臨時編成部隊訓練開始とブラウンの髪のクレスコ

 そして――


 更に日数が進み、ドルスの発案した銃火器部隊の志願者も出揃った。


 訓練に必要な設備のある演習場に集められ、すでに泊まり込みで訓練を始めているという。当然ながら指導教官は言いだしっぺのドルスが務めることになる。

 ちょうど、志願者のリストが書かれた帳簿資料をダルム老が持ってきてくれている。私は彼に訓練の状況を尋ねた。


「それで訓練状況は?」

「それなんだがなぁ」

「どうしたの? 深刻そうな顔して」

「その帳簿資料を見れば分かるぜ」


 私は言われるままに資料の中を眺めた。そして思わず、自らの目を覆った。


「なんてこと」


 天井の方を仰いでため息をつく。そして再び資料を眺めながら言う。


「志願者が53名中、女性はたった1人?」

「ああ、残念ながらな。俺達が考えていた懸念が見事当たっちまったようだぜ」

「たった一言、書き間違えた結果がこれかぁ」

「そうだな、せめて3分の1くらいは集まると思ったんだな」

「まったく。告知を出した担当者を殴り倒してやりたい気持ちだわ」

  

 私の吐いた物騒な言葉にダルム老は苦笑いだった。


「まあそう言いなさんな。ドルスも同じような言葉ぼやいてたからよ」

「あ、そうなんだ。まぁ、20名の定員に53名も集まってくれたんだから成功と言えば成功よね」


 そこだけ見れば十分に成功と言える範疇なのだから。

 私は志願者の名前と顔を眺めていく。志願者書類の右上には紙焼きで現像された顔写真が張られていた。

 その中の最後の一枚が私の興味を引いた。


「彼女ね。唯一の女性志願者って」

「ああ、心身ともに頑強である猛者ってわけだ」

「ならば、それに期待するしかないわね」


――クレスコ・グランディーネ――


 氏名欄で書かれたその名前が妙に記憶に引っかかった。目を離せない強い意思のようなものをその写真から感じる。

 自分の運命を、閉ざされた運命を、乗り越えて開かれた未来へと、血だらけになりながらもたどり着こうとする頑なな意志。


「似てるなあ」


 思わず呟いた私の声にダルム老は問いかけてきた。


「似てるって何がだ?」

「ダルムさん。あなたなら分かるんじゃない?」

「ん?」


 ダルム老もその女性志願者の書類を一緒に眺めてくれた。そして彼もこう呟いたのだ。


「ああ、そうか」


 彼はしみじみとつぶやく。


「昔のお前によく似てるぜ。誰にも頼れずに無我夢中でもがいていたあの頃のお前によ」


 彼女のその意志がどのような結果を見せるのか? 見守らずにはいれなかった。


「それで、ドルスの教官ぶりは?」

「ああ、想像以上に立派にやってるぜ。訓練開始早々、唯一と女性ということでクレスコが馬鹿にされていたそうだが、そいつを一発で黙らせたそうだ」


 いつもの気の抜けた感じからは想像もつかないが、言うときにはしっかり言うのがドルスと言う男だった。


「それで彼なんて言ったの?」

「こう言ったのさ、


『今、彼女にヤジを飛ばしたやつは即刻帰れ!』


――ってな」


 まさに胸のすく一言だ。


「やっこさん、こうも言ってたな、

 

『戦場で必要とされる人材の条件はたった一つだ〝敵に勝つこと〟そこには男性も女性も関係ない!』


 とにかく、あいつもクレスコって女性志願者が思いのほか気に入ったようでな、何かと面倒を見ているようだ」

「そう。それなら一安心だわ」


 そこで彼は、私へと問いかけてくる。


「ルスト、やっぱり昔のお前に重なるか?」

「そうね、否定はしないわ。あなたを傭兵稼業の師匠として色々なことを教わっていたあの頃を思い出すわね」

「そうか」


 私が傭兵として駆け出しの頃、事実上の師匠として色々な事をこの人から教わった。あの時のことを思い出さずにはいられないのだ。


「ルスト、こっちの方の業務の時間が空いたら訓練場を視察してやるといい。正規軍との交渉も落ち着いたから、お前の補佐にまわれるからな」

「そう? それなら早速お願いするわね。明日、見に行ってくるから」

「ああ、留守居は任せろ」


 そう言いながら彼は明日使う貸切り馬車を手配してくれた。私は期待と不安を胸にいだきながら明日のその時を待つ。


 翌日、私は制圧作戦の準備と言う激務の間をぬって、銃火器部隊の訓練場へと足を運んだ。

 そこで目の当たりにした光景はまさに〝熾烈〟そのもの。

 軽い気持ちで応募した者は次々でふるい落とされる。

 何が何でも、しがみついて〝新しい技術〟を手に入れたいと思う者だけがこの試練を突破できるのだ。


 今日もまた気持ちが折れた2名が荷物をまとめて去っていった。向かう先は原隊復帰元のお仕事だ。


 その日、私の目の前で行われていた訓練は銃器要員として基本中の基本の射撃訓練だった。


 彼らが手にしているのはライフル銃、新しく開発された7連発のリボルバーライフルだ。それを手に1回の訓練で21発の弾丸を与えられひたすら的を狙う。

 そして、一定数以上失敗すると、ペナルティーとしての走り込みが課される。

 今私の目の前では、書類でその存在を知ったクレスコが走り込みのペナルティとなっていた。

 私より一回り大きな体格だが、他の男性たちと比べると明らかに見劣りする。

 男女差を考慮してもやはり小柄なのは否定できない。


 そんな彼女は、カーキ色の訓練作業着に身を包みライフル小銃を両手で抱えて訓練場の走り込みに汗を流している。

 屈強な男たちに遅れを取るまいと、その姿は必死そのもの。

 寒風の吹く中、冷たさに頬を赤らめて懸命に走っている。ブラウン髪のショートヘアに青い瞳が印象的だった。


 彼女はドルスに叱責されてもなお、歯を食いしばって走り込みに向かう。未来の自分を諦めないために。私は彼女のその姿に、応援する気持ちを抑えきれなかった。


「頑張ってね」


 今はまだ直接会うわけにはいかないが、何としてもこの訓練を乗り越えてほしいと思わずにはいられなかったのだ。

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