雨上がり、君と夢をみる。
@stella_90m
第1話
1
ザッーザッーと雨が降り続いている。
大型ビジョンにはお天気お姉さんが今週の天気を朗らかにアナウンスしている。
「明日も雨かあ」
ボク、イサガミアキラは透明なビニール傘をくるくると回しながら呟く。
大学を卒業し、上京して早2年。
絶対に俳優になる! と夢見てオーディションを受けまくるも結果は惨敗。
通算19回落ちている。
それでもボクは諦めない。
絶対に夢を叶えてやる!
プルルルル、ポケットの中のスマホが震える。画面を確認すると、オーディション不合格の文字。………通算20回目、仕方がない。前を向いて歩こう!
雨は激しさを増す。
傘を持っていても横からの雨が入ってくる。
水溜りがズボンの裾を濡らす。
ああ、もう最悪だ。
ふと目の前にフラワーショップモリモトという文字が見えた。
「こんなところに花屋なんてあったんやなあ」
上京して2年も経つがこんなところに花屋があるなんて知らなかった。自分はまだ東京人じゃないってことか。
花屋に近づく、営業中みたいだが奥のレジでボッーと突っ立ってる女性の店員がいるだけで客の姿は見えない。
入ってみるか。入り口の前に置いてある傘立てに傘を置き中に入る。チリンチリンと鈴の音が店内に鳴り響く。店員さんはハッとした顔をして「いらっしゃいませー」と言った。
今絶対欠伸しようとしたよな。
ボクは見て見ぬ振りをし、店内の花を見る。何気なく入った店だが、花に関してはてんで分からない。色とりどりの花がディスプレイされ、花の紹介文は手書きで書かれていた。これを全部彼女一人で書いたのか?
ボクは彼女を一瞥する。
瞳は黒く濁っていて、希望を捨てたような目をしていた。
視線に気付いたのか彼女がこちらに向かって歩いて来た。
「何かお探しですか?」
うーん、満点の営業スマイルだ。早く帰れってことか。
ボクも舐められたものだ。ここいらで現実というものを教えてさしあげよう。
「ああ、いや大したことじゃないんだけどね。これから大物の俳優さんと会うことになっててさ。で、その人花が好きらしいから差し入れしようと思っていてね」
勿論、嘘だ。ボクの“ホラ話”を聞くと大抵の人は気持ち悪いぐらいに褒めてくれる。
それが駄目な行為だとわかっていても、一時でも自分を見てくれる褒めてくれるっていうのが堪らなくてやめられない。
っていうかむず痒いわ! 東京弁。
「ええっー!俳優さんだったんですかっー!」
彼女は胸の前で小さく手をパチパチと拍手する。
ああ、最高……堪らない………。
「いや、まだ見習いみたいなモンやねんけどな」
少し恥ずかしくなって鼻を掻く。
「あ、関西の方だったんですね。私てっきり東京の人だとばかり……」
しまった。
褒められて気持ち良くなり過ぎて大阪弁隠すのを忘れていた。上京して来た奴の戯言と思われたらお終いだ。
彼女は怪訝な表情でこちらを見つめている。
このままではいけない。話題を変えなければ………。
「あ、そうそう君は『夢』を持ってる?ボクは持ってるよ。俳優になるって夢がある。人っていうのは夢があるから生きていけると思うんだよね」
矢継ぎ早に言った。自分でも歯が浮きそうになるぐらいキザな台詞だが、『夢』っていうのは人の心を動かしているのに違いないと確信している。
自分の言葉に酔いながら辺りを一瞥する。
彼女は顔を伏せて少しの間黙っていた。
「…………けないんですか?」
下を向きながら、何かを言っている。
「何て?」
彼女はキッとボクを睨みながら口をゆっくりと開いた。
「『夢』を待ってるのってそんなにも偉いことなんですか? 私はそうは思えません。誰もが皆んなキラキラした『夢』を持つことなんて出来ないんですよ。そんなのテレビの中だけです。あと無理して東京の言葉使わないで良いですよ。別に上京中でも気にしませんし」
彼女の目は明らかに怒っていた。
でも、その中にほんの少し哀しみが見えた気がしたのはボクの気のせいだろうか。
「確かにそうやね夢を持つちゅーのは、誰しもが出来る訳じゃないけど、だからこそボクは思うねん。夢ってさ持ってた方が楽しいやん? だから持ってた方がええと思うねん。あなたの目は少し濁っているように見えたから言いたくなってん。でも、それが迷惑に感じたらごめんな」
滔々と語った。
彼女の瞳は先ほどまでの怒りはなく、どこか遠くを見ているような瞳で目の前にある兎の垂れた耳のような紫の花を見つめていた。
ボクは咄嗟にその花に手を伸ばしてレジに向かった。
もっと怒ってくると思ってたのに、憂いを帯びた瞳で紫の花を見ている姿を見るとボクがそうしてしまったようで、痛まれなくなった。早くその場から立ち去りたかった。
会計をして、ボクは逃げるようにして花屋から立ち去った。
家賃3万のアパートに帰宅し、ソファーに沈み込む。
「何、やってんだ……」
その答えが返ってくることはなく、ボクの心を笑うかのように雨はガラス戸を強く叩いていた。
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