39「最期のいいね🧡」

   💭   🔁   ❤×????




 そう言う事だ。僕もまた、当事者で加害者だったんだ。


「それじゃあもしかして、僕が星狩さんの自殺告知ツイートにいいねをすれば、この『呪い』は止まるんじゃ……!?」


『さぁ、どうだろうね?』星狩さんはメモ帳にそう書いてみせて、冷たく微笑む。


 僕は構わず、ポケットからスマホを取り出し、星狩さんのTwittooアカウントを開く。プロフィール欄の下には、自殺告知ツイート。僕は震える指で、❤ボタンに触れる……――――が、反応はなかった。


「…………え?」


 何度も、何度も❤ボタンを押してみる。が、結果は同じ。電波の状況が悪いのか? と思ったが、電波は最大まで立っている。悪戦苦闘を続けていると、通知マークが点灯した。

 手癖で通知マークに触れると、果たして画面はすんなりと遷移し、猫目さんの動画ツイートが目に触れた――違う、これは1分間動画だ! あぁぁ……猫目さんも、死んでしまったのか。

 そうだ。僕がこうしている間にも、この一分一秒の間にも、クラスメイトたちが死んでいきつつあるんだ。


 僕はTwittooを再起動する。が、結果は変わらない。ダメ元でスマホを再起動する。が、それでも結果は変わらない。

 さらに、通知マークに点灯……今度は犬飼いぬかいくんが、死んだ。

 クソっ、あぁ、どうすれば!!


 ムーッ、ムーッ


 その時、頼々子さんから電話が架ってきた!


「頼々子さん!!」




   ■■■9時過ぎ / 同じ旅館にて■■■




『よ――り――さん!!』


 かるたくんと電話が繋がった。相変わらず、酷い雑音がする。が、ともかく電話は繋がったのだ。


「かるたくん、よく聞いて! 今すぐ、星狩良子の自殺告知ツイートにいいねをしなさい! それが『呪い』を解くカギよ!」


『――うすでに――す。けど――』


「もう一度、ゆっくり言って! 電波が悪いの!」


『もう、す――に、押し――した! けど、――んど押し――も、いねが付――なくて――』


 ――クソっ、らちが明かない。


 私はノートPCからかるたくんの居場所を探す。かるたくんは体質上、怪異現象に巻き込まれやすく、さらに私の仕事に付き合わせていることでより危険の近くに居る。だから私はかるたくんに定期的な生存報告を義務付けており、かつスマホのGPSを常にオンにするように言い付けている。

 GPSによれば、かるたくんはかつての彼の自宅に居る。


「その場を動かないで、かるたくん! 今すぐそっちに向かうから!」




   💭   🔁   ❤×????




『その場を動かないで、かるたくん! 今すぐそっちに向かうから!』


 その言葉を最後にして、頼々子さんからの電話は切れた。


「あぁ……どうすれば」


 頼りになる頼々子さんのことだ。頼々子さんがここに駆け付けてくれたら、秒で問題が解決しそうな気はしている。が、旅館からここまでは結構な距離がある。車両を使っても数十分はかかるだろう。その間にも、また誰かが死んでしまうかもしれない。

 僕は冷笑する星狩さんに見守られながら、悪戦苦闘を続ける。何度スマホを再起動しても、やはり自殺告知ツイートにはいいねが付けられない。アプリとしてのTwittooからではなく、WebブラウザでTwittooを開いてみても、結果は同じ。


「……ねぇ、星狩さん。これは、キミがやっとることなんか?」


『何が?』星狩さんがスマホを掲げ、微笑んでいる。


「これや! 何回タップしても、いいねが付けられへん!」


『違うよ』


ちゃうわけあるか! 『呪い』を解除されたくなくて、妨害しとるんやろ!?」


『違う』


「信じられへん!」


『だとしたら、私に質問する意味がないじゃない』


「ぐっ……」


『でも実際、違うんだよ』星狩さんの微笑が、より一層の冷たさを帯びる。『ねぇ……いつまでそうやって、気付かないフリをしているの? いい加減、気付いてるんじゃないの?』


「な、何がや……?」


 星狩さんが顔を寄せてきて、『ふふっ』と笑った。星狩さんには、妙な質感があった。その声が、息遣いが聴こえてくるかのようだった。

 ……何を言っているんだ、僕は。僕には『目』以外の霊感は無い。霊的な物に対しては、音も匂いも質感も味も感じることは出来ない。


 それからさらに十数分ほどもスマホと格闘して、何の成果も得られなかったところで、僕は星狩さんに向き直った。


「星狩さんは――スターハントさんは、何で僕に近付いてきたん?」


 今の僕に出来る仕事――僕にしか出来ない仕事。情報収集の為だ。


『いつの話?』


「せやな……まずは、転校初日の話」


『あれは、偶然。本当に偶然だよ。運命感じちゃったもの。٩(ˊᗜˋ*)و』


「…………」


『物部くんには悪かったけど、クラスではずっと無視されてばっかだった私のことを構ってくれる人が出来て、とても、とぉっっっっても嬉しかったのは事実だよ』


「そうかよ」


『怒ってる?』


「――――……」怒っていないわけがないだろう。「じゃあ、1年前の話は? 星狩さんが、0 PVだった僕の小説を読んで、フォローしたこと。あれは、相手してくれそうな底辺作家を狙い撃ちにしたってことなん?」


『その言い方は傷付くなぁ……でも、どうだろう。誰かに相手して欲しくて、私と同じ気持ちの人を探してて、底辺作家? まぁ★がゼロの作家さんの作品を見て回ってたのは事実だよ。でも、キミのホラーが凄く怖くて、ワクワクハラハラドキドキしたのも事実』


「…………そう」悔しいけど、嬉しいと感じてしまった。「それで。やっぱり星狩さんは、僕を恨んどるんか?」


『どうして?』


「だって。キミは、僕に拒絶されたのが――僕がフォローを外したのが引き金になって、自殺したわけやろ?」


『結果としてたくさんのいいねがもらえたわけだし』星狩さんの顔に張り付いた、狂気の笑み。『今となっては恨んでなんかいないよ。それに、確かにきっかけはキミにフォローを外されたことだったけど、いずれは私、ああなってたよ。あれは、私の中の承認欲求がどうにもならない形になって溢れ出た結果だから』


 一転、星狩さんが優し気に微笑んで、


『もしかして、罪の意識、感じちゃってるのかな?(。╹ω╹。)』


「……そりゃそうやろ。僕の所為で2年4組は」





『2年4組は』





 星狩さんが、僕の目の前にスマホを翳した。


『もしかしてキミ、この期に及んで自分は助かるって思ってる?』


「ど、どういうことや!?」


『キミの現実を見ないところ、筋金入り』星狩さんが微笑む。『キミは私をバケモノみたいに言うけれど、私からすればキミの方こそバケモノだよ』


「何を言って――…」


 星狩さんは、微笑んでいる。その狂気の笑みを直視することが出来なくて、僕は視線を自分のスマホに落とす。すると、


「――――えっ!?」


 頼々子さんとの電話を終えてから、実に1時間が経過している!

 僕、そんなに星狩さんと話し込んでいたか!? と、とにかく1時間も経っているのに頼々子さんと合流出来ないのはおかしい。僕は頼々子さんに電話する。

 すると、


『そ、そんな……どういうこと!?』電話の向こうから、頼々子さんの戸惑う声。『貴方は誰!? 誰なの!? どうしてこの番号から――…』


「何を言って――僕です、かるたです」


『――――……』電話の向こうで、沈黙。


「頼々子さん?」


『あぁ、あぁぁ……そう言う事なのね。ねぇかるたくん、貴方のスマホのパスコードを教えてもらえないかしら?』


「何を言ってるんです? 今通話してるじゃないですか。スマホは僕の手の中にあります。それより今、何処にいるんですか?」


『大切な、大切な事なの』


「わけが分かりませんって。今、何処にいるんですか?」


『ごめんなさい。私は今、貴方の自宅の前にいるわ』


 どういうことだ? 行き違いになった?


『それより、パスコードを』


 有無を言わせぬ頼々子さん。意味は分からないけど、頼々子さんは意味のないことはしない人だ。僕は彼女に従うことにする。


「※※※※です」


 ざりざりざり

   ざりざりざり


 と、通話にノイズが乗る。


『ご…めん……電波……もう一回お願――』


「※、※、※、※、です!」


 答えながら、僕は自宅に向かって走り出す。


『あぁ、もう! や…り電波……もう一…お願い!』


 答えようかとも思ったけど、走ることに集中した。何やら物凄く体が軽い。自宅から結構な距離があったはずなのに、あっという間に着いてしまった。


「もう、着きましたよ」言って、通話を切る。


 自宅の前で、頼々子さんが不安げに佇んでいる。彼女はジャケットを着ていない。どうしたのだろうか、と視線をやれば、玄関ドアの前に誰かが座り込んでいて、ドアにもたれかかっていた。彼女のジャケットは、その人影に覆いかぶせられている。


「頼々子さん」


 話し掛けるが、彼女はひどく怯えた表情でカタカタと震えていて、こちらを見てくれない。

 やむなく、僕は彼女がぎゅっと握りしめているスマホ――僕のスマホに触れた。パスコードを入力する。




   ■■■10時過ぎ / 物部かるたの自宅前■■■




『もう、着きましたよ』


 やけに澄んだ声だった。今までさんざん電波障害と謎の怪音に悩まされていたのに、その一言だけははっきりと聴き取れた。通話が、切れた。

 ――その時、大きな雲が太陽を隠した。急に、辺りが夜のように暗くなる。


 手元で、かるたくんのスマホがふわっと光を放った。ログイン画面が立ち上がる。続いて、


 ぱっ

     ぱっ

   ぱっ

       ぱっ


 と、4回、画面の中で光が踊った。

 かるたくんが――――……ああ、かるたくんが、パスコードを入力したのだ。


「……ありがとう」震える声を振り絞って、私は言う。「ありがとう、かるたくん」


 そうして遂に、遂にかるたくんのスマホが開いた!


 私はすかさずTwittooを起動させ、

 星狩良子の自殺告知ツイートを、

 いいね❤、

 した!!


 ハートマークが、血のように赤く輝く。


 ふと、雲が通り過ぎてスマホが陽光に照らされた。

 あれほど毒々しく輝いていたはずのハートマークも、ただの記号になる。


「そ、そうだ! 確認しなきゃ!」自分のスマホを取り出し、蹴鞠くんに電話を架ける。ワンコール、ツー――


『もしもし!』


「蹴鞠くん!? いいねが減らないか確認してもらえる!?」


『ってことは、物部くんのスマホを開くことが出来たんですね!?』


「そうよ! あぁ、お願い、お願い……!!」


 日頃は神仏を除霊の道具としか考えていない私も、今ばかりは神仏に祈った。

 腕時計の秒針を睨み付けながら、人生で最も長かったろう1分を過ごしてから、


「1分経ったわ。どう、いいねは減ってない!?」


 果たして――――……







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