第三話 追跡調査と押しかけ女房
「〝上半身の怪〟が本命かと思っていたが、これはよほど根が深い。
そう言って、浄一センセーは、
その間、俺たちは
ただ、そこに墓なんてなかったし。
聞こえてくるのは、どうにも後味が悪いものばかりで。
「いやー、それにしても参ったね」
調べ物をしている間、ずっと黙り込んでいた小春が、無理に明るい調子で言った。
「犬辺野一家が、本当に
「……正しくは、一名が失踪。残りは病死だろ。おまえが調べたことと、矛盾はしてない」
小春の取ってくれたメモを眺めつつ、俺は犬辺野家の
赤ん坊を井戸に捨てていたというのは、当時
だから犬辺野家は差別されていたのだとか。
問題は、この差別というのが、根も葉もない噂ではなかったことだ。
彼らは、拝み屋のようなことを、なりわいにしていたらしいのだが、この
……拝み屋という表現は、少しばかり毒されすぎているか。
今風に言うなら、霊感商法というやつだ。
どこその誰が気に食わない、だから呪って欲しい、祟って欲しいと依頼を受けて
そういうところが彼らにはあって、それが許される時代で。
ゆえに怖れられ、嫌悪され、差別されていたのだという。
これについてセンセーは、
「まるで
と、興味よりも嫌悪がかつ顔で語っていた。
また、関係性は不明だが、とにかく一族の病死が多かったとも聞く。
初めは小さな子どもばかりが亡くなっていたが、やがて大黒柱であった
その後を継いだ
つぎに事故で次男が、原因不明の病で三男が亡くなっている。
長男は婿養子に入ったが、三十代の若さで死亡。
次女である
この頃、家は建て替えられ、井戸が埋め立てられたと記録には残っていた。
駿河さんたちの証言だけではなく、センセーが役所などを当たって調べてくれたことである。
さすが素人の俺たちとは違い、手際がいいことこの上ない。
だが、犬辺野家はやはり奇妙だった。
奇妙という言葉が不適切だとすれば――祟られていた。
八千代さんの夫と、子どものうち一人は、やはり原因不明の急死をしていた。
その後、八千代さんは娘さんと暮らしていたらしいのだが……残念ながら、この先が正確にはわからない。
ある地点から、ぱったりと。
八千代さんと、その家族の足取りが途絶えているのである。
さすがのセンセーでも――もちろん俺たちも、その背景だとかを数日で調べ上げることは出来なかった。
けれど、駿河さんが語ってくれた犬辺野家最後の
「八千代さんの最後は、自殺でした。橋から海へと身を投げたのです。
そんな話だった。
……ほんと後味の悪い話だ。
「それで。センセーはどうするって?」
「うん、もう数日滞在して調べごとが終わったら帰るって。観光したいって
それはそうだろう。
なんだかんだ言って、売れっ子作家だ。
「おじちゃんより、きりたんは自分の心配をしたほうがいいんじゃない?」
アクセをじゃらりと揺らしながら、小春がこちらの顔をのぞき込んでくる。
「それこそ、祟られたみたいになってるよ?」
「これだからオカルト脳のちびっこは」
「オカルト脳言うな! ちびっこ言うな! ったく。こっちは本気で心配してあげてんのに」
「……ありがとよ。わかってる」
彼女の優しさは嬉しい。
なんだかんだいって
不眠と食欲不振が祟ってこの有様だが、しかし悪夢を見る以外実害は出ていない。
大丈夫だと、自分に言い聞かせる。
肝心の幽霊屋敷の手がかりである犬辺野一家が、
けれど……
赤ん坊の声が聞こえるという幽霊屋敷。
水の音と、埋められた井戸。
そして井戸には、赤ん坊が捨てられていたという噂。
おまけに今朝見た夢だ。
腹立たしいことに、すべてが一本に繋がっている。
繋がっていきながら、まったく原因が見えてこない。
どこからこの街にやってきたのかも解らない、どこへ消えたのかも不明な犬辺野一家。
彼らのことをこの先どう調べたら、浄一センセーが言う、〝感染源〟というやつが見つかるのか、皆目見当も付かない。
「
これ以上、自分を
正直、俺は途方に暮れていた。
元凶が解れば、俺の身に降りかかる怪現象を解決する手段もあると思っていたからだ。
長身の女も、赤い少女も。
夢の中で聞こえる幻聴幻覚も。
なにもかもが、恐ろしい。
ほんと……どうしたものか……
ぎゅっと、小春にもらった鏡を握りしめる。
そうだ。気弱なこと言っている場合ではない。小春だ。
こいつにだって、生活があるのだ。
「あー……俺はこのまま家に帰るけど、おまえはどうするよ? 飯ぐらいなら
「ううん。あたしもおうちに帰る。つかれちゃったしね」
「そうか」
「うん」
言葉少なに、それだけを返して。
俺たちは夕暮れの町並みを歩く。
大学の前を通り、幽霊屋敷を迂回して、開かずの踏切を越え。
……えっと。
なんでここまで付いてきてるんですかねぇ、この悪友は?
隣をうかがうと、彼女はニコニコとしている。心なし、身につけている魔除けのアクセまで輝きを増しているようだった。
よくわからないまま、部屋の入り口まで来ると、彼女はようやく離れた。
そうして、隣の部屋へと数歩戻り。
気色の悪い、デレッとした笑みを浮かべた。
「えっへっへ」
「……なんだよ」
「じゃーん!」
自慢げに彼女が取りだしたのは、鍵だった。どこにでもよくある合金製の鍵。毎日だって見ている、俺と同じ――同じ?
「まさか、おまえ」
「そう、そのまさか! えっと……今日からお隣、よろしくね!」
「――――」
小田原小春。
幼馴染みにして悪友。
彼女はどうやら……俺の部屋の隣に、引っ越してきたらしかった。
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