悪魔との対決
「悪魔め! ユリウスから離れろ‼」
「もはや、この男の魂は死んだ。お前が殺したんだ! 愛などという
くだらない言葉でな‼」
「いいえ、私にはわかる。まだ、ユリウスは死んでいない。体の奥で、深い眠りについただけだ!」
「うるさい! 肉体を手に入れたこの私に勝てると思うな‼」
血塗られた短剣がアティアに向けられる。
一歩後ずさったアティアの手の中で、魔剣が大きな唸り声をあげた。
二人の睨み合いが続く。魔剣の輝きに、アエラ・クラは足を前に踏み出せずにいる。
「アティ……ア」
ゴーディーが、肩で息をしながら長剣を支えに、立ち上がろうとしていた。
その様子を見たアエラ・クラが、狡猾な笑みを浮かべ、素早くゴーディーの背後にまわった。その喉元に短剣を突きつける。
「この男の命を助けたかったら、その剣を捨てろ!」
「駄目……だ。アティア、俺ごと……剣を突け!」
「ちっ」
アエラ・クラが、短剣に力を入れる。ゴーディーの首から、つぅーっと赤い血が流れた。
「やめて!」
「何を躊躇っている? この男ごと、剣を突けばよかろう。そうすれば、私に勝てる。なのに、お前にはそれができない」
アエラ・クラの勝ち誇った声。アティアは、剣を握りしめたまま、動けずにいる。
「アティア、俺のことは気にするな……」
ゴーディーが優しい瞳で語りかける。アエラ・クラと共に命を失う覚悟をしている。
「いや、できない…… できないよ……」
アティアの手から力が抜けた。魔剣の輝きも、弱くなる。
くっ、くっ、くっ。
アエラ・クラが笑う。
「なにが、おかしいの?」
「弱い、弱い、弱い! 人間は、弱い!! アティア、お前はもう、私を切ることができない。そうなのだろう? この男の命を支配しているのは私だ! 生かすも、殺すも私次第―― 男を助けたかったら、早く、その剣を捨てろ!」
アティアの手から、魔剣が滑り落ちた。今や、光も失われている。
「いい子だ、アティア。これから先は、この私に仕えぬか? お前が約束するなら、この男の命は助けてやろう」
「……いやだ」
小さな声を振り絞る。
「ふん。では、この男がどうなってもいいのだな?」
アエラ・クラは、また剣に力を込めた。血が、さらに流れる。
「いやぁ―――― やめて!」
「では、私に仕えるか?」
力なくうなだれるアティア。
「駄目だ! アティア!」
「うるさい! お前は、黙っていろ!!」
そう言うと、アエラ・クラは、ゴーディーの首の後ろを短剣の柄で、ゴンっと叩いた。強い衝撃でゴーディーは、床に倒れた。その体をアエラ・クラは、思いっきり足で蹴とばす。
「ゴーディー―——————!!!」
泣き叫ぶアティア。
「死んではいない。が、しばらく動けまい」
ゴーディーは、何とか立ち上がろうとするが、体が思うように動かない。
「くっ、アティ……ア」
「ふん、虫けらめ! アティア、お前が私と契りを交わさなければ、こいつの命はないぞ」
「——ちぎり?」
「簡単なことよ。軽く口づけを交わし、お前の唇から血を一滴貰うだけだ。よいな?」
(ゴーディーを助けるには、もう、それしかないんだ)アティアは、小さく頷いた。
「だ、だめ、だ……」
ゴーディーの声は、アティアには届かない。
アティアは自分の運命が、闇の中に落ちていくのを感じた。
恐ろしい運命に抗うだけの力が沸いてこない。
ゴーディーを失うのは、自分の命を失うより辛いことなのだ。
アティアは、悪魔の申し出を受けるしかなかった。
アエラ・クラが、ゆっくりとアティアの元へ歩み寄る。
アティアの顎を右手で持ち上げ口づけをしようとした刹那、アエラ・クラの首に大きな衝撃が走った。
「なっ……?」
左手で首を触る。そこには、矢が突き刺さっていた。
ゴーディーが矢を拭いたのだ。
「今だ、アティア! 剣を取れぇぇぇぇぇぇ――――‼」
ゴーディーが叫んだ。アティアは急いで魔剣を取り、構えた。剣は輝きを取り戻している。
「おのれぇ~、やはりお前は、始末するべきだったなぁぁぁぁ!」
そう叫ぶアエラ・クラの胸に、アティアは七色に光る剣を突き刺した。
「うっ、ぎゃああああああああああああ~~~」
眩い光の中で、獣のような咆哮が天をつんざく。
光が消えると、そこには横たわるユリウスの姿が――
倒れているユリウスの体から、黒い影が揺らめいて消えた。
「どうやら、アエラ・クラを切ったようだな」
いつの間にか、オルクスが隣に立っている。
「オルクス! 今ごろ現れるなんて…… 遅すぎる!」
「そう言うな! 神界の掟で、神同士の戦い・介入はご法度なんだ。こればかりは、俺だってな、どうすることも……」
アティアのじとぉ―っとした視線を受け、オルクスはタジタジになりながら言い訳を並べるた。
それも無駄だと知ると、うほんっと咳払いをしてオルクスは言葉を続けた。
「それにしても、ユリウスとアエラ・クラとの結びつきは強かったようだな。魔剣は、アエラ・クラだけを切った。それなのに、この男の命の灯も消えている。地獄の女神に魅入られた魂は、冥界には行けず、魔界へ下るしかないな……」
それから、オルクスはセネカの元へ歩み寄る。
「オルクス……お願い、やめて!」
懇願するアティアに、オルクスが優しくいう。
「気持ちはわかるが、これが、私の仕事だ。安心しろ、奥方の元へ届けてやる」
「——わかった」
それからオルクスは、倒れているゴーディーの隣に立つ。
「ま、さか……?」
青ざめるアティア。心臓が止まりそうだ。もし、ゴーディーが……
「こいつは、意識を失っているだけだ。傷口に、魔剣の光を当ててやれ。回復が早くなる」
そう言うとオルクスは、セネカの魂を抱き消えていった。
アティアは剣を握り、祈るようにゴーディーの体に光を当てた。
「うっ」
ゴーディーが、目を覚ます。
「あの悪魔は?」
「死んだわ。何もかも終わったの――」
「そうか……あのじいさんの所で買った吹き矢が、役に立ったな」
「そうね」
アティアは、動かなくなったユリウスをじっと見つめていた。
「あいつ、母親に愛されて育っていたら、違う運命だったのかな……」
ゴーディーが、ぼそりと呟く。
「運命は、いつでも変えられる。運命は、自分で切り拓くの。私は、そう思う」
アティアは力強く応えた。
そうだった。
アティアは、運命を何かのせいにして逃げたりしない。
いつだって、自分で切り拓いてきた。
そういえばあいつ、アティアを切ることを躊躇っていたなぁ。
意識を失うまで、アティアを傷つけなかった。
もしかしたら、本気でアティアを――——?
ゴーディーは、朦朧としながらユリウスのことを考えていた。
アティアは、傷ついた奴隷剣士たちに魔剣の光を当て続けた。ユリウスの奴隷剣士だろうが関係ない。
一息つくころには、すっかり夜が明けていた。
ゴーディーと二人、外へ出る。朝一番の太陽の光が、二人を包む。
「空が綺麗だ」
ゴーディーが呟いた。
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