第2章 負けられない勝負

第15話

 九月に入ってもこれと言って暑さは変わらない。

 変化らしい変化と言えば、夏休みを過ぎてから、クソガキと会う機会がそう多くなくなったことだ。

 どうやら悪ガキやマセガキたちと色んなところで遊んでいるらしく、例の公園にはあまり顔を出さなくなった。

 それでも、たまに五人揃って俺を待ち構えているときがあり、そういった日は仕事の合間だというのに汗だくになるぐらい遊びに付き合わされた。

 

 クソガキの親の紗妃とは、たまに飲みに行く程度には関係が出来ていた。

 といっても酒が滅法弱く好きでもないらしいので、主に飲んでいるのは俺だけだが。

 大体は紗妃がまた振られただの相手にされないだのと落ち込み、俺がそれをからかうのが定番だ。

 なんというか、要領の悪い後輩や妹を持ったような気分だった。

 上手くいってほしいと思うし、放っとけないけど、自分が直接助けるのは違うような気がする、そんな曖昧な距離感だ。

 紗妃も随分と俺に慣れたのか、出会って当初の慇懃無礼な態度からかなり打ち解けて見える。

 

 月日は早く、残暑も鳴りを潜めた十月。

 最近ではまったくクソガキと顔を合わさなくなった。

 それだけ上手くやってるということなんだろうが、どことなく物足りないような、少し、本当に少しだけだが、寂しいと思っている自分を発見した。


 紗妃からも、いい人が見付かったというメッセージが届いて、それ以後は邪魔をするのも野暮だと思いこちらから連絡を取っていない。

 また馬鹿な男に引っ掛かってるのではないかと少し心配ではあるが、いい歳した女にあれこれと口出しをするのは流石におかしいだろ。


 ただあいつ、ある面では娘よりアホだからな。

 どうせどっかしらで自爆して多分失敗するだろ。

 外見は器量が良いけど、中身の本当の魅力に気付ける男はそうそういない気がする。

 逆に、見た目や外見だけに釣られるような男、あいつが選ぶはずもない。


 ……どっかおかしい。

 上手くいってほしいと思っているのは本当だ。

 けどどこかで、上手く行かないだろうと想像して、それを俺へ愚痴りに来ることを望んでいる自分がいる気がした。



 ※ ※ ※



 クソガキと時間を潰すこともなくなった俺は、しばらくいつも通りそこそこで仕事をこなす毎日だった。

 上司にくどくどと小言を言われ、後輩や同僚とたまに飲みに行く。

 いつも通りで、どこか味気ない日々だった。

 秋になったらクソガキたちと山に行こうと思っていたが、紗妃に男が出来たと聞いてからはそんな気もなくなった。


 なんだろうな。

 毎日ってのは、こんなにもつまらないもんだったかな。


 このままクソガキや紗妃と疎遠になるとするなら、それもよくあることなんだろうと思う。

 一時的につるんで、気付けば会わなくなった奴なんてザラにいるもんだ。

 ただ、今までは何にも感じなかったのに、今回に限ってはモヤモヤとうざったい気分になる。

 人生なんてそこそこでいいし、誰に迷惑もかけず、迷惑をかけられずぐらいがちょうどいいと思ってたはずなのに。

 妙に、あいつらが今どうしてるだとか、大丈夫かだとか頭に過ぎっちまう。

 そんなときは、特に用事があるわけでもないのに、少し遠回りしてでもあの公園に立ち寄っちまうんだ。


 ただ、クソガキはやっぱりそこにはいなかった。

 紗妃からも、特にこれといった連絡は入らなかった。



 ※ ※ ※



 クソガキをいつもの公園で見付けたのは、十月も終わり、肌に感じる風が冷たさを増してきた頃だった。

 ベンチにちょこんと座ってる後ろ姿は見慣れたもので。

 それを見たとき、少しテンションが上がっちまった自分に調子が狂った。


 俺は気付かれないようにそっと近付くと、出来る限りいつも通り、素っ気ない調子で声をかけた。


「一人で何してんだよ。もしかしてついに捻くれてるのが原因でハブられでもしたか?」


 別に本気じゃない。

 何せクソガキ以上に捻くれてるのが二人もいるし、さらに残りの二人はそいつらと円満に付き合えるほどの純粋無垢なやつらだ。

 喧嘩や小競り合いはしても、離れることはないだろう。


 しかし俺は、クソガキの表情を見て考え方が変わった。


 いつもの軽口が返ってこないだけじゃなく、俺を見上げた顔が、何かに縋るように追い詰められたものだったからだ。

 今まで見たことのないような、拠り所のない今にも泣き出しそうな表情だった。


「ロリコン……」


 そう呟いた一言は、酷く弱々しいものだった。

 対照的に、俺は少し語気が荒くなる。


「どうした!? また学校の奴らに何か言われたのか? ちゃんと悪ガキどもに相談したか!?」


 眉根を寄せ顔をクシャリと歪ませると、クソガキは顔を横に振った。

 何というか、今にも何かが決壊しそうな雰囲気に戸惑う。

 なんだ、何があった?

 上手いことやってたんじゃないのか?

 そこで俺は一つの考えに思い当たってピンときた。


「母ちゃんの新しい男か? そいつがろくでもない奴なのか?」


 男運と男を見る目が壊滅的だからなあいつ。

 今までは付き合う前に振られてきたらしいが、ついに付き合った男がDV男とか、ヒモとか、子供に悪戯するような変態とかでも何らおかしくない。

 最後の一つに何か引っ掛かりを感じるが、そんなことを気にしてる場合じゃない。


 しかしクソガキは再度首を横に振った。

 さらに一言、「お母さんの彼氏とか、一回も見たことない」と付け加えた。

 何がピンと来ただよ馬鹿。大外れじゃねぇか。


「だったらどうしてそんな面してんだよ?」 


「お母さんが、お母さんが……」


 続くところはまったく予期しない内容だった。

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