マーディスト ―死刑囚・風見多鶴―【増量試し読み】

半田 畔/角川スニーカー文庫

「準備はいいか? いまからきみは、史上最悪の死刑囚と話をすることになる」

 無機質な廊下で、僕に向けられたその声が響く。横にいる東京地方検察庁刑事部のむらあさがおさんとは、ほんの二時間前に出会ったばかりだ。自分の人生のなかで検察のひとと関わることになるなんて、想像もしてこなかった。悠長に事実を受け止めている時間もなく、僕はこれから、ある死刑囚と話をすることになっている。

 去年のいまごろは受験勉強にあけくれていたような、一介の大学生の僕が、どうして死刑囚に会いに拘置所まで来ているのか。

「準備はいいか?」朝顔さんが言った。

 廊下の先に扉が一つ見える。切れかけた照明の下を通り過ぎて、さらに近づく。歩き進めていくうち、いまにもその扉が、ひとりでに開くのではないかという気がした。

 扉の前に立つ。小さなドアノブに反して扉は重く、ぶ厚そうで、とても一人では開けられないような雰囲気があった。気づけば握っていた拳を、そっと開く。じっとりと、手汗をかいていた。

「準備は?」

 声が響く。



 これは僕が、ある女性死刑囚と対話をする物語。

 彼女を信仰する模倣犯たちの手がかりを、つきとめようとする物語。

 そして僕が、変わっていくまでの物語。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る