第3話

 私の体は17歳の体で、精神は27歳。今、高2の学生。私の精神にとって10年ぶりの教室の中にいる。身体年齢で言えば16、7歳の若者が今この教室の中にいる。このクラスの誰もが精神年齢も16、7歳なのであろう。私を除いては。この精神年齢はイコール知能ではない。このクラスの中には27歳の精神年齢の私よりもずっと知能が高いものが多くいるはずだ。私が言っている精神年齢というのは知能の高低優劣ではなく時間年数である。この世界でどれだけの人生経験をしてきたかというものだ。木の樹齢のようなものだろうか。

木には種類があり、同じ種類の木であっても育っている場所によって質が違っていくであろう。しかし年輪というものがある。この世界に生きてきた証拠として平等に与えられるものだ。この世界に生きてきた時間の証として平等に与えられた年輪にあたるものが精神年齢であると思う。


「正志、お前何も部活に入ってなかったよな」

 休み時間の中で、クラスのみんながおもいおもいに話している喧騒さの中で、譲の声が異質な響きを発していた。


「そうだけど」

「俺さ、1年の時何の部活にも入らないで過ごして来ただろう。最近時々そのことで考えたりすることがあるんだけど。3年間これじゃまずいというか」

「それで、何かに部活に入ろうと思ってるの?」

「今週の放課後は部活体験の週間だろう。それで昨日水島先生が顧問をしている生物部に行ってみたんだけど、それがすごく楽しかったんだ」

「楽しいってどういうふうに?」

「ゲノム編集って知っているかい?」

「うん、新聞の見出しなんかで覚えがあるけど」

 ゲノム編集については私が大変興味があって、何冊か本を読んだことがある。この分野については2010年から2020年の間に随分研究が進んでいる。もし私がこの時代に発見されていないことを言ったら大変なことになるのではないかと思って、今のような返事をした。

「昨日、部活体験する前に生物部員の友人に内容を聞いたら、ゲノム編集について顧問の先生が話すということを聞いて、最初出るのをやめようかなと思ったけど、どこかの部活体験に1つは出るつもりでいたのでとにかく参加してみたんだ」

 ちょっと間をおいてから譲は続けた。

「全然期待していなかったんだけど、話は結構面白かったよ。部活体験の1週間は同じ話をするみたいだけど、よく理解できなかったところが結構あったから、今日も出ようと思ってるんだけど・・・正志も一緒に出ない?」

「部活に入る気は全然ないけど、そんなに面白い話が聞けるんじゃ・・・今日だけ出てみてもいいよ」


 今こうして譲とマスクなしで近くで話している。27歳の私の意志が存在していた2020年の世界ではこのことが普通ではなくなっている。今この教室に私も含めて40人の生徒がいる。誰もがマスクなどしないで普通に近づいて話しをしている。2020年の世界ではこのことが普通のことではなくなっている。2020年の世界では入学式、始業式の時期からひと月も経っているのに、学校はまだ休校が続いている。4月になって新しい生活が始まる、毎年必ずやってくる当たり前のことが当たり前ではなくなってしまった。今日学校に登校する時、街の通りを行き交う人々の様子を郷愁の思いで見てしまった。マスクをして歩いている人はほとんど見かけない。通りですれ違うとき今にもぶつかりそうになってもさほど気にしていない。肩を組んで楽しそうに歩いている子供達。肩を寄せ合って歩いている恋人たち。唾を飛ばすほど白熱して議論している人たち。このような風景が2020年の世界では日常のことではなくなっている。テレビに映る過去の街並みの生活が虚構の世界に、かつての映画か小説の世界のような街並みが現実のものになってしまった。

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