即興短編集〜薄味〜
浅瀬
「便利屋dark〜依頼の半分、闇案件〜」
商店街の隅にあるような、しがない便利屋に電話がかかってきた。
喜んで電話を受けたのは助手の水崎で、依頼人の警戒心を解く、マクドナルド仕込みのスマイルの持ち主である。
「ある数字の水増しを頼みたいんだが」
「はい承知しました。詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?」
水崎が気を利かせてスピーカーに切り替える。
探偵兼社長でもある羽生は、窓際のデスクでスマホのパズルゲームをしながら、耳だけすました。
「隣町で起きた通り魔の事件だよ」
「はい?」
相手はねばっこい声のわりに短気なようで、せっつくように言った。
「事件の被害者の人数をさ、増やしてほしいんだよっ」
「それは……ニュースによれば2人の被害者が出た事件ですよね? どちらもさいわい腕や肩をかすられた程度で済んだと……」
「それだよ。不本意なんだよ、こっちにとっちゃ。5人はやるつもりだったってのに。なあ、便利屋ってのはなんでもするんだろ。金は払うからよ」
やばいです、と言いたげに水崎が羽生に視線を送った。羽生は指でOKを出す。
「は?」
水崎の声に電話の声も「は?」と返してくる。
「あ、いえ何でも。どうやら引き受けられそうです……指定の日時やその他ありましたらお聞きします」
男は今夜、と言った。凶器はアイスピック。
それが男の使用した凶器だからである。使ったら公園のベンチの裏にガムテープで貼るようにと指示された。
電話を切って、水崎は天井を仰いでから受話器をまた取り上げた。
「お前なにしてる?」
「え? 通報するんですが」
「しないよ。仕事してからだ。引き受けたからにはやらないとだめだろう、水崎助手」
怠惰そうな顔に口調の羽生は、あくびをして、さっと手を振った。
「じゃあ行きなさい」
「え?」
「え、じゃないよ。引き受けたのは君なんだから、君が実行して下さい。よろしくね」
唖然として、水崎はまばたきを何度もした。
ようやっと声をしぼりだす。
「……あの、僕捕まりますよ」
「捕まるね。悪いことだもの」
「止めてくださいよっ!」
悲痛な助手の叫びが事務所に響く。
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