美樹の新恐竜

神夏美樹

美樹の新恐竜

 ■美樹みきの新恐竜


  SDGs(Sustainable Development Goals)、つまり持続可能な開発目標が叫ばれ始め、各企業の活動も本格化。国連気候変動枠組条約第二十六回締約国会議(COP26)での決議に対する環境活動家のコメントはことごとく辛辣しんらつなもので『blah blah blah』などと表現されたり散々な物だったが、各国代表が喧々囂々けんけんごうごうの議論を行い、環境問題は世界共通の問題として広がり始め、人々の意識に深く浸透しつつある。

 そんな中、のほほんと恐竜の絶滅について語り合う女二人がいた。彼女たちの議論は果たしてどこに向かうのか、環境問題に貢献することは出来るのだろうか


★★★


「先生は、どうして恐竜が滅びたと思います?」

「そうですわね、通説では大きな隕石が地球に落ちて、それが原因って言われてますわね」

「本当なんでしょうか、石っころが一個落ちただけで、絶滅するなんてちょっと信じられないんですけど。実は違う理由で滅びたんじゃないですか」

「う~ん、そうですわねぇ」

 先生と呼ばれた女性の名は『かん美樹みき』。SFやファンタジーを中心に執筆活動をしている妄想爆発系の小説家である。今も担当編集者の『瑛子えいこ』と電話で打ち合わせの真っ最中だった。

「その時落ちた隕石は直径が約十七kmで落下した場所はユカタン半島付近ですのよ」

「あ、ユカタン半島と言うと、メキシコの南側ですよね。チチェン・イッツァ遺跡とかウシュマル遺跡とか、行ってみたいところがたくさんあるんですよね」

「あら、瑛子ちゃん、遺跡に興味がありますの?」

「はい、とってもロマンがあるじゃないですか」

「そうですわね、マヤ文明はSF心もそそられますわ」

 神夏には見えた、瑛子が瞳をきらきらさせて南国の世界を妄想し、その世界に浸っている姿が。その姿はまるで恋する乙女のように純真に輝いていた。

「さて、隕石が落ちたときの振動はマグニチュード10相当で、それが原因で数百メートルの津波が発生、そんなものに襲われたら沿岸の生き物なんて一溜りもあませんわ」

「マグニチュード10は凄いですね、想像出来ません」

「私もですわ。そして、運が悪いことに隕石が衝突した付近の土地には硫黄、天然ガス、石油が多く含まれていて、それが気化して空中に放出され、すすと化して空中に浮遊、太陽光が遮られて地球が寒冷化してしまいましたのよ」

「体の大きさと運の強さは比例しないんですね」

「瑛子ちゃん、それは普通、比例しないと思いますわよ」

「あら、体が大きい人って、運が良さそうに見えませんか?私、物凄く運が良さそうに見えるんですけど」

 神夏は思う、瑛子の思考は時々追跡不能になると。

「その煤は二十年にもわたって空中に浮遊していたそうですのよ」

「うわぁ、二十年も浮遊してたら光合成が出来なくなって植物が全部死んじゃいますね」

「そうですのよ。植物が死に絶えて草食恐竜がいなくなって、それを捕食していた肉食恐竜が数を減らし、ついには恐竜が絶滅してしまったというのが隕石衝突説ですわ」

 電話の向こうで瑛子がうんうんと頷いているのが感じられたが、少し間をおいてから受話器から疑問いっぱいの瑛子の声が返ってくる。

「でも、海の中の恐竜はあんまり被害を受けそうにないですよね」

「その通りですわ。冴えてますわね瑛子ちゃん。確かに隕石が落ちた周辺三千キロ程度の場所は生き物がいなくなったとしても、地球全体の恐竜を絶滅させるにはちょっとパワーが足りませんですわね。さっき、二十年も煤が浮遊してたって言いましたけど、氷河期は何万年単位で続きましたもの。それでも、生きてる生物はちゃんといましたものね」

「じゃぁ、どうして恐竜は絶滅しちゃったんでしょうか?」

「ほかにもいくつか説があって、たとえば、ウィルス説とか」

「ウィルスですか、それは有りそうですね」

「でも、ウィルスは種が違うと基本的に伝染しませんから、これが原因で絶滅するかと言われるとちょっと苦しいですわね」

「あら、新型コロナウィルスはカバにも感染したそうですけど」

「たとえ、感染したとしても、今の人間の行動範囲とスピードとは桁違いに遅いですから、全世界に伝染するかって言うと、はなはだ疑問ですわ。山一つ越えるにも結構苦労したと思いますもの」

「う、そうですね。以外と閉ざされてたかもしれませんね。他には説があるんですか?

「そうそう、こんな説もあるんですわよ」

「どんな、ですか?」

「毒で絶滅したっていう説ですのよ」

「は?」

「瑛子ちゃんはコアラが何食べてるか知ってます?」

「コアラですか、えーとですね」

 瑛子はコアラが何を食べるか知っているようだったが、その名前が出てこないらしく、そしてしばらく考えてから、答えを思いついた小学生のように元気にこう答えた。

「ユーカリ、ユーカリの葉っぱです」

「正解ですわ。コアラはユーカリの葉が主食なんですが、このユーカリは六百種類程の種類が有って、コアラが食べるのはそのうちの三十種類、どれを選ぶかは生まれた場所で決まるんだそうですのよ」

「あらあら、グルメなんですね」

「そして、ユーカリには青酸化合物系の毒が含まれてますのよ」

「げっ……」

「微量なので手で触ったりしても人間は気にする必要はないのですが、沢山食べるコアラは大変でしょうね」

「なんでそんな毒があるものを食べることに」

「ほかの動物が食べないから簡単に手に入るってことなんでしょうね。コアラはその毒を解毒するために木の上でじっとしてるんですのよ」

「大変なんですね、コアラ……」

「頑丈な肝臓、親から受け継いだ体内の微生物、毒が強いか弱いか見分ける味覚、それのおかげで毒をものともしない体を得ることが出来たんでしょう。でも、恐竜はそれが出来なかってんですわ」

 瑛子は気が付く。コアラの話で盛り上がってしまったが、今しているのは恐竜が絶滅した原因の話だということを。

「ある日、何時いつ何処どこでということは特定出来ないんですけど、植物の中に毒をもつものが現れて、それを食べた草食恐竜が中毒死、そして捕食者たちも数を減らしたという説ですの。これが毒で絶滅した説ですわ」

「あ~、でも、先生、毒のある植物がそんなに大量発生するとは思えないんですけど。ユーカリだって、日本には生えてませんよね」

「流石瑛子ちゃん、鋭いですわ、その通りでしてよ。これも有力な説とは成り得ませんわね」

「不思議ですね、どうして絶滅しちゃったんでしょ」

「私、思うんですのよ」

「はい?」

「恐竜は絶滅した訳じゃないんじゃないかって」

「と、申しますと?」

 神夏は一呼吸置いてから再びおもむろに話し始める。

「恐竜は絶滅したんじゃなくて、進化することで次のステージに進んだんじゃないかしら?」

「次の、ステージですか」

「ええそうよ。まず、瑛子ちゃんは恐竜の正しい定義はご存じかしら?」

「う~~~ん、昔生きてたでっかいトカゲ」

 瑛子は電話口で爆笑する神夏に少しむっとする。

「恐竜は、『恐竜は直立する爬虫類』って定義されてますの」

「え、直立する爬虫類?じゃぁ、四つ足の首長竜とか翼竜は……」

「厳密に言うと恐竜じゃありませんのよ」

「でも、なんか、違和感がありますね」

「それでね、その直立する爬虫類の足を想像してみて欲しいんですわ」

 瑛子は言われたと売りに想像してみるが、その意味がよくわからなかった。

「恐竜の足には鱗みたいのが有りますわよね、それって何かに似てません?」

「何かにって、う~~~ん……」

「鳥の足に似てると思いません?」

 瑛子は黙り込む、恐竜の足と鳥の足、あまりピンと来なかった。

「実は、骨盤の形もよく似ていて、今の常識として鳥は恐竜が進化したものとされていますのよ」

「は~、そうなんですか、それは知りませんでした」

「だから、恐竜は私たちの目には見えてないけど、あちこちにいるんじゃないかって思いますの。ひょっとしたら、瑛子ちゃんの部屋にも突然現れるかもしれませんわよ」

「あははは、先生、冗談ばっかり」

 そう呟いた瑛子は部屋の窓の外に、ぼんやりと明かりが見えていることに気が付いた。瑛子はスマホを耳に当てたまま立ち上がると窓に向かって歩き始める。なんだろうという警戒心は有るものの、それほど大きな問題はなかろうとも思いながら。そして、ゆっくりと窓を開けて、そこに見えたものが理解出来なくてそこにぼんやり立ちすくむ。

「先生、窓の外になんかいるんですけど」

「あら、こんな夜中にどなたかしら?」

「う~んとですねぇ……」

 目を凝らしてよく見た結果、そこにあるのは……

「先生、でっかい穴が二つあります」

「まぁ、穴、ですか?何の穴でしょう」

 穴からは微妙に風が出てきている、いや、出てきたり吸い込まれたりを繰り返しているようだった。その穴は瑛子の視界からゆっくりと離れていく。そして、全体が見えるようになった時、瑛子は今まで生きてきた中で一番の衝撃を受けた。人間は衝撃が強すぎると脳内でサーキットブレーカーが作動し、自己防衛機能が作動する。

「どうしたの、瑛子ちゃん、大丈夫なの?」

 要は失神してるのだが神夏にはそれが伝わらない。懸命に呼びかける神夏の声に意識を取り戻したのは、きっかり五分が過ぎた後だった。

「先生、恐竜です、恐竜がいます、しかも、ティラノサウルスです!!」

 神夏は瑛子の言葉が呑み込めない、恐竜という単語は理解できたがそれが目の前にいるという状況が呑み込めないのだ。

「よう、小さいの」

 ティラノサウルスは瑛子に向かって太くて落ち着いた声で話しかけてきた。

「へ?小さいのって、私?」

 瑛子は自分で自分を指差して、ティラノが言ったことの意味を確かめる。

「ああ、そうさ小さいの。俺たちが大地を悠然と闊歩かっぽしてた頃、お前さんたちは俺たちの足元をちょろちょろ走り回ってたよな。それが今や地球の覇者はしゃか……」

 ティラノは目を細め首を傾げながら瑛子を見つめる。

「あんたら今、俺たちが絶滅した理由を考えてたみたいだな。残念だったな、俺たちは絶滅なんかしていない、いや、それどころか繁栄の絶頂にいるんだぜ」

「え?」

「あの時、隕石が落ちた瞬間、奇跡が起きたのさ」

「奇跡?」

「そう、隕石が落ちた瞬間、その衝撃で空間がねじ曲がって別次元に行ける断層が発生したのさ」

「断層、ですか」

 ティラノは何かに気が付いてゆっくりと空を見上げる。その視線に流れ星が映った。空間に断層を作った程の隕石ではないが、その光景に懐かしさを感じた。

「俺たちはその断層を通って別の世界、おそらくだが十一次元理論のうちの俺たちがいる四次元の一つ上の五次元に移動することが出来たのさ」

「あ、あの、十一次元理論って何ですか?」

「ん、そうだな、宇宙は十一の次元に分かれてて、それぞれ特徴のある世界を形成してるって理論さ。次元が上がるたびに高度な世界になって行き、最後は神の世界に到達するっていう理屈だ」

「そ、そうなんですか。凄いですね恐竜さん」

「俺たちは次元をさまよったのさ。そこでいろいろなことを目にして経験して、肉体的にも精神的にも進化して、今や完全体と言ってもいいくらいの生物になったのさ」

「す、凄いですね」

「おい、ちっちゃいの、今の自分に満足するんじゃないぜ、生き物は常に進化することを考えるんだ。それが生物の宿命でもあり義務でもあり権利でもあることを悟って、必死に努力してきたんだ。そうしないと、俺たちは単なる爬虫類で終わることに気が付いたのさ。お前さんも単なる哺乳類で終わりたくないだろ?」

「は、はい、わかりました師匠!」

 熱く語ったティラノの言葉に瑛子は感動した。まさかの爬虫類、しかも太古の昔に滅んだと思われていた恐竜の言葉にだ。

「よし、頑張りな」

 ティラノは小粋なウィンクを残して、後ろに有る光る次元断層の中にゆっくりと姿を消していった。それとほぼ同時にスマホから神夏の声が聞こえた。

「瑛子ちゃん、どうしたの、大丈夫なの?」

 瑛子は徐にスマホを耳に当てた。彼女の瞳は何かを悟ったような輝きに満ち、希望に溢れ、根拠の無い自信に満ちていた。

「先生、私、分かりました。人生は旅であり、宿命であり、努力なんです」

「……は?」

「常に高みを目指し、好奇心に満ちていなければならないんです、それが未来を切り開くんです」

「どうしたの瑛子ちゃん、変な宗教にでもハマったの?」

 神夏の口調は心配の極致、今すぐにでも彼女のところに駆けつけたいと思うほどの憂慮ゆうりょで心が張り裂けそうになるが、瑛子はそんなことは意に介していないようだった。

「さあ、先生、望みは高く目指しましょう、そう、ノーベル文学賞です」

「そ、それはちょっとご遠慮しますわ」

「さぁ、先生参りましょう、神の世界へ!光の楽園へ!!」

「お、お断りいたしますわよ~~~」

 三文芝居を繰り広げる女二人の夜は深けて行く。再び流れ星が一つ、それはさっきのティラノの贈り物だったのかもしれない。


★★★


『潜在的に危険な小惑星』は、地球近傍小惑星の中でも、特に地球に衝突する可能性が大きく、なおかつ衝突時に地球に与える影響が大きいと考えられる小惑星の分類である。英語名の『Potentially Hazardous Asteroid』の頭文字であるPHAが略称としてよく使われる。

 このPHAは2012年の発見された地球近傍天体9192個のうち1331個と言われているが、全ての物のうち20%~30%程度で殆ど見つかっていない状態である。※ウィキペディア(Wikipedia)潜在的に危険な小惑星より抜粋。


 もし、ユカタン半島に落下したレベルの隕石が襲来した時、人類は恐竜同様、進化の道を見出すことが出来るのだろうか、次元の次のステージに進むことが出来るのだろうか。全ては私たち次第なのかもしれない、訳は、ないか……

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美樹の新恐竜 神夏美樹 @kannamiki

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