[5] 会敵
ジルヴェスターたち七人は、カフェテラスへとやってくると各々飲み物や軽食を注文した。
カフェテラスなので当然、歩道や庭に張り出して客席を設けている。だが、現在は一月だ。外はまだまだ寒い。なので、七人は室内のテーブルに固まって椅子に腰掛けた。
イザベラはホットコーヒーを一口
「みんなは選択科目、何を専攻するのかな?」
少しだけ首を傾げて問い掛けるイザベラは、まるでとある国の王子様かと見まがう雰囲気を醸し出している。
「そうね。わたしは考古学研究よ。他はまだ決めていないけれど」
既に一つは決めていたオリヴィアが真っ先に答えた。
共通科目の授業には歴史学もあるが、考古学研究はより専門的な科目である。歴史学の記録や文献に基づく研究を行うのはもちろん、考古学として人類が残した物質文化の痕跡――例えば、遺跡から出土した遺構などの資料――の研究を通し、人類の活動とその変化を研究する学問だ。歴史学としての一面もあるが、どちらかと言えば考古学の方に注力している選択科目である。
選択科目の単位は一科目だけではない。なので、複数専攻して勉学に励む必要がある。
「オリヴィアは歴史好きだもんね」
「ええ」
「いつも何か研究してる」
「時間がある時だけよ」
オリヴィアと共に生活してきたステラにはオリヴィアの私生活は筒抜けだ。――もっとも、オリヴィアは自分の趣味を隠していたわけではないので、筒抜けでも何も問題はないのだが。
オリヴィアの実家の自室には研究に必要な書物や、研究内容をまとめた資料などが整然としまわれている。
学園の寮にも最低限必要な物を持って来ているので、いつでも研究を続けられる万全な態勢だ。
「その点、ジルくんとは話が合うわね」
「良く二人で難しい話してる」
ジルヴェスターも歴史や考古学には関心がある。故にオリヴィアとは良く考察を繰り広げている。その光景をステラは良く見掛けていた。
「ジルくんの知識や考察力には到底及ばないわよ。わたしが一方的にお世話になっているもの」
オリヴィアは苦笑を浮かべながら肩を竦める。
「俺は実際に現場を見に行ったり、実物を持ち帰ったりしているからな。その違いがあるだけだ」
ジルヴェスターは度々壁外へ赴いて遺跡の調査を行ったり、研究材料として遺物を持ち帰ったりしている。彼はそこが自分とオリヴィアの差だと告げるが、イザベラとリリアナには他に意識を持っていかれる内容があった。
「え、壁外に赴いておられるのですか?」
リリアナが口元に手を当てて驚く。
彼女の視線がジルヴェスターに突き刺さるが――
「ああ」
全く動じずに首肯した。
「へえ。ならライセンス取得済なんだね」
魔法技能師ライセンスを有していないと、壁外へ出ることは法律で認められていない。ライセンスを有していないのに壁の外へ出るのは違法行為だ。
故に、イザベラはジルヴェスターがライセンスを有していると判断したのである。
隠す事でもないので、イザベラの言葉にもジルヴェスターは頷く。
「階級は――」
「もっとも、ライセンスを有しているからと言って、学生の身分で壁外へ赴く奇特な人はあまりいないと思うわよ」
ジルヴェスターの魔法師としての階級が気になったイザベラが質問しようとしたが、遮るようにオリヴィアが話を逸らした。
「確かに学生でもライセンス取得済の人はいるけど、実際に壁外へ赴く人は中々いないよね」
質問を遮られたことを気にしていないイザベラは、オリヴィアの言葉に納得して顎に手を当てながら頷く。
イザベラの仕草がいちいち凛々しくて周りの女性の視線を釘付けにしているが、一同は完全にスルーする
ジルヴェスターはオリヴィアに視線を向けてアイコンタクトで感謝の気持ちを伝えると、オリヴィアはイザベラとリリアナに気付かれないように小さく微笑みを返した。
ジルヴェスターはなるべく平穏な学生生活を送りたいと思っており、そのことをオリヴィアとステラは把握している。なので、オリヴィアは気を利かせてイザベラの質問を遮って話を逸らしたのだ。
一学生として学生生活を送りたいので特別扱いをされたり、変に壁を作られたりするようなことを自ら行う愚行はできる限りしないように心掛けている。自分に対する扱いや距離感が変わるくらいならいいが、何かトラブルなどが起こりでもしたら、さすがのジルヴェスターも多少は申し訳ない気持ちになる。故に、彼としては特別隠している事柄ではないが、わざわざ言う必要もないと思っている。必要に駆られない限り自分から階級を伝えるつもりはなかった。
イザベラが言ったように例え学生の身分でライセンスを有していたとしても、壁外へ赴く者は中々いない。本人にその気があっても、そもそも両親が認めない。壁の外に出るのは当然危険が伴う。生きて帰って来られないのも日常茶飯事だ。
身体的にも精神的にも実力的にも未熟で経験値も低い者が壁外に出るのはとても危険な行為であり、周囲の者が反対する理由は容易に理解できるだろう。
ライセンスは試験を受けて合格すれば年齢関係なく取得できる。
例外を除いて初めは等しく初級五等魔法師のライセンスになるが、魔法的資質さえあれば誰でも試験を受けることは可能だ。
国立魔法教育高等学校を卒業したら自動的に初級五等魔法師のライセンスを取得できるので、卒業までの間にライセンスを取得する者の絶対数は圧倒的に少ない。
ライセンス取得後は功績や実力次第で昇級できる。昇級試験を受けて合格することで昇級する方法もある。
「わたしはまだ決めてないけど術式研究かな」
オリヴィアが上手く話を逸らしたところで、ステラが元の話題へと軌道修正する。
「もっと術式の理解を深めたら魔法を効率良く行使できるようになるかなと思って」
魔法を行使する為には術式が必要だ。
直接術式を
そこで魔法補助制御機――通称・MAC――が必要になってくる。
MACには魔力に反応し、術式を保存することができる魔晶石という鉱石が埋め込んである。
MACは魔晶石を埋め込み、魔力を魔晶石に送り込むことで保存してある術式を行使できる仕様になっている。
魔法師には欠かせないアイテムだ。
魔法を行使する為には発動する魔法の術式を理解している必要があり、理解が深まれば深まるほど、消費する魔力量が減り、威力が向上する。魔法師界ではそれを効率が良くなると表現する。
「術式研究は私も専攻するよ。他には剣術指南とかも気になっているかな」
どうやらイザベラも術式研究を専攻するつもりのようだ。
「剣術指南か。剣術の心得でもあるのか?」
「少しね」
剣術指南を専攻する者は元々剣術の経験がある者が多い。無論未経験の者もいるが、絶対数は経験者の割合の方が多い。
故に、アレックスはイザベラも経験があるのか気になったのだ。
「武闘派なのね」
「いや、そんなことはないよ。ただ、母の方針でちょっと教わっただけだよ」
オリヴィアの指摘をイザベラは苦笑しながら否定する。
「イザベラの母君というと、エアハート家の御当主殿か」
「そうだよ」
ジルヴェスターがイザベラの母のことを思い浮かべる。
「直接の面識はないが、何度か見掛けたことはある」
「へえ。そうなんだ」
イザベラの母は名門エアハート家の現当主だ。
魔法師としても優秀な人物だとジルヴェスターは認識している。
「エアハート家ともなると親御さんの教育も厳しそうよね」
名門故に厳しい教育を受けているのではないかとオリヴィアは思った。
「どうだろうね。他の家のことはわからないし、なんとも言えないよ」
「それもそうね」
イザベラの言うことはもっともだ。他家の教育事情を知らない限り比較しようがないだろう。
「リリアナは何を専攻するのかしら?」
オリヴィアはリリアナに視線を向けて尋ねる。
「わたしは医学講座を専攻します。他は皆さんと同じでまだ決めかねていますが……」
医学講座はその名の通り、医学について勉強する選択科目だ。
共通科目には救命救急講座もあるが、これはあくまで基礎的な内容であり、魔法師として活動する上で必要な知識と技術を学ぶ授業だ。
対して医学講座は魔法師としてではなく、医者として必要なことを学ぶ内容である。魔法を用いた治療法も学ぶが、魔法とは無関係な内容が大半を占めており、医者を志す者が専攻する科目だ。
医者になる為には大学に通って資格を取得しなければならないが、高校の内から勉強できるのはメリットしかないだろう。
「医者になりたいの?」
医学講座を専攻するからには、医者を志しているのかと思ったステラが尋ねる。
「いえ、わたしは教師を志しています。医学講座を専攻するのは、私は治癒魔法が得意なので勉強すればそれを生かせるのではないかと思ったからです」
「へえ、いいね教師。似合いそう」
「ふふ。ありがとうございます」
リリアナの言う通り医学の造詣を有していれば治癒魔法に生かせる部分もあるだろう。少なくとも決して無駄になることはない。
「リアは昔から教師を目指していたもんね」
「うん」
イザベラが懐かしむような表情で言うと、リリアナは笑みを零しながら頷いた。
どうやらイザベラはリリアナのことをリアと呼んでいるようだ。
「二人の付き合いは長いのか?」
心理的距離感の近い二人の関係性が気になったアレックスが尋ねる。
「物心つく頃には既に一緒にいたよ」
「元々家同士の繋がりがあったので自然と知り合いました」
イザベラとリリアナが順に答える。
エアハート家とディンウィディー家は魔法師界の名門同士だ。元々交流があってもなんら不思議ではない。
「ふーん。幼馴染なのか」
アレックスは納得顔でそう呟く。
「幼馴染っていいよな。俺は幼馴染いないから憧れる」
「幼馴染だからと言って仲がいいとは限らないだろ」
「確かにそうだな」
ジルヴェスターの指摘にアレックスは肩を竦める。
「――話を戻すが、アレックスは選択科目どうするつもりなんだ?」
「ん? 俺? 俺はまだ決めてねぇよ」
「そうか。興味のある科目とかはないのか?」
「これって言うのはないな。とりあえず一通り体験してみようかと思ってる」
無理に今決めることもないだろう。まだ焦って決める時期ではない。時間を掛けて決めるのも正しい選択だ。
「ジルはどうなんだ? もう決めたのか?」
アレックスは参考にちょうどいいと思い、ジルヴェスターの専攻科目を尋ねる。
この場は意見交換の場なので、積極的に言葉を交わすのは相応しい行為だ。ただこの場にいるだけではせっかくの機会を無駄にすることになる。
「俺は術式講座、MAC講座、言語学、考古学研究は専攻するつもりだ」
術式講座と考古学研究は先述した通りの内容だ。
MAC講座は使用者の特性に合わせたチューニングやメンテナンス、MACの設計や開発について学ぶことのできる選択科目だ。なので、魔法技能師を志す生徒が主に専攻している。
言語学は世界に存在する多様な言語を学ぶ選択科目だ。
現在ウェスペルシュタイン国で主に使用されている言語を共通語として用いられているが、この国は魔興歴四七〇年に突如として世界中に魔物が大量に溢れた際に、数多の国から逃れてきた者たちの末裔で構成されている。
避難してきた自国の民や他国の民など、国籍や人種を問わず受け入れて来た故に、多様な言語も流入してきた歴史がある。
現在はウェスペル語という共通言語が主に用いられているが、元々は数多の言語が飛び交っていた。
ウェスペル語が共通語となったことで、時が経つにつれ、異国語や限られた部族が用いていた言語を話せる者が減少していった。
閉ざされた世界であるからこそ、外の世界に関わる文化や風習を重んじようと考えた末に生まれたのが言語学だ。考古学研究もこれに含まれる。
例を挙げると、魔法補助制御機の略称であるMACの正式名称Magic Assistant Controllerという単語もウェスペル語ではない異国の言語だ。
世界が閉ざされる前に最も魔法技術が発展していた国に敬意を払って、現在もその国の言語を用いている経緯がある。
「座学ばかりだな」
「性に合っているんだ」
専攻する予定の選択科目が座学ばかりという事実に嫌そうな表情を浮かべるアレックスの様子に、ジルヴェスターは苦笑する。
「ジルくんは研究者肌だものね」
「首席殿は文武両道かよ」
オリヴィアのフォローにすかさず大袈裟な態度で茶化すアレックスの姿に、一同は笑いを漏らす。
国立魔法教育高等学校は筆記より実技の方が重視される傾向にある。
成績には実技の結果の方がより反映される為、仮に実技五十、筆記八十の人より、実技八十、筆記五十の人の方が総合成績は上位になる。
成績上位に入る為には実技も筆記も好成績でなくては厳しいが、極端な話をすれば実技一辺倒でもそれなりの成績を残すことは可能だ。――無論、筆記の成績が酷すぎるのは論外だが。
逆に筆記一辺倒だと成績は下位に甘んじることになる。
魔法師として活動するからには壁外に赴くことになる。自分の身も守れないようでは死ぬだけなので、実技が重視されるのは道理だ。
魔法工学技師を志す者もある程度は実技の成績は重要だ。
直接戦闘することは少ないかもしれないが、MACの調整や設計は調整段階で自分で試すこともある。自分が全く魔法の行使を行えないと試すことができない。それに実際に使う人の身になって考えることができなければ、決して一流になれない。その為には自身が魔法技能師として最低限の実力を身に付けておかなければならない。
実技と筆記の比重は学校毎に異なるが、ランチェスター学園は実技が六~七、筆記が三~四くらいの比重になっている。
わかりやすいところだとキュース魔法工学院は筆記に重きを置いており、筆記が八~九、実技が一~二の比重だ。
「だからこそ首席なんだと思うよ」
「うん。ジルは凄いんだ」
イザベラのもっともな指摘に、何故かステラが控えめな胸を張って嬉しそうに威張る。
そんなステラの姿に場は微笑ましい空気に包まれた。
その後も笑いを交えながら充実した意見交換を行っていくのであった。
◇ ◇ ◇
ネーフィス区のリンドレイクで周辺を調査していたアウグスティンソン隊の面々は、一度調査を切り上げてワナメイカー本社に続々と集合していた。
ワナメイカー・テクノロジーはアウグスティンソン隊の任務に協力している立場だ。
ワナメイカー・テクノロジーから依頼を受けてアウグスティンソン隊が任務を引き受けたわけではなく、連日新聞を騒がせている事件について調査をすることにしたアウグスティンソン隊に、あくまでワナメイカー・テクノロジーが協力している形だ。
ワナメイカー・テクノロジーとしては警備員も雇っているが、魔法師が自ら調査に乗り出してくれるのならメリットしかないので願ったり叶ったりだった。場所を提供するくらいお安い御用である。魔法師がいてくれるだけで抑止力にもなるので断る理由などない。誰も魔法師がいるところに襲撃しようなどとは思うまい。非魔法師ならば尚更だ。
「隊長、アビーとビルがまだ戻ってきません」
隊員の一人がマイルズに伝える。
アウグスティンソン隊は隊長であるマイルズを除いて十五人の隊員がいる。
この場には現在十三人の隊員が戻ってきているので、二人足りないことになる。
「何かあったのかもしれません」
戻ってこないということは、何かトラブルに巻き込まれた可能性が高い。
「そうだな。だが、あの二人なら心配ないだろう」
アビーとビルはアウグスティンソン隊の中でも精鋭に分類される優れた魔法師だ。
二人の実力を把握しているマイルズは全幅の信頼を寄せている。
「何かあれば
『隊長!!』
「――っ!?」
『
『
第六位階魔法は高度な魔法だが、無属性は魔法の資質がある者には等しく備わっている適正であるが故に、他の属性よりも比較的難易度が低くなっている。
なので、同じ第六位階の魔法でも無属性魔法は他の属性の魔法より難易度が低い。――例外もあるが。
アウグスティンソン隊の精鋭であるアビーとビルも当然『
マイルズは二人のことなので何かあれば
そしてマイルズの言葉を遮るように念話が飛んで来たのだ。
「
彼は周囲の隊員たちに
何かあったのだと判断した隊員たちの中に緊張が走った。
『アビーか?』
『はい! 私です!』
『何があった?』
優秀な魔法師であるアビーとは思えない慌てぶりだった。
マイルズはアビーを落ち着かせるように悠揚な口調で尋ねる。
『反魔法主義者と思われる者を追跡中に、市民が奴らに襲撃されそうになっているところに遭遇しました』
『何!?』
『即座に市民を保護しましたが、現在交戦中です!』
『そうか。良くやった』
アビーは焦っているのか捲し立てるように早口で言葉を紡ぐ。――
『隊長、奴らの中に魔法師がいます!』
『なんだと!?』
どうやらこれが慌てている原因だと、マイルズは当たりをつけた。
反魔法主義を謳っている連中の中に魔法師がいるとは普通思わないだろう。
この場面での魔法師は魔法的資質を有する者を指す。
反魔法主義の者なら魔法技能師ライセンスを取得していない者もいるだろう。むしろ取得していない方が理解できる。
『目視可能な範囲に四名の魔法師がいます! 奴ら予想以上に手練れで保護対象を抱えたままの現状では厳しいです。至急応援をお願いします!』
『了解した。至急応援を送る』
『ありがとうございます』
『対象の確保も重要だが、市民の保護が最優先だ。無理はするな』
『了解です。場所は――』
情報を集める為には反魔法主義者の確保も重要だが、現状最も優先すべきは保護している市民の安全だ。
いくら優秀な魔法師であるアビーとビルでも、市民を保護したままでは対象を確保するのは厳しい。
アビーは中級三等魔法師で、ビルは中級五等魔法師だ。
中級魔法師は前線で活躍できる一線級の魔法師だが、言い換えれば上級魔法師になれない者ということでもある。――もっとも、今後上級魔法師になれる可能性はあるが。アビーとビルは二十代と若いのでまだ将来性がある。
「グレッグ、四人付ける。至急応援に向かってくれ」
マイルズは近くにいた壮年の男性に命令を出す。
「おうよ。任せろ」
壮年の男性は自分の胸に右拳をドンと当てて了承する。
グレッグはアウグスティンソン隊の発足メンバーであるベテラン魔法師だ。
階級はマイルズと同じ中級一等魔法師であり、彼が最も信頼している隊員でもある。マイルズ不在時はグレッグが隊の指揮を執ることも多い。
グレッグは三十五歳であるマイルズよりも一回り以上年上であり、良き相談相手で、良き理解者でもある兄弟のような関係だ。
マイルズのことを隊発足以前から支えてきたアウグスティンソン隊の実質的なナンバーツーである。アウグスティンソン隊の中で最年長であり、豪放磊落な性格で隊員からも慕われている良き兄貴分だ。
「野郎ども。行くぞ! ついて来い!」
グレッグは号令を掛けると、四人の隊員を伴って駆けて行った。――中には「わたし女なんですけどぉ~」と野郎呼びに対して抗議する者が一名いたが。
◇ ◇ ◇
大通りから逸れた
「――ビル! 応援を要請したわ!」
「おう!」
アビーは応援の要請が済んだことを前線で相手の魔法を防いでいるビルに伝えると、彼は背を向けたまま返事をした。
アビーはショートパンツを穿き、左脚の太股に地肌の上から中級三等魔法師を示す脚章を身に付けており、ビルは左胸に中級五等魔法師を示す胸章を身に付けている。
「市民の保護が最優先よ」
「わかってる!」
「でも、一人くらいは確保しましょう」
「そうだな」
二人の前には四人の魔法師の他に、数人の反魔法主義者の姿がある。
情報を得る為には全員尋問した方がより多くの情報を得られ確実性が増す。だが、現状それは厳しい。それでも二人にとってはせめて一人は確保したいというのが本音だった。
故に、二人は市民を守る最重要な役目を全うしつつ、最低限の成果を挙げる方針を定めた。
「
ビルは後方で柱に身を隠しながら魔法を行使している一人の魔法師に向けて魔法を放つ。
――『
対象の足元から炎の柱が飛び出す攻撃魔法であり、攻撃性能だけではなく、足元のバランスを崩すことができる妨害性能も備わっている。
ビルは左手首に装着している
「ぐわぁ!!」
優れた魔法師にとって遮蔽物は意味を為さない。発生地点を正確に指定できれば、遮蔽物があろうと、離れた場所であろうと精密に魔法を発動できる。
魔法を食らった魔法師が膝をつく。
後方にいる味方が魔法を食らったことで、前線にいる者の意識が後方に逸れた。
その隙をビルは見逃さない。
彼は瞬時に『
――『
敵中に突撃したビルは手前にいる魔法師に向けて魔法を放つ。
「食らえっ!
――『
「甘い!」
相手は
しかし牽制することには成功した。その隙に近くにいた非魔法師の男に接近して鳩尾に拳を振るう。
「くそっ!」
非魔法師の男は咄嗟に防御の構えを取ったが、
ビルが敵中に飛び込んだことで、意識が傾き背を向ける形になった前線にいる若い魔法師の男の背後から、アビーが魔法を放つ。
「
――『
感電しても元々魔力量が多ければ力業で無理やり魔法を行使することができ、魔力の扱いに長けている者も魔法を行使できる可能性がある。――思ったような威力を出せるかは別問題だが。
ビルが敵中にいる現状で高威力の魔法は行使できない。彼を巻き込んでしまう可能性があるからだ。工場内という限られた空間というのも影響が大きい。
高威力、広範囲に影響を及ぼす魔法を行使できない以上、対象を妨害する効果を持つ魔法を放つのは最善の選択だろう。
アビーの役目は保護している市民を守ることが最優先事項だが、ビルを援護することはできる。
右手の中指に嵌めている指輪型MACを用いて魔法を行使しているようだ。
「ぐっ! しまった!」
「
ビルは非魔法師を背後に庇っている四人の魔法師の中で、唯一の女性に魔法を放ったが――
「させんっ!」
残りの魔法師の中で最も体格のいい魔法師が射線上に割って入り魔法を行使する。
「
――『
ビルが放った
――『
工場内という限られた空間での戦闘でも被害を抑えられて使い勝手のいい魔法だ。
「チッ」
ちなみに、彼が
ビルが舌打ちをしたのとほぼ同じタイミングで、体格の優れた魔法師が
素の身体能力での飛び出しなので、ビルにとって対応するのは容易だ。
「
だが、背後からビル目掛けて魔法が飛んでくる。
どうやら
――『
ビルは背後から魔法が向かってきているのにも構わず、正面から突撃してくる魔法師に相対するように駆け出した。
「
駆け出したビルの背後に氷の壁が出現し、
保護している市民を守る為に、少し離れた位置にいるアビーが
――『
ビルはアビーが対応してくれると信じて背後から向かってくる魔法を無視していた。二人の信頼関係があってこその連携だ。
非魔法師も猟銃を発砲して攻撃してくるが、それにも構わずビルは突撃する。
ビルと体格のいい魔法師が目と鼻の先で相対すると、互いに勢いそのままに拳を振りかぶった!
ビルの拳は相手の左脇腹に直撃し、相手の拳はビルの左頬を殴打する。
「ぐっ」
「まだまだぁあああ!!」
素の身体能力で対抗する相手は両手に鉄拳――手に嵌めて拳の外側に等間隔に並んだ三鋲の鉄角を向けて握り、敵を打ったり、突いたり、敵の攻撃を払ったりなどに使用する武器――を装着しているが、
ビルよりもダメージを食らっているであろう相手も、怯むことなく気勢を上げて乱打戦を繰り広げる。
すると
非魔法師を背後に庇っている魔法師の女性は、援護しようにも近接戦による攻防に手出し出来ずにいた。味方を巻き込んでしまう恐れがあるからだ。とはいえ、彼女には肉弾戦を行う技術も膂力もない。
数度打ち合ったところでビルはバックステップを踏んで一旦距離を取った。
その一瞬の隙に魔法を行使する。
「
魔法を行使すると、ビルの身体から燃え上がるような赤いオーラが立ち昇る。
――『
ビルは『
これで戦況は有利になるが、その分魔力の消費が大きくなる。
「行くぞ!」
格段に向上した脚力で
相手は全く反応できず気づいた頃には吹き飛ばされており、勢いそのままに壁に直撃し、意識を手放した。
「くそっ!」
大柄な魔法師はその事実に遅れて気づくと、ビル目掛けて突進しようとしたが――
「撤退だっ!! 目を閉じろ!」
そして瞬時に魔法を行使する。
「
――『
「まずい!!」
ビルは目を潰されながらも周囲を警戒するのを怠らない。もちろん万一に備えて防御態勢を取っている。
二人は耳に神経を傾けると、複数の足音が遠ざかっていくのを聞き取れた。
「――アビー! ビル! 無事か!?」
足音を確認していると、自分たちの名前を呼ぶ声が聞こえた。
「おやっさん?」
アビーは馴染みのある声の主に確認の意味を込めて呟く。
「おう。儂じゃ!」
声の主は応援として駆けつけたグレッグたちだった。
「二人とも無事か?」
「ええ。奥にビルがいるわ。あと、後ろにいる二人が保護対象よ」
アビーは
そして説明を聞いたグレッグは連れてきた四人に視線で指示を出す。
女性の魔法師は保護されている二人の女性の介抱をし、残りの三人は周囲の確認に動き出した。
保護している二人の女性は、おそらく魔法的資質を有する一般人だと思われる。魔法的資質を有するが、魔法を扱うことができない者だ。だからこそ襲撃対象にされたのだろう。
「目をやられたか?」
「ええ。
「そうかい。なら良かったわい」
グレッグはアビーたち五人を守るように周囲を警戒する。
少しの間そうして待機していると、周囲を確認しに行っていた三人の内の一人がビルを伴って戻ってきた。
「おやっさん」
「お前さんも目をやられたか」
「ああ」
「
グレッグは肩を借りて歩いて戻ってきたビルと言葉を交わす。
この場で見た限りでは重傷を負っていないようで安堵する。
「おやっさん。中に反魔法主義者の二人が倒れていて、二人が一人ずつ監視しています」
ビルに肩を貸している魔法師がグレッグに工場内の様子を伝える。
工場内にはビルが最初に殴り飛ばした非魔法師の男と、最後に蹴り飛ばした魔法師の男が倒れ伏していた。どうやら仲間には見捨てられたようだ。残念ながら気を失っている仲間を連れ出す余裕がなかったのだろう。
「残りの連中には逃げられちまったようだ」
ビルは悔しさを内包した声音で言葉を漏らす。
市民を保護している状態だったので、本来ならば応援の到着を待ってから行動するべきだった。しかし、それも難しかった。
待っている間に反魔法主義者が逃走してしまう可能性がある。また、保護対象がおり、自由に行動できない状況だったので、アビーとビルが押し込まれてしまう恐れもあった。
そこで、敵の想定を覆すようにビル一人が敵中に突撃することで動揺させ、その隙に一気に決めにかかる戦法を取った。
反魔法主義者になるような魔法師は、魔法師としての自分に劣等感を抱いている者が多い。そして魔法師としても大した力はないだろう。魔法師として優れているのならば、反魔法主義者になる利点は全くないからだ。
結果としてアビーとビルの戦法は成功したと言えるだろう。
あの状況下で反魔法主義者を二人確保することに成功したのだから。
「ふむ。どうやら二人は仕留めたようじゃの」
「おやっさん、別に殺してはいないぞ」
「がっはっはっは!! わかっておるわい」
グレッグの言いように不満を抱いたビルは、瞼を閉じたまま苦笑を浮かべて訂正した。
しかしグレッグは全く意に介していない。
「良くやったの」
一転して真面目な表情を浮かべたグレッグは、ビルの頭を粗雑に撫でて労う。
「おやっさん、俺はもうガキじゃないんだが……」
だが、撫でられた当人は複雑そうな表情を浮かべて苦言を呈する。
「儂からしたらお前さんなどまだまだ
グレッグはそう言うと、また豪快な笑い声を上げる。
「諦めなさい、ビル」
見かねたわけじゃないが、アビーがビルを宥めるような声色で言葉を掛ける。
「お前さんら、二人の反魔法主義者を拘束したら戻るぞ。マイルズが待っておる」
「隊長には
「私は一応周辺を探ってみます」
「おう。任せるわい」
ビルに肩を貸していた男性の魔法師はビルをグレッグに任せると、反魔法主義者が逃走したと思われる方向へ駆け出す。
そして女性の魔法師に保護している二人の女性を送り届けさせ、残りの面々は反魔法主義者の二人を拘束して連行した。
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