浦嶋レボリューション

星ヶ丘 彩日

一.浦嶋襲来

"うみみや高等学校こうとうがっこう"


「ねぇねぇ見て、亀園かめぞのさん…また乙辺おとべくんの後ろに引っ付いて歩いてるよー」

「乙辺くんと幼馴染で仲良いからって、絶対乙辺くんを独り占めしようって魂胆だよねー」

「亀園さんって乙辺くんの友達にも媚び売ってんだよーッ!イケメン好きにも程があるッ」

「ほんと、ちょっと可愛いからってあざと過ぎー」

「乙辺くんが他の女子に愛想悪いのって絶対あの子のせいだよねー」

「絶対に亀園さんが他の女子の悪口言ってんだよ!」

「悲劇のヒロインって感じよねー」


「・・・」

"・・ん?あの女の子のこと…?"


浦嶋うらしまひかり(高校2年生)は、親の転勤により黄金の連休も明けた若葉が生い茂る季節に、家族で海の見えるこの町へと引っ越して来た。

今日は、転校先の高校であるこの海ノ宮高校への初登校日である。

ひかりが職員室へ向かう途中、一際目立つ容姿の美男美女が歩いていた。

先程の悪口は、美少女であるその女子生徒の方に向けられたもののようであった。


ひかりが足を止め、呆然とその美男美女を眺めていると、美男の方の男子生徒がこちらに気づき顔を向けた。


「…っっ!」


するとその男子生徒は、鋭い眼差しでひかりを睨んだ。


「・・・」

"何か…勘違いしてないかい?私は何も言ってないよ?"


ひかりはそう思いながら男子生徒から目を逸らすと、職員室へと足を進めた。


--


「君が浦嶋ひかりさんだね。今日からよろしくッ」

「はい…よろしくお願いします」


ひかりは職員室で担任の魚住うおずみ 太郎たろうより一通りの説明を受けると、これから新しい高校生活を送るひかりのクラスへと担任の魚住と共に歩いた。


「浦嶋さん、何か大荷物だね…。その紙袋、何入ってるの?」

担任の魚住が目を丸くさせながら、ひかりが抱える大きめの紙袋を覗いた。


「あぁ…ちょっと…」

ひかりは説明するのが面倒になり苦笑いしてはぐらかす。

魚住は不思議そうにひかりと紙袋を見つめた。


"2年B組"


ガラガラガラ…


「はーい、おはよう。今日は君達に、新しいクラスメイトを紹介します」


担任の魚住が教壇に立つなり、ひかりを紹介した。


「この学校に転校してきた、浦嶋ひかりさんです」


「浦嶋ひかりです。よろしくお願いします」

ひかりは落ち着いた口調で挨拶するとペコリと頭を下げた。


「やばっ、美人じゃん…」

「何か落ち着いた雰囲気で良いね…」

「同じ美人でも誰かさんとは大違い…(笑)」

「確かに…"あの子"はせっかく美人なのに性格がちょっとなー(苦笑)」

クラスメイトの囁く声が聞こえる。


「…っ」

ひかりはクラスメイトが囁く内容に違和感を覚え何だか嫌な気分になった。

誰かの悪口を言っているのが分かったからだ。


「オィ…」

「オィッ…お前ら…」

クラスメイトの中でもそんな声に反論しようとしている男子生徒も数人いるようだった。


「はいはい、静かにッ!じゃあ浦嶋さん、一番後ろの角の席。あそこの空いてる席に座ってくられるかな。隣の席の乙辺くん、浦嶋さんが困ってたら助けてあげてね」

担任の魚住が話しかけている先の男子生徒に目を移すと、今朝ひかりを睨んできた美男な男子生徒であった。


「・・・っ!」

"同じクラスの人だったんだ…"

ひかりは驚き戸惑うと、内心少しテンションが下がった。


その男子生徒は乙辺おとべ 竜輝たつきと言い、この高校イチのイケメン男であり女子生徒達からは大層な人気があった。

だが、竜輝は今朝一緒にいた美女以外の女子生徒には冷たい態度を取り続けている為、他の女子生徒達は皆、竜輝に近づく事は出来なかった。


「・・・」

竜輝は顔を背け、相変わらず仏頂面で座っている。


"なぜか私も彼に嫌われているらしい"

 

するとひかりは、ひかりの席の前に座る女子生徒に目を移した。


"あ、あの女の子も同じクラスなんだ…"


その女子生徒もまた、今朝見かけた美女であった。

その女子生徒は下を向き何だか浮かない表情をしていた。

彼女は、亀園かめぞの 万莉華まりかという名前であり、こちらもまた校内イチの美少女である。

だが、彼女に対するいろいろな陰口や噂のせいで、女子のみならず男子からも敬遠されていた。


"あの二人同じクラスだったんだ…"


ひかりは、先程の囁く悪口は彼女へ向られたものであると瞬時に悟った。


"美人なのに…あんな表情、勿体無いな…"

ひかりはチラッと万莉華を横目に席に着いた。


ひかりは、横の席に座る竜輝の仏頂面と前の席に座る万莉華の困り顔が、何だかとても気になった。


---


「ねぇねぇ、浦嶋さん!私達が校内案内してあげるよッ!」


ホームルームが終わるや否や、数人の女子生徒達がひかりの元へ詰め寄って来た。

ひかりは、その女子達が今朝、ひかりの前に座る万莉華の陰口を言っていた女子生徒達であることに気がついた。


「うーん、ありがとう。でもいいや」

ひかりはケロッとした顔つきでその女子達を見た。


「え…」

その女子達はキョトンとした表情でひかりを見た。


隣の席に座る竜輝も驚いた表情でひかりの方に顔を向けた。


「私、前の席の子に案内してもらうから大丈夫」

ひかりがサラリと言う。


前の席に座る万莉華は驚いた表情で振り向いた。

ひかりの隣の席に座る竜輝も呆然とひかりを見ている。


「え…いや…辞めた方が良いよ…この子、あざとくて性格に難ありだから…(苦笑)」

女子の一人がそう言うと、他の女子生徒もクスクス笑っている。


「んー・・そうねー・・」

ひかりがそう言うと、前の席に座る万莉華は再び俯き、隣の席に座る竜輝はひかりを睨んだ後、両手に握り拳を作り俯いた。


「それはあなた達の方がでしょう?」

ひかりは冷めた表情でその女子達を見つめた。


「…っっ!!」

ひかりのその一言を聞いた竜輝はまたしても驚いた表情でひかりを見た。

ひかりの前に座る万莉華も思わず顔を上げる。

ひかりに言われた女子達は、目を見開き固まった。


ひかりの言葉で、クラスは一気に静まり返った。


するとひかりは静かに立ち、前の席に座る万莉華の方へ歩み寄り振り返ると、先程の女子達に言った。


「私には、あなた達がこの子にやきもち焼いてるだけにしか見えないんだけど」


「なっ…!!」

女子達は険しい顔でひかりを見た。


「…っ!!」

竜輝と万莉華は目を丸くした。


「この子が美人で、そこにいる彼といつも一緒にいるのが妬ましくてしょうがないから、わざわざ悪い事言って必死にこの子の人格を下げようとしてんでしょ?分かりやす過ぎ…」

ひかりは不敵な笑みを浮かべる。


「…っっ」

女子達は、ズバリと言われ過ぎて言葉を失った。


「この子を下げて自分を上げたって、あなた達自身の魅力が上がるわけじゃないからね?悔しかったら…人を下げるんじゃなくて自分自身で上がってみなよ」

ひかりは鋭い眼差しで女子達を見た。


ゾク…

ひかりの言葉と眼差しは、女子達や周囲の生徒達を圧倒した。


竜輝と万莉華は驚いた表情のまま呆然とひかりを見つめている。


「あーぁ、そんな薄っぺらい感情のこもった噂なんかを信じちゃってる男子もバカだよねぇ。そんな歪んだ目で見てるせいで、本当に良い人をスルーしちゃってんだから…損だわ」

ひかりはそう言いながら、ホームルームの時に一緒に陰口を言っていたクラスの男子達を一瞥した。


その男子生徒達はひかりの冷めた表情にたじろぐ。


「誰がどんな人かは自分で確かめる。何が嘘で何が本当かぐらい自分で判断する。私が誰と付き合うかは自分で決める。あなた達に指図されるほど、私…安くないよ?」

ひかりはそう言うと、殺気立つ眼差しで女子達を睨んだ。


「・・・っっ」

女子達はひかりの強さに圧倒され、たじろいだ。


竜輝と万莉華や他のクラスメイト達も皆、ひかりのその言葉を聞き雷に打たれたような感覚になり、驚きながらひかりを呆然と見つめていた。


「ねぇ、名前なんて言うの?」

ひかりは万莉華に話しかけた。


「あ…えっと…亀園…万莉華 …」

万莉華は恥ずかしそうに俯きながら呟いた。


「じゃあ万莉華ちゃんッ!案内してよッ」


「え…」

万莉華が驚いて顔を上げるとひかりはニッコリ笑った。


「・・・っ!」

万莉華は驚き、ひかりの笑顔に見惚れた。


竜輝もそんなひかりを呆然と見つめる。


「ほら!立って、万莉華ちゃんッ!せっかく美人なんだからもっと笑った方がいいって」

ひかりは自身の口角に手をやりニッとやって見せた。


万莉華はゆっくり立ち上がりながら、ひかりをただただ見つめている。


クラスメイト達は、ひかりの驚きの強さと元気の良さに圧倒され、ただただ呆然とひかりを見つめていた。


ガラガラガラッ…ピシャンッ!


すると、教室の黒板側の扉が勢いよく開いた。


「ひかりーッ!!」


突然、ひかりの名前を呼ぶ男子生徒の声がした。

クラスメイト達は一斉にそちらに目を向ける。


すると、イケメンな男子生徒が一人立っていた。


「え…。だ…誰…あのイケメン…」

クラス中の女子達がどよめいた。


「まさか…浦嶋さんの彼氏…とか…?」

女子生徒達が小声で囁いた。


竜輝と万莉華も目を丸くする。


「え、お兄ちゃん…」

ひかりがポツリと呟いた。

ひかりのクラスをたずねて来たのは、ひかりの一つ年上の兄、一匡かずまさ(高校3年生)であった。

兄もひかりと同じく、本日この高校に転校して来た。


"ええぇぇーっ!!"

ひかりの一言にクラスメイト達は、各々心の中で叫んだ。


「あぁ、いたいた。ちょっと失礼しまーすッ」

そう言うと一匡は教室に堂々と入り、ひかりのもとへやって来た。


「なぁ…ひかり、お前…俺の弁当持って来てるんだって?母さんから連絡来たんだけど」


「えぇ、持って来たわよ…このドデカい弁当をねッ」

ひかりは紙袋から風呂敷のようなものに包まれた弁当箱を取り出しグイッと一匡に差し出した。


「おぉッ!サンキュー!」

一匡はニカッと弾ける笑顔を見せた。


キュンッ…

クラスの女子達は皆、一匡の笑顔に胸をときめかせ見惚れている。


「別に昼持ってったのに…。何でこんな早く取りに来んのよ」

ひかりはジロリと一匡を見る。


「弁当が無い事実に気づいちまったら午前中の授業なんて頭に入らねぇじゃん」


「どんだけ食い意地張ってんのよッ!だいたいそんなお重みたいな弁当…一体その身体のどこに入るわけ?持って来るの大変だったんだからッ」


一匡はスリムなモデル体型であった。


「俺の胃、多次元ポケットだからさあ」

一匡はニヤニヤしながら言う。


「・・・・」

ひかりは冷めた表情で一匡を見る。


「あれ…その子は?」

一匡は目を丸くしながら、万莉華を見た。


「友達」

ひかりがサラリと言う。


万莉華は驚いた表情でひかりを見た。

竜輝も驚きながらひかりを見る。


「へぇー!可愛いじゃん。俺、コイツの兄貴で浦嶋一匡。よろしくッ」

一匡は万莉華にニコッと優しい笑顔を見せた。


「…っっ!!」

万莉華は顔を一気に赤くし、一匡の笑顔に呆然と見惚れた。


「今度ウチに遊びに来なァ。コイツの部屋、少女漫画だらけだから」

一匡はニヤッと笑いながらひかりを見た。


「チッ…余計な事言うんじゃないわよッ」

ひかりは一匡にギリギリ怒る。


「ハハッ!邪魔したなーッ!あ、うちのひかりをよろしくッ」

一匡はクラスメイトの女子達にニコッと爽やかな笑顔を見せた。


"・・・っっ!!"

クラス中の女子達は目をハートにしてウットリとしながら一匡に見惚れていた。


「・・・・」

ひかりはその状況を冷めた表情で眺めた。


「ハァー・・・。ごめんね…。さて行こうか…」

ひかりは深いため息を吐きながら万莉華を見た。


ひかりはやれやれとなりながら、万莉華に校内を案内してもらおうとしたその時、今度は教室の後ろ側の扉が勢いよく開いた。


ガラガラガラ…ピシャン ッ!


「姉ちゃーんッ!」


それはひかりの一つ年下の弟、七央樹なおき(高校1年生)であった。

弟の七央樹もまたイケメン男子であり、ひかりや一匡と同じくこの日この学校に転校して来た。


"姉ちゃん?!"

クラスメイト達はまたもや驚きの表情で七央樹を見つめる。


竜輝と万莉華も再び目を丸くしながら七央樹を見た。


ひかりは七央樹に言われずとも紙袋から風呂敷のようなものに包まれた弁当箱を取り出し、無言で七央樹に差し出した。


「サンキューッ!!」

七央樹は御機嫌な様子で弁当を受け取る。


「サンキューじゃないわよッ!私はアンタ達の出前をしに来てんじゃないんだけどッ!お兄ちゃんのお重みたいな弁当とアンタの玉手箱みたいな弁当を持って来るこっちの身にもなりなさいよッ!!ピクニックに行くみたいで恥ずかしかったんだからねッ」

ひかりはギリギリと七央樹に怒る。


「えへへッ…そりゃ悪かったな」

七央樹は無邪気な笑顔を見せる。


キュンッ…

クラスの女子達は皆、今度は七央樹の笑顔に胸をときめかせ見惚れている。


「明日は絶対持って来ないからねッ!忘れんじゃないわよッ」


「へぇへぇ」

七央樹は涼しい顔をしながら返事していると、ひかりの隣にいる万莉華をチラッと見た。


「あれ、この人…姉ちゃんの友達?」

七央樹はまじまじと万莉華を見た。


「そうよ」

ひかりはぶっきらぼうにサラリと応える。


万莉華と竜輝はまたもや驚いた表情でひかりを見る。


「へぇー!すっげぇ美人ッ!!俺、ひかりの弟で浦嶋七央樹!よろしくッス!あっ、今度ウチに遊び来て下さいよッ!姉ちゃんの部屋、少女漫画だらけでウケますよ!」

七央樹はニカッと笑いながら言った。


万莉華は目を丸くしながら七央樹を見つめた。


「・・・っっ」

ひかりはワナワナと怒りに満ちていた。


七央樹はクラスメイトの女子達の視線に気づくと、ニッコリ無邪気な笑顔を見せた。


"・・・っっ!!"

クラスメイトの女子達は、可愛らしい笑顔を見せるイケメン年下男子に、目をハートにしながら見つめた。


七央樹は手を振りながらその場を去って行った。


「・・・アイツら…家に帰ったらシメる…」

ひかりは一人険しい顔をしながら呟いた。


ビクッ…

周囲にいたクラスメイト達は、ひかりの殺気に慄いた。


ひかりに先程ピシャリと言われたクラスの女子達は、イケメン兄弟が二人もいるひかりに対し、これ以上嫌われないようにしようと大人しくなるのであった…。


「さぁて…。時間がもうないから、後で校内案内してね…万莉華ちゃん」

ひかりは優しい表情で万莉華を見つめた。


「・・うん…」

万莉華は顔を赤くしながら静かに呟いた。


その様子を面白くなさそうに見ているクラスの女子達にひかりが気づくと、念を押すかのように言った。


「今後、万莉華ちゃんの変な噂流す奴いたら…私達、兄妹弟きょうだいが黙ってないから」


ひかりはギロリとその女子達を見た。


「・・・っっ」


女子達はばつが悪そうに俯いた。


万莉華は驚いた表情でひかりを見つめた。


ひかりは涼しい表情で自身の席に戻って行く。


隣の席に座る竜輝は、呆然とひかりの横顔を見つめた。


凛とし堂々しているひかりに、竜輝は目を奪われていた。


ひかりは竜輝の視線に気づきチラッと竜輝を見た。


竜輝は慌てて目を逸らす。


竜輝の頬が若干赤くなっていた。


ひかりは不思議そうな顔をしながら竜輝の横顔を見つめた。


--


昼休み-


「万莉華ちゃん、お昼一緒に食べない?」

ひかりは万莉華に声をかけた。


万莉華は目を丸くしながらひかりを見た後、竜輝の方に目をやった。


ひかりは万莉華の視線を辿り竜輝を見た。


「じゃあ…俺らと一緒に食べる?」

竜輝が静かに呟いた。


「・・・!」

ひかりは竜輝の声を初めて聞き驚いた。


竜輝と竜輝の友人である宮本みやもと 真夏斗まなと城坂しろさか 凰太おうたの三人はひかりを見ていた。


「え…」

ひかりが驚いて万莉華を見た。

万莉華は微笑みながらひかりを見つめている。


ひかりは初めて見る万莉華の笑顔にうっとり見惚れながら静かに頷いた。


ひかり達は校舎裏庭のベンチとテーブルに腰掛けた。


「今朝は…悪かったな…」

竜輝が俯きながらひかりにポツリと声をかけた。


「え!…あぁ、別に」

ひかりは驚きながら竜輝を見た。


竜輝はひかりの視線に照れながら顔を逸らした。


「ありがとう…。う…浦嶋さん…。さっきは嬉しかった…」

万莉華も照れながらひかりをチラリと見た。


「えっ!いやいや…。万莉華ちゃんの迷惑になってなければ良かった…。私、若干出しゃばり過ぎたかなって、何気に心配だったんだよね…」

ひかりは苦笑いしながら言った。


「ううん、大丈夫。私の為にあんな風に言ってくれる女の子…初めてだったから…。本当に嬉しかった…」

万莉華は優しい表情を浮かべ、ひかりを見つめた。


そんな万莉華の表情を見たひかりは呟いた。


「うん…。やっぱり万莉華ちゃんはそういう表情の方が良いね」

そう言うとひかりはニッコリ笑った。


「え…」

万莉華は驚き呆然とひかりを見つめた。


竜輝も驚いたように呆然とひかりを見つめるとゆっくり口を開いた。


「でも…浦嶋は、よくアイツらの言うこと鵜呑みにしなかったな」


竜輝はそう言うと、ひかりをちらっと見た後遠くの方に目をやった。


ひかりは空を見上げると言った。


「直感」


ひかりの言葉を聞いた竜輝達は目を丸くさせながらひかりを見た。


ひかりは続ける。


「どんな理由があったって、一人の子を寄って集って攻撃してるような雰囲気はそもそも好きじなない。そういう自分の嫌悪感に、私はただ従っただけだよ」


ひかりは冷めた表情で遠くに目をやった。


そんなひかりを竜輝達は呆然と見つめた。


そんな周りの空気を感じ取ったひかりは、すかさず笑顔で言う。


「あっ…私ね、けっこう野生的なんだよね」


ひかりは無邪気に親指を立ててグッのポーズをして見せた。


そんなひかりを見た竜輝達は表情を緩めた。


すると、竜輝の友人である真夏斗が笑顔でひかりに言った。


「たしかに浦嶋さん、あんなにはっきりと言えるって、すげぇなって思った」


「ほんとほんと!さっきの女子達に言ってたやつ、すっげぇ爽快だったッ」

竜輝の友人、凰太も笑顔で言う。


真夏斗は、竜輝と万莉華とは同じ中学出身でその時からの友人であり、凰太は高校からの友人であった。


竜輝も気の抜けた優しい表情でひかりを見つめた。


「あぁ…いや、私は全然すごくないよ。逆に、あんな雰囲気の中で今まで耐えてた万莉華ちゃんの方がよっぽど凄いと思う…」

ひかりは目線を少し下ろし、真面目な口調で言った。


ひかりのその言葉に、その場にいた皆は驚きながらひかりを見た。


ひかりの隣に座る万莉華は若干涙を滲ませた。


そんな万莉華を見た竜輝は静かに口を開いた。


「俺と万莉華は幼馴染なんだ…。それで…俺らが仲良いことをいろいろと陰で言う奴がいるんだよ…。万莉華も俺も、別に恋愛感情持って接してるわけじゃねぇのに、いつもそう言う目で見て来て…万莉華にはずっと…俺のせいで辛い思いさせて来た…」

竜輝が俯きながら話す。


万莉華は静かに首を横に振った。


ひかりは真剣な表情で竜輝の話を聞いていた。


真夏斗と凰太は黙って竜輝の話を聞いている。


「万莉華が大人しい事を良いことに、アイツらはどんどん付け上って言いたい放題言いやがって…俺が女子達に何か文句言えば万莉華のせい…女子達に突き放した態度を取れば万莉華のせい…全部万莉華のせいにしやがる。だから…俺に出来る事はもう、万莉華が独りにならないように黙って一緒にいる事しか出来なかった…」

竜輝はそう話すと両手に握り拳を作った。


「・・・っ」

万莉華も俯きながら手にギュッと力を入れる。


「だから…今朝は…その…浦嶋が俺らの方見てるのに気づいて…どうせアイツらと同じように思って見てるんだろって思ったら…つい睨んじゃって、変な態度取った…。女子なんて皆同じだと思ってたから…。本当に悪かった…」

竜輝はひかりに頭を下げた。


「いやいや…もういいって…」

ひかりは慌てて言った。


「浦嶋さんがあの女子に言った事、マジで当たり過ぎてて本当にスカッとしたわー」

真夏斗が笑顔で言った。


「浦嶋ちゃんが言った"自分で決める!"ってやつ。あれはグッと来たねぇー」

凰太も陽気に言う。


「本当…。浦嶋さん…ありがとう…」

万莉華はひかりの横から静かに呟いた。


「俺からも…礼を言うよ…。ありがとな…」

竜輝は照れながらひかりを見つめた。


するとひかりはそんな皆を見ながら笑みを溢すと、静かに口を開いた。


「私が…何かしらの役に立てたなら良かった…。私もね、万莉華ちゃんの立場…何となく分かるの。さっき教室に来た私の兄弟…兄と弟がねぇ、そりゃもうモテるわけ。兄と弟と歩いてるだけで私もいろいろ言われた。でも…私達が兄弟だって分かるとコロッと手の平返すの。本当女子って単純だよねぇ…呆れるくらい。だから逆に、それを利用させてもらってる…」

ひかりは苦笑いした。


竜輝達はひかりを呆然と見つめた。


「さっき教室に来た兄と弟…ああやって、おチャラけた感じでいたけど、何だかんだ言って私を心配してわざわざ教室まで来たんだと思う。いつもそうなの」

ひかりは穏やかな笑みを浮かべた。


竜輝達は皆驚いたようにひかりを見た。


「そんな兄弟がいたから、私は強くなれたのかもしれない。きっと…万莉華ちゃんが今日まで耐えて来れたのも、私の兄弟みたいにいつも側で心配してくれている乙辺くん達がいたからなんじゃない?万莉華ちゃん…」

ひかりは微笑みながら万莉華を見た。


竜輝は驚きながらひかりを見た後、万莉華に目を移した。


「うん…そう。たっちゃんのやる事なす事でどんなに毎回私に敵意が向いても、たっちゃんと宮本くんと城坂くんが…いつも笑顔で側にいてくれたから…何とかやって来れた…。皆…本当に…ありがとう…」


万莉華は目に涙を浮かべながら言葉を振り絞った。


「万莉華…」

竜輝や真夏斗、凰太は皆、驚いた様子で呆然と万莉華を見つめた。

竜輝達は、普段あまり自分の気持ちを口にしない万莉華が、初めて想いを口にする姿に驚いていた。


素直に自分の気持ちを話す万莉華を見たひかりは静かに口を開いた。


「万莉華ちゃんの為に女子と戦うのは、こういう場合やっぱり男子だと限界があると思う。その中でも乙辺くん達は最善を尽くしたと思うよ…。だからこれからは…私が戦うからッ!」

ひかりは自身の胸に手を当てながら力強い眼差しで言うと、ニコッと優しい笑顔で万莉華を見た。


「浦嶋さん…」

万莉華は心を掴まれたような表情でひかりを見た。

そしてひかりの表情に、ひかりの兄である先程の一匡の笑顔と重なり、万莉華はドキッとした。


竜輝も、万莉華に笑顔を向けるひかりの横顔に目が釘付けとなっていた。


「あざといって言われるなら、とことんあざとくなろうじゃない…。あざとい上等ッ!」

ひかりは遠くを見ながら力強く言うと、フッと不敵な笑みを浮かべた。


「・・・っっ」

竜輝や真夏斗、凰太はひかりの凛々しさに息を呑んだ。


そして皆、ひかりに呆然と見惚れた。


初めて見る未だかつてない強さのある女子に竜輝達は皆、新鮮に思い静かに心を弾ませた。


ひかりは確かな新しい風を吹かせていた。


新しい風を浴びた女性不信である竜輝の心の中にも、確かな何かが芽生えていたのであった。


「そう言えば…浦嶋さん。少女漫画好きなの…?」


万莉華は目を丸くさせながらひかりを見た。


「えぇっ!?…あぁ、うん…」

ひかりは万莉華の質問に驚き苦笑いしながら応えた。


「私も好きだよ…少女漫画」

万莉華はニッコリ微笑んだ。


万莉華の言葉に驚いたひかりは、万莉華を呆然と見つめながら呟いた。


「万莉華ちゃん…。浦嶋さんじゃなくて…ひかりでいいよ」


「え…」

万莉華は驚きながらひかりを見た。


「私は万莉華って呼ばせてもらうから」

ひかりはニカッと笑った。


竜輝や真夏斗、凰太は穏やかな表情でひかりと万莉華を見つめた。


--


キーンコーンカーンコーン…


放課後-


「浦嶋くんってバスケ部に入るのー?」

ひかりの弟である七央樹は体育館に向かいながら複数の女子達から質問攻めにあっていた。


「あー・・・まぁ…」

七央樹は能面のような表情で応えながら歩く。


「じゃあ私もマネージャーやろうかなッ。男子バスケ部のマネージャー募集してたしッ」


「・・・・」

七央樹は能面づらをしたまま真っ直ぐ前を見て静かに歩き続ける。


「そう言えば…B組の乙辺さんもこの前、バスケ部のマネージャー募集の貼り紙眺めてたよ」

「えぇー、あの子女子力無いから無理でしょー」

「何か行動が男っぽいもんね…(笑)」

「顔はいくら美人でも女子力なきゃねー(笑)」


ブーン…べべべべべ…


すると突然、七央樹を目掛けて大きめのカナブンが飛んで来た。


「・・・・っっ!!」

七央樹は驚き、思わず咄嗟に目を閉じ肩を竦めた。


「きゃーっっ」

女子達も悲鳴をあげる。


バシッ…


「…っっ!!」

七央樹が恐る恐る目を開けると、ある女子生徒が七央樹の目の前でカナブンを素手で仕留めていた。


その女子生徒は捕獲したカナブンを静かに遠くへ向けて逃した。


七央樹は驚いた表情でその女子生徒を呆然と見つめていると、その女子生徒と目が合った。


女子生徒はハッ…とした表情をし、慌てて走り去って行った。


「あ・・・」


「うわー…素手で虫取るとか…やっぱあの子、女子力ないよねぇ…」

その場に居合わせた女子達が小さく囁き合っていた。


ピキッ…

七央樹は女子生徒達の会話に苛立ち、ポツリと呟いた。


「俺は素手で虫取れる子の方が好きだけどね」


七央樹がクールな表情でそう言うと、足早に体育館へ歩いて行った。


「・・・・え…。えぇぇぇーっ!!」

その場にいた女子達の間に一瞬沈黙が流れた後、驚きの悲鳴があがった。


百歩譲って虫取り網を使っても良いか、後で七央樹にたずねてみようと思う女子達なのであった…。


--


その日の晩、浦嶋家の食卓では…


「そーいえば二人ともッ、今日どうだった?学校」

ひかりが兄の一匡と弟の七央樹に声をかけた。


「あー俺は、大して何もねぇなー。まぁ相変わらず、弱い奴をイジってる奴はどこにでもいんだなとは思ったわー」

一匡はテレビのチャンネルをぽちぽち変えながら言った。


「あぁ…それ、私も思ったー」

ひかりが大きく頷く。


「俺は今日初めて、姉ちゃん以外でカナブンを素手で掴んだ女子に出会ったぜッ!でっかいカナブンが俺の所飛んで来てすっげぇビビったけど、その女子が既の所でカナブンを手で掴んで遠くに逃してくれたんだよ。マジで助かったわ…」

七央樹は目を丸くさせながら言った。


「へぇー!やるじゃないッ、その女の子!」

ひかりも感心しながら言う。


「お礼言おうと思ったんだけどさー、走ってどっか行っちゃったんだよなー」


「その子、同じクラスじゃないの?」


「違う。俺のクラスにはいなかったはず…。バスケ部見学しに行く途中でたまたま会った」

七央樹はそう言うと麦茶をごくごく飲んだ。


「へぇー。ってか七央樹、やっぱバスケ部入るんだ」

ひかりは目をぱちくりさせながら七央樹を見た。


「うん。あさってから放課後部活だから俺、晩飯当番は当分無理!」

七央樹がサラリと言う。


「なぬっ…!?」

ひかりはギロリと七央樹を見た。


ひかり達の両親は共働きの為、帰りが遅くなる事が多く、ひかり達が交代で夕食を作っている。


「よろしくー」

七央樹はニコニコしながらひかりを見た。


「…っっ」

ひかりは弟の笑顔を見ると、何故か言い返せなくなる性質があった…。


「うわッ…!!姉ちゃんっっ、蛾みたいなのがいるッ!!」


「ちっちゃいじゃなーい、そんなの」


「ちょっ…良いから早く取って逃してっっ」


「アンタどんだけ虫嫌いなのよー」


「マジで早くっっ!」


「オィッ、お前らうるせぇ…。銀田一が言った犯人のトリックが聞こえなかったじゃねぇかッ」


「ぎゃあああー!!」


「はいはいはい、今取るから」


「オィッ!どけっ!テレビの前に来んなっ」


「そ、そっち行った!!」


「え、どこー?」


「オィ!お前ら、見えねぇ…」


「ぎゃぁぁぁー!!」


バッ…

「あ、逃した…」


「ちょっっ!姉ちゃーん!!」


「おぃ、おま…」


「うるさいわねぇッ、七央樹!ちょっとは落ち着きなさいよッ!」


「あッ!お前ら、犯人誰だか分かんなかったじゃねぇかァッ!!(怒)」


浦嶋家の虫取り大会はしばらく続いたのであった…。

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