35「行動開始」

   ■■■6時前 / 神戸・三宮の旅館にて■■■




 ――ムーッムムッ


 スマホが震えた。メールの着信だった。

 送信者は――


「かるたくん!?」


 かるたくんからのメール。内容は、


『「元凶」は、「クラスメイトが自殺実況告知ツイートにいいねをくれなかったこと」です』


「グッジョブ、かるたくん!!」


 生徒たちが見ていなければ、跳び上がっていたに違いない。

 私は、明確に興奮している。かるたくんがやってくれたのだ。『ホシカリさん』から聞き出してくれたのだろう。


「みんな、聞いて!」


 パンパンっ、と手を叩き、クラスの注目を集めようとする。が、誰も彼もが自分のいいね稼ぎに精一杯で、顔を上げてくれない。


「お願い! 解決の糸口が見つかったの!」


「本当ですか!?」


 まっさきに駆け寄ってきたのは、かるたくんが『陽キャ男子組』と呼んでいるグループのリーダー・蹴鞠けまり太陽たいようくん。

 少し遅れて、『インスタ女子組』の舞姫まいひめ麻衣まいさんと『サブカル女子組』の上江かみえつかささんがやって来た。

 彼ら彼女らはいいねと心に余裕があるらしい。


「よく聞いて。この『呪い』の主は、『ホシカリさん』という子なの。みんな、知ってるわよね?」


「ヒッ……」米里こめざと王斗おうとくんが尻もちをついた。「あぁ……あぁぁぁ……!! やっぱり、やっぱり俺があんな事を言ったから――」


 米里くんの言動は不明だ。が、今は構っている時ではない。

 私は蹴鞠くん、舞姫さん、師さんへ説明を続ける。


 一つ、呪いの『主』がホシカリさんであること。

 二つ、彼女の望みはクラスメイト全員が自殺実況告知ツイートにいいねをすること。


「分かりました!」


 蹴鞠くんが力強く頷き、早速自分のグループを掌握し始める。頼りになるな。他の二人たちも自身のグループに戻っていった。


 私はエントランスのソファに腰を下ろし、ノートPCを開く。Excelで作り始めるのは、世にも残酷なリストだ。グループ、氏名、自殺告知ツイートへのいいね有無、生死、本人またはスマホの所在。

 早々に、蹴鞠くんが自身のグループメンバに『いいね』をさせていき、報告に戻って来てくれる。私はその結果をリストに書き加える。続いて、舞姫さんと師さんが戻ってくる。そうこうしているうちに蹴鞠くんが、自身のグループ以外の情報もまとめてきてくれた。

 現時点でのリストが完成する。




『無所属』

長々おさなが責夢せきむ / 未いいね / 死亡 / 不明

正岡まさおか棋士きし / いいね済 / 生存 /

種田たねだ下太郎しもたろう / いいね済 / 死亡 /

江口えぐち艶子つやこ / いいね済 / 死亡 /

馬子まごカズヤ / いいね済 / 死亡 /



 正岡くんには、蹴鞠くんがいいねするように言ってくれた。

 死亡した種田くん、江口さん、孫くんがいいね済だったのは僥倖というほかない。

 長々おさながくんのスマホは、蹴鞠くんたちが手分けして捜索中。




『インスタ女子組』

天晴あまはる陽子ようこ / 未いいね / 生存 / 不明

舞姫まいひめ麻衣まい / いいね済 / 生存 /

越古こしふる玲亜れいあ / いいね済 / 生存 /

蝿塚はえづか映子えいこ / 未いいね / 生存 / 不明

相曽あいそ恵美えみ / 未いいね / 死亡 / 警視庁

出目でめあゆ / 未いいね / 死亡 / 警視庁

猫目ねこめ直子なおこ / いいね済 / 生存 /

写楽しゃらくまこと / いいね済 / 生存 /



 天晴あまはるさんは自宅にいると思われる。いいねの件も含め、舞姫さんにコンタクトを試みてもらっている。

 蠅塚さんはフラフラと何処かへ行ってしまっており、行方不明。こちらは越古こしふるさんにお願いしている。

 相曽あいそさん、出目でめさんについては、上司を通じて警察が押収したスマホの回収並びにパスコードの初期化を手配済。




『陽キャ男子組』

蹴鞠けまり太陽たいよう / いいね済 / 生存 /

米里こめざと王斗おうと / いいね済 / 生存 /

州都すとさやか / いいね済 / 死亡 /

犬飼いぬかいつよし / いいね済 / 生存 /

魚ノ目うおのめ漁太りょうた / いいね済 / 生存 /

山野やまののぼる / いいね済 / 生存 /

花園はなぞの甲太郎こうたろう / いいね済 / 生存 /



 蹴鞠くんのお膝元・陽キャ男子組は優秀だ。死亡した州都すとさんがいいね済だったのも、不幸中の幸い。




『サブカル女子組』

上江かみえつかさ / いいね済 / 生存 /

八坂やさかあおい / いいね済 / 生存 /

四谷よつや眞子まこ / いいね済 / 生存 /

馬肉ばにく美穂みほ / 未いいね / 死亡 / 警視庁



 馬肉ばにくさんについても相曽あいそさん、出目でめさんと同様の対応。




『サブカル男子組』

武威ぶい好太郎こうたろう / いいね済 / 生存 /

寄道よりみち鉄夫てつお / 未いいね / 死亡 / 不明

八角はっかく浩太こうた / いいね済 / 生存 /

的場まとば射太郎しゃたろう / 未いいね / 死亡 / 警視庁



 的場まとばくんも同様の対応。

 そして寄道よりみちくんについては、


「わたくし、警視庁捜査4課の頼朝と申します。そちらに寄道よりみち鉄夫てつおくんの遺品はございますか――?」


 JRに聞いてみるしかないだろう。




   ■■■小一時間後 / 同じ旅館にて■■■




「見つけた、見つけた! 長々おさながのスマホ!」

「お手柄! おーいみんな、長々おさながくんのパスコードが分かる人はいるか!?」


 事態は進展しつつある。誰よりよく働いてくれているのが蹴鞠くんだ。


「あいつ生真面目だから、誕生日だぜ絶対。――ほら、いけた!」

「うぇ~い!!」


 私が警視庁で組織した2年4組いいね部隊の奮闘でいいねが増えてきたからか、はたまた目に見える進捗が子供たちを前向きにさせているのか、彼ら彼女らは幾分楽しそうにしている。


「警察のお姉さん」舞姫まいひめさんが笑顔で駆け寄ってきた。「陽子捕まえることができて、いいねさせました!」


「よし、よし! グッジョブ舞姫まいひめさん!」


 頭を撫でてやると、舞姫まいひめさんが子犬のように飛び跳ねる。……何というか、やっぱりこの子たちはかるたくんが言うような『極悪非道なイジメっ子』には見えない。

 彼らによる『ホシカリさん』へのイジメ、というのがかるたくんの勘違い――というか『ホシカリさん』に騙された結果――であるならば、かるたくんのクラスメイト達に対する歪んだ認識もまた、『ホシカリさん』に騙された結果だったのだろう。


 ともかくこれでまた一人、クリアした。

 亡くなってしまった子たちの対処は、4課の上司にお願いしてある。時間はかかるだろうが、今は待つしかない。

 となれば、私がこの場で対処できるのは――。


越古こしふるさん、蝿塚はえづかさんとは接触できた?」


「で、できないんです!」越古こしふるさんに話しかけるも、彼女は可哀そうなほどに泣いていた。「LI○Eは未読のままだし、電話にもちっとも出てくれないし!」


「分かった。私からも電話してみるから――」


「――キミたち、少し馬鹿か」


 その時、ひどく冷静で冷酷な声が聴こえた。声の主は――


「キミは――正岡くん?」


 プロ棋士の正岡くん。私の指示に従って、エントランスの片隅に座ってはいたものの、今まで一言も発しなかった彼が、私にスマホを見せてきた。


蝿塚はえづかはいいね稼ぎの為に意味もないツイートを連投している」


 スマホに写っているのは、蝿塚はえづかさんのTwittooアカウント。見れば、『何処そこの公園で綺麗な花を見つけた』とか、『何処そこは朝から人がいっぱい』といった益体もない呟きが分刻みで投稿されている。


「「――これだ!!」」


 私と越古こしふるさんの声が重なった。

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