第13話 西郷敦盛③


「それでは桜城高校1年1組親睦会と言うことで――まあ全員じゃないけど...、一年間共に学校生活を楽しむぞ!!乾杯!!」

『乾杯!!!』


 今回の企画者である田中君の合図で各々が紙コップを掲げBBQが始まりました。コンロは大きめのサイズが二台あり、テーブルの上にはお肉や野菜、更にはエビやイカ、ホタテにサザエも少ないながら置いてあります。

 目玉は何と言っても伊勢海老です。商店街のおっちゃんに譲ってもらったと言ってまいたが、信じられませんね...。


「・・お肉、食べないの?」

「え?ああ、いえ食べます」


 目の前の光景が何だか眩しくて皆の楽しそうな顔をぼーっと見ていたら、水原さんが焼いたお肉を乗せた紙皿を差し出してくれました。

 綺麗に焼かれたお肉は自然と美味しい口に出すほど柔らかく、肉汁が口の中を幸せにしてくれます。そんな僕の様子を確認した水原さんは満足そうに頷くとコンロの方に寄っていきました。


「やらかした!飯忘れてもうた!!うわぁ最悪やぁ~」


 そんな時、何やらゴソゴソと鞄の中を探していた更科君が急に頭を抱えてガクッと膝から崩れ落ちました。持ち物リストには確かに今日のお昼分のおにぎりと、夜にする予定の飯盒炊飯用の生米が書かれていたのですが、どうやら忘れてしまったようですね...。


「あ~あ、ちゃんとしおりに書いてたってのに、ドンマイ」

「うぅ~、こない美味い肉食うのに白飯ないとかあり得へん...。なあ田中、少しだけ――」

「だが断る!」

「最後まで言わせてくれよ!!ケチ!!アホ!」

「あ、なら更科君、あたしの持ってきたおにぎり食べる?」

「ホンマ!?」


 本気で悔しがる更科君でしたが、愛音さんが向日葵のような笑顔で手元にあるおにぎりを差し出した。


「けど、ええの?自分の分...」

「うん!あたしこういう時って余分に持ってきちゃうの。それにその分お肉も食べれるし代わりに食べてくれると嬉しい、かな?」

「め、女神や・・女神がおるで...っ!!」

「あはは。大袈裟だよ~」

「え、いいな。更科。俺のおにぎりと交換しない?」

「ア、アホか!?絶対渡さんぞ!これは俺が有難~く噛みしめながら頂くんや!!」

「半分!」

「嫌や!」


 じりじりと田中君が詰め寄り逃げる更科君。


 確かに可愛い女の子のおにぎりに憧れるのは分かりますね。僕も男ですから。


 そんな二人の騒ぎを全く気にせずお肉と野菜をバランスよく網に乗せていく七貴君と夢ノ中さんですが、二人の間に会話はありません。学校ではよく言い争いをしてますし、今はケンカをしてないだけマシなのでしょうか?


「皿貸せ」

「へ?」


 黙々と手際よく焼いていく二人の姿を見ていたら七貴君がクイクイっと手を向けました。彼の視線と動作、言葉の意味を理解するのに少し遅れましたが、僕は空になっていた紙皿を七貴君に渡します。


「食べたいもんなんかあるか?無いなら適当に乗せるが」

「あ、えっとお肉多めで焼きトウモロコシを二つ。...あとは適当にお願いします」

「ん。――ほらよ」

「ありがとうございます」


 ササっと盛り付けられたお皿を受け取る。


「お、君って意外と面倒見のいいタイプ?」

「うっす、佐那さん」

「おっすおっす。兄弟とかいるのかしら?」

「まあ下に、なら...」

「おお~! んじゃお兄ちゃんな訳ね。うんうん言われてみればお兄ちゃんって気がするわね」

「・・・そうっすか?」

「西郷君もそう思うでしょ?」

「僕ですか!?ええっとそう、ですね?」


 そんな急に聞かれても...。ちょっとポイな~とは思いましたけど。


「七貴君。下にご兄弟がいるのだったら学校での服装をもっとちゃんとしたらどうかしら。その染めた髪も」

「あ?」


 するとお肉を焼いていた手を止めて夢ノ中さんが腕を組みながら七貴君を睨みました。


(こ、これはいけない流れなのでは...?)


 どこかでカァンとゴングが鳴った気がしました。


「何度も言ってるがお前にどうこう言われる筋合いはねぇ。校則違反してるわけじゃねぇんだし」

「確かにあなたの制服の着こなし、染髪は校則違反に当てはまりません。けれどもあなたは世界的にも有名になりつつある桜城高校の一員なのです。他の生徒、そして保護者や地域の人たちに誤解を与えられては困ります」

「他人にどう思われようが知らねぇな。俺は俺だ」

「貴方が良くても私が困ります。貴方の様な人と同じだと思われたくないの」

「流石はかの有名な会社『夢心地』の令嬢だな。意識が高い」

「家は関係ないわ。私が嫌なの」

「残念。俺も嫌だ」

「くっ...」

「ふん」


 苦虫を噛み締めたかのように端整な顔を歪めた夢ノ中さんを七貴君は一瞥するとお肉を食べ始めました。


「いいわねぇ~。これぞ青春って感じがするわ~」

「あの、佐那さん・・どうしてそんな楽しそうなんですか...。ハラハラしましたよ」


 佐那さんは僕の隣で目をキラキラさせながら事の成り行きを見ていました。


「だってぶつからないと相手の事なんてわからないでしょ?相手に合わせることも勿論大事だけれど、そんなの大人になれば嫌でも理解するわ。気に入らない上司とか言うことを聞かない後輩。ああやって喧嘩するのって大人になるとなかなか出来ないのよ。どうしても平和的に、波風立てない無難な対応が求められるから」

「そう、何ですか...?」


 そう話す佐那さんはどこか遠くを見るような目をしていました。


「ええ。少なくとも私はそう思うわ。だから西郷君も人の顔色ばかり観察してるんじゃなくて自分からもっとぶつかりなさい」

「っ、僕は――」


 ドキリと心臓が跳ねたのを感じました。


 ええ、そうです。図星です。僕は今までこういう機会が無かったから。正直家族以外の人と何を話せばいいのかまるで分からないことが多いです。田中君といるときはほとんど彼が会話を振ってくれるので答えるだけでいいのだけれど、自分から話題を持ち出すのは苦手です。


 思えば七貴君と二人で会話したことも、更科君ともそんなにありません。僕たちの会話の中心はいつも田中君でした。


「大丈夫よ」

「え?」


 意気地の無さを会って一日も経ってない人に指摘され、情けなさから下を向きそうになった僕の背中を佐那さんが優しく叩く。


「例え今ぶつかる勇気が湧かなかったとしても、相手を思いやれる優しさを西郷君は持ってる。だからきっと大丈夫よ」

「佐那さん...」

「ほらほら。もっと胸張りなさい!!そんなんじゃ彼女出来ないぞ!!」

「彼女って、話が変わってますよ」

「細かいことは気にしない!お~い太郎!そろそろ海鮮じゃんけん始めましょ~~!!」

「よぉ~し了解だ佐那姉ぇ!! みんな集まれ!! 数少ないから勝ったもんから好きな食材を取れるってことで、行くぞ!! せぇのぉ、最初はグー!じゃんけん――」


 こうしてBBQは盛り上がり終了しました。




 ところで佐那さん。伊勢海老は美味しかったですか?


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