第二三部「消える命」第1話 (修正版)
水は下に落ちるもの
広がるもの
火は上に登るもの
広がるもの
歴史の中で
その
☆
西暦にして一四六七年。
五月。
幕政の中心的存在でもあった
その
対する同じく
幕府を東西に分けた争いが始まる。
その戦火はやがて周辺諸国にも飛び火し、長きに渡る大乱となった。
後の戦国時代への
戦火の中心となったのは京都。
暗い時代の始まり。
通りには死体がいくつも並び、火災も日常となっていた。
そんな
いわゆる参拝客が訪れるような場所ではない。
現在の当主は
兄弟は混沌とした世の中を
古くから
すでに
もう一歩に繋がらないもどかしさ。
──……神の名の下でも……必要なのは権力だというのか…………
そんな
死体の腐臭が漂う通りの
十歳程だろうか。少女はあちこちが擦り切れた使い古した
「手間を掛けさせるな! 行く所など無い身の上が!」
少女は裸足のまま踏ん張るが、当然のように大人の男の力には敵わない。
しかし、少女の髪を掴む男の手が一瞬だけ緩んだ────ように
男が僅かに
「もし」
男達が振り返ると、そこには
そして
「まだ幼い子供ではないか」
「あんたみたいな
男の一人は吐き捨てるようにそう言う。生きる世界が違うとでも言いたげな表情を向け、再び少女の髪を乱暴に掴んだ。
「行くぞ」
「その子が何をしたと言うのだ」
「あんたみたいな人だって
とは言え少女はまだ幼い。売られた子だろうかと
「そうであったか……母親はおらぬのか」
こんな言葉しか出てこなかった。
「母親? 何年も前に身受けしてこいつを捨てたのさ。それからこいつは店の物だ。それともあんた、
男はそう返すと、嫌な笑みを浮かべて続けた。
「もういいだろ? 俺達も仕事なんだ」
「良い。
近付く
「おい……冗談だろあんた」
「旅金の総てだ。受け取れ」
男が呆然とそれを手に取ると、ずっしりと重い。すぐに中を覗き込む。
「娘は死んでいたことにすれば良い。その金は貴様達が山分けにすれば損はあるまい」
男達は途端に表情を変えた。作り笑顔で頭を下げながら小走りに去っていく。
──……金さえ貰えたら関わる気は無いか…………
そう思った
その泥だらけの顔に視線を落とすと、
「
差し出した手を、少女が強く握った。
陽が傾いていた。
郊外の宿屋が並ぶ通りに、点々と明かりが灯り始める。
「すまぬが、
すると、満面の笑みで出迎えた
「申し訳無いことだが、この娘を風呂に入れてやってはくれまいか。手頃な着物も頼みたい。宿代は倍出そう」
それを聞いていた店の主人が奥から飛び出してきた。そこそこの年齢に見えるが、生きることに疲れているほど老けてはいない。主人は
「これはこれは宮司様。かしこまりました。すぐに…………おい、お前達!」
振り返って
「早くしないか! お風呂とお部屋と……御食事の御用意だ!」
こういう時の
──……さすがは
部屋に夕食の
なぜ少女を救ったのか、静かな部屋の中で
総ての目的は
──……私も……疲れていたのだろうか…………
同時にこうも思う。
──……目の前の一人を救えずに…………何を救えると言うのか…………
程なくして、
「御苦労を御掛けいたしました。これで新しい着物でも都合してくだされ」
少女がよほど暴れたのか、
「座ってくれ」
大人しく
「肌を見れば分かる。しばらく食べていないのであろう。好きなだけ食べるが良い」
少女は
──……この子は何も悪くない……教える者がいなかっただけだ…………
一通り食べ終わった頃、
「
すると、少女は湯呑み茶碗の冷めた
「…………スズ……」
「スズか……付けてくれたのは…………」
「知らん……そう呼ばれていた」
「そうか…………しかしその名が付いた事には意味があるもの…………どんな事にも意味があるのだ」
少女を捨てたという母親かもしれないと思ったが、
捨てたのか、捨てさせられたのか、それは
すると、スズと名乗った少女が口を開いた。
「貴様も私が欲しいのか?」
その大人びた口ぶりに、
スズが続けた。
「私のような子供の体で欲を満たしたいのであろう? 好きにすればよい。
スズは手で畳を
「畳の上ならば体も痛くはあるまい」
──……何ということだ…………
──…………こんな世に…………誰がしたのだ…………
それは怒り以外の何物でもなかった。
震える唇を噛み締める。
──……早く
☆
早朝。
湿度が低いからか、冷え切った空気。
その数が少しずつ増え、なおもゆっくりと落ちていく。
風は無い。
まるで、空が雪の姿を借りて落ちてくるような光景だった。
本殿の階段に右足をかけた
そして、
薄らとしたその
「……
その場の雰囲気はあっという間に
気持ちで負けるということがどんな意味を持つのかは
夜通し
気持ちで感じる違い。
──……
そんな言葉が
分かっていること。しかし、
そして
以前、一度だけその真意を確かめようとしたことがあったが、その時も
最終的に、
いわば〝
同時にそれは
しかし、その
さらに、
恐れは迷いを生む。迷いは
その
「……私には総ての力がある……時を越えることも……貴様の意識を惑わすことも…………」
──…………? まさか…………
「…………
「貴様…………
表情を変えない
しかしそこから聞こえるのは
「時は常に一緒だ……過去も未来もない……貴様は未来を見ようとして過去に囚われすぎている。総てはいつも同じ所にあるのに…………」
それは
そしてその
「────貴様の目的は何だ!」
目の前の
「敵か! 味方か! 何を隠している⁉︎」
「
──……どういうことだ…………
「……
「……
すると、
そこから浮き出るように階段を登ってくるのは、
階段で足を止めた
その光景に、
──……何を見せられている…………
もはや
──…………?
「────馬鹿な!」
その叫び声は
声を震わせた
「どうしてそれを貴様
すると
「……総て、見てきたからだ…………」
そして階段を登り切った
「神話など……人間が作り出したもの…………ただの作り話……」
──……本当に
「我は……
その
その何かに、光が反射しているのが分かった。
──…………まさか………………
総てが
今、自分の周りで何が起きているのか、先が見えない。
やがて、背後からの小さな吐息が、
「……そう…………総て……見てきた…………」
──………………
聞き間違うはずがない。
それは間違いなく、
そしてその
信じたくなどない。
信じられるわけがない。
そこに
「終わりにしよう、
思考の追いつかない
「今まで私を育ててくれて感謝するよ……
──……最初から
その
「……これは…………スズの復讐なんですよ…………母上……」
──…………スズ……?
続くのは
「誰も気が付かなかったのか……
しかしそれに返したのは、意外な所から。
その声が空気を震わす。
「そう?」
それは、その場の張り詰めた空気に似つかわしくない声だった。
冷静で落ち着いた、
「……私は約束したんだ……誰も犠牲にしない…………だから、
「
それに
「……まだ気付いてないんだ……」
その
「?
その時、
『 ……母上……
──…………! ……
その姿は、瞬時に変化した。
全員の目の前で、それは────
黒いゴシックロリータの
最初に口を開いたのは
「
「
☆
翌朝、
しかし貧しい暮らしの人間たちに取っては高貴の象徴。いわゆる金持ちにしか見えなかった。しかも今の
貧しい者たちはその日暮らしの者も多い。定職など持てるはずのない者がほとんど。そんな者たちの中には生きることに何の希望も持てないまま、神に対しての信心など持てない者も多い。ともすれば、神職の人間だからどうということはない。金を手に入れたいだけ。まして幼い女も手に入る。二人が狙われないわけがなかった。
「これが世の
直後、背後からの足音に気持ちが張り詰める。
隣のスズの体が浮いたかと思うと、途端にその体を抱えた男が走り去る。
同時に
「…………貴様ら……」
思わず
──……これも世の
しかしその止まったような空気を、予想外な男の叫び声が崩す。
慌て始めたのは
その横に倒れる男の体。
男を見下ろしていたスズが、ゆっくりと
そして歩き始めた。
ゆっくりとスズが近付いてくる。
体を震わす男達が、やがて震えた
腕と足を踊らせながら、
鈍い、体の芯の部分が壊れていく音が地面を伝った。
男達は目を見開いたまま動きを止める。
──…………殺したのか…………
スズは
昨日から続く鋭いスズの目。
その冷徹な目を揺らしながら口を開いた。
「人の世に平等という言葉は無い。
今まで感じた事のない恐怖。
それが今、
命の危険に繋がるような怖さではない。
体の芯が震える。
全身が高揚した。
──…………初めてではないな…………こんな力がこの子に…………
「……行こう……」
「かなざくらの古屋敷」
〜 第二三部「消える命」第2話へつづく 〜
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