天獄の門、或いはWXYZ包囲網
チェシャ猫亭
第1話 YNH総選挙
今日は、いよいよ「
ウォンは20歳、この日を心待ちにしていた。
YNHの母国であるY国で総選挙の日を迎えられるなんて、先日まで夢にも思わなかった。
VR上には華やかなアイドルがずらりと並び、発表を待っている。音楽が場内を盛り上げる。
司会者が声を張り上げた。
「お待たせしました、2042年度のセンターの発表です!」
場内の興奮は最高潮に達し、その熱がウォンにも伝わってくる。
その時、VRに2歳上の兄、テイが現れた。メンバーたちの前に立ちはだかる格好だ。
「なに、兄さん」
いいところなのに、と思ったが、テイは切迫した声で、
「俺は、もうすぐ逮捕される」
「えっ、なんで」
テイは悲しそうな顔で、
「Y国に留学経験があるから」
「はあ?」
Y国。いまウォンが留学している、この国ではないか。留学から戻ったテイの話を色々聞き、ウォンも留学したくなった。YNHのファンになったのもテイの影響だ。
「これ以上は話せない。残りはローズから」
ふっとテイの姿が消えた。
「兄さん?」
もちろん、応答はない。
「みなさん、ありがとうございます!」
VRでは、新しくセンターに選ばれたマハが、涙で感謝を述べていた。
まだアルファ国にいた頃、ウォンはテイに尋ねたことがある。
「どうして焼野原なんてつけたんだろう」
「そりゃ、YNHシアターがある場所が焼野原だったからさ」
テイは、そんなことも知らないのか、と言いたげな顔だ。
「どうしてそうなったの?」
「W国が、たくさん爆弾を落としたから」
「えっ。W国はY国と仲良しじゃん」
「今はね。でも100年前は、戦争をしていたんだ」
「戦争!」
はじめて聞いた。Y国が母国のアルファ国と戦争したことは知っていたが。
ウォンは思わず尋ねた。
「で、どっちが勝ったの?」
兄さん、どうして?
テイがアルファ国に戻って半年。
「ウォン。おまえ、留学時期を早めろ」
「なんで?」
ウォンは来年、Y国に留学することになっていた。
「エスペランサ語が、禁止になるらしい」
意味がわからない。世界共通語が、何故?
つい先日まで、アルファ国では空前のエスペランサ語ブームだった。
国際社会でさらに力を持つには、世界共通語の習得が必要だ。アンキンタン首相がそうぶちあげ、都会はもちろん、地方の小さな町にまで、エスペランサ語塾があふれた。
「国への忠誠心を高めるため,、エスペランサ語の授業は廃止、代わりにアルファ語による道徳、愛国心の授業を増やす。そういう方針が決まった」
「アルファ語を広めるために少しでも早く行きたい、と請願すれば通るかもしれん」
テイの思惑は当たり、ウォンは早めにY国留学を実現させることができた。
共栄主義国として、何かと規制の多いアルファ国と違い、放任主義を採用するY国ではのびのび呼吸ができた。
共栄主義にも、いいところはある。
国民のすべたが平等に扱われ貧富の差がない。理念としては素晴らしいものだ。だが実際はどうか。ほんの一握りの特権階級が富を独占し、賄賂が横行し、格差も大きい。大多数の国民はそのことを知らされていないが。
一方、W国やY国に代表される放任主義国では、法に触れない限り、自由に行動し、経済活動もできるが、やはり格差はあって、大富豪がいるかと思えばホームレスも存在する。
どちらがいいのか、ウォンには判断しかねるが、Y国での暮らしは気に入っていた。YNHシアターでライブを体感することもできたし。
しかし、そんな楽しい日々は強制終了させられたようだ。
ローズ。
彼女に会わなくては。
ウォンは、VRをオフにした。
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