天獄の門、或いはWXYZ包囲網

チェシャ猫亭

第1話 YNH総選挙

 今日は、いよいよ「焼野原やけのはら69」、通称YNHの総選挙だ。粒ぞろいの69人の中から今後一年、センターを務めるメンバーが選ばれる。

 ウォンは20歳、この日を心待ちにしていた。

 YNHの母国であるY国で総選挙の日を迎えられるなんて、先日まで夢にも思わなかった。

 VR上には華やかなアイドルがずらりと並び、発表を待っている。音楽が場内を盛り上げる。

 司会者が声を張り上げた。

「お待たせしました、2042年度のセンターの発表です!」

 場内の興奮は最高潮に達し、その熱がウォンにも伝わってくる。

 その時、VRに2歳上の兄、テイが現れた。メンバーたちの前に立ちはだかる格好だ。


「なに、兄さん」

 いいところなのに、と思ったが、テイは切迫した声で、

「俺は、もうすぐ逮捕される」

「えっ、なんで」

 テイは悲しそうな顔で、

「Y国に留学経験があるから」

「はあ?」

 Y国。いまウォンが留学している、この国ではないか。留学から戻ったテイの話を色々聞き、ウォンも留学したくなった。YNHのファンになったのもテイの影響だ。

「これ以上は話せない。残りはローズから」

 ふっとテイの姿が消えた。

「兄さん?」

 もちろん、応答はない。

「みなさん、ありがとうございます!」

 VRでは、新しくセンターに選ばれたマハが、涙で感謝を述べていた。



 まだアルファ国にいた頃、ウォンはテイに尋ねたことがある。

「どうして焼野原なんてつけたんだろう」

「そりゃ、YNHシアターがある場所が焼野原だったからさ」

 テイは、そんなことも知らないのか、と言いたげな顔だ。

「どうしてそうなったの?」

「W国が、たくさん爆弾を落としたから」

「えっ。W国はY国と仲良しじゃん」

「今はね。でも100年前は、戦争をしていたんだ」

「戦争!」

 はじめて聞いた。Y国が母国のアルファ国と戦争したことは知っていたが。

 ウォンは思わず尋ねた。

「で、どっちが勝ったの?」



 兄さん、どうして?

 テイがアルファ国に戻って半年。

「ウォン。おまえ、留学時期を早めろ」

「なんで?」

 ウォンは来年、Y国に留学することになっていた。

「エスペランサ語が、禁止になるらしい」

 意味がわからない。世界共通語が、何故?

 つい先日まで、アルファ国では空前のエスペランサ語ブームだった。

 国際社会でさらに力を持つには、世界共通語の習得が必要だ。アンキンタン首相がそうぶちあげ、都会はもちろん、地方の小さな町にまで、エスペランサ語塾があふれた。

「国への忠誠心を高めるため,、エスペランサ語の授業は廃止、代わりにアルファ語による道徳、愛国心の授業を増やす。そういう方針が決まった」

「アルファ語を広めるために少しでも早く行きたい、と請願すれば通るかもしれん」

 テイの思惑は当たり、ウォンは早めにY国留学を実現させることができた。



 共栄主義国として、何かと規制の多いアルファ国と違い、放任主義を採用するY国ではのびのび呼吸ができた。

 共栄主義にも、いいところはある。

 国民のすべたが平等に扱われ貧富の差がない。理念としては素晴らしいものだ。だが実際はどうか。ほんの一握りの特権階級が富を独占し、賄賂が横行し、格差も大きい。大多数の国民はそのことを知らされていないが。

 一方、W国やY国に代表される放任主義国では、法に触れない限り、自由に行動し、経済活動もできるが、やはり格差はあって、大富豪がいるかと思えばホームレスも存在する。

 どちらがいいのか、ウォンには判断しかねるが、Y国での暮らしは気に入っていた。YNHシアターでライブを体感することもできたし。

 しかし、そんな楽しい日々は強制終了させられたようだ。


 ローズ。

 彼女に会わなくては。

 ウォンは、VRをオフにした。


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