再会

 ゴーディーを送り出したセネカは、一人、祭壇ララリウムの前で、過去の出来事を思い返していた。


 あれは、アティアが一歳を過ぎた頃だった。遠方からやって来た商人たちを自宅に招き、夕飯を共にしていた。食事で気が緩むと、人は口が軽くなる。商人にとって、貴重な情報収集ができることをセネカは知っていた。

 すると、一人の男にこう言われたのだ。


「これから私は、セネカ様に大変失礼な事を申し上げなければなりません。でも、とても大切な情報です。不躾ではありますが、聞いて頂けませんか?」


 初めて会ったその男は、体躯の良いゲルマン人で商人らしからぬ男だった。

「構いませんよ。その大切な情報とは?」


 男は、周りを警戒しながらそっと耳打ちをする。

「お嬢様の眼帯をしている目は、紅い色をしているのではないですか?」

「どうして、それを……?」


 セネカは驚いた。それは、家族以外誰も知らないはずだ。

「やはり、アルビノでしたか――」

「アルビノ?」


「はい。セネカ様は、白いカラスや、白いライオンなどを見たことがありますか?」

「あぁ、見世物小屋で見たことはあるが、あれがアルビノと呼ばれるものなのか? そして、あの子もアルビノだと……」


「はい。髪と肌の色、そして紫と紅い瞳。間違いなく、アルビノです。アルビノは神の使いと呼ばれ、大切に扱われることもありますが、エジプトより南方の国では呪術に使われることがあります。アルビノの肉体を使って、不良長寿の薬を作るのです」

「……っな⁉」

 セネカは驚きのあまり、思わず大きな声を出し、椅子から立ち上がる所であった。


「しっ! 周りに気づかれませぬように。セネカ様、この国では、そういうことはありませんが、他国を渡り歩く商人の耳から耳へ、アティア様の噂が届くかもしれませぬ。アルビノ狩りには、お気を付けください」


 この日から、セネカは強い奴隷剣士をアティアの側に置くようにした。だから、ゴーディーが強くなりたいと願ったとき、セネカは、大枚を惜しまず騎士学校へ入学させたのだった。そして、ゴーディーは、セネカの期待以上に賢く、強く、逞しい少年へと成長した。

 

(あのゴーディーが、一人でローマに帰って来るのはあり得ない。もし本当にアティアが亡くなったのなら、その亡骸と共に帰るだろう。髪を一束だけとは……。アティアが眼帯を外し、噴火の予言をしたことで、『アルビノ狩り』に狙われたのかもしれん。なんとか難を逃れたものの、今はローマには戻れない理由があるのだろう)とセネカは考えた。

 しかし、その相手がユリウスだと気づくことはなかった。 

 

  

   ♢          ♢



 キメリアに向かうアティアの前に、オルクスが現れた。

「うわっ!」

 慌てて、馬の手綱を引く。

「危なかったぁ――」

 落馬しなくて良かったと胸を撫でおろしたが、キッとした目でオルクスを睨んでしまった。


「そんな目をするな! 失礼だろ」

 珍しく、オルクスがムッとした表情をしている。


「そんなこと言われても……。突然、現れたら危ないじゃないですか!」

 負けじとアティアも言い返す。


「俺は、神託を届けに来たのだ。少しは、敬ったらどうだ?」

「はいはい。で、オルクス様、その神託とは、どのような内容でございましょうか?」

「なんだか、腹の立つ物言いだな。今日は、このまま消えよう」

 こう言われて、アティアは焦った。オルクスのマントの裾を掴む。


「申し訳ございません。オルクス様、今日の神託を!」

「欲しいか?」

「もちろんです! お願いします!」

 アティアの慌てるさまを楽しむオルクス。ちょっと、性格が悪い。


「もうすぐ、お前の大切な人が来る。ここで歩みを止め、少し休んでいろ」

「——大切な人って?」

 ニヤリと笑って、オルクスは消えた。


 もう、肝心なことを教えてくれないんだから!

 それに、あの(にやっ)って顔は何?

 あぁ、もう、オルクスなんて、嫌い、嫌い、大っ嫌い!


 まるで一人になった寂しさを紛らわすように、姿を消したオルクスに毒づく。正直なところ、オルクスを見たときホッとしたのだ。緊張していた糸が、少し緩んだ。


 アティアは、オルクスに言われた通り、ちょっとだけ休むことにした。馬を適当な木に繋ぐと、夏の強い日差しを避けられる場所を探した。草むらに寝っ転がって、流れる雲を見つめる。

「みんな、元気かな……」

 寂しさが込み上げてきたが、疲れが溜まっていたのかすぐに眠りに落ちていった。


 眠るアティアの近くで、力強く駆ける馬の蹄の音が聞こえてくる。それは、ゴーディーだった。ゴーディーは、繋がれているアティアの馬を見つけ手綱を引いた。

「この馬は…… 間違いないアティアの馬だ!」


 しかし、馬の側にアティアの姿はない。

(まさか、アティアの身になにか⁉)

 不安が、ゴーディーを襲う。大きな声で、アティアの名前を呼ぼうとしたその時、草むらに転がる人間を見つけた。


 ボサボサ頭の栗毛色の髪の毛。黒い眼帯。髪の色は違うが……

「まさかっ!」

 慌てて、呼吸を確認する。


 すぅー すぅー。


 小さな寝息。


「寝ているのか? こんな所で――?」

 無防備に寝ているアティアに、思わず驚きと笑いが込み上げてくる。


 ゴーディーはアティアの隣に座り、その寝顔をじっと見つめた。

(アティアが目覚めたら、まず、なんと言おうか)

 そんなことを考えていたが、ここ数日の疲労とアティアに会えた安心からか、つい眠りへと落ちてしまった。


 人通りの少ない道の脇で、鳥のさえずりを子守歌にして休む二人だった。





 

  


 

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