!?」
──夜の闇に紛れ、それは突如クリムゾンベアの真後ろに現れた。
「ガウワ!?」
バグンッッ!!!!
巨大な口でクリムゾンベアの頭部に噛みついた。じたばた藻掻くクリムゾンベアを右へ左へ軽々と振り回す。
「グ、オゥ! グ、ォ……!」
一瞬で息の根を止めた。この熊も相当に危険な魔物と聞いていたが、まったく相手ではなかったようだ。
「ガウッ! ガルッ!!」
肉を引き千切り、喰らっていく。
「あっ現れた……!
「盾と槍を構えよっ!!」
ヴァンフリードに並び立つ男が叫ぶ。今回、騎士団長を務めるデルツィオという男だ。
「こいつが魔狼……。黒狼ガルルネロなる獣か」
初めて見る巨大な狼に感心する。
「シエンナの騎士たちよ!! 例え腕をもがれようと陣を崩すでないぞ!! 我らのすぐ背には村があることを忘れるなっ!!」
デルツィオの声に騎士たちが奮い立ち、鬨の声を上げた。微かに流れる戦場の臭い。
黒狼はあっさりとクリムゾンベアを平らげて、その真っ赤な目をこちらに向けた。
「ガルルルルッ……!!」
「黒狼よ。そなたもイスドレイクより逃れて山を下りたのであろう? もう脅威は去った故、山奥へ帰らぬか? 町村に危害は加えぬならば、斬り合うまでもないが」
「グルル……ッ!! ガルガルルッ!!!!」
「危ないっ!!」
黒狼の噛みつきを跳び退って躱した。兵士が思わず声を上げる。
「うむ。なら、やろうか」
刀を片手に、黒狼の後ろを見やった。
こっちの方向に村はないはず。確か遠くに森が見えるくらいだったな。
タッ、タッ、タッ……!
だが黒狼は、隙を狙うためかこちらの周囲をグルグル回りはじめた。
「……どうしたね?」
「ガフッ!?」
目の端で相手を捕らえ静かにそう問うと、黒狼は動きを止め、びくりと身震いした。
「グルルルッ!!」
突如、唸り出し、全身の毛を逆立たせる。
「グワゥッ!! ガルガルガルッ!!!!」
そして怒り狂って吠えたてはじめた。
「お、怒ってる!」
「だが、クロード殿はまだ何もしていないぞ!?」
「感じ取ったのじゃ。自分が前にしている人間が、単なる獲物ではないことをな」
陣形の中の騎士に、ヴァンフリードはそう答えた。
死角より襲ってくる気か、先ほどのように……。となると、騎士たちや村へ斬撃を飛ばさぬためには、あえてそっちの方を向いていた方が良いのか……。
そう思って、相手に背を向けた。
「な、なにをっ!?」
「あ、危ないですよ、クロード様!」
驚く騎士たちに「大丈夫だ」と笑ってみせる。
ダダッ!!
「あっ!」
「き、来ます! クロード様っ!!」
「グルル……、ガッ──!!!!」
相手の息を感じた瞬間、真後ろに身体の向きを変えて、そのまま逆袈裟に斬り上げた。
目の前で黒狼が縦に真っ二つに斬れて左右に転がっていく。
「危ないぞ! 衝撃に備えよっ!!」
同時にヴァンフリードが叫んだ。騎士たちがどよめき、身構える。
ドンッ! ドッ! ドドッ! ドザザ────!!!!
鮮血をまき散らしながら、黒狼の半分となった身体が、数度跳ねて騎士たちの前に横滑りしていった。
「ふぅ……。どうにか加減が──」
ドォ──ン!!!!
と思ったら、遠くで音が響いた。森の方からだ。
メシメシメシッ!!!! バリバリバリバリ──ッ!!!!
木々がなぎ倒されていくような音が聞こえてくる。
「……まだ加減が足りなかったか」
片手で軽く振ったつもりだったが……。折に触れて、町の外の人気のない場所で刀を扱い慣れる稽古をしているが、まだまだだな。
◇◇◇
朝日と共に、俺たちはシエンナへと戻った。
騎士団に別れを告げギルドへと戻る。リリィとルージュがちょうど出かけようとしていた。
「おはよう、クロちゃん! どうだった、
「うむ、滞りなく」
「と、滞りなくって……そんなさらっと言うことじゃないんだけどね?」
「ええ。Sランクパーティーに討伐依頼が来るものですよ? それを単独討伐なんて……」
ルージュがどこか嬉しそうに苦笑する。
「二人はこれから出かけるのか?」
「ええ。今日は野に出る女性や子どもたちの護衛に」
「花祭りがもうすぐはじまるじゃん? その祭りに使う花を摘みに行くんだ」
「ほう」
花祭りとは春の到来を祝うこの地の祭事だ。イスドレイクの影響も去り、すっかり春めいた日が続いている。それで、野の花々も思い出したかのように咲き出していた。
「クロちゃんは?」
「少し部屋で休もうかと」
「そうですわね。なんだかお顔がお疲れのご様子ですから」
「二日陣を張っていて、昨晩も一睡もしていないから、少しね」
「ゆっくり休んでね」
「ええ、ご静養くださいね。私たちはこれで」
「うむ。ところで今日はメルテル殿は来ておるのか?」
出て行こうとする二人に訊いた。
「メルちゃん? 昨日治癒所に詰めてたから、今日は来ないんじゃないかな」
「そうか……」
「なにかご用でしたか?」
「いや、よいのだ。二人も気を付けて」
部屋に戻って着替える。
こちらの寝間着も着慣れたものだな……。
ベッドに寝転がるとすぐに欠伸が出た。
……イスドレイク討伐より十日余りが過ぎ、俺は領主の館で騎士たちと稽古に汗を流したり、ルージュやリリィと薬草採集に出かけたりする生活を送っていた。
心身落ち着いた日々が流れているが、いつかは王都へ向かわないといけない。町の人々や騎士たちからはせめて花祭りまではいてくれと引き止められているため、それまでは留まろうと考えている。
それに、あまり会わなくなったメルテル殿のことも気掛かりだった。王都の家族に宛てた手紙の返事はまだ届いていないようだ。まあ今度会った時にでも訊くとしよう。
同じ町にいるのだし、会おうと思えばいつでも会える。と思っていたら、なかなか会わないものだな。
布団をかぶる。すぐに睡魔に襲われた。
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