カエルの子は果たして・・?

第30話 神崎郁人③


 キーンコーンカーンコーン


 四限目終了のチャイムが鳴り響き教壇に立つ古手川先生が教科書を閉じる。


「はぁ~~い今日はここまで。次回は78ページ『こころ』をやるから予習しておくように。夢ノ中、頼む」

「起立、礼」


 日直の夢ノ中が号令をし、授業が終わる。


「やっと終わったぁぁ~」


 嘗めてたわけじゃないけど流石進学校。授業内容が濃い。加えて基礎は分かるでしょ?が当たり前でどんどん進む。

 ただ優秀な先生ばかりだから授業は凄く分かりやすいのが文句の言えないところ。だから余計(?)に頭が疲れるんだよな。


「神崎、一緒に昼飯いいか?」


 最近出来た癖で机に突っ伏していた俺に声をかけてきたのは田中だった。その手に持つは二段式の弁当箱。


「え?お、おう。いつもの面子はどうした?」


 あの誤解が解けてから田中とはこうして昼を一緒に取るくらいには仲良くなった。このお坊ちゃん、お嬢様的身分の生徒が多い桜城高校において庶民的感性が通じる貴重な友達だ。


「いつもの呼び出し。なんと今日は俺以外全員。入学初日にあんだけ怖がられてた七貴も西郷君も目、付けられだしたからな。これだからイケメンは...。俺は我儘娘の相手に苦労してるってのに(ブツブツ)」


 そう不貞腐れる田中はブツブツと文句を溢しながら弁当を広げる。


「七貴も遂に呼ばれ出したのか...。いや確かに黙ってたらすげぇイケメンだけども」

「ちょっと危険な香りの男っていうの? 女子受けがいいのかねぇ。―――俺も目指すか・・?」

「田中は、なんていうかキャラじゃないだろ」

「俺もそう思う。でも何だかんだちゃんと行くってのは優しいのかねぇ~。めちゃくちゃ顔顰めてため息ついてたけど(笑)」


 その場面を見てたわけじゃないけど簡単に想像がつくな。


「リア充どもめっ」


 やっぱり世の中イケメンか。俺もイケメンだったら胸張って麻奈に告白するってのに...。そう不貞腐れながら弁当を広げ手を合わせる。・・ん?


「・・・」じとー

「? どうした?」


 急に黙り込む田中。いつもだったら爆発しろくらいは言うくせに。


「それ世の男子に言える立場じゃないでしょうに」

「は?なんでだよ」

「・・・どれだけの男子が読者モデルやってる双子と幼馴染に、なんて関係を夢見てると思ってんだ?お?」

「うぐっ!? いやあいつらは、別に...」

「はぁ~」


 なんだよその目は。やめろ!残念な子を見る目を向けるな!!


「隣の芝は青いってか。そう言えば神崎って大体弁当だけど確か寮暮らしだったよな?何、寮部屋ってキッチンついてんの?」


 麻奈と瑠奈に関しては突かれると何も言えないので話題転換は有難い。


「そういや田中は寮じゃないんだよな。そうそう、ちゃんとしたキッチンがあって俺も最初は驚いたよ。雪と同じ部屋なんだけどそこそこ広いし、金かけてんな~って」

「・・来たよ後悔の波。で、自炊を心掛けていると?偉い偉い」

「馬鹿にしてる?これは趣味の延長だよ。食べ歩きで見つけた料理を再現してみたりとかさ。今じゃ結構な腕だぜ?」

「へ~そうなんだ。じゃあ今度――」

「そうだよ!いっ君のお弁当とっても美味しいんだよ!!」

「ふぐっっ、――麻奈っ!!?」


 ドンと両肩に衝撃と重みが加わりその上聞きなれた声が降って来た。


「どうして学校に!?」

「えへへ。仕事が早く終わったからマネージャーさんに送って貰っちゃった。お昼だよね?私も一緒に食べるんだよ!


 直ぐに離れた麻奈は準備万端と言った様子で熊のキャラクターが描かれたランチクロスを広げ弁当箱を掲げた。


「いやなんでだよ!他の女子と食べろって!学校では極力近づかないって約束しただろ!?」

「そんな約束は破棄しちゃいました(キリッ)」

「一方的にっ!?」


 俺の焦りなんて露知らず麻奈は隣にあった席をズリズリと移動させ引っ付ける。


「もうっ、いいでしょ?この教室にはいっ君に変なことする人はいないんだよ?」

「いや、でも...っ!?」


 ぷりぷりと怒る麻奈も困ったが、目の前でプルプルと折らんばかりに箸を握りしめている田中の方を何とかしなければ!変なことするやついたよ!!目の前に!


「田中君もいい?私も一緒に食べて...?」

「勿論大歓迎だよ!」

(変わり身早え...)


 親の仇でもいたのかと言うくらい怖い顔していた田中だったが麻奈が田中に向いた瞬間爽やかな笑みを浮かべやがった。


「へへ、それにしてもいっ君とこうやって教室でお昼を食べるなんて久しぶりなんだよ」

「・・小学校くらいか?」

「うん。中学からは周りが騒がしくなってきちゃったし、でもそれでも麻奈はいっ君と、ゆっきーと瑠奈と、こんな感じで4人で居たかった。食べたかったんだよ...?」

「・・ごめん」


 そんなの、俺だって・・。


「ぐおっふぉん!!ごほん!!シリアスゴホンっ!! あれれ~、麻奈さんの弁当の中身が神崎と一緒だぞ~?・・・ え、おい、まさか・・?」

「あっ、気付いちゃった?そうだよ!いっ君毎朝私たちのお弁当作ってくれるんだ!」

「いやそれは、麻奈たちがどうしてもって――っ!?」

「リア充は消毒だぁあぁーーー!!!」

「ばっっおまっ!!?俺の自信作をっっ!!」

「た、田中君!?急にどうしたの!!?」

「うるせえ!見せつけやがって!!なぁにが趣味だ!ポイント稼ぎしやがって!あ、春巻き旨っ!」

 

 食べ物の恨みは怖いぞ田中!だったら俺もその美味そうなハンバーグを貰って・・っ!!


「ただいま。あれ、麻奈今日雑誌の取材で来れないんじゃなかった?それに午後からも確か撮影があったよね?」

「ゆっきー!今日は早めに終わったから学校に来たんだ!午後の分は機材トラブルで延期になっちゃった」

「そうなんだ。ところで郁人と田中君はなにを争ってるんだい?」

「えっと私にもよく分からないんだよ?」

「ふ~ん。ま、大したことじゃなさそうだ。それに田中君とは何だかんだ一緒にお昼を食べることなかったしね。いつもの人たちは?」

「冬っ、室と同じ理由だよっと、させん!」

「くっ守りが硬い!?」

「なるほどね。て言うかそろそろやめなよ二人とも。行儀悪いよ?」

「「あ~い」」


 雪の一言で田中との弁当具材争奪戦はあっさりと終戦を迎えた。お詫びとして分けてもらった卵焼きは甘めで美味かった。


「戻ったで~って何やその目は?野郎に見つめられても嬉しないぞ~」

「・・どんな子だった?」


 田中のその問いは俺も気になる。いったいどんな子に告白されたのか。

 更科は紙パックのジュースを飲みながら購買で買って来た菓子パンを机に広げる。


「んん?せやなー、この前見たハムスターみたいにおどおどした子やったな。手伸ばすと体強張らせるけど、撫で始めたらダラーんってなったハムスターおったやろ?そんな子。雰囲気やけどな」


 表現が独特だなおい。どんな子だよ。


「な、撫でたのか?」

「アホ。初対面の子の頭触るかいな。ちゃーんと頭下げて今は誰とも付き合う気ぃないです言うて断ったわ」

「そんだけ?」

「ん~、まあ『なら友達からでいいです!』って食い下がってきおったけどやな...」


 は~、そこまで言う子凄いな。でもその言い方だとそれも断ったのか?


「友達も断ったのか?」

「悪いけど電話っちゅうことで逃げさせてもらったわ」

「?? 友達くらいだったらよくねぇか?」


 好きな子がいる訳じゃ無いんだし、友達になってみてもいいんじゃないの?また告白してきてもそん時断ればいい話なのでは?


 思わず出てしまった俺の疑問に対し、更科は腕を組んでうんうんと唸りだした。


「これ言うとどっかの田中「おいコラ」がギャーギャー言い出すやろうけど、昔同じように言われて連絡先交換したんよ。そしたらそらもう頻繁に連絡してきてやなぁ。返信せえへんかったら次の日様子伺いに来るわで大変やったんよ。酷い奴は他の子と喧嘩し始めよって」

「うわぁ」


 もてる男の悩みか。俺には考えられないな。麻奈と瑠奈以外で仲良くなった女子いねぇし。けど苦労してるってことは分かった。


「でもちょっと分かるんだよ、更科君の気持ち...」


 そう言って麻奈も小さくため息を溢した。麻奈も瑠奈も読者モデルできるくらいだから兎に角モテる。共感できるんだろうな。


「そっとしといてくれっちゅう話やで...」

「そうなんだよ...」


 しみじみと頷き合う二人にそんな経験の無い男は黙るしかない。そう言えば雪はどうなんだろ?


「冬室はそこんとこどうなの?」

「僕はそういった相手は今まで居なかったかな。きちんと話したら理解してもらえたよ」

「ええ~なんそれ羨ましいわぁ。秘訣とか教えてくれへん?」

「生憎とこれと言えるものは無いよ。断るのならどう話しても相手を傷付ける訳だし、僕もいい気分じゃないからね。でも結局は自分の考えをはっきりと伝えるしかないんだと思うよ」

「難しいんだよ」

「はぁ~」


 羨ましいことだけじゃないってことか。





「ちょっと待ってくれよ!!」

「ん?」



 そうしていつの間にか苦労話大会をしていたら突如聞こえてきた大声に全員の視線が外に向く。


「外か?」

「喧嘩かいな」

「何だろ?」


 するとガララと教室の扉を開けて入って来たのは夢ノ中だった。そしてその後ろから慌てた様子で見知らぬ男子生徒が一人入って来た。


「教室まで付いて来るなんてどういうつもり?」

「僕は諦めませんから!それにどうしてですか!付き合うのが無理にしても友達からでも――」

「この前にも言ったように人の迷惑を考えないような方とは友人になる気はありません」

「そんなっ!?僕がいつ貴女に迷惑をっ!!?」

「今現在進行形でしつこく付き纏われて迷惑しています。挙句登下校の時まで...。ストーカーですか?」

「ここで引き下がっても貴女と付き合うことも友人にもなれないのなら、引き下がるわけにはいかないじゃないですか!」

「そういうところが人の迷惑を考えていないと...」


 凄い熱烈なアピールだな。ああ、なるほど。二人が言ってた人ってああいう人か。


「どうやら睡ちゃんはめんどくさい男を引いたみたいやね」


 冷静に対処しようとする夢ノ中だったが、如何せん相手男子生徒は熱くなるばかりで一歩も引かない。終いには自分の自慢話まで始めちゃったよ。気付けよ。夢ノ中呆れてるぞ。


「「はぁ~、ん?」」


 凄く嫌だけど、一応クラスメイトだし間に入ろうと腰を上げたら田中も同じような姿勢で固まっていた。


(あれ?なんだこれ・・?)


 視線でどっちが行く?みたいなやり取りをする俺と田中。そんなどっちでもいいから早く行けよな状況の中、事態は動いた。


「うるせえぞ」

「海の綺麗な別荘を――っ!?だ、誰だ君は!!?」


 ぴしゃりと静寂に包まれる教室。そっと腰を下ろす田中と俺。教室内にいる生徒全員の視線がその男に集中した。


 その男、七貴は夢ノ中に絡んでいた男子生徒を冷めた目で見下ろす。


「そこ、俺の席なんだよ。今から飯って時に近くで騒がれると迷惑だ。余所でやれ」

「その席が君の・・っ!?嘘を言え!君みたいな不良が夢ノ中さんと同じクラス・・、いやそもそもこの学校に居て良いはずが無い!!」

「はぁ・・お前、こういう男によく引っかかるな」

「好きでこうなってる訳じゃ無いわ」


 同情だろうか。呆れる七貴に困った様子で頭を押さえる夢ノ中。あれ?なんかあの二人仲良くなった?


「何を気安く話し掛けているんだ!貴様のような不良と彼女は住む場所が違うんだよ!!」


 自分のアプローチを邪魔された挙句、無視され想い人と話す部外者に男子生徒の顔は赤く染まる。


「喚くな鬱陶しい」

「大体―――!」

「う~い、どした~?喧嘩すんなよ~」


 いよいよ騒ぎが大きくなりだしたそんな時、息を切らす愛音に礼を言いつつ我らがクラス担任古手川先生がダルそうに現れたのだった。



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