31「冷たいファーストキス」
💭 🔁 ❤×?372
ばつんっ、という音とともに、眼帯の紐が切れた。
視線が、泳ぐ。エントランスの隅、そこかしこに、黒い
顔中血だらけになっている的場くんと目が合った。
笑みを失った相曽さんと目が合った。
出目さんは天井に立っている。
馬子は自分が死んだ事を理解していないのか、ヘラヘラしている。
馬肉さんは大正マロンのバ美肉姿で微笑んでいる。
長々くんは呼吸が出来ずにもがき苦しんでいる。
種田と江口さんは、二人仲良く口から無数の男性器を嘔吐し続けている。
州都さんは真っ青な炎を身に纏っていて、おぞましくも神々しい。
――そして。
そして、僕の目の前には。
「あ、あ、あぁぁ……」
昨日、友樹くんのお参りの時に遭遇した、赤黒いオーラを身に纏った、とてつもない存在感を放つおぞましい悪霊が――――……
星狩良子が、立っていた。
『も・の・の・べ・くん』
と、ソレの唇が動いた。
そして、その口角がぐいっと吊り上がる。
「うわぁぁぁああああぁあぁぁあぁああああああッ!!」
絶叫した。
僕は逃げ出した。
毎朝置かれる花瓶。
米里王斗が『供養の為』に毎朝置いていた花瓶。
イジメなんかじゃなかった。イジメなんかじゃなかったイジメなんかじゃなかったイジメなんかじゃなかったイジメなんかじゃなかった!!
クラス全員が星狩良子を居ないものとして扱う。教師すらもが
星狩良子という、生きた少女は、居ないんだ。もう居ないんだッ!!
僕は、星狩良子だったモノ――幽霊を視ていたッ!!
旅館から飛び出し、夜の街を必死に逃げまどいながら、僕は必死に考えを纏める。
神出鬼没な星狩さん。
存在感の薄い、星狩さん。
逆だ。逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆だ逆なんだよッ!!
アレは、僕の眼帯を突破してなおありありとその姿を見せるほどに強烈な悪霊だったんだ!
どうして気が付かなかったんだ。今までだって、眼帯越しに薄っすらと
声が出せない星狩さん。
違う違う違う! 僕の耳に霊感は無い。だから星狩さんは筆談を使っていたんだ!
いつも物静かで、足音一つ立てない星狩さん。
当たり前だ。幽霊が放つ音を僕は聞く事が出来ない!
僕の手で触れる事が出来なかった星狩さん。
当たり前だ! 僕は霊に触れられるほどの『専門家』じゃない。
忘れもしない、星狩良子に差し出されたスマホの、『いいね❤ × 1時間 = 余命』登録サイトの『登録』ボタンを押した時の事。
あの直後、クラス中のスマホが鳴った事で僕はすっかり取り乱してしまったけれど、思い出してみろ。
あの時僕は、彼女のスマホに触れたか? 触れたか、本当に?
――僕は、星狩さんのTwitterを覗くのが苦手だった。
彼女が、例の『自殺実況』を固定ツイートにしているからだ。
固定ツイートにしているのだと、ずっと思っていた。
少し視線をやれば分かる事なのに、僕はずっとずぅっと、固定ツイートにしているのだと思い込もうとしていた。
走り疲れ、ぜぇぜぇと息を吐きながらスマホを取り出し、星狩良子のアカウントを開く。
『自殺実況始めま~す!! 面白かったら、面白くなくても、高評価とチャンネル登録メンバー登録よろしくお願いします!!(*´꒳`*)ʜᵅᵖᵖᵞ🌸』
【エロ垢】江口さんが、種田殺人実況の最中に言っていた。
『あ、面白かったら、面白くなくても高評価と、予告ツイートへのいいねとリツイート、お願いしまぁす! ……ふふ、「面白くなくても」なんて、あの基地外欲しがりっ子じゃないんだから』
基地外欲しがりっ子とは、一体、誰の事だったのか。
いいね❤が欲しく欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて堪らなくて、その為なら自分の命をすらネタにする、承認欲求の権化。
星狩良子。
今、僕のスマホの中で首を吊って見せたこの少女こそが、星狩さんだ。
固定ツイートでも何でもない。
これは単に、彼女が人生最後の最期に呟いた、希望と怨嗟と絶望のツイートだったんだ。
『大丈夫だよ!p(*^-^*)q 前にバズった事あるし!٩(๑òωó๑)۶』
バズった事がある、とは、何のツイートについての事だったのか。
……分かり切っている。これだ。この、数十万いいねと数万リツイートを稼いだ、自殺実況告知ツイートの事だ。
9月の始め、初めて星狩さんの顔を見た時、僕は初対面な気がしなかった。
何故だか、ひどく見覚えのある顔のような気がしたんだ。それも、当然の話だった。
僕はこの自殺実況を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も通しで見ている。
動画終盤の、星狩さんの母親と思しき女性が映るシーンまで含めて、だ。
何の事は無い。
星狩さんは、母親似だったんだ。
星狩さんが自殺実況動画の中で言っていた『リョーリくん』というのは、【お料理YouTober】米里くんの事なんだろう……そして彼が星狩さんに、
『いいねされなきゃ生きてる価値無い』
と言い放ったというわけだ。
そうして、彼女は自殺した。自分の命をいいね❤に変える為に。
だから米里くんは、毎朝毎朝欠かさず花を供え続けた。無自覚な僕がどれだけ邪魔しようとも、挫けずに。
つまり、この『呪い』の主は星狩良子であり、その原因を作ったのが米里王斗という事なんだろう。
だとしたらきっと今頃、頼々子さんが『星狩良子に特化した除霊法』を模索してくれているはず。
――僕は確かに引き金を引いた。
けれど、直接の原因は僕じゃない。僕は、ぼ、ぼ、僕は、僕が、この僕が無実のクラスメイトたちを逆恨みして、星狩良子の『呪い』発動に加担して、何も悪くなかったクラスメイトたちが次々と、し、し、……死んで、しまう様子を無感情に眺め続けていたのは、決して僕が悪いんじゃない!!
僕は、僕は本当に気付いていなかったんだ。
本当だ。本当だ!!
「うぁぁ……うぁぁああああああッ!!」
夜の三宮で泣き叫ぶ。涙で前が見えない。
星狩良子から少しでも距離を取りたくて、逃げたくて逃げたくて逃げたくて、僕はよろよろと走り続ける。
――
周囲ではたくさんの人が行き交っているけど、誰も彼もがスマホを覗き込むのに忙しくしていて、僕に声なんて掛けてくれない。
そうだ、スマホ。僕のいいねは残り幾つだ!?
ポケットをまさぐるも、スマホが無い。スマホが無いスマホが無いスマホが無い!!
僕は半狂乱になりながら涙をぬぐい、周囲を見回す。
――あった! 少し離れたところに、僕のスマホが転がっていた。慌てて駆け寄り、拾い上げる。Twitterを開く。
「うっ……」
『🔁 + ❤ = ????』
スマホの液晶に新しい瑕が入って、残いいねがまったく見えなくなってしまっている!!
「あぁぁ……あぁぁああああッ!! 助けて、誰か助けて!!」
誰も彼もが僕を無視する。
僕は立ち上がり、夜の街を歩く。
……歩く。
…………歩く。
………………歩く。
……………………歩く。
…………………………歩く。
どれだけ、歩いただろう。
何時間、歩いただろう。
気が付けば僕は、神戸の実家を見上げていた。母は病院、父は海外。誰も居ない、僕の家だったはずの場所。
……笑える。
盛大に勘違いして、クラス全員を巻き込んで何人も殺して、頼々子さんが差し伸べてくれた救いの手すら払いのけて。
最後の最後にすがった場所が、ここか。
インターホンを鳴らす。
鳴らな、かった。
誰かが出て来てくれる事なんて、
けど、音すら鳴らないなんて、ひどいじゃないか。
ドアに背を預けて、座り込む。
疲れた。疲れ果てていた。
――ふと、気配を感じた。
顔を上げると、星狩さんが立っていた。
『も・の・の・べ・くん』
星狩さんが、凄惨に、陰惨に微笑む。
その手が、ほっそりとした指が、僕の首に絡み付く。感触は無い。僕は視覚以外の霊感を持たない。
星狩さんの顔が、ぐんぐんと近付いてくる。
「ちょっ、何を――」
キスを、された。
はは、残念だな。折角なら、感触が欲しかった。
――――……あれ? 唇に、ひんやりとした感触を感じる。
星狩さん。
僕の天使。
僕が守りたかった少女の、唇の――
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