[2] 散策

 ジルヴェスターは整然とした石畳の道を、ステラとオリヴィアの二人と一緒に散策している。しっかりと区画整備された街並みを眺めながら三人連れ立って歩き、和やかな時間が流れていた。


 三人がこれから三年間生活の拠点となるフィルランツェを見て回り、今後の暮らしに役立てる良い機会だ。


「二人はフィルランツェに来たことあるのか?」

「……何度か」

「わたしもよ」


 ステラとオリヴィアがフィルランツェに来たことあるのかと疑問に思ったジルヴェスターが尋ねると、二人は記憶を辿って思い出すように答えた。


「入学した時のことを考えて生活環境とかを事前に下見に来ていたから」

「そうか」


 ステラの言葉を聞いてジルヴェスターは納得する。


 十二校ある魔法教育高等学校の中で、試験を受けた学校の所在する町には事前に下見に行くのは理に適っている。

 入学したら三年間はその町で暮らすことになる。当然生活環境の確認は必要だ。学校を選ぶ判断材料にもなるだろう。


「ジルは?」

「俺も何度か来たことはある」


 ジルヴェスターもフィルランツェには何度か足を運んだことがある。――プライベートだったり仕事だったり理由は様々だが。


「そもそも俺はヴァストフェレッヒェンに住んでいるから比較的近場だしな」


 ジルヴェスターの自宅があるのは、ランチェスター区にあるヴァストフェレッヒェンという町だ。

 ヴァストフェレッヒェンはランチェスター区で最も大きく、人口も最も多い町である。区内の行政の中心でもあり、区長が勤める庁舎もある。


 三つ目の壁であるウォール・トゥレスと、四つ目の壁であるウォール・クワトロに挟まれた位置にあるランチェスター区の中心から、ウォール・クワトロに近い位置にヴァストフェレッヒェンはある。

 フィルランツェはランチェスター区の中心からウォール・トゥレス寄りに位置している。なので、ヴァストフェレッヒェンとフィルランツェは比較的近隣の町なのだ。


 こういった立地もあってジルヴェスターは自宅から通学することになっている。鉄道に乗って移動する必要はあるが、充分通学圏内だ。一応学園の寮とも契約しているので、寮で生活することも可能だ。――もっとも、ジルヴェスターには鉄道などを用いなくても楽に移動する手段はあるのだが。


「二人はシャルテリアだから、わざわざフィルランツェまで来る用事は中々ないよな」

「ん」

「そうね。生活するだけならシャルテリアにいるだけで充分だもの」


 ジルヴェスターの指摘に頷くステラと苦笑を浮かべるオリヴィア。


 ステラとオリヴィアの実家があるのはウォール・トゥレス内の南西に位置し、ウィスリン区、ランチェスター区と並んで最も富裕層が集まる区の一つであるプリム区内のシャルテリアという町だ。


 プリム区は十三区の中で最も綺麗な街並みをしていると言われており、最も治安の良い区でもある。その中でもシャルテリアはプリム区を象徴する美しさを備えていると評判だ。

 そしてシャルテリアはプリム区内で最も大きく、人口の最も多い町でもあり、区内の行政の中心地でもある。


 シャルテリアはプリム区の中心から北西方向のウォール・クワトロに近い位置にあり、用事がない限りわざわざフィルランツェへ赴くことはないだろう。


 オリヴィアの家族はステラの実家であるメルヒオット家の邸宅から、外廊下で繋がった離れに住み込みで勤めているので当然実家は同じだ。


「あら、ここに寄って行きましょう」


 三人で話しながら歩いていると、オリヴィアは通り掛かった一店の店舗に興味を惹かれた。ステラの手を取って仲良く入店する二人の後にジルヴェスターも続く。


 三人が入店したのはこじんまりとした雑貨屋だ。

 雑貨はもちろん、文房具や衣服も陳列されている。衣服の数は少ないので、メイン商品は雑貨なのだと思われる。学園都市ということもあって文房具も取り扱っているのだろう。


 店内を見て回っていると、ステラが陳列されているとある商品の前で立ち止まった。

 興味を惹かれたのか、商品に手を伸ばす。手に取った商品を見つめていると、オリヴィアから声が掛かった。


「それ、気に入ったの?」

「ん。かわいい」


 ステラが手に取ったのはマグカップだ。上部から下部へ行くほど青色が濃くになっているグラデーションが特徴であり、ステラの水色の髪ともマッチしている。


「そう。なら買いましょうか」

「ん」


 購入を促すオリヴィアの言葉に頷いたステラは、別のマグカップを手に取ってオリヴィアへと手渡す。


「これも」

「これも買うのかしら?」

「ん。お揃い」

「ふふ。わかったわ」


 ステラが手渡したのは、紫色がグラデーションになっているマグカップ。ステラの選んだマグカップの色違いだ。オリヴィアの紫色の髪ともマッチしている。


 ステラはちょうど良い色違いのマグカップがあったので、オリヴィアとお揃いにしたかったのだ。それを察したオリヴィアが慈愛の籠った微笑みを浮かべて了承したのである。


 学内にはカフェやレストランなども併設されたおり、飲食には困らないようになっている。

 だが、寮の部屋にはキッチンも設置されているので料理などもできる仕様だ。マグカップも今後の寮生活では大いに活躍することだろう。


「それ買うのか?」


 少し離れたところで商品を見て回っていたジルヴェスターが二人に歩み寄ると問い掛けた。


「ん」

「ええ」

「そうか」


 返事を聞いたジルヴェスターは二人が持つマグカップを手に取ると、会計を済ませに歩を進めた。


「――ジルくん? いいわよ、自分で買うから」


 説明もなしに歩き出したジルヴェスターの意図を察したオリヴィアが慌てて駆け寄る。慌てているにもかかわらず、淑女としてはしたなくない動作になっているのはさすがの一言だろう。


「いや、俺も買うからついでだ。気にするな」

「……そう。わかったわ。ありがとう」

 

 ジルヴェスターはいくつかの商品を入れている買い物かごをオリヴィアに見せる。


 男性の折角の厚意を無下にするのはいけないと判断したオリヴィアは、男性であるジルヴェスターを立てることにした。もちろん感謝の言葉を忘れない。


「ありがと」


 オリヴィアの言葉に続いてステラもしっかりとお礼を告げる。


 そうして会計を済ませた三人は雑貨屋を後にした。


 ◇ ◇ ◇


 雑貨屋を後にした三人は昼食を摂ることにした。

 ちなみに、雑貨屋で購入した物は全てジルヴェスターが『異空間収納アイテム・ボックス』に収納した。ステラとオリヴィアのマグカップは寮に戻ったら渡す予定だ。


 入学式が終わった後に町を散策していた三人は今がちょうど昼時ということもあって、昼食を摂る店を探していた。


「ここはどうかしら?」


 オリヴィアが見つけたのは町並みに溶け込んだ喫茶店だ。


「構わないよ」


 ジルヴェスターがそう言うと、間髪入れずにステラが頷き、オリヴィアの提案に賛成した。


 入店した三人は店内を軽く見回す。

 店内はアンティーク調の骨董品や美術品が置かれ趣のある雰囲気を演出している。


 席を案内されて移動すると、三人が使用するーブルの数席離れた席にはランチェスター学園の制服を着ている女生徒二人の姿があった。

 その様子を一瞬横目で視認したジルヴェスターは椅子に腰掛ける。ステラとオリヴィアが隣に座り、ジルヴェスターが対面の位置だ。


 各々メニューを注文すると、手持ち無沙汰になった三人は自然と会話に花を咲かせることになった。


「二人は最近、調子はどうだ?」

「私は水属性と氷属性は問題ないけど、それ以外は上手くいってない」

「私も得意な属性以外は手こずっているわ」


 ジルヴェスターの言葉足らずな質問に、二人は戸惑うことなくしっかりと答える。


「そうか」


 魔法には属性が存在する。

 ――『地』『水』『火』『風』『雷』『氷』『光』『闇』『聖』『じゅ』『音』『影』『木』『鉄』『無』の十五種類の属性に分類されている。


 いくら魔法の素質があるとはいえ、全ての属性を扱えるわけではない。属性の適正は生まれた時点で決まる。その為、適正のある属性が多いほど、持って生まれた才能とも言えるのだ。


 仮に複数の属性に適正があったとしても、全て同等レベルで行使できるわけではない。適正にも高い適正と低い適正が存在する。


 例えば、水、火、雷、氷、無の五つの属性の適正があったとすると、この五つの属性から適正の高い順というものが必ず生まれる。火>雷>氷>水といった具合にだ。


 但し、例外も存在する。それは無属性だ。無属性は魔法の資質がある者には等しく備わっている適正であり、得意不得意の差はあれど、全ての魔法師が適正を持っている。理由は解明されていないが。


 この他にも魔法は存在するが、ここでは割愛する。


 その為、ステラには水属性と氷属性の二つは特に高い適正が備わっているということになる。


「誰しも適正に壁は存在するからな。仕方ないと言えば仕方ないが、工夫と努力次第である程度は乗り越えることはできる」


 自分の話を真面目に聞いている二人の様子を確認したジルヴェスターは、少々お節介を焼くことにした。


「例えばMACエムエーシーのチューニングを見直してみるといいかもな。成長と共に調整していたチューニングが合わなくなることもある」

「……なるほど」

「確かに最近はあまりチューニングしていなかったわね」


 魔法行使の技術や術式を理解することばかりに注力していた二人は盲点だったと思い至る。


 ――『MACエムエーシー』とは――魔法Magic補助Assistant制御機Controllerの略称である。

 MACに術式を保存し、魔法の発動を補助する機械だ。


 魔法の行使自体にMACは不要だが、MAC抜きでは発動スピードが極端に低下し、制御難度も極端に上がってしまう。その上、魔法を行使するのには心身ともに負担が掛かる為――使用過多で最悪魔法が使えなくなったり、衰弱したり、死亡するリスクもある――実質的には魔法師にとって必要不可欠なツールだ。更にMACを介する事で能力を十全に引き出してくれる効果もある。


 尚、国立魔法教育高等学校での実技試験もMACを使用した結果を評価対象としている。


 魔法師の特徴を象徴する魔法発動補助具であり、使用者の特性に合わせたチューニングを始めとして、精密機械であるが故にこまめなメンテナンスを必要とする。その為、使用者や使用用途に合わせてカスタマイズできるエンジニアの需要が高い。


 MACの形状は腕輪型、指輪型、武装一体型など多様であるが、大別して汎用型と単一たんいつ型に分けられる。汎用型MACは全ての属性に対応しており、単一型MACは単一属性のみに対応していて発動速度に優れているのが特徴だ。


 魔法師には――『魔法因子領域』という魔法師の持つ精神の機能の一部が備わっており、これが魔法という才能の本体である。


 魔法師は魔法因子領域を意識的に使用するのではあるが、完全に認識することは現代では不可能であり、魔法を発動する過程を意識し制御する必要がある。その上、使用用途や使用強度及び範囲によって難度が変わる為、この過程に優れていればいるほど優秀な魔法師の証でもある。人間の精神の機能は未解明な部分が多く、魔法師自身にとってもブラックボックスであると言える部分だ。


 魔法の行使には心身ともに負担が掛かり、強力な魔法であるほど、強度や範囲を上げて行使するほど負荷が掛かる。その結果、使用過多で最悪魔法が使えなくなったり、衰弱したり、死亡するリスクに繋がってしまうのだ。


 MACには『魔晶石』が埋め込まれている。

 魔晶石は魔力に反応し、術式を保存することができる貴重な鉱石だ。


 魔晶石を機械であるMACに埋め込み、魔力を魔晶石に送り込むことで保存してある術式を行使できる仕様になっている。

 現在では魔晶石を人工的に生成することは不可能であり、自然に生成された魔晶石を採取するか、魔物から入手するしかない。


 そして、魔法師にとって重要なMACの調整などを請け負うスペシャリストが存在する。


 それは――『魔法工学技師』だ。

 MACを含めた魔法機具の作成や調整などを行う技術者のことを指す。略称は『魔工師』または『魔法技師』。


 魔法師に比べて社会的なステータスは低いものの、MACの調整一つ取っても魔工師の存在は不可欠であり、一流の魔工師の収入は一部の魔法師をも凌ぐほどだ。


 魔法工学技師になる者は魔法師が大半だが、中には非魔法師も存在する。


 魔工師にもライセンスが存在し、より階級の高い魔工師は信用や収入も高くなる。


 魔法工学技師ライセンスは以下の通りだ。上位の階級から表記する。


 一級技師

 二級技師

 三級技師

 四級技師

 五級技師


 魔法師ライセンスと比べると簡素だが、そもそも魔法師と魔工師では絶対的な人数の差が存在する。故にこの五つの階級で充分事足りるのだ。


 ちなみに、ジルヴェスターは左手の中指に嵌めている指輪型の汎用型MACを用いて『異空間収納アイテム・ボックス』を行使している。


「一度魔工師に見て貰うといいかもな。なんだったら俺がやってもいいが」

「ん。そうする」

「一度専属の魔工師に見て貰うことにするわ。ジルくんにはまたの機会にお願いするわね」

「ああ。それが良い」


 実はジルヴェスターは一級技師のライセンスを所持している。なので、自分がMACをチューニングすることを提案した。

 ステラとオリヴィアは当然ジルヴェスターが一級技師のライセンスを所持していることは知っている。


 二人はジルヴェスターの提案を断ったが、ジルヴェスターは当然のこととして素直に引き下がった。


 専属契約を結んだり、お抱えとして家に招いたり、常連として依頼したりなど様々な形態はあるが、通常魔法師には依頼する魔工師は決まっている。


 ステラの場合は魔法師である母が古くから懇意にしている魔工師に依頼している形だ。その縁でオリヴィアも同じ魔工師に依頼している。


 命を預けているに等しいので、そう言った信頼関係で成り立っている魔法師と魔工師の間に、無理に割って入るものではないと心得ているジルヴェスターは大人しく引き下がったのだ。


「――そういえば、最近反魔法主義と思われる者達の動きが活発になっているな」

「確かに今朝の新聞にも載っていたわね」


 ふと思い出したように口を開いたジルヴェスターの言葉に、オリヴィアは今朝の新聞のことを思い出す。


「実際、反魔法主義者ってどうなの? 身近にいないからあまり実感がない」

「まあ、俺たち魔法師にとっては身近にいないに越したことはないな」


 ステラの言う通り、身近に反魔法主義者がいるとか、被害を受けた者がいるとか、そういった何かしらの関わりがないと実感が湧かないだろう。そもそも魔法的資質を有する者にとっては百害あって一利なしだ。関わらないに越したことはない。


「反魔法主義者と言っても様々だ。全面的に否定はしないが、ろくなものじゃない」


 反魔法主義者とは、魔法的資質を有する者に対して否定的な思想を持つ者の総称だ。


 ひとえに反魔法主義者と言っても一括りにはできない。穏健派、中立派、過激派など、様々な派閥がある。


 非魔法師からしてみれば、魔法師は人を殺傷できる武器を常時携帯しているようなものだ。

 確かに自分たちは扱えない魔法という超常的な力を扱う魔法師に対して、恐怖心をいだいてしまうのは致し方ないことだろう。


 そして、魔法選民主義者がいることも溝を生む原因になっている。魔法選民主義者は非魔法師を劣等種と見なしているからだ。

 対して、魔法師に劣等感や嫉妬心などを抱く非魔法師も存在する。

 溝ができて当然だ。


 もちろん魔法師と友好的な非魔法師も存在するし、非魔法師と友好的な魔法師も存在する。むしろ友好的な者の方が大多数を占める。


 人々は壁内で共存している。ただ、何事も絶対はない。いくら共存しているとはいえ、上手く行かないこともある。


「新聞にはワナメイカー・テクノロジーが襲撃されたって書かれていたわ」

「ああ、そうだな」

「襲撃者の正体は判明していないのよね?」


 オリヴィアが質問すると、ジルヴェスターは軽く周囲に視線を巡らせた。

 そして問題ないと判断し、声を潜めて喋り出した。


「いや、確かに判明はしていないが、上層部では反魔法主義団体過激派組織『ヴァルタン』の仕業ではないかと当たりをつけているようだ。あくまで推測の域は出ないから情報を開示しない方針らしい」


 ――『ワナメイカー・テクノロジー』は、ワナメイカー家が経営する国内有数の魔法技術を取り扱う大企業だ。

 MACの開発、製造、販売はもちろん、魔法の研究や、魔法に関わること全般を生業としており、多くの魔法工学技師や魔法研究者を社員として雇っている。


 ステラの実家であるメルヒオット・カンパニーとは、魔法関連に関してはライバル関係にあたる企業だ。


「ヴァルタン?」


 ジルヴェスターの説明の中に聞き慣れない単語があったステラは首を傾げて呟いた。


「ヴァルタンというのは、反魔法主義者の中でも過激な思想を持つ者たちで構成されている組織だ。端的に言うと、魔法撲滅の為ならなんでもやる狂信者の集まりだな」


 反魔法主義者が持つ思想には穏健派や中立派などがあるが、その中でも最も過激な思想を持つ過激派の組織の一つが反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンだ。

 ヴァルタンは魔法関連を取り扱う企業などの襲撃を始め、を襲撃したりすることもある暴力的な組織である。


 最も厄介なのは、を襲うという点だ。

 魔法的資質を有するからと言って、その人が魔法師であるとは限らない。


 魔法師なら実力の差はあれど自衛することはできる。

 だが、仮に実戦レベルで魔法を扱うことができても、魔法師ライセンスを所持していなければ当然魔法を行使することは認められていない。その上、戦闘慣れもしていないので自衛も簡単ではない。


 そして最も問題なのは、魔法的資質を有するからと言って、全ての者が魔法を扱えるわけではないという点だ。

 あくまで資質を有するだけで、非魔法師とほとんど変わらない者もいる。そう言った者たちは当然魔法を扱うことができないので、自衛も自身の腕っぷしだけが頼りになる。


 大人の男性ならば非魔法師相手ならある程度は自衛することも可能かもしれないが、女性や子供にそれを求めるのは酷というものだ。もちろん腕っぷしの強い女性や子供も存在するが、それを基準にしてはいけないだろう。


「お前たち自身も、メルヒオット・カンパニーも他人事ではないから気をつけるようにな」


 ジルヴェスターは最後に忠告をして話を締め括る。


 魔法師である限り、反魔法主義者のことを警戒しておくのは必須事項だ。

 自分だけではなく、家族や友人など身の回りの人たちが巻き込まれてしまう可能性もある。決して他人事ではいられない。


「ああ、それからヴァルタンのことはオフレコで頼む。おおやけにしていない情報だからな」


 最後の最後に情報を漏らさないようにと釘を指すジルヴェスターに素直に頷くステラと、顔を攣らせながら頷くオリヴィア。


 オリヴィアの内心では、国の上層部が内密にしている情報を聞かされたことに対する複雑な心境が渦巻いていた。自分たちのことを信用してくれている証拠だろうと思うことにして、なんとか溜飲を下げた。


 運ばれてきた食事に舌鼓を打つ三人はしばし話を切り上げるのであった。


 ◇ ◇ ◇


「――ねえねえ。君、首席くんだよね?」


 三人が昼食を済ませて落ち着いたところで、突然声を掛けられた。


「そうだが、君は?」


 掛けられた言葉に自分のことだと思い至ったジルヴェスターは、声の主に顔を向けて答える。


「ごめんごめん。名乗るのを忘れてた。わたしはレベッカ。レベッカ・ヴァンブリート。君と同じ新入生よ」


 レベッカと名乗った少女は白い肌にラフゆるロングの金髪に、緑色の瞳を備えている。


 凹凸のはっきりとした身体つきをしており、制服は白いブラウスの上に桃色のカーディガンを着て、その上には橙色のジャケットを羽織っている。


 制服は着崩して胸元とへそ周りを露出しており、赤色のスカートは下着が見えるのではないかと思うほど短い。


 そしてルーズソックスを穿いていて、如何いかにもギャルといった装いをしている。

 ピアスやネックレス、ブレスレットなどのアクセサリーも身に付けていて、とにかく派手だ。


「レベッカって呼んでね」

「ああ。よろしく、レベッカ」


 ジルヴェスターに続いてステラとオリヴィアも挨拶を交わす。


「こっちはビアンカ、三年生よ」

「どうも~。わたしはビアンカ・ボナヴェントゥーラ。一応生徒会で会計をやってるよ~」


 レベッカに紹介されたビアンカという少女は、手をひらひらと振って脱力感を隠そうともしない態度で自己紹介をする。


 彼女は褐色肌で、左側頭部をコーンロウにし、他の部分は派手に盛り髪にしている赤みのある黄色い髪が目立つ。髪と同じ色の瞳が輝いていてより一層派手さが増している。

 レベッカと同じように凹凸のはっきりとした身体つきだが、ビアンカの方がより肉感的だ。


 紫色のジャケットに黒いブラウス、水色のカーディガンを着ており、胸元が見えている。紺色のスカートも下着が見えるのではないかと思うほど短い。

 そしてルーズソックスを穿いている。アクセサリーも身に付けている正しくギャルであった。


 数席離れた所のテーブルを囲んでいた二人の女性生徒――レベッカとビアンカ――はジルヴェスターたちの隣のテーブルへと移動して来たようだ。


「三年? それも生徒会役員が入学式の日にこんなところにいてもいいんですか?」


 ジルヴェスターの疑問はもっともだ。

 生徒会役員にとって今日は忙しい日のはず。入学式は終わったが、事後処理などの仕事は残っている。


「大丈夫大丈夫。今は昼休憩だから」

「なるほど」


 ビアンカの説明に納得したジルヴェスターは頷く。


「まあ、みんなは学内のレストランやカフェで昼食を済ませてるけどね~」


 学内にはレストランやカフェも併設されているので、生徒の大半はそちらで昼食を済ませる。だが、ビアンカは忙しい合間を縫ってわざわざ学外に繰り出していた。


「すぐ戻るから制服のまま来てるしね」


 学外に出る際に制服着用の決まりはない。服装は自由だ。


 いつも制服ばかり着ている学生の為、外出する際は私服で繰り出す者が多い。特に女性はおしゃれをして外出したがる傾向が強い。

 そんな中、ビアンカは着替える手間を惜しんで制服のまま来ているので、一応ちゃんと生徒会役員としての自覚はあるようだ。


「ジルくんはA組だよね? わたしはB組なんだ。クラスは違うけどこれからよろしくね」


 どうやらレベッカはB組らしい。

 首席合格者はA組に振り分けられるのが通例なので、ジルヴェスターはA組だとレベッカも知っていたようだ。


「わたしたちもA組よ」

「そうなんだ。オリヴィアとステラもよろしくね」


 オリヴィアがステラにチラリと視線を向けてから自分たちのクラスを告げると、レベッカは笑みを浮かべながらウインクをした。

 その様子にステラとオリヴィアは自然と笑みを返す。


「――ところで、二人はどういう関係なの?」


 オリヴィアはレベッカとビアンカの二人に交互に視線を向けながら、疑問に思ったことを尋ねる。

 確かに二人はギャルという共通点はあるものの、学年は二つ異なるので一緒にいることを不思議に思うのは当然だろう。


「わたしたちは幼馴染みなんだ。ね?」

「うん」


 レベッカの言葉にすかさず相槌を打つビアンカ。二人は息ピッタリだ。


「へえ。わたしたちと同じね」

「ん」


 オリヴィアとステラは、自分たちと同じで幼馴染み同士だというレベッカとビアンカに親近感をいだいた。


「ビアンカがいるからランチェスター学園を選んだの」

「確かに先輩に幼馴染みがいたら安心よね」

「もちろん三大名門の一校で、尚且つ自由な校風ってのも理由の一つだけどね」


 レベッカがランチェスター学園を志望したのは、ビアンカが在学していたのが最も大きな要因だ。ランチェスター学園が三大名門の一つに数えられているのも決め手である。

 ビアンカからランチェスター学園のことは聞いていたので、志望校選択の際は迷うことがなかった。両親も反対する理由がなかったのか、すんなりと決まった。


 もっとも、志望したからといって入学できるとも、合格できるとも限らないのだが。

 ランチェスター学園は三大名門に数えられているだけあり入学試験の難易度が高く、倍率も高い。

 そんな中、レベッカは見事合格してランチェスター学園の生徒になったのである。


「三年間の限られた学生生活では程々に勉学に励み、思いっきり遊んで青春を謳歌しちゃいなよ」


 下級生の模範となるべき三年生のビアンカが、悪い笑みを内包した表情を浮かべて良からぬことを口走る。


「そうそう、今の内にこの限られた時間を有意義に使わないとでしょ!」


 ビアンカの言葉に賛同するレベッカは屈託のない笑みを浮かべている。


「生徒会役員としてそれでよろしいのですか?」

「ん? いいのいいの。面倒だから問題さえ起こさなければね」


 生徒を代表する生徒会役員であるビアンカに疑問を呈するオリヴィア。

 当のビアンカは問題さえ起こさなければいいと軽く受け流す。


 生徒の誰かが問題を起こすと生徒会の仕事が増えるので、ビアンカとしては勘弁願いたいことであった。

 純粋に問題行為は慎むようにという注意喚起の意味合いもあるが、単純に面倒事は嫌だという本音が明け透けである。


「まあ、まずは対抗戦だよね。学校行事で盛り上がるのは」


 ビアンカが話題を振る。


「楽しみ」

「ふふ。ステラは対抗戦のファンだものね」

「ん。毎年観に行ってる」


 期待に膨らんだ眼差しをしているステラの表情を見たオリヴィアが微笑む。


 対抗戦とは――全国魔法教育高等学校親善競技大会の通称である。

 毎年春を過ぎた頃に全国十二校の魔法教育高等学校が選りすぐりの生徒たちを集め、学校単位で競い合う魔法の競技大会だ。一般の人々はもちろん、政府関係者や魔法関係者などからも注目を集める一大イベントであり、国中が盛り上がる大会でもある。大会の主催は魔法協会が務め、会場の提供は国が行っている。


 ステラのように熱狂的なファンもおり、対抗戦に出場する為にプライベートなどを犠牲にしてでも全力を注ぐ生徒もいるほどだ。


「そっか。なら選手に選ばれるといいねぇ~」


 ビアンカの言う通り、対抗戦に出場する為には代表選手に選ばれなくてはならない。

 全生徒が無条件で出場できるような優しいものではなく、各校の精鋭が集まるのが対抗戦の特徴でもあり見所でもある。


「ん。先輩も二年前の大会に出てた」


 ステラが思い出したように口元で呟く。


「……良く覚えてたね。確かにビアンカは一年の頃に出てたよ。わたしも観に行ったし」


 ステラの呟きをしっかりと耳にしたレベッカは驚いて目をしばたいた後、自分も観戦していたと告げる。


「まあ一年の頃は新人戦だから選手に選ばれたね」


 ビアンカは対抗戦に選手として出場していたことを肯定すると――


「さすがに去年は選ばれなかったけど」


 と肩を竦めながら苦笑した。


 対抗戦には新人戦と本選がある。

 新人戦の出場条件は一年生限定であるのに対し、本選は全学年が対象だ。全学年といっても代表選手に選ばれる一年生は新人戦に出場するので、本選に出場する選手は三年生と二年生が中心になる。

 なので、代表選手の枠は必然的に一年生が多くなり、二、三年生は更に狭き門とならざるを得ない。

 

 従って本選の出場選手枠を三年生と二年生の優秀な生徒から選抜されるわけだが、十代の若者にとって一年の差は非常に大きく、三年生と二年生の間には確かな実力差が存在する。

 真面目に一年間魔法師として心身ともに勉学に励んでいた期間の差はどうしても埋められない壁だ。身体的な成長の差もあるので尚更である。――もちろん中には学年の差など関係ないとばかりに優秀な下級生も存在するのだが。


「なるほど。二年生が最も狭き門なのか」

「そうそう」


 脳内で情報を整理していたジルヴェスターが何の気なしに呟いた言葉に、ビアンカが相槌を打つ。


 前述した経緯があるので、ビアンカが二年生の頃に代表選手に選抜されなかったのは実力が乏しかったからというわけではない。むしろ一年生の頃に新人戦の代表選手に選抜されていたということは、学内でも優秀な生徒の一人である証拠だ。


「とりあえず代表選手に選ばれるように頑張りな。きっといい思い出になるから」

「頑張ります!」


 脱力感満載なビアンカはウインクを飛ばす。

 ウインクを飛ばされたステラは、わかる人にしかわからないほど僅かな表情の変化で頷く。表には出ていないが、彼女は胸中では大火の如く濛濛もうもうと燃えるように熱く意気込んでいた。


「さてと、そろそろ戻るねぇ~」


 話が一段落したところでビアンカが席を立つ。


「じゃ、またねぇ~」

「じゃねぇ~。また学校でっ」


 ビアンカの後に続いてレベッカも喫茶店を後にした。


「わたしたちもそろそろ戻りましょうか」


 ギャル二人を見送ったところでオリヴィアが学校に戻ろうと提案すると、ジルヴェスターとステラは頷いて席を立った。


「少し散歩しながら戻る」


 すかさず要望を口にするステラ。


「そうしましょうか。ジルくんも大丈夫?」

「ああ、構わない」


 オリヴィアはステラの要望を叶える為にジルヴェスターに確認を取った。


 そうして会計を済ませた三人は、時折寄り道をしながら学校への帰途につく。


 ちなみに喫茶店の会計はジルヴェスターが三人分の料金を支払ったが、遠慮した二人と些細な一悶着があったのはまた別の話である。

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