選定の儀

 到着した五十階は【聖王の大門】と呼ばれる階。

 昇降機エレベーターか螺旋階段から出た先には、赤い絨毯が真っ直ぐ敷かれ、その先には大きな鋼鉄の扉がある。

 この扉の向こう側には五十一階に続く階段及び昇降機エレベーターが存在し、ラファエルが言うには最高司祭や修道騎士などほんの一握りの人物しか渡る事が許されないという。


「お! 来たわね。来たわね」


 門の前には一人の女性がおり、テセウスとラファエルに気付くと無邪気そうな笑顔と声で彼等を迎えた。


 腰まで伸びる黒髪をツーサイドアップにし、赤い瞳をした綺麗な女騎士。歳はテセウスよりちょっと上くらいの十八歳くらい。

 ラファエルと同じデザインの、美麗な装飾を施した白銀に輝く甲冑を身に付けて、背中には真紅のマントを纏っていた。腰には鞘に収まった剣が差してあって、右手には剣袋を手にしている。


「私は修道騎士団、第七騎士ナイト・オブ・セブンミカエル・モナステリーよ。で、君が、選定の儀を受けるテセウス君かしら?」


「は、はい! 宜しくお願い、ちょ、な、何を?」


 テセウスが挨拶をしている最中、ミカエルと名乗った女騎士は唐突に剣袋を床に置き、テセウスを両手で抱き締めた。


「なんて君、可愛いの! 来るのは若い男って聞いてたけど、まさかこんな可愛い女の子が来るなんてね~!」


 テセウスは即座に自分が男だと言おうとする。

 しかし、それよりも速く、ミカエルは自身の頬をテセウスの頬にスリスリと擦り付ける。

 おかげでテセウスは口がうまく開けず、言葉を真面に発せられない。


「ミカエル、テセウス君は正真正銘の男の子だよ」

 テセウスに代わってラファエルが説明をする。


「え? う、嘘よ! こんなにも可愛い子が男!?」

 ミカエルは物凄くビックリした様子で、僕の顔を両手でがっしり掴みながら凝視する。


「でも、可愛いに性別は関係無いわ! いえ、むしろ男なのにこんなにも可愛いなんて最高じゃない! ……うん! 君、合格よ!」


「「え?」」


 テセウスとラファエルは、ミカエルの言葉に絶句した。


「あ、あの、ミカエル」

 恐る恐るラファエルが伺いを立てようとする。


「ふふ。安心して。冗談よ。半分はね」


「は、半分?」


「さてと。それじゃ、選定の儀を始めようかしら」


「は、はい!」

 無実の罪で奴隷にされて、早五年。

 どん底人生から抜け出すチャンスだとテセウスは闘志を燃やす。


「じゃあ、早速始めるけど、あんまり硬くならなくても良いわ。すぐに終わるから」


「は、はぁ。……あ、あの、選定の儀って一体何をするんですか?」


「この選定の剣っていう騎士選抜用の剣を持ってみて、持ち上げられれば合格。持ち上がらなければ不合格。ただ、それだけの事よ」


 剣を自在に操るだけの筋力があるのかを見るという事なのだろうか。そう思った時、テセウスは内心でほくそ笑む。

 手枷と日々の肉体労働のおかげで腕力にはだいぶ自信があったからだ。


 ミカエルは剣の先を床に降ろし、柄の方を僕に差し出すように向ける。

 僕はそれの柄を両手でしっかりと掴み、全神経をこの両手に集中させた。


 深く深呼吸をしたところでミカエルは「そろそろ離すわよ」と声を掛ける。どうやらテセウスを待っていてくれたようだ。


「は、はい。お願いします」


 僕がそう言うと、テセウスは剣から手を離す。

 その途端、物凄い重量が僕の両手を襲う。


 こんなものを騎士様は軽々と持っていたのか。と思わずにはいられなかった。

 まるで倒れてきた石の柱を自分一人だけで支えているような。そんな感覚をテセウスは覚えずにはいられない。


「うぐ! ぐぅぅぅ。このッ!」


「ちょ、む、無理しないでね! 足でも落としたら大惨事なんだから!」

 心配したラファエルが慌てた口調で声を掛ける。


 しかし、ラファエルの声は今のテセウスの耳にはうまく聞こえていなかった。

 テセウスはとにかく、この重過ぎる剣を支えるので精一杯だったのだ。何も考えず、ただひたすらに。


 そして深く深呼吸をし、全身の力を入れて剣を持ち上げようとする。

 足はガグガグと震え、腕はもう千切れてしまいそうな感覚に陥りつつも、テセウスは必死に腕を上げて、ほんの少しだけ剣を床から離す事に成功した。

 でも、それが限界だった。


 直後、テセウスはあっさりと重さに耐えかねて、剣は再び床に根を下ろした。


「はぁ、はぁ、はぁ。く、くそぉ~」


「う、うそ。あの剣を、腕力だけで? ……あ、あのね、テセウス君、その剣は腕力だけでどうこうなるものじゃないのよ。君、すごい力持ちさんなのね! こんなに可愛くて力持ちなんて、もう最高!」


 ミカエルは、また僕に抱き付いて頬と頬を擦り付けてきた。

 でも、今の僕にはさっきのように声を上げる気力もない。


「でも、僕は不合格なんですよね?」


「……そ、それは。確かにね。残念な事だけど」

 ミカエルは心底残念そうな顔をした。

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