The 9thバトル ~幼女とクラスメイト③~
ピッチャー交代と言った雰囲気で、秋人が肩を回しながら少し距離を取る。
「坊主でいいのか? 兄さんの方がまだ落とせそうだと思うがね」
「うるせー。黙って見てろペテンじじい」
「ぺ、ぺてんじじ……!?」
秋人は吐き捨てるように言うと、そのまま一歩大きく勢いを付け、全力で腕を振り切る。
直後に缶が弾ける爽快な音が鳴った。
勢いを付け過ぎたせいか、思わずカウンターにつんのめって額をぶつける。
痛みも気にせず、即座に結果を確認しようと顔を上げた。
「ど、どうなった!?」
秋人が狙った山の場所には、一つも缶が残っていなかった。
「よっし!!」
それを確認してガッツポーズを取る。
愛姫や千冬も近寄り、素直に秋人を褒めた。
「やったね、秋人」
「やるじゃない。でも何で急に落とせるようになったの?」
困惑し焦っていたのは店主だった。
屋台の出し物商売は、高額なゲーム機などを落とされたらそれだけでその日の売り上げなど吹っ飛んでしまう。
そのため、滅多なことでは落とされないようにするのが常だった。
「ぼ、坊主、今のはなんて言うか……、ちょっとカウンターから出てたし無効って」
「おいおい、水差すようなこと言ってやんなよ」
その言葉を遮ったのは逸馬だった。
そして、おもむろにお手玉を上に放る。
「あんたさ、缶だけじゃなくて、自分が投げるやつだけ重い玉使ってたろ」
「は、はあ!? なにを」
「さっきあんたが投げたときの残りの玉、ガキ共の余りの玉返すときにすり替えておいたんだよ」
「――っ」
「そんで二個すり替えて、一個がさっきガキが投げたやつ。もう一個はこれってこと。どうする? このまま警官呼ぶのと、ガキどもに好きな景品選ばせてやるのどっちがいい?」
「…………分かったよ」
店主が観念したように俯いて力なく呟く。
逸馬は店主が投げたときの缶の弾け具合や、秋人たち三人が挑戦したときの缶の動きを見て、概ねのカラクリに気付いていた。
ただ指摘しただけでは煙に巻かれたり単純に追い返されるだけで終わってしまうので、お膳立てをした上で秋人に投げさせたのだ。
「おいガキども、好きなの選んでいいとよ。どれがいいんだ」
「ああ! じゃあそれくれよ」
「は? そんなんでいいのか?」
秋人が指差した先の景品を見て、逸馬は拍子抜けしたような気分になった。
並んでいた高額なゲーム機の本体などと違って、それは小さなケースに入ったピンバッチだったからだ。
「お前、どう考えたって他の物にした方がいいんじゃ」
「よ、よーし! それを持ってかれると痛いが、全部落としたのは事実だしな、坊主たちにくれてやろう!」
逸馬が違う物を勧めようとしたところで、浮足立つように店主が言葉を被せてきた。
これ幸いと言ったそそくさした様子で、ピンバッチのケースを掴んで秋人に渡す。
「なんでそんなもん選んだんだ? つか何だよそれ?」
「とびおりのソフトに付いてたバッチだよ。今じゃもう売ってないんだ」
「とびおり?」
「結構前のゲームだけど、今俺たちの間で流行ってんだよ」
飛び出せ動物の檻。通称とびおり。
ファンシーなキャラクターデザインとは裏腹に、刺激的な内容が受けた大ヒットゲームである。
その後も新シリーズは出ているが、秋人たちがやっているのは一つ前の物となっており、景品で手に入れたピンバッチもそれらのキャラクターをかたどったものだった。
店主は知る由もないが実は初回生産限定の非売品であり、ネットオークションなどではそこそこの値が付くものだった。
「なんか聞いたことあんな。お前もやったことあんの?」
「わ、私は……」
「え? 生麻も持ってんの?」
「えっと、その……、私のうちには……」
聞かれた愛姫が言い淀む。
それを見た逸馬が何かを察したのか、フラリと店の方へと向き直った。
すっかり終わったものと安心し切っていた店主は、逸馬と目が合い嫌な予感がした。
「おいオヤジ、これが付いてたってソフトまだ景品で残ってんの?」
「あ、あぁ、あるにはあるが」
「じゃあそのソフトと、そのゲーム機本体もくれよ」
「はぁ!? だ、だめに決まってるだろ!」
「ふーん。あぁ、そういえばこれまだ返してなかったな」
「あっ……」
先ほどのお手玉を上に放りながら、逸馬が不敵な表情でニヤニヤと笑う。
完全にゆすりたかりの類いだった。
「いやさ、ソフトに付いてたピンバッチだけが景品ってのもせこいだろう。祭りなんだから、景気良くパーッと行こうぜオヤジ。箱もヨレてるし、どうせソフトもゲーム機も型落ちだろ?」
「確かにそうだが……」
「せーっかく、難しくて! だけど玉にも缶にも何も仕掛けはなくて! 落ちるときはちゃーんと落ちるゲームをガキどもがクリアしたんだ。最新機ってわけじゃないんだし、どうせ客寄せにも大して効果ないんだろ? 太っ腹なところ見せてくれよ」
「そ、それで最後なんだな?」
「あぁ、ちゃんとこれも返すって」
「……兄さんには負けたよ。持ってきな」
ため息混じりにソフトとゲーム機の箱を棚から降ろすと、素直に差し出す。
実際に最新の物と差し替えようと思っていたので、店主からしても折り合いが付く内容だった。
「ありがとよっと!」
逸馬が景品を受け取ると同時に、持っていたお手玉を投げた。
先ほど秋人が倒したものとは別の缶の山に当たり、綺麗に弾き落とす。
「良かったなークソガキ! オヤジがこれはおまけでくれるってよ。いやー、いい店だなぁ」
「なに言ってんだよおっさん。どう見ても悪いみせ」
「だー、うるせぇな。大人の世界には落としどころってのが必要なんだよ。だいたい、胡散臭い店に騙されるってのも一種の人生勉強だろ。これぐらいだったら授業料と思って経験しといた方がいいんだよ」
秋人の言葉を遮るように頭を抱えると耳元で囁く。
別に逸馬には他の客のことを考えて店を摘発しようなんて正義感はサラサラなく、むしろ小狡い屋台も祭りの醍醐味だとすら思っていた。
「さっきも思ったけど、大人って汚ねーのな」
「お前もそのうちそうなるから安心しろ」
「秋人くーん!」
そんな二人の背後から声がかけられた。
振り返ると女の子が二人、人ごみから姿を現した。
「バッチ取れたー?」
「どうせ駄目だったんでしょ。いい加減諦めなさいよ」
無邪気そうな明るい女の子と、眼鏡をかけ大人びた印象を与える少女だった。
それを受けて、秋人が満面のドヤ顔を作って応える。
「ふっ、諦めろって、これが目に入んねーのかよ春香!」
「あーっ、取れたんだ! 秋人くんと千冬くんすごいね! 小夏にも見せて見せて!!」
「僕は特に何もしてないよ」
「いったいいくら使ったのよ?」
二人の少女を含め、秋人と千冬が四人でわいわいと輪を作る。
元から四人で祭りに来ていたのだろう、タイプは違うが仲の良さがその雰囲気から伺えた。
一方、所在無げにしていたのは愛姫だった。
その輪に入ることはできず、逸馬から渡された景品のことを含めて戸惑っている。
「ロ、ロリコン。これどうすれば……」
「あぁ? もらっとけよ。あの店に一泡吹かせたかっただけだし、俺はゲームなんてやらないからよ」
「でもお母さんになんて言ったら」
「そのまま、祭りの景品で取ったって言えばいいだろ? なんだよ、いらないなら俺が中古屋に持ってちまうぞ」
「……」
愛姫が無言で景品を逸馬に差し出す。
てっきりいつものように売り言葉に買い言葉で受け取るものと思っていた分、その行動は意外なものだった。
「なんでだよ? それがあれば遊べんだろ?」
「私は、別にいい……。ゲームとかやったことないし、周りにそのゲームやってる子いないと思うから」
「そこにいるだろ。混ぜてもらえばいいじゃねぇか」
「……」
「お前がなんで同じ学校の奴らを敬遠してるか知らないけど、そこのガキどもなら仲良くなれるんじゃねーか?」
「それは……」
「あー、愛姫ちゃんだー!!」
逸馬の陰になっていた愛姫に気付くと、他の三人と話していた小夏が声を上げた。
そしてそのまま嬉しそうに無邪気に駆け寄ってくる。
「なんか話すの久しぶりだねー! 三年生のときのクラス替えで別になっちゃったもんね!」
「……うん、久しぶり」
どう返していいか少し悩みながら、それでも愛姫は小さく笑って返事をした。
小夏に釣られるように他の三人も寄ってくると、新たに輪が形成される。
一人だけ身長も年齢も飛びぬけたおっさんが混じってはいるが。
「そういえば小夏は俺や千冬と違って一、二年のとき2組だったんだっけ。春香は三年から越してきたから知らねーよな?」
「名前ぐらい知ってるわよ。生麻さんでしょ?」
「愛姫ちゃんはねー、優しいんだよ。小夏が忘れ物したり、授業で分からないときに助けてくれたりしたんだ!」
「へぇ。こうして話すのは初めてね。春香です」
「は、はじめまして」
「それで、この人は誰なの? 生麻さんのお父さん?」
春香が場に浮いている逸馬のことを訊ねる。
愛姫と秋人が揃って口を開いた。
「千冬のことが好みだっていうおっさんだ」
「ロリコンよ」
罵声に近い内容だったが、そんなことが気にならないほど逸馬の顔は緩んでいた。
生意気だが見た目はどストライクな愛姫、男だがミステリアスな雰囲気のある千冬、さらに追加で大人びた春香に無邪気な小夏。
逸馬にとってそれは、夢心地のような状況だった。
そのだらしない表情を見て、春香が訝しんだ視線を向ける。
「……通報すればいいのかしら?」
「ちょっと待ってくれ、今日は俺はまだ何もしてない」
「今日は……? まだ……?」
「待てよ春香、悪いおっさんじゃねーよ。このピンバッチも、このおっさんのおかげで落とせたんだ」
春香が子供らしからず、携帯を取り出して逸馬に似合う三桁の数字を押そうとしたが、秋人が待ったをかけた。
「それに何か生麻と仲良いみたいだしよ」
「べ、別に仲良くなんかない!」
「じゃあ何で一緒に祭り来てるんだよ?」
「それは……、別に、一緒に行く人とか他にいないだけだし……」
「……」
それを聞いて子供たち四人が若干気まずい空気になる。
愛姫自身は気付いていないが、それは完全なるぼっち宣言だった。
自虐に近い言葉を受け気を利かせて冗談に出来るほど、小学生の彼らはまだコミュニケーション能力が養われていなかった。
そのやり取りに半ば呆れた逸馬がフォローを入れる。
「なぁ、お前らその景品のゲームやってんだろ? こいつもさっきの屋台でゲーム機もらったからよ、教えてやってくんねーか? ゲームやったことないんだと」
「ちょ、ロリコン!」
「えっ! 愛姫ちゃんもとびおり持ってるの? それじゃ今度一緒にやろうよ!」
その提案に小夏が飛びつく。
空気を読んだわけではなく、ただ単に純粋な気持ちからだった。
「えっと、その……」
「いいじゃねえか、教えてもらえよ。最近のゲームって難しいんだろ?」
「そうですね、多分一人でプレイしたら序盤のクマに食い殺されるでしょうし。協力プレイが出来るようになるまで私たちが手伝うわよ」
「どんなゲームなんだよ……」
言い淀んでいる愛姫を見て春香が空気を読んで誘う。
小夏がニコニコとした様子で「いつにする? いつにする?」とすでに決定しているものとして予定を立てようとした。
「取り合えず腹減ったしおごってやるから焼きそば食おうぜ。お前ら夏休みだし予定なんかいくらでも空いてんだろ? せっかくの祭りなんだから食いながら決めろって」
「おじさん、りんご飴も」
「おう、買ってやる」
「あとソースせんべいと大判焼きも」
「おう、なんでも食え」
逸馬が千冬のおねだりをデレデレとしながら無条件で聞く。
先ほどの葛藤をどう乗り越えたかは逸馬にしか分からない。
「おっさんおっさん、俺串焼きとじゃがバタな!」
「お前はダメだ」
「はぁあ!? なんでだよ!!」
祭りの喧騒の中、一際賑やかに逸馬たち6人が連立って屋台を楽しむ。
その輪の中で、愛姫もぎこちないながら口元を綻ばせて始めていた。
「あ、そうだ。これ分けちまおうぜ」
そう言って串焼きを片手に秋人が差し出したのは、先ほどのピンバッチだった。
ケースの中にファンシーな絵柄の動物が象られたバッチが並ぶ。
「俺ライオンな」
「小夏はリスー!」
「じゃあ私はネコで」
「僕はイヌでいいや」
それぞれが思い思いに手に取ると、秋人がバッチが一つ残ったケースを愛姫に差し出した。
「そんじゃ生麻はウサギな」
「え? いいの?」
「今度一緒にやるんだろ? そしたら俺ら仲間じゃん。それとも他のキャラが良かったのかよ?」
「だ、大丈夫! これでいい!」
焦った様子で愛姫がケースからバッチを受け取ると、遠慮がちに呟く。
「ありがと……」
「ま、一緒にやったところで、俺のデスライオンLv500には勝てねーだろうけどな」
「秋人くん、このまえ春ちゃんのブラックパイソンに丸呑みにされてたじゃん」
「ちょっと待って、どんなゲームなの?」
缶ビールを傾けながら、少しずつ四人の輪に溶け込んでいく愛姫を逸馬が眺める。
その視線に気付いた愛姫が、バツが悪そうに悪態を付いた。
「なにニヤニヤしながら見てんのよ」
「いや? 酒が美味いなと思ってよ」
その微笑ましいものを見るような表情に、調子の狂った愛姫がバシバシと照れ隠しのように逸馬をはたく。
その軽い攻撃を受けて、逸馬は心底楽しそうに笑った。
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