継承者は学園都市で恋がしたい

いつきのひと

継承者は学園都市で恋がしたい

 この魔法学園はとても色恋沙汰が多い。

 生徒同士があれば教師同士もあり、立場を超えて愛を育む者達もいる。



 事情はある。魔法使いは人との関わり合いが非常に少ない。

 それ故に独り身で居る事が多いのだが、同時に、その多くが知らぬ間に孤独死してしまう為に、本人だけが行使できていた次代の新たな魔法体系が断たれてしまう。

 いわば、宝の持ち逃げである。



 失われた秘法や技法は数知れず、車輪の再発明が日常的に行われており、一進一退の進歩がない状況のまま今日に至る。


 魔法使いの名家にとっても、平地の名も無き魔法使いにとってもここは最初にして最後の砦。卒業後は機会に恵まれない。

 後継ぎを産ませて家や独自の魔法を後の世に継ぐための、婚活会場でもあるのだ。


 本人達に人口を増やす為という意識があるかどうかは関係ない。

 学園全体の浮ついた雰囲気が、結果として魔法使いの社会を救う事になっているのだ。



 非常に乱れまくった風紀の中で、出会いが全く無い人物がいた。


 彼はこの学園に入学して六年になる。

 成績は悪くはない。卒業試験も二年前に突破した。いつでも去ることができる彼が残っているのは未練があるからだ。


 六年間、全くモテなかった。

 慣例に則り交際の申し込みから始めたのに、誰も彼を選ばなかったのだ。



「お断りします。」


 新入生を狙った挑戦は、まだ何も言っていないのだが、いきなり拒絶されてしまった。


「先輩、それはだめです。全然だめです。確かに私はいつもここに一人で居ます。それは理由があるからです。見ての通りわたしは食べるのがみんなより遅いんです。皆を待たせてしまっては悪いので先に行ってもらってます。いつも一人で食べてて可哀想だな~とかちょっとでも思ってて同時にこれはチャンスだと思ってたりするなら反省してください。今すぐに。」

「アサヒさん、やめてあげて。先輩泣いちゃってるから。」


 彼女は食堂で一人、黙々と食事を摂っていることが多い。恋に飢えた者が多いこの学園で一人で居るのはとても無防備。まだ入学してから半年も経たない彼女がその事を知らないのも無理はない。

 おまけに所属は特別学級。教える先輩もいないのだ。


 彼の事を知らないはずの新入生にすら断られてしまった。

 一体彼の何が悪いのだろうか。


「わたし、先生以外と付き合うつもりはないって言いましたよね。ナンパしてくる相手全員に言ってますよね。なんでこう毎日のようにいろんな人が来るんでしょう。」

「なんでだろうね。」


 今しがたフラれてしまった彼も、アサヒの隣にいるナミも理由は知っている。

 教師と生徒の恋愛は成就した例がない。年齢差は大きな隔たりであり、いずれ衝突になって破綻する。この前提があるから、今のうちから失恋後を狙った者たちが押し寄せているのだ。

 それを伝えると、彼女は絶対に諦めないと意固地になってしまう。無限ループである。


「俺の何がダメなんだ。教えてくれ!」


 いつもならば断わられた時点で去るところだが、彼にも後がない。いつまで卒業しない事に苦言を呈されている。暗に卒業か退学かを迫られているのだ。


「先輩、もしかしてわかってなかったんですか?」


 食欲と気力を失いテーブルに突っ伏してしまったアサヒに代わり、残った料理を口に運んでいたナミが驚いていた。


「わかってたらこんなに苦労してない! 何が俺に欠けてるんだ!?」

「あー、えっと、先に聞きたいんですけど、言っちゃっていいんです?」

「俺には後がない! なりふり構ってられない! 年下にこんなこと尋ねる情けない男だと笑ってくれていい! 教えてくれ!」


 幼い二人に頭を下げる大男という光景は周囲が見れば滑稽そのものだが、彼は本気だ。




 食事を片付けるのに忙しいという理由で、ナミは青年に欠点を指摘する者としてアサヒを指名した。


「ええー……、わたしが言うんですかー……?」


 とても嫌そうだ。こんな表情ができるのかと誰もが驚くようなしかめっ面である。


「お、女の子の口では言えないような事なのか!?」

「いやいや、そういうシモネタじゃないです。ちょっと待ってくださいね。」


 言葉を区切り、深呼吸を二回。


「わたし以外が先輩を選ばない理由、趣味です。」

「しゅ、み?」


 アサヒのしかめっ面は変わらない。ナミは話の輪から外れ、アサヒの残した料理に舌鼓を打っている。


「俺の、趣味。」

「はい。趣味です。」


 彼の視界はぐるぐる回っている。巨大な鈍器で頭を殴られたように頭が痛い。

 趣味は個人の自由だ。それが、避けられている理由……!?


「なぜだ!! 漬物作りの何が悪い!!」

「あのぬか床がとても臭いんです! あれは絶対腐ってます! 作るなとは言わないからせめてリセットしてください!」


 彼女にしては珍しく、大声での反論。ここ数日、毎日のようにナンパで食事を邪魔されていたので虫の居所が悪かったようだ。



 彼にっとて、漬物は祖母から受け継いだ何よりも大事な物である。

 認知症で息子の顔すら覚えていなくても、倒れる寸前まで、ぬか床だけはずっと大事に育てていた。

 魔法使いの一子相伝の秘法が財産であるように、彼にとっての秘法はぬか床なのだ。


 受け継いだぬか床よりも若い娘が、腐っていると言い切った。宝を、祖母を、祖母の残した財産を否定し、侮辱した。


「そんなわけない! ネバネバは身体にいいんだぞ!」


 祖母がまだ元気だった頃の記憶が蘇る。

 酸っぱくて、舌が痺れる程の強烈な塩味の漬物と、それが健康を作るものだと教わった時は衝撃的だった。


 実際、学園での六年間一度も病気をしたことがない。

 祖母の言った事は間違いではなかったのだ。


「絶対腐ってます! 認めてください!」


 まただ。この娘は若くて知識が乏しいのに、なぜ断定できるのだ。


「お前に何がわかる! 素人が口を出すな!」

「自分の領分だから人の話を聞かない! 年下だから言ってる事はデタラメですか!? そんなんだからダメなんです!」


 勢いに任せた彼の発言はアサヒにとっては好感度を一気にマイナスまで下げるルート消滅フラグだった。

 彼女は頭ごなしに否定されることを物凄く嫌っている。彼女の発言が間違いであるのならば、感情的にならず対等な人間としてしっかりと説明しないといけない。いくら小さくても、無知な子供扱いでは彼女を攻略することはできないのだ。


 彼もそれを思い出した。だがもう遅い。


「ご、ごめ……」

「ご自身のダメなところを理解できたんならそれでいいです。謝らなくていいです。先輩に生意気言ってすみませんでした。」


 もう何も言う事は無いと言わんばかりに、自らの発言を謝罪してアサヒは座りなおしてしまった。ナミはまだ食べている。

 これ以上二人を巻き込むのはただの迷惑だと判断し、肩を落とした彼は食堂を去っていった。




 長年その香りに慣れていた彼にとって、ぬか床の香りが食欲をそそる香りなのは事実である。


 だが実際、ぬか床は腐ってしまっていた。

 認知症により祖母の記憶がメチャクチャになった結果、ぬか床の管理もそれに順じたため、彼が引き継いだ時にはもう手遅れ。

 いや、初めて口にしたときからもうダメだったのかもしれない。


 食堂で出された漬物は祖母の物とは別物。どちらが良いものなのかは明白。だが認めたくは無かった。

 自身の伝統を否定することと二者択一。卒業までの一年、彼はずっと悩むことになる。


 最終的に彼が何を選んだのか、その結末はまた別の話。





 アサヒの、普段は絶対にしないであろうしかめっ面は、臭いによるものだった。

 大好きな肉親からの贈り物なのはわかる。大事にしている宝物だというのもわかる。だからこそ割り切って欲しかった。懐かしの祖母の遺品を漫然と引き継ぐのではなく、自身で再現して欲しかった。

 でも、そこまでは言えなかった。ああいう形で怒鳴られてしまうと、実家での叱責を思い出して萎縮してしまうから。


 特別学級では我慢強いほうのアサヒであっても、腐敗臭を目の前で振り撒かれ続ける事には耐えられなかった。

 彼の漬物が世界最高の食品であっても、アサヒが先生以外になびく事は無いのだが。

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