宿敵魔王は、元カレでした。

翠玉 結

永遠のさようなら。



***




後ろから追ってくる足音と私の名前を叫ぶその声を振り切りながら、人混みの中に紛れ込むように前へと足を動かし続けた。



全身に一気に流れる熱の源は怒りか哀れみか、それまた悲しみか。



今の自分の感情に答えなんかない、全部がぐちゃぐちゃに織り交ざって蝕んでいる。



それにもう何だっていいんだ、全て終わらせてやったんだから。



なのになーーんで、こんなにしつこく後を追いかけられなきゃいけないわけ?!



身に覚えがないとかそんな戯言言ったら、今度は私の拳があんたの顔面に吹っ飛ぶわよ!!



「沙和子っ!!」



人混みの中から聞こえてくる奴の私ーー谷部やべ 沙和子さわこの名前を呼ぶ声に、胸がきゅっと苦しくなった。



その声で私の名前を呼ばないでよ、もうあんたに呼ばれるような関係じゃなくなったんだから。



次に名前を呼ぶのは私じゃなくて、別の女の名前なんでしょう?



ここ最近ぱたりと連絡が取れなくなったり、スマホに映し出された知らない女とのやり取りが表示されたり……その答えは明白じゃない。



五年も付き合っておいて魔が差したとでも?



そんな男と付き合ってられるような器の持ち主ではないのよ、だからさっきはっきり言ったじゃない。



別れようって。



あんたなんか知らないんだからって。



せいぜい私と別れたことを後悔するといいわ。



家事も仕事も完璧にこなして不満を持たせないように心がけてやったのに、それを踏みにじるなんて最低でしかない。



本当にこの五年間の私の尽くしてきた時間は、こんな形で終わる事のためのものではなかったはずなのに。



ええい、もう別れたのだ。



そんな過去の小さなあれこれを悔やんだって、これから先の幸せを掴めるわけじゃない。



婚期逃がす前に次の素敵な男性に巡り会うために、うじうじしてられないのよ。



近づいてくる足音にイライラの限界がやって来て、足を止めて振り返って駆け寄ってきた彼氏、いや元カレーー三上みかみはやての顔に平手を放つ。



ぎょっとした顔を向けてくる通行人なんてお構い無しに、私は最後の別れの言葉を睨みつけながら言い放った。



「いい加減にしてよ!私はもうあんたとの関係は何もないの!!さようなら!!」



突然のことに頭がついてこない様子の颯に回れ右して今度こそ追いつかれないように、全力疾走してその場から立ち去った。



本当はもう少しちゃんとしたお別れをしたかった、だけど不器用な私にはきちんとあんたとの関係を切り離さないと……今にも泣きそうだったんだもの。



今更になってごめんなさい、痛かったよねと駆け寄って行きたくなる気持ちが芽吹く。



大好きだったのに、なのにどうして私を裏切ったりしたの?私の何がいけなかったの?



またしても感情が入り乱れては私自身を壊していく。



涙で視界が歪み、今どこを歩いているのかさえ分からなくなった。



耳に入り込んでくる音もノイズが走って上手く聞き取れはしないし、胸はどんどん苦しくなるばかり。



誰かが何かを叫んでいる、大きな声だと言うのにそれすらもハッキリと音を聞き分けられない。



そんな時、体が地面から離れる感覚と大きな衝撃と共に激痛が全身に走った。



プツンと私の中で何かが切れた音がして、意識は一瞬にして暗闇の中へと落ちた。





ーーこれが、私の最期になるということを知ったのは少し先の事。






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