休息
部屋の中には、ベッドが一つ。
「あ~、久しぶりにベッドで眠れる」
アティアは嬉しそうに、ベッドに腰をかけた。
「良かったな。それにしても、お前の猿芝居は見事だった。少し、やり過ぎの気もするが……」
ゴーディーが鼻で笑う。
「あっ、馬鹿にすんな! こっちだって必死だったんだから。女だってバレないように、毎日ビクビクして、大好きなお風呂にだって入れない。体は汗臭くなっているけれど、タオルで拭いて香油で誤魔化して…… それに――」
言葉に詰まる。
「アティア、悪かった。そうだよな。たった一人で旅をしていたんだ。ずっと緊張していただろうし、寂しくて、辛くて、苦しかったよな……」
ゴーディーは、いつものように頭をポンポンと優しく叩いた。
「……うん」
つい弱気な部分を見せてしまい、アティアは恥ずかしさで頬を赤らめる。
「疲れたから、もう寝る!」
そう言うと、ベッドに体を沈めた。
「あぁ、今夜はゆっくり休め」
ゴーディーは、床で横になった。
「うん? そこで寝るの?」
「あぁ、俺は床で寝るのは慣れているからな。お前は気にせず、ベッドで休め」
アティアは毛布を握りしめ、ベッドから飛び降りた。
「ゴーディーが床で寝るなら、私も床で寝る!」
「なっ⁉」
アティアは毛布にくるまり、ゴーディーを睨む。
「床で寝ることに慣れていないお前が、一晩ここで寝たらどうなると思う? 風邪を引くかもしれないし、明日の朝、体が痛くて大変だぞ!」
「大丈夫。土の上で寝て、もう体は慣れている。私を床で眠らせたくないなら、ゴーディーもベッドで寝るんだ!」
「あ――、ったく」
ゴーディーは、左手で頭をくしゃくしゃ搔きむしりながら、ぶつぶつ呟いてベッドに横になった。
アティアはにっこり微笑むと、ゴーディーの背中に自分の背をくっつけて、横になる。しばらくすると、小声でもぞもぞと呟いた。
「……ゴーディー、変なことするなよ」
「するかっ! あほっ! 早く寝ろ!!」
ゴーディーは、アティアから背を離しギリギリまで端に寄った。ほどなく、寝息が聞こえてきた。と思ったら、アティアの腕がゴーディーの顔に飛んできた。続いて、蹴りが体に入る。
「いてっ」
アティアの寝相の悪さにたまりかねて、ゴーディーは床に降りた。
「結局、床で寝るのか……」
そう呟いて、天井を見つめる。そして、これから先のことを考えていたゴーディーだったが、やがて深い眠りへと落ちて行った。
夜が明ける頃、人の気配を感じてアティアが目を覚ますと、目の前にオルクスの顔があった。
「おわっ!」
「そう、驚くな。失礼だろ?」
ニヤリと笑うオルクス。
「寝起きに、目の前に人の顔があったら誰でも驚くでしょう。心臓に悪い」
「…………」
オルクスは無言で、なにかを待っていた。
「……?」
アティアは、不思議な顔をしてオルクスを見つめる。
「——神の前だ。ひれ伏さぬのか?」
呆れた顔で、オルクスが言う。
「ひれ伏して欲しいの?」
「……別に構わぬが、消えよう」
「待って!」
アティアは、オルクスのマントの裾を掴む。
「オルクス様、ご神託をお願い致します」
不本意ではあるが、これをしないと神託を貰えないらしい。なんだか、オルクスに弄ばれている気がする。
「この町で、古物商を営んでいる店がある。そこに立ち寄れ」
「そこに何があるのですか?」
「行ってみればわかるさ」
「かしこまりました。ところで、もう二度と、寝込みを襲うような真似はしないで下さいね」
「……安心しろ。お前のような、小さな胸の女に興味はない」
「はっ⁈ これは、これから大きくなるんです!」
アティアの思わぬ本心に、オルクスは冷笑した。美しすぎる男が薄く笑うと、世界が一瞬で凍り付く。アティアの心は今、凍っていた。
「——大きくしたいのか?」
「あっ、いや、そのぅ。そんなことは……」
「そいつに、揉んでもらえばいい」
そう言って、オルクスは消えた。
「えっ? 揉んでもらったら、胸って大きくなるもんなのか? じゃあ、自分で毎日揉んでみようかな」
そんなことを考えながら、アティアはもう一度眠りについた。
♢ ♢
またもや、息苦しさに目を覚ますゴーディー。
「……にゃめろ!」
アティアが鼻をつまみながら笑っている。
「頼むから、起こすなら普通に声をかけて起こしてくれ!」
「わかった。今度から、そうする。それにしても、ベッドから落ちて床で寝るなんて、ゴーディーは寝相が悪いんだね」
「……」
まさか、お前の寝相のせいだと言えず、苦笑いをして誤魔化す。
旅の支度を整え、二人は食堂へ行く。宿の主人は、愛想よく食事を用意してくれていた。
パンとミルク。それに、チーズと卵。それから、おまけだと言って昨日のモロヘイヤスープも付けてくれた。
「おぉぉぉぉぉぉ。モロヘイヤスープだぁ。おっちゃん、ありがとう」
「はちみつ入りポスカも用意して置いたから、それも持って行け。はちみつは貴重で、なかなか手に入らないからな」
「おっちゃん!!」
嬉しすぎて、瞳がうるうるしてくるアティア。
食事が終わると、ゴーディーは宿屋の主人に金貨を渡し、心からの礼を尽くした。
「本当に助かりました。また、この近くを通った際には、ここに立ち寄りましょう。その時には、なにか珍しい食材も持って来ますよ」
「あぁ、期待して待っておくよ。チビ、お前も達者でな」
「うん。ところで、古物商ってどこにあるの?」
「それなら、この店を出て右に曲がった通りだ」
「ありがと。おっちゃんのこととモロヘイヤスープの味、絶対に忘れないからね!」
こうして、二人は宿を後にした。
「アティア、古物商に用があるのか?」
「うん。オルクスに立ち寄れって言われたんだ」
「そうか。なら、急いで行ってみよう」
馬の手綱を持ち、共同住宅が並ぶ道を歩いていく二人だった。
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