美咲の思い
美咲が死んでから、一週間近く雨の日が続いた。
梅雨明けした筈なのに、すっきりとした青空が現れる事は一度もなかった。
あの日以来、テラスに置かれているデッキチェアも、美咲が使っていた車椅子も、一日の大半を過ごしていたベッドも、ずっとそのままになっている。
寝室のドアは開けてすらいない。
閉め切っておけば、美咲がまだ部屋の中にいるような気がして、なんとなく部屋に入るのを躊躇った。
雨が上がって、ようやく青空が現れたその日、僕は寝室の中から何かに呼ばれている気がした。
部屋の中に入らなければならない……
そんな衝動が僕を突き動かしたのだと思う。
僕は、寝室のドアを開けて部屋の中に入った。
部屋の中を見回してみると、何も変わっていないのに、随分と長く時間が経ったような、久しぶりに訪れた懐かしい場所にやって来たような、そんな不思議な感覚に見舞われた。
美咲が使っていたベッドは、シーツの皺も、掛け布団の形もあの日のままで、パジャマ姿の美咲が起き上がってきそうな気配が感じられた。
僕は掛け布団をめくって、シーツを整え始めた。
布団からほのかに漂う美咲の匂い、枕についている髪の毛、そういった美咲の名残に触れるたび、僕の胸には様々な感情が湧き、それが痛みとなって突き上げ、やがて目を潤ませる。
僕はまだ美咲の死を現実として受け止める事が出来ていないのだろう。
枕カバーの皺を伸ばそうと持ち上げたとき、枕の下に一冊のノートが置かれている事に気付いた。
徐に僕はそのノートを手に取る。
B5サイズで、しっかりとした厚めの表紙、表紙に書かれている、Diary、という文字、それは美咲が生前に書いていた日記だった。
美咲が日記を書いていた事を、僕は知っている。
だけど、それを読んだ事は無かった。
美咲は隠そうとしなかったし、読んではいけないと言われた訳でも無かったが、何となく日記の存在に目を瞑っていた気がする。
手に取った日記には、しおりのような紙が挟まれていた。
二つ折りにされた薄緑色の和紙、僕はそれを引き抜いた。
そこには赤いペンで僕に宛てたメッセージが書かれていた。
『美木くんへ、わたしが死んだらこの日記を一度だけ読んでください。そして読み終えたら必ず燃やしてください』
このメッセージが、いつ書かれたのかは分からない。
弱々しい文字で、ゆらゆらと揺れているような頼りなさ……
死期を悟ったときに、覚束ない手で書いたのだろうか。
僕は、美咲の日記に目を通し始めた。
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