第19話

 その日は雪が降るんじゃねぇかってぐらい寒い日のことだった。

 二月も半ばを過ぎ、決算が近付くことで会社は数字数字とうざったい空気に包まれていたが、俺は成績が好調だったおかげで休みを取ることが出来た。


 俺は昨夜愛姫の家に寄ると、夕方にいつもの喫茶店に来るよう伝えておいた。

 別に大した用事じゃない。

 ガキにとっては当たり前のことの一つだ。


 午後五時を回ろうかという頃、店のドアが開き、括りつけられているベルが鳴った。

 店内は寒さも厳しい平日の夕方とあって、貸切状態だ。


「来たわよロリコン! こんな時間にいったいなん、の……」


 入口から程近い机に付いた俺たちの姿を見て愛姫が目を丸くする。

 それと同時に、複数の破裂音が鳴り響いた。


「誕生日おめでとー!」

「くらえ!!」


 固まった愛姫に、大砲型の巨大クラッカーを秋人がぶっぱなす。

 金銀煌びやかなテープや紙吹雪が愛姫の全身に降り注いだ。

 それでもなお事態に追い付いていないのか、愛姫は入口に立ち尽くしたままだった。

 そんな愛姫を小夏が誘導する。


「ほら愛姫ちゃん、こっち座って! すごいんだよ、お店のおじさんが色んな料理作ってくれてね!」

「え……、う、うん」


 戸惑いつつも、促されるまま席に付く。

 そして、その隣から声がかけられた。


「十歳の誕生日、おめでとう。愛姫」


 そこには、車椅子で直接席に付く紗妃の姿があった。

 広めのテーブルには、クソガキ共に加え俺や紗妃とそろい踏みだ。


 今日は、クソガキの誕生日だった。

 

「ど、どうしてお母さんが? それに、あんたたちも今日は用事があるって……」

「逸馬さんが準備してくれたの。去年は私もちゃんと祝ってはあげられなかったでしょ?」

「お前のこと騙すなんて、仮病で学校サボるより簡単だったぜ。なんだよさっきの顔」


 秋人を始め、ガキ共がケラケラと笑う。

 普段ツンとしている愛姫のキョトンとした様子が余程可笑しかったらしい。


「俺も今日はたまたま仕事が休みで暇だったしな」


 本当は紗妃と一緒に三人で祝うつもりだった。

 ただ、先日病院へ見舞いに行く俺を待ち構えていたクソガキ共が、最近の愛姫の様子を教えてくれたのだ。

 紗妃の前では努めて明るく振舞っている愛姫だが、学校では浮かない顔が続いているらしい。

 当然と言えば当然の話だ。


 あれから年が明け、紗妃の余命告知された時期は過ぎたが、容態は奇跡的に安定していた。

 一人で移動は出来なくなっていたが、それ以上大きく症状は進行せず、付き添いがあれば車椅子での外出ぐらいは許可がなされていた。

 だが、あくまでそれは奇跡的な状況の上に立っている。

 病気が治ったわけでも、改善に向かっているわけでもない。


 それは愛姫からすれば、生殺しにも近いような、不安な日々だろう。

 ましてやこいつは、家事代行を俺が頼んでいるとはいえ、その多くの時間を家で孤独に過ごしているんだ。

 俺との勝負は続けているものの、学校でまで笑えるはずがない。


「見て見て愛姫ちゃん! これ私と春ちゃんから!!」

「愛姫に似合いそうだったから」

「僕たちからはこれ。すごいおいしいんだよ」

「まぁ千冬が言うんだから間違いないだろ」


 春香たちが渡したのは、小洒落た髪留め。

 秋人たちからは、この前のバレンタインデーにでも渡されそうな華やかなチョコだった。

 ふと病院で待ち伏せしていたときの「おいしいものでも食べれば少しは元気が出るかな」、という千冬の言葉が思い出される。

 

 こいつらは紗妃の病気の内容までは知らない。

 それでも、それぞれが子供なりに愛姫のことを心から心配しているのだと思う。

 だから、こんな誕生日会なんていう、俺らしくないもんを開くことになった。


「あ、ありがと。でも私、こんなかわいいの似合うかな?」

「自信を持ちなさい、愛姫。私たちの学年じゃ小夏とあなたが一番可愛いわ」

「え、でも私より春香の方が」

「あなたたちが一番可愛いのよ」


 春香の謎の圧力に屈して、愛姫がされるがままにプレゼントの髪留めを付けられる。

 俺と紗妃はそれを見て笑いを噛み殺していた。


「わぁ、やっぱり似合うよ愛姫ちゃん! かわいー!」

「女の子らしくていいと思う」


 小夏と千冬の純粋無垢コンビの言葉を受け、愛姫が分かりやすく照れる。

 春香はともかく、何故かその様子を見て秋人まで得意げに俺の方を見てきた。

「俺の友達やるだろ?」みたいな。

 普段悪態しか付かないくせに、仲間意識が半端じゃないなこいつ。


「じゃあ、私からはこれを。愛姫の好みに合うかは分からないけれど」


 そう紗妃が差し出したのは、愛姫の身体には不釣り合いなぐらい大きな箱だった。

 蓋を開くと、中には色とりどりの洋服が入っていた。


「お母さん、これ……」

「私が選んだんだけど、大丈夫だった?」

「うん、……すごくかわいい。全部、全部好きだよ」

「そう。良かった」


 つい先日、紗妃と一緒にデパートへ買いに行ったものだった。

 以前に同じ学校の奴らに服のことを馬鹿にされていたことを思い出し、紗妃と一緒に買いに行ったのだ。

 紗妃はいつも通りアホみたいに感謝していたけれど、今更遠慮する間柄でもないだろうと俺は笑い飛ばした。


「愛姫ちゃん、着てみようよ! 私が選んであげる!」

「これなんていいんじゃない? その髪留めにも合ってるわ」

「じゃああっちで着替えよう! 紗妃ちゃんも愛姫ちゃんの髪やってあげて!」

「え、え!?」

「いえ、私は……」


 そうはしゃぎながら、戸惑う二人を春香と小夏が化粧室へと連れて行ってしまった。

 愛姫たちの背中を見送りながら、何というか、ガキどもを呼んで心底良かったと思う。

 無邪気に明るく接してくれる存在は、それだけであの二人の心を和ませてくれるだろうから。

 きっと俺一人じゃ、こんな風に賑やかにしてやれなかった。


「おっさんは何にしたんだよ?」

「あ?」

「プレゼントだよ」

「あぁ、お前らと同じようなもんだよ。つか、図らずも男と女で綺麗に同ジャンルになっちまったわ」

「ってことは食べ物?」


 千冬が色素の薄い、長い前髪越しに目を輝かせる。

 相変わらずの美少女っぷりだ。

 こいつを男枠に入れていいか疑問だな。


「お前らも食えるようにしてあるから安心しろ」

「本当?」

「まぁ千冬が選んだやつの方がうまいだろうけどな」

「はは、言ってろ。つかお前らガキの癖によくあんな小洒落たもん選んできたな。俺らの頃なんてガシャポンとか駄菓子屋で売ってるおもちゃとかだったぜ」

「だからモテねーんだよおっさん。だいたい駄菓子屋とか聞いたことはあるけど見たことねーから」

「……」


 マジかよ。

 ジェネレーションギャップここに極まれりだな。

 こいつらがマセてるのか今はそれが普通なのか分からないが。


「というか前にも思ったけど、小夏の奴あいつのこと紗妃ちゃんって呼んでんのな」

「愛姫の母ちゃん若いし、小夏は友達の姉ちゃん呼ぶ時もちゃん付けだからな」

「へー、じゃあ友達の兄貴には?」

「君付けだな」

「……俺、おじさんとしか呼ばれてないんだけど」

「鏡見て来いよおっさん。どのツラ下げて君付けで呼ばれようとしてんだよ」

「……」

「おじさん、僕が呼んであげようか?」

「ち、千冬! お前ぐらいだよそう言ってくれるのは」

「その代わり、今度ここでパフェご馳走してね」

「……俺、お前の将来が一番不安かも知れないわ」


 このまま順調に高校生ぐらいまで育って、女装してパパ活でもすれば入れ食いだろうな。

 色んな意味でやば過ぎる。


「じゃじゃーん!! お待たせしましたー! どうどう? すごくかわいいでしょ!?」


 俺らが談笑してると女連中が帰ってきた。

 小夏に背を押されるようにして、所在無げな愛姫がプレゼントの服に包まれモジモジとしている。


 白いブラウスに黒のワンピースが一体になったような服で、サイドで編みこまれた髪を春香たちがあげた髪留めが止めている。

 紗妃が選んだ中で一番外行き用のやつだ。どこぞのお嬢様感あるわ。

 やっぱポテンシャル高いよな、こいつ。

 

「おぉ、やるじゃん。馬にも衣装ってやつだな」

「馬子にも衣装だよ秋人。馬に着せてどうすんのさ」

「おいクソガキ、写真撮らせろよ」

「は、はぁ!? 何なのあんたたち!? というかロリコン、あんた皆がいる前で何言ってんの!」


 照れ隠しなのか声を荒げる。

 他意はなく普通に記念写真で撮ってやろうと思ったんだが、どうやら違う受け取り方をされたらしい。

 前科がありすぎるから無理もねえな。


「いいから全員こっち座れよ。俺が撮ってやるから」

「松井さん、私が撮りますよ。それに、あれもあった方がいいんじゃないですか?」

「あぁそうだな。お願いするわマスター」


 マスターがカウンターの奥の方に引っ込むと、少しして客席の方へと出てきた。

 その両手にはロウソクの刺さった馬鹿でかいケーキを持っている。

 今日何度目かに目を丸くした愛姫の前へ置くと、マスターは指を小気味良く鳴らした。

 その直後、店内の灯りがフッと消える。

 おいおい、そこまでの演出頼んでねえぞ。最高に粋だわマスター。


 暗闇の中、幻想的にロウソクの灯りがゆらゆらと揺れ、愛姫を含む机に付いたそれぞれの顔を淡く照らす。

 示し合わせるでもなく、自然と全員がお決まりのバースデーソングを口ずさんだ。

 ただ、これまたありがちに名前のところがてんでバラバラで、皆笑いながら最期のフレーズを歌う。


「ハッピーバースディトゥーユー!!」


 一瞬の間を置いて、愛姫がロウソクの灯を吹き消す。

 真っ暗になった店内で拍手と祝いの言葉が響いた。


 店内が光を取り戻すと、愛姫が笑ってるような困っているような何とも言えない表情をしていた。

 よく見るとなんか頬がプルプルしてやがる。

 よっぽど嬉しかったんだろうな。ざまぁみやがれ。


「はーい、じゃあ写真撮りますよー。皆さん、こっち向いて下さーい」


 当たり前のようにマスターが、どこから持ってきたのか踏み台の上に乗ってカメラを構える。

 本当手際いいなこの人。いつの間にかちゃんとしたカメラまで持ってきてるし。


「ちゃんと笑ってくださいねー。はい、チーズ」


 その写真は後で見返して分かることだが、ちゃんと笑っていたのは紗妃と愛姫だけだった。

 千冬は料理に手を伸ばしていて、小夏と秋人が変顔でふざけてて、春香はカメラじゃなくて皆の方を向いていて、俺に至っちゃ半目で薄ら笑いと、まぁいわゆる最高の一枚だった。

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