ルストの頑なな主張と、大佐の同意 ―任務、ひと区切りする―

「彼女が拠点として用いていた倉庫施設、その中の彼女の私室を見聞したのですが、犯罪に心の底から加担しきっているような常習性の犯罪者のものとは到底思えませんでした」


 私の私見は続く。


「密輸を常習的に働き、男勝りの戦闘力を発揮して、多数の部下を抱える女ボス、それが全くの作り事に思えるかのように質素で微笑ましく可愛らしいものでした。私室のクローゼットの中には不似合いなまでの少女用のサマードレスまでありました。そのドレスに彼女の本心があるような気がしてならないのです」


 私の意見に大佐が私見を返してくる。


「そう考える理由は、もしかして君自身が女だからかね?」


 否定する理由はない。


「はい。その通りです。本当に心身ともに犯罪に染まりきっているのであれば、犯罪から得られる利益に価値を置いているのであれば、それに見合った贅沢が垣間見えるはず。ですが彼女にはそれがない。あるのはただ、自分の家族を奪われたと言う事実に対する〝怒り〟と、失われた家族への憧憬なんです」


 そこまで言って大佐の表情が変わった。

 両腕を組み思案している。


「その〝怒り〟が無ければ今回の事件は起きていないというわけか」

「はい」


 私の答えに大佐たちは顔を見合わせながら頷いていた。


「エルスト特級、君の意見について考慮してみよう。確かに国家の民を守るべき側の人間に尊厳を奪われたのであれば、その被害者はもはや国家に対して貢献しようとは思わないだろう。似たような事案を防ぐためにも、事件の背景をさらに深掘りしよう」

「では?」

「パリスに対する処罰については慎重に判断する。ただし、さらなる上級部署の判断が覆せるかどうかは保証できない」

「承知しております。ご配慮いただき誠にありがとうございます」


 私が感謝の言葉を口にすれば大佐は頷いてくれた。

 そして、大佐は立ち上がる。


「何か新しい情報が入れば報告してくれ。部隊の諸君もご苦労だった」


 大佐が敬礼で感謝を示す。私たちも速やかに立ち上がり敬礼で返礼した。


「ではまたいずれ」


 その言葉を残して大佐たちは去っていった。こうして私たちの任務は終わったのだった。



  †     †     †



 そこから先はあっさりしたものだった。軍警察本部庁舎から外に出ると、私は散開を宣言する。


「それじゃあ今回の任務はこれで終わりとなります。みんなもお疲れ様!」


 その言葉に気だるげに答えるのは銃器部隊を率いていたドルス。


「へーい、お疲れー」


 いかにもだるそうに答える彼に斥候のプロアが言う。


「今回一番しんどかったのはおっさんだもんな」


 強面のカークも指摘する。


「ああ、即席の強襲部隊を鍛え上げただけでなく、正面制圧を成功させたからな」


 続いて元執事のダルム老だ。


「あれで作戦の半分以上は成功したもんだったからな」


 みんなの褒める言葉にドルスは苦笑していた。


「おだてても何も出ねえよ。正規軍から貸してもらった下っ端連中が優秀だったおかげだよ」


 だがそれでもカークはドルスを褒めていた。


「だがそれを2週間足らずで鍛え上げたのは間違いなくお前だぜ」


 そう言われて照れ隠しにドルスは苦笑いする。


「まあ正直言うと、うまくいくかどうかは不安だったんだ」


 意外な言葉に皆が少し驚いていた。

 双剣使いのゴアズは問う。


「確信は無かったと?」

「ああ、俺みたいに精術武具の適性が無く、武器選択で不利を強いられているやつらが軍の中で不満を抱いているってのは昔からわかっていた。そいつらに機会を与える意味でも、新型銃器を与えて選抜部隊を編成するプランは持ってた。ちょうどいい機会だったんで、話をねじ込んだんだ。

 軍の兵器工廠から試験的に供与してもらった最新式の連発ライフル銃も想像以上に高性能で連発式銃ってのが実践で相当効果があるって証明できたのは一番の成果だな」


 そこで初めてドルスは笑みを浮かべた。


「俺の呼びかけに集まった下っ端連中。どいつもこいつも、自分の持つ〝戦場での不利〟を痛いほど味わってる連中だから、新型のライフル銃を目の前にして、誰にも負けないスキルを身に付けられるとわかったら死に物狂いでついてきた。そして奴らは実績をあげた。

 任務を完遂したときのアイツらの顔は今でも忘れられねぇよ」


 その言葉を私は裏打ちした。


「ええ、正規軍の歩兵管理部でも、今回の銃器部隊は、強襲ライフル小隊として正規部隊として組み入れるそうです」

「それは俺も聞いた。だから20人の中で一番筋がいいやつを隊長に指名しておいた」

「第一班長のクレスコ伍長ね?」

「ああ、唯一の女性兵だが技術と資質は一流だ。軍学校の士官養成課程で学べばもっと伸びるはずだ」

「そうね。今度、推薦しておきましょう」

「その時は俺も推薦しよう」

「お願いね」


 一般兵卒でも、戦場での成績が優秀であれば、上官からの推薦により士官候補コースにはいることが可能になる。一度、現場を離れるか、現在任務に並行して学ぶかの違いはあるが、複数の昇進コースが開かれているのだ。


「彼女、きっと喜ぶわ」

「あぁ、そうだな」


 ドルスは自分の愛弟子の将来に期待を込めて微笑んでいた。

 そこに弓狙撃のバロンがドルスに尋ねる。


「もちろん、ドルスさんも今後も関わっていくのでしょう?」

「ああ、装備の調達や訓練プログラムの作成、部隊運用のノウハウの確立、やることはいっぱいあるからな。こっちの仕事と平行しながらいろいろとやっていくさ」


 彼は自分の思いを絡めていた。


「精術武具は確かに優れた兵器だ。だが、使える人間を選ぶという致命的な欠点がある。しかしそれでは人材の数に限りがある俺たちの国ではいずれ問題になるだろう」


 それは真理だ。彼が自らの人生をかけて見つけた真理だ。


「誰であろうと、胸を張ってこの国を守れる戦闘手段が必要なんだよ」


 その言葉に皆が一様に頷いていた。私も言葉を添える。


「今後、敵国が精術武具を模倣して配備したとしても、それに対する対策として今までにない戦闘手段を用意するのは大切だと思います」


 私の言葉にドルスが真剣な表情で頷いていたのが印象的だった。 


 そこで武術家のパックさんの声がする。


「それにしても、今回の組織の首魁の女性はあまりにも悲惨でした。なんとか助けられれば良いのですが」


 それに答えたのは斥候役のプロアだ。


「だが、法は法だ。規定の例外を闇雲に許すわけにはいかないさ。それを決めるのは俺たちじゃないからな」


 それもまた真実だ。


「ええ、そうね」


 私は私自身の気持ちを吹っ切るように告げた。


「精霊の導きを信じましょう」


 今まさにそれしかなかったのだから。

 今回の任務の報酬は、私たちが本来所属する傭兵ギルドから支払われる。

 次に召集がかかるまで、それぞれに自由に時を過ごしてかまわないのだ。


「それじゃお疲れ様」


 それぞれの行き先を尋ねれば、


 ダルムさんは知り合いの候族のところへ、

 パックさんは武術の知り合いの所へと向かうという。

 ドルスは軍の兵器工廠に顔出した後に歳の離れた妹さんの所へ、

 プロアも南部に住む妹さんのところへ、

 カークは親しくしている女性の所へ行くと言う、

 残る二人のバロンとゴアズは短期の単独の仕事をこなすそうだ。


「それじゃあまた会いましょう」


 こうして私は彼らを見送ったのだった。

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