生きて

三郎

本文

 中学生の頃。一人の女の子に恋をした。黒王子と呼ばれる女の子。背が高くて、中性的な声と顔立ちをしていて、やんちゃで、クールで、カッコよくて、優しい人。男子より女子からモテていた。『彼女が男だったら付き合いたかった』みんなそう言っていた。私も同じことを思っていた。


 ある日、私は彼女から呼び出された。そして言われた。『付き合ってほしい』と。戸惑う私に彼女は、不安そうに続けた。『僕は女性が恋愛対象なんだ』と。

 私も彼女が好きだった。だけど、恋では無いと思っていた。同性同士だったから。恋は、異性にしか抱かない感情だと思っていたから。彼女の告白を受けて、自分の感情を恋と呼んでも良いのだと考えを改めた。だけど、認められなかった。認めるのが怖かった。

 彼女は言葉を失って立ち尽くす私に近づき、手を取り、指を絡めた。


「嫌じゃない?」


「……うん」


 じゃあこれは? と、彼女はそのまま私の手を自分の唇に持っていき、口付けた。本物の王子様みたいだと思った。


「嫌じゃない?」


「……うん」


 彼女の手が頬を撫でる。


「嫌じゃない?」


 嫌じゃないよ。そう答えると、その手は私の頬を滑り、唇へ。何をされるか察して、ドキドキしながら目を閉じる。

 唇に柔らかいものが触れた。目を開けると、泣きそうな顔の彼女が視界に入る。そして震える声で問う「嫌じゃない?」と。

 嫌じゃないよ。そう答えると、彼女の瞳からぽろぽろと涙が溢れた。ハンカチで彼女の涙を拭ってやると、抱きしめられた。私より一回り以上大きな、たくましい体。だけど、女性特有の柔らかさがあって、良い匂いがした。ドキドキした。心臓が恋を主張した。彼女は女性だと、頭が認識しているのに。


「君と恋人になりたい」


 私もと、返事をした。この時私は知らなかった。私が思っている以上に世界は残酷だということを。




 付き合って数ヶ月が経った夏のある日。彼女と一線を超えた。「痛くない?」「大丈夫?」優しく声をかけられるたびに、愛されていると実感した。幸せだった。その幸せは、一生続くと思っていた。


 だけど、その年のある秋の日、彼女から一本の電話がかかってきた。『君との関係が親にバレて家を追い出された』と。今どこにいるのと聞くと、幼馴染の家だと答えた。彼女の幼馴染は男の子だった。彼が彼女に恋愛感情を持っているのは誰か見ても明らかだった。彼女は、そんな彼の家にしばらく居候することになったと話した。心配したが、大丈夫の一点張りだった。


 しばらくすると、噂が流れた。彼女が彼と同棲していると。

 周りは二人が付き合っていると勝手に決めつけ、弄りの度合いを通り越した酷い質問をぶつけた。『もうヤッたの?』とか『一緒に風呂入ってるの?』とか。二人が交際を否定しても、誰も信じなかった。私との関係は噂にもならなかったが、ある日、弄りに耐えきれなくなったのか彼女がカミングアウトした。自分は女性しか好きになれないのだと。

 すると彼らは今度は『恋人は誰なの?』とか『女同士ってどうやるの』と彼女に質問をぶつけた。彼女と仲のいい女子を恋人だと決めつけ、笑い者にし、彼女の周りからはだんだんと人がいなくなっていった。私は、彼女との関係がバレたらどうなるか怖くて学校に行けなくなった。

 そして、学年が上がる頃、私は両親に連れられ、その街を去った。彼女には何も告げなかった。




 高校生になると私は、一人の男性と付き合った。だけど、好きになれなかった。

 高校を卒業すると同時に、処女を捨てた。気持ち良くなんてなかった。気持ち悪かった。彼に触れられている間、私はずっと、彼女にことを考えていた。目の前の男を彼女に重ねて、彼女の長くて綺麗な指とは似ても似つかないゴツくて短い指を彼女の指だと言い聞かせて、ただただ、早く終わってくれと願った。

 何度彼と身体を重ねても、別の男と身体を重ねても、彼女との甘い思い出が塗り替えられることはなかった。男性と肉体関係を持つたびに、私は女性しか愛せないことを突きつけられた。幸せだった、優しいはずの思い出が、呪いのように私の心を蝕んだ。


 二十歳になる年の11月22日。

 私は、一人暮らしをしている家で自殺を図った。天井からロープを吊るし、輪っかを作り、首を引っ掛けて、あとは椅子を蹴り飛ばすだけ。息を吐き、椅子を蹴ろうとしたその時だった。カタンと物音して、テレビがつき、ニュースが流れる。ほうきが倒れて、たまたまリモコンのスイッチを押したらしい。

 テレビから流れたのは、二人の女性の遺体が見つかったというニュースだった。遺体となった二人の女性の名前には聞き覚えがあった。白王子と呼ばれていた同級生だった。アニメに出てきそうなカッコいい名前だったからよく覚えている。

 もう一人の女の子も同級生だった。ぶりっ子で男好き。そんな噂があった女の子。彼女は遺書を残していた。ニュースキャスターが泣きながら遺書を読み上げる。




 19xx年11月22日

 二年後の今日、私は遺体として発見されているだろう。

 どうして死ななければならなかったのか。その理由を、ここに書き残しておく。


 この世界が異性愛主義であることに、異性愛者であるだけで優遇されていることに、どれほどの人が気付いているのだろうか。

 分かりやすい例が婚姻制度だ。

 神の前で愛を誓い合い、友人や親族に祝福されながら愛する人と家族になる。

 私には、その華やかで希望に満ち溢れた光景が、眩しくて、羨ましくて、そして、妬ましくて、たまらなかった。

 バットを持って、暴れ回って、全てぶち壊してやりたくなるほどに。

 私には、愛する女性が居る。いつかこの国で、彼女と、神の前で愛を誓い合える日を夢見ている。だけど叶わない。何故なら、私達は同性同士だから。ただ、それだけの理由で、法律が、私達が家族になることを許してくれやしない。

 私には、彼女以外にも同性愛者の友人が二人居る。そのうち一人は,少々男っぽいところがある。昔からあだ名は王子だった。女の子からモテた。告白する子もいた。けれど、彼女に告白する女の子達は口を揃えて、必ずこんな前置きを言うそうだ。『女同士なんておかしいと思われるかもしれないけど』と。

 こんな言葉が当たり前のように出てくるほど、この世界は異性愛が当たり前とされている。

『好きな人は居る?』と聞かれて、同性の名前を挙げた時『友情じゃなくて恋愛の方だよ』と言われたことがある。逆に、友情として好意を持つ男の子の名前を挙げれば『いいじゃん。応援するよ』と言われた。同性というだけで友情だと、異性というだけで恋愛感情たと決めつけられたのだ。私はそれが、悲しくて、腹立たしくて仕方なかった。

 ちなみにその時あげた男の子は、同性愛者だった。そして私も同性愛者だ。そんなことは誰も知らない。

 恋愛の話題は、いつだって、異性愛者であることを前提として展開される。目の前の人が異性愛者か同性愛者か、はたまたそれ以外かなんて、見ただけでは判断出来ないのに。

 主張しなければ、異性愛者にされる。当たり前のように。

 それが嫌で、私の友人は自身が同性愛者であることを主張した。『男っぽいからそうだと思った』なんて言う人も居たが、同じく同性愛者である私は、男っぽいと言われたことは一度もない。むしろ、女らしいとよく言われる。そんな私が打ち明けたらきっと、意外だと言われるのだろう。何故男っぽい女の子=同性愛者っぽいになるのか。そんな偏見が生まれるのもきっと、恋愛が異性間で行われる物という常識が根付いているからだと思う。

 私は、そんな間違った常識をぶち壊すために、この遺書を残すことを決めた。

 死ぬ必要はあったのか。言葉で伝えれば良いのではないか。そんなことを思う人も居るだろう。

 私の友人が、もう既にそれを実践してくれている。だけど無駄なのだ。聞く気がない人には届かない。響かない。

 だから私は、素直に、異性愛主義の世界に殺されてやることにした。異性愛主義の世界が、差別が私を殺したという証拠を残して。異性愛主義の世界が、私を殺した。私と彼女の関係を恋愛だと認めない世界が、私を殺した。

 勘違いしないでほしい。私は不幸じゃない。むしろ幸せだ。ワクワクしている。

 だって、ずっと夢だったから。

 愛する人と、永遠の愛を誓い合うことが。

 それが許される世界に行く。差別も何もない世界に行く。それが楽しみで仕方ない。

 なら、生きて国を出れば良かったのではないか。そんなことを思う人も居るだろう。もちろん、それも考えた。だけど、それは逃げだ。私達が逃げたところで、国は変わらない。どうせ逃げるなら、せめて、差別の蔓延るこの国に一矢報いてやりたかった。未来のために。

 だから私は死ぬ。愛する人と一緒に。この世界を呪いながら。


 どうして今日なのか。それは、今日が良い夫婦の日だから。きっと、結婚式を挙げるカップルも多いだろう。だから私は、今日を選んだ。異性愛が許されているから成り立つ幸せを、それが許されない私の絶望で塗り替えてやりたかったから。

 つまり、八つ当たりだ。きっとこの辺りはテレビでは抜粋されないだろう。それでも構わない。直接遺書を読んだ人にだけでも伝われば、それで構わない。


 私の死を哀れむ大人達へ。

 世界が変わらなければ、この先私のように死を選ぶ同性愛者は居なくならないだろう。私のことを少しでも哀れむ心があるのなら、世界を変えてほしい。同性を愛する人達に、異性を愛する人と同等の権利を与えてほしい。いや、むしろ、寄越せと言いたいくらいだ。

 それが叶わない限りは、きっと、悲劇は繰り返されるだろう。

 哀れみなんて要らない。どうしたら救えたのかなんて無駄な議論をする暇があるのなら、どうか私が描いた悲劇を、呪いを、希望満ち溢れる物語に繋げてほしい。それでも踏みにじりたいのなら、呪い殺される覚悟くらいはしておいてほしい。


 最後に。母さん、父さん。そしてお姉ちゃん。今までありがとう。生まれてこなければ良かったとは思ったことはないよ。お母さん達の元に生まれて良かったと、今も思っています。愛しています。だけどそれ以上に、彼女を愛しているのです。結ばれない世界で生きることに耐えられないほどに。

 今日まで何も言わなくてごめんなさい。言ったら止められることは分かっていた。だから言わなかった。

 姉さん、結婚したことに関して、罪悪感を覚えないでほしい。こんな呪いの遺書を見てしまったら難しいかもしれないけれど、だけど私は、お姉ちゃんの幸せまでは呪いたくない。

 ただ、どうか、いつか生まれてきた子供が愛した人が異性でなかったとしても、否定しないでほしい。同性愛は罪ではないと、教えてあげてほしい。味方になってやってほしい。どうか、よろしくお願いします。

 それでは、さようなら。またいつか、あの世で会いましょう。




 足が動かなくなった。ダムが決壊したように涙が溢れ出す。

 死ぬなと、言われた気がした。生きてくれと、言われた気がした。固まっていた決意は彼女の遺書で一瞬に打ち砕かれた。目の前に吊り下げられたロープが、ひどく、恐ろしく思えた。

 気付けば私は、ロープを切っていた。そして誓った。彼女達の分まで生きようと。こんな理不尽な世界に殺されてたまるかと。しぶとく生きて、彼女達を殺した世界のルールに抗ってやると。

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生きて 三郎 @sabu_saburou

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