36「いいねしました」
■■■8時/ 同じ旅館にて■■■
「け、刑事さん、助けて、助けて!!」さらにまた一時間ほどが経った頃、『インスタ女子組』の
「どうしたの、
「ミーコがいないって言ってるでしょ!?」
「落ち着いて」
「落ち着いていられるわけないじゃない! ミーコがいないと、いいねが稼げないのよ!?」
「あぁ……」
私はノートPCから
『……もしもし?』スリーコールして、不機嫌そうな声の後輩が出てくれた。
「もしもし、友子ちゃん!? 大至急お願いしたいことがあって――」
『先輩、今、電車の中なんですけど』
「ごめんね! でも本当に急ぎなの」
『はー……何ですか?』
「今から言う子のアカウントを、片っ端からいいねしていって欲しいの」
『私それで、仕事終わってからも深夜まで延々といいねしまくってたんですけど』
「本当にごめん! この埋め合わせは必ずするから! お願い、助けると思って――」
『こんなことして、誰が助かるって言うんですか!』
助かるのだ。人が一人、少なくとも数分間は。『こっちは人命が懸かってるんだ』という言葉を、すんでのところで飲み込む。私は今、明白に、職務と
『もう駅着くんで。オフィスに着いたらまた連絡しますから』
「待って!! 今すぐいいねして!!」
ツー、ツー、ツー……
「……ねぇ、刑事さん?」
な~~~~お
……その時、私の耳に猫のような鳴き声が聴こえてきた。
思わず、周囲を見回す。が、猫なんていない。
「ミーコ!?」
「ぎゃぁぁあぁああああぁぁあぁあぁぁあぁぁあああああぁあああぁぁあぁあぁぁあぁぁあああああぁああああぁああああああああああああああああぁああああああああああああああああぁあああああああああああああぁああごぼぶぺッ!?」
にゃーん♪ にゃーん♪
続いて、
テンテケテンテンテンテンテンテンテン♪
テルンテルン♪
この場にいる『インスタ女子組』の、舞姫さんと
私は
「1分間の、動画……」
無駄と知りつつも、私は119番へ通報する――。
そうして電話を切った、その直後に、
ムーッ ムーッ
今度は私に、着信。
「もしもし?」
『見つけた、見つけました!
「
良かった。無事、
『で、でもバエ子、スマホを放してくれなくて! どうしよう!? どうすればいいですか!?』
「緊急事態よ! 殴ってでも奪い取りなさい!」
『な、殴る!? 友達を殴るなんてそんな――――……あっ、バエ子、何処行くの!?』
にゃーん♪ にゃーん♪
テンテケテンテンテンテンテンテンテン♪
テルンテルン♪
そうしてまた、『インスタ女子組』のスマホが鳴り出す。
「あぁ……そんな、バエ子……」舞姫さんが呻き声を上げる。
私は
…………動画を開く。
「……
返事はない。が、代わりに『バエ子、勝手に動かないで!』という声が聴こえてくる。
『バエ子、勝手に動かないで!』
動画の中からも、同じ声が聴こえてきた。
動画は、スマホかハンディカメラによって撮影されたもの。風景は市街地。何か映える物は無いか、とあちこちにカメラを向けている。フラフラと歩いているらしき撮影者の前方には交差点がある。
『バエ子、お願いだからじっとしてて!』
『
カメラが激しくブレる。
それから、撮影者――
『あっ、バエ子――』
信号は、赤。
『パァァアーーーーーーーーッ、パパパパッ!!』
激しいクラクションの音。
『映える!?』
急に右方向へと差し向けられるカメラ。
カメラに向かって猛スピードで迫りくるトラック。
――ドンッ
という重い音。
ぽーん、と舞い上がるカメラ画像。その端に一瞬だけ映ったのは、冗談みたいにくるくる回る
『きゃっ!?』
カメラはやがて、誰かの手に収まる。
『こ、これ、バエ子のスマホ!?』
声の主は
『撮って……』苦し気な呼吸音の合間から、
だが、
――そうして。
『『い、いいねしました』』
私のスマホとPCの動画両方から、
動画はそこで終了した。
「はーッ、はーッ、はーッ」
何やら耳元で不快な音がする。数秒経ってから、それが自分の呼吸音なのだと気付いた。
……死んだ。また死んだ。罪のない子たちが。
ムーッ ムーッ
また、着信。私は無意識的な動作で通話ボタンを押す。
『頼朝警部か!?』
果たして聴こえてきたのは、上司の声。
「――課長!」
泣き出しそうになるのを必死に
『いいね完了だ!
「あ、ありがとうございます!!」
『気を抜くなよ。即応可能な専門家がいないか、こちらでも調整中だ。引き続き任務に当たれ』
「はい!」
よし、よし、よし!!
これで残すところは
私は旅館の外に飛び出す。するとちょうど、バイク便がやって来た。旅館の中に入っていこうとするバイク便の配達人を捕まえて、
「それ、頼朝頼子宛ての荷物ですか!?」
「え? あ、はい。――貴女が?」
私は配達人から荷物を奪い取り、大慌てで開封する。
「ちょっと、代金が先ですよ――」
よかった、スマホはちゃんと動く!
私は震える手でTwittooを開き、
もう何度も目にした星狩良子の自殺告知ツイートへ――
――いいねを、した!!
「よぉぉおおおっし!!」
思わず、ガッツポーズをしてしまう。
「ねぇ! 代金! 払ってください!」
「え? あ、ごめんなさい。私ったら――」
代金を支払い、旅館のエントランスに戻る。
「みんな、全員のいいねが完了したわ!」2年4組の面々へ声をかける。「これで『呪い』は解決したはず――」
「――何言ってるの、刑事さん?」
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