最強魔法師の壁内生活
雅鳳飛恋
入学編
[1] 入学式
その日を境に、人類は滅亡の危機に瀕した。
数多の国がそれぞれの文化を持ち生活を送っていたが、
そんな中、ある国が王都を囲っていた壁を利用し、避難して来た自国の民や他国の民など国籍や人種を問わず等しく受け入れ、共に力を合わせて壁内に立て籠ることで安定した生活圏を確保することに成功した。
魔法師と非魔法師が共存して少しずつ生活圏を広げ、円形に四重の壁を築き、
少年の入学を境に、
◇ ◇ ◇
一二五五年一月十五日――この日はウェスペルシュタイン国に十二校設置されている魔法技能師の養成を目的に設立された、国立魔法教育高等学校の十二校全校の入学式が執り行われる日だ。
期待に胸を膨らませ早起きしたのだろうと思われる新入生の姿がちらほらと散見する。――中には余裕を持って早めに登校しただけの新入生もいるかもしれないが。
そして入学式が始まるには幾分か早い時間帯に、一人の長身の少年がランチェスター学園の校門を跨いだ。
ランチェスター学園は国内に十二校存在する国立魔法教育高等学校の中で、三大名門の一つに数えられる学校だ。
自由な校風を掲げており、生徒の自主性を重んじているのが特徴でもある。人気があり、入学志望者も多い。――無論、定員数に限りがあるので志望者全員が入学できるわけではないが。
まだまだ寒くコートなどで厚着をする必要がある季節にも
周りの景色や様子には目もくれず、校内の景観を
「――ジルヴェスター様!」
少年は自分の名を呼ぶ声に応えるように歩みを止めると、身体の向きを声の主の方へと向ける。
彼の視線の先には、制服の上にコートを着込んでしっかりと防寒対策をしている少女の姿があった。
「クラウディアか」
少年改め――ジルヴェスターが少女の名前を呼んだのは、互いに見知った顔だからだ。
「申し訳ありません。ちょうど今お迎えにあがるところでした」
「たまたま早く着いたんだ。だから気にするな」
「そうでしたか」
丁寧に頭を下げて謝罪をしたクラウディアは胸を撫で下ろして安堵する。彼女は校門で出迎えるつもりでいたのだが、思いの
会話が途切れたところでジルヴェスターはふと疑問に思ったことを尋ねる。
「生徒会長がこんなところにいていいのか?」
今日は入学式で色々と忙しいはずなのに、仕事をせずに油を売っていて大丈夫なのか? とジルヴェスターは思ったのだ。
「お気遣い頂きありがとうございます。ですが問題ありません。事前に準備は済ませておりますので」
「そうか」
そもそも当日まで慌ただしくしていたらそれこそ問題だろう。しっかりと事前に準備を済ませているのだろうとジルヴェスターは納得した。クラウディアの優秀さを知っているので尚更だ。
クラウディア・ジェニングス――このランチェスター学園で生徒会長を務める女生徒の名だ。
ジルヴェスターも白い肌をしているが、それよりも白くて日焼けしていないように見える綺麗な肌をしている。透き通るような白い肌と表現するのがわかりやすいかもしれない。
長いエメラルドグリーンの髪は途中から脱力したように緩くウェーブしていて色気と可愛らしさが内包しており、髪色と同じ色の瞳が幻想的な雰囲気を演出している。
鼻筋の通った美少女――いや、美女と表現した方が正しいかもしれない――であり、
文武両道、容姿端麗を体現したような才媛で、上下白の制服が彼女の美しさを際立出せている。
そして彼女の実家であるジェニングス家は、魔法師界でも随一の名家の一つに数えられる名門だ。
「それよりクラウディア、俺とお前は今日から先輩と後輩だ。そんな畏まった態度を取らずに先輩として接してくれ。周りの目もあるしな」
「いえ、しかし……」
クラウディアのジルヴェスターに対する接し方は明らかに丁寧すぎる。確かに本来の二人の立場を考えれば彼女の態度は正しいのだが、これから先輩後輩になる関係を考えると
だがクラウディアの反応は芳しくなく、困ったような表情を浮かべて口籠る。
「それに俺も学生生活はなるべく穏やかに過ごしたいんだ。俺からの頼みだと思って受け入れてくれ」
クラウディアが態度を改めるのは難しいと思っていたジルヴェスターは、彼女が断れないのをわかって自分の頼み事として提案した。
「ジルヴェスター様、それは狡いです」
困った表情を崩さないクラウディアは、根負けしたのか溜め息を吐いて了承する。
「ジルヴェスター君。これでよろしいでしょうか? 言葉遣いはこれ以上崩せません。これが最大限の譲歩です」
「ああ。構わないよ」
クラウディアは最後の抵抗とばかりに言葉遣いを崩すことはなく、敬称を様から君に改めるに
彼女の譲歩を認めたジルヴェスターは、口許に控え目な笑みを浮かべて
「なら俺も後輩として接しないといけませんね。クラウディア先輩」
「――!?」
後輩として接するジルヴェスターの
「そ、それはお止めください! ジルヴェスター様は――いえ、ジルヴェスター君は今まで通り接してくださいっ。お願いします。これだけは譲れません!!」
「お、おう。わかったわかった。すまん。ちょっと
ジルヴェスターはクラウディアのあまりの剣幕に圧倒されながら
彼女にとっては拒絶反応を起こすほど譲れない一線だったのだろう。ジルヴェスターに対する敬称を変えただけでも彼女にとっては本当に譲歩できるぎりぎりの境界だったのだ。
「もうっ。
肩を竦めて溜め息を吐くクラウディアは、姿勢を正して真面目な表情を浮かべる。
「それではジルヴェスター君、新入生代表の答辞について最終確認をするのでついて来てください」
「了解」
ジルヴェスターはクラウディアの後に続いて講堂へと足を向けた。
入学式で行われる答辞は首席合格した新入生が行う仕来たりになっている。なので、ジルヴェスターは首席合格した新入生ということだ。事前に何度か打ち合わせは行っていたが、最終確認を行う為に彼は早めに登校していたのである。
ジルヴェスターの正直な心境としては答辞はやりたくなかったのだが、クラウディアを始め周囲の人間に説得されて渋々引き受けた次第だ。
◇ ◇ ◇
入学式が行われる時間に近づき、新入生たちが続々と講堂に集まっていた。
打ち合わせを終えたジルヴェスターは、他の新入生たちよりも一足早く並べられた椅子に腰掛けていた。答辞を行う為、立って移動しやすい前から五番目の右端の椅子に着席している。ちなみに着席する椅子は各自自由に選んで問題ない。
ジルヴェスターは時間を潰す為に、第五位階の無属性魔法『
――『
壁外で活動する魔法師の多くが習得している魔法だ。必須の魔法の一つでもある。
壁外では補給がほとんど行えず、活動しやすいように荷物を制限しなくてはならない。なので『
魔法には魔法協会が定めた位階があり、強力な魔法や行使難度の高い魔法ほど位階が高くなる。
第一位階から第十位階まであり、その更に上には極致位階も存在する。当然、位階が上がれば上がるほど行使できる者は限られる。
魔法協会が発行している魔法大全には全ての魔法が記載されている。
「――ジル」
読者に興じていたジルヴェスターに声が掛かった。
ジルヴェスターは本から目を離して視線を上げると、そこには制服姿の二人の少女の姿があった。
ちなみに、ランチェスター学園の制服は男女ともにブレザータイプだ。ジャケット、スラックス、スカートの色は白、黒、赤、青、黄、緑、橙、紫、茶、桃、灰、紺の中から好きな色を選べ、ワイシャツ、ブラウス、カーディガンの色は自由だ。自由な校風故に生徒が自分の好みで選べる仕組みになっている。
「ステラとオリヴィアか。おはよう」
「ん。おはよ」
「おはよう。ジルくん」
ジルヴェスターに声を掛けてきたのは、小柄で表情の変化が乏しい大人しそうな少女――ステラと、胸元をはだけて実年齢以上に妖艶さを醸し出している少女――オリヴィアの二人だった。
「隣空いているかしら?」
オリヴィアはジルヴェスターの隣の椅子に視線を向けて問い掛ける。
「ああ。空いてるぞ」
「そう。ならお隣失礼するわね」
空いていることを確認したオリヴィアはステラの背を促すように軽く押す。促されたステラは表情を変えることなくジルヴェスターの隣の椅子に腰掛ける。そしてオリヴィアはステラの隣に座った。左からオリヴィア、ステラ、ジルヴェスターの順に座る形だ。
「二人に会うのはステラの誕生日以来か」
「そうね」
「ん」
三人は以前から親しくしており、友達と言える間柄だ。
「同じクラスになれるといいわね」
「ん」
足を組んで顎に手を当て一々色っぽい仕草をするオリヴィアがクラス分けについての話題に触れると、表情にほとんど変化のないステラが数度頷いて同意を示す。
「そうだな。知り合いはお前たちくらいだし、同じクラスだと心強い」
ジルヴェスターにとって新入生の中で顔見知りなのはステラとオリヴィアだけだ。――そもそも彼にとって同い年の友人はこの二人だけなのだが。
「――ああ、そうだ。ステラ、マークに新作が完成したから今度持って行くと伝えておいてくれ」
「ん。わかった」
「へえ。また新しいの作ったのね。どんなのかしら?」
「それはじきわかる」
「ふうん。
ジルヴェスターはステラの父であるマークと商売で提携している間柄だ。彼が設計、開発した物をマークの所で量産と販売を請け負ってもらっている。
なので、近々新作を持ち込むとステラに伝言を頼んだのだ。
オリヴィアは新作という単語に興味を惹かれたのか、色気を振り撒いくように小首を傾げて問い掛けるが、ジルヴェスターはすげなくあしらう。
ジルヴェスターは同年代の数少ない友人である二人といると年相応の少年になる。それだけ二人に心を開いている証拠だ。――もっとも、年相応の少年になると言っても、実際同年代の少年少女と比べるとだいぶ大人びているのだが。他の子たちとは立場や経験値が異なるので仕方がないだろう。
「そういえば、ステラ。髪切ったのか?」
「ん。心機一転。似合う?」
ステラはコテンと効果音が付きそうな仕草で首を傾げてジルヴェスターを見つめる。
以前会った時はロングヘアだったが、今はセミショートほどの長さになっている。今回の入学を機に髪を切ったようだ。
「ああ。良く似合っているよ」
ジルヴェスターは左手でステラの髪の毛先を撫でるように掬うと素直な感想を伝えた。
「ん。ありがと」
ステラは控え目に表情を綻ばせて嬉しさを表す。
「良かったわね、ステラ」
「ん」
喜ぶステラのことを慈愛の籠った表情で見守るオリヴィアは、自分のことのように嬉しそうにしている。
ステラ・メルヒオット――彼女はジルヴェスターの数年来の友人だ。
白くて綺麗な肌に、空気を含んでいるかのような軽やかでふんわりとしたエアリーショートの水色の髪。そして、陽射しに照らされて光輝く水面のように美しい碧眼を宿している。
オリヴィアよりも十センチ近く小さい身長に、凹凸の控え目な身体つきをしている大人しくて庇護欲をそそられるような可愛らしい少女だ。
制服のスカート丈は膝よりやや上で、ハイソックスを穿いている。白いジャケットのボタンを留めて、水色のブラウスに紺色のスカートを大人しい印象を与えるように着こなしている。
彼女の実家は国内でも有数の大企業『メルヒオット・カンパニー』を代々経営している。なので、言うまでもなく実家は大金持ちだ。
オリヴィア・ガーネット――彼女もジルヴェスターの数年来の友人である。
褐色の肌に、大きなカールが特徴的な女性らしいラフカールロングの紫色の髪をルーズでラフなスタイルに仕上げている。
敢えて無造作な感じを残して髪を整えることで魅力的な印象を高めている。この髪型が余計に色気を増している要因の一つだ。
そして、髪色と同じ紫色の瞳を妖しく輝かせている。
手足が長く男性の視線を釘付けにするような凹凸の激しい肉体に、色気を醸し出している妖艶さを惜し気もなく振り撒いている。
制服は白のブラウスの胸元を着崩しており、ベージュ色のカーディガンの上に着ている黒のジャケットはボタンを外している。赤色のスカートはステラよりも短く、スカートとニーハイストッキングの間から覗くガーターベルトがより一層色気を際立たせている。
彼女とステラの関係は主従関係だ。彼女の一族は代々メルヒオット家に仕える使用人の家系である。父は家令、母はメルヒオット家お抱えの魔法師、兄はマークの護衛兼秘書、叔母はメイド長を務めている。
なので、オリヴィアとステラは生まれた時から実の姉妹のように育ってきた。もちろん
事実オリヴィアはステラのことを妹のように可愛がっており、ステラもオリヴィアのことを姉のように慕っている。二人は同い年だが、オリヴィアの方が誕生日は早い。
そうして三人が仲良く談笑していると、第三位階の無属性魔法『
『――只今より、入学式を執り行います。ご来場の皆様はご着席ください。繰り返します――』
――『
「始まるわね」
アナウンスを耳にしたオリヴィアが呟くと三人は談笑を切り上げ、姿勢を正して入学式に臨むのであった。
◇ ◇ ◇
入学式は滞りなく進み、無事終了した。
強いて問題があったとすれば、新入生代表の答辞で注目を集めたことだろう。ジルヴェスターとしては不本意な結果であった。
「仕方ないわよ。ただでさえ首席合格者は注目されやすいのに、ジル君は容姿も優れているから」
「ん」
ジルヴェスターを宥めるようにフォローするオリヴィアの言葉に、ステラも同意するように頷く。
「魔法師はみな優れた容姿をしているだろう。俺だけ特別なわけじゃない」
嘆息するジルヴェスターは肩を竦める。
魔法師は一部の魔法選民主義者――魔法師は進化した人類であり、非魔法師よりも優れた上位に位置する存在だと定義する思想を持つ者たちの総称――による扇動により進化した人類と呼ばれており、事実魔法師は非魔法師より優れた容姿やスタイルをしている傾向にある。その為、優れた魔法師であればあるほど整った容姿や優れたスタイルを持って生まれてくる。――無論、絶対ではない。
また、魔法師は非魔法師よりも少々寿命が長く、保有魔力量が豊富な者ほど寿命が長いのも特徴だ。
結果、ジルヴェスターは女性たちを中心に黄色い視線を集めることになったのだ。
(魔法師の中でも特に優れた容姿をしているのだけれど、これは言わない方がいいわね)
オリヴィアは内心思ったことを口に出さず心の中に
話を掘り下げて面倒を
優秀な魔法師は男女ともに自然と人気や注目を集める傾向にある。
魔法師として歴史の古い家門や、名門と謳われる家門などからは特に注目を集める。
魔法師の家門としての家格を上げたり保ったりする為に優秀な魔法師を引き入れ、言い方は悪いが優秀な魔法師の遺伝子を受け継ぐ道具として利用される一面もある。優秀な魔法師が生まれてきてくれれば未来は明るいからだ。
そのような理由によってジルヴェスターは注目を集めることになった。
無論、上記した理由で注目を集めたのは参列者である家門を統べる者たちからが大半であり、生徒からの注目は純粋な好奇心がほとんどだろう。
入学式が終わった後は、事務員に身分証を渡して情報を更新してもらう必要がある。
身分証は『国民証明書』の通称である。
身分証は戸籍を持つ者に等しく配布される自身の身分を証明、保証する大切な物だ。身分証には預金口座の機能も備わっている為、国民の生活にはなくてはならない必須アイテムでもある。支払いも身分証で済ませることができる便利な代物だ。
そして今回は身分証にランチェスター学園の生徒であることを記載してもらう。その時に自分のクラスが判明する仕組みでもある。
この身分証を発行、更新する技術は、世界中に溢れた魔物によって人類の生活圏を奪われてしまう以前の技術を用いている。なので、現在では完全にブラックボックスの技術だ。惜しいことに失われた技術や文化などは数多存在する。
壁外へ遠征した魔法師が遺物――書物や陶器など壁外に取り残された物全てを指す総称――を回収して持ち帰って来ることがある。それらは貴重な文献として国が厳重に管理し、専門家による研究が行われている。また、一部博物館で展示している物も存在する。
身分証の更新は事務員が勤める本部棟へと移動する必要がある。
故にジルヴェスターたちは他の生徒で殺到する密集地を避ける為、人混みが落ち着くまで待つことにした。
談笑しながら待機していると、ジルヴェスターは目の前を通りすぎた一人の少年の後ろ姿を視線で追った。
「どうしたの?」
そんなジルヴェスターの様子に疑問を
「いや、今通りすぎた金髪の奴、中々できると思ってな」
「どのくらい?」
「例年なら首席は確実だっただろうな」
優れた魔法師は人の力量を見極める技術にも秀でている。
なので、ジルヴェスターが優れた魔法師であることを知っている二人は、金髪の少年が
残念ながら今年はジルヴェスターがいる所為で首席にはなれなかったが、例年通りなら首席合格は確実だっただろう。――とはいえ、入学試験には実技だけではなく筆記もあるので確証はないが。
「おそらく実戦も経験済みか」
「え」
「へえ」
ジルヴェスターの推測に驚くステラと、意外感を表すオリヴィアは、既に小さくなった金髪の少年の後ろ姿に視線を向ける。
「実戦と言っても壁外に出たことあるのかはわからんが、少なくとも壁内では経験済みだろう」
「壁内で?」
「ああ。何も魔法師の仕事は壁外だけではないからな。もっとも、壁内だと仕事も限られるが」
魔法師の活躍の舞台はなんといっても壁外がメインだ。
しかし、魔法師は壁外だけで活動しているわけではない。犯罪者の確保やトラブルの仲裁に駆り出されることもある。表だった仕事だけではなく、後ろ暗い仕事もある。グレーな仕事や、完全に非合法なブラックな仕事まである。――もっとも、非合法な仕事は魔法協会が関与していないので犯罪行為にあたるが。
「ならライセンスを持っているってことかしら?」
「そうだろうな」
オリヴィアの疑問にジルヴェスターは首肯した。
魔法師には魔法協会が定めている魔法技能師ライセンスが存在する。
魔法技能師とは、『魔法師』の略称で呼ばれ魔法を実用レベルで行使できる人間を指す言葉だ。魔法師はライセンス制によって管理されており、国内ではライセンスを持った魔法師は社会的ステータスが高いエリートとされる。
魔法師はライセンスを取得していないと、魔法師として仕事をすることができない。
壁外に出られるのは原則魔法師だけなので、当然壁外に出ることもできなければ、決められた状況下以外で魔法を行使することもできない。これらは違法行為にあたる。
ライセンスを所持していなくても魔法を行使して大丈夫な状況は、自分が所有している敷地内、又は敷地の所有者の了承を得た場合、そして魔法教育高等学校内に限られる。例外は存在するが、原則この三つだ。
魔法師とはライセンスを所持している者を指す言葉であり、魔法を使えても、魔法の素質を有していてもライセンスを所持していない者は魔法師ではない。
だが、魔法を扱える者――魔法的資質を有する者――と魔法を使用できない――魔法的資質を持たない者――を区別する為に、ライセンスを所持していなくても魔法的資質を有する者は総じて魔法師と呼ばれる傾向にある。
魔法技能師ライセンスには階級があり、各階級は以下の通りだ。下位の階級から表記する。
初級五等魔法師
初級四等魔法師
初級三等魔法師
初級二等魔法師
初級一等魔法師
下級五等魔法師
下級四等魔法師
下級三等魔法師
下級二等魔法師
下級一等魔法師
中級五等魔法師
中級四等魔法師
中級三等魔法師
中級二等魔法師
中級一等魔法師
上級五等魔法師
上級四等魔法師
上級三等魔法師
上級二等魔法師
上級一等魔法師
準特級魔法師
特級魔法師
初級魔法師は所謂見習いのような立場で、下級魔法師になって初めて一人前と見なされる。
中級魔法師は前線で活躍できる一線級の魔法師だ。
上級魔法師は更に優れた精鋭中の精鋭であり、実質上級一等魔法師が最上位の階級である。
そして特級魔法師は超人、化け物、怪物、人外などと呼ばれることもある超越者であり、特級魔法師には席次が与えられる。
準特級魔法師は特級魔法師と同等の地位であり、一線を退き席次を返上した特級魔法師や、なんらかの事情で席次を与えられない者たちである。
なので、金髪の少年はジルヴェスターの推測通り実戦経験を積んでいるのならば、最低でも初級五等魔法師のライセンスを所持しているということだ。
在学中にライセンスを取得する者はいるが、在学前からライセンスを取得している者は少ない。
魔法教育高等学校を卒業さえすれば自動的に初級五等魔法師のライセンスを取得できる。
だが、個人の判断で在学中や在学前からライセンスを取得することも可能だ。極論、魔法教育高等学校に入学しなくてもライセンスを取得することは可能である。
入学した方が実技と筆記両方で様々なことを勉強できるので圧倒的に有利だが、中には家庭の事情や個人の事情などで国立魔法教育高等学校に入学できない者もいる。
「さて、俺たちもそろそろ行くか」
「ん」
「そうね」
周囲を見回して人混みが落ち着いたのを確認したジルヴェスターが席を立って歩き出すと、ステラとオリヴィアもジルヴェスターの後を追って歩を進めた。
◇ ◇ ◇
本部棟へと移動した三人は事務員に身分証を更新してもらった。
「二人ともどうだったかしら?」
先に更新を済ませた二人の元へ歩み寄ったオリヴィアの問い掛けに、ジルヴェスターとステラが答える。
「俺はA組だな」
「わたしも」
二人の答えを聞いたオリヴィアは自分の身分証を確認する。
「あら、わたしもA組よ。三人とも同じクラスね」
三人とも同じクラスになれたことに微笑むオリヴィアと、嬉しそうな表情を浮かべるステラ。
そんな二人のことを茶化すようにジルヴェスターが口を開く。
「まあ、俺は初めからA組だとわかっていたけどな」
首席合格者は自動的にA組に振り分けられる。なので、ジルヴェスターは初めから自分がA組になることはわかっていた。
「確かにそうよね」
ジルヴェスターの言葉に苦笑するオリヴィアは肩を竦める。
「だとしても二人も同じクラスなのは運がいいのかもしれないな」
ジルヴェスターがA組なのはわかっていたことだとしても、ステラとオリヴィアがA組なのは偶然だ。確かに運はいいのだろう。
「とりあえず一年間よろしくな」
「ん。よろしく」
「ええ。こちらこそよろしくお願いするわ」
一年間クラスメイトとして勉学を共にすることになった三人はお互いに握手し合う。
「二人はこの後どうするんだ?」
今日の日程はこれで終わりだ。
なので、ジルヴェスターはステラとオリヴィアにこの後の予定を尋ねた。
「わたしたちは町を見て回るつもりよ」
「そうか。俺も付き合おう」
「ええ、一緒に行きましょう」
オリヴィアの答えを聞いたジルヴェスターが同行を申し出ると、彼女は微笑みを浮かべて了承した。隣にいるステラも頷いている。
ランチェスター学園はランチェスター区内のフィルランツェという町にある。
ジルヴェスターたちが生活しているのはウェスペルシュタイン国だ。
この国は円形の四重の壁に囲われて守られており、十三の区に分かれている。内地に行けば行くほど富裕層が生活を営んでいる。内へ行くほど壁外から遠ざかるので、必然的に壁外の恐怖から遠ざかる。内地に行けば行くほど富裕層が暮らしているのは道理だろう。
セントラル区以外の区にはいくつもの町や村があり人々が生活しているのだ。
四重の壁は外側の壁からウォール・ウーノ、ウォール・ツヴァイ、ウォール・トゥレス、ウォール・クワトロという名称になっている。
壁内全体を結界が覆っている為、飛行型の魔物も壁内へ侵入することはない。
ランチェスター区は三つ目の壁であるウォール・トゥレス内の南東に位置し、同じくウォール・トゥレス内に位置するウィスリン区、プリム区と並んで最も富裕層が集まる区の一つだ。
フィルランツェは学園都市だけあって学生に優しい町である。
手頃な価格の食堂やカフェも多く軒を連ね、学校生活に必要な物を取り扱う店も多い。
国立魔法教育高等学校の十二校全てに当てはまることだが、生徒は学校の敷地内にある寮で生活している。――自宅から通える者は寮に入らず自宅から通っているが。
故に、フィルランツェは町長の意向により、親元を離れて生活する少年少女にとって暮らしやすい町作りを日頃から心掛けていた。
そうして、身分証をしまった三人は連れ立って町を散策しに繰り出したのであった。
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