第十七部「数珠通りの坂」第3話(第十七部最終話) (修正版)
安土桃山時代。
後に戦国時代と呼ばれる時代。
その村はまだ小さな集落に過ぎなかった。
そして仏閣が作られる前から、その場所には神社が存在したが、仏教が入ることで神社が潰され、その神社を
同時に城の隣にあった仏閣が燃やされ、墓地だけが
当時は〝
この地を落とした新しい大名は織田家の家臣でもあり、信長公の神経を刺激するべきではないと判断した。
やがて時が流れ、明治維新の時点では仏閣も神社も無いのが当たり前になっていた。葬儀もお墓参りも隣の村まで行くのが当然の土地柄へとすでに変化している。
しかし太平洋戦争の直後に
その後押しをしたのが
しかし、古くからの、この土地を追われた気持ちも確かにあった。
僅かな復讐心は確かに
それでも
そして
☆
「三人も?」
その中心で
自分でも気付かないフリをしてきた。
その部分に触れられた感覚。
『そっちはどうなのよ』
スマートフォンから聞こえる
「……真っ黒…………目を離せそうにない…………今どこ?」
『
「急いだほうが良さそうね。先にマンションに向かって。私たちもすぐに行く」
「例のマンションが大変みたい……死者が三人出てる…………急がないと増えかねない」
「分かった」
そう返した
先程までの明るい印象はもう面影も無い。
細い声を漏らす。
「〝
──……あれ? 悲しいはずなのに…………
──…………この感覚は…………何…………?
そんな
「これ以上の説明は必要ないみたいね。状況は見えたはず…………」
そして膝をつくと、
「一緒に行くよ。
☆
未だマンションの前にはパトカーが二台。
マスコミのワンボックスが一台。次の動きを見越して待機しているのだろう。すでに三人の死者が出たことは地元のテレビでも大々的に流れていた。程なく地元以外のマスコミも到着するだろう。
二人がいた
そして
「どうするんですか? 警官がいるから中には入れませんよ」
そう言う
「私と手を繋いでれば大丈夫」
開いたままの自動ドアを抜けると、中庭には黄色のバリケードテープ。二人はテープを潜って中庭へ。そこには黒く焦げた芝生と歩道のブロック。まだ生々しく匂いも残っていた。
「確かに凄いね…………負の念が渦を巻いてる…………」
「負の念って…………誰のなんですか?」
「さっき
「だって、ボランティアで墓地の管理してるような人なんですよ⁉︎」
「誰にだって表があれば裏もある…………そこを利用されたのかもね…………」
その時、二階から悲鳴が上がる。
悲鳴で動いたのか、警官の足音が背後からする中、続く悲鳴を追って二人は202号室の前。
「死にたくなかったら開けなさい! 助けてあげるから!」
ドアが開くと、女性が飛び出してきた。
「助けて!」
大粒の涙を流し、震える唇で叫んでいた。
二人は迷わず中へ。そこには包丁を持ったまま目を血走らせた夫と思しき男性。
肩で息をする男性に向けて、
「……凄い…………」
「ただの催眠術みたいなものだよ」
「なんだあんたたちは! いつの間に────!」
「早くこの人を拘束しなさい! この人にはそれしか効かない!」
すると、外からさらに悲鳴が聞こえた。
「そこの奥さんをマンションの外に連れていってあげて。このままここにいたら、あの奥さんもまずい」
呆然とする警官の横を擦り抜けるように
そこに中庭から別の警官の声。
「何があった⁉︎」
「早く来て! これ以上死人出したらあんたたちも叩かれるよ!」
303号室。
「開けなさい!」
ノブを回すが当然のように鍵が掛かっている。
そこに聞こえる警官の声。
「どけ!」
「やるじゃん」
そう言った
「二人を中に入れて!」
夫はそのまま意識を失った。
「まったく……次はどこよ…………」
警官も当然驚きは隠せない。
まるで呟くように口を開く。
「あなたたちは…………」
その言葉を遮るように、
「勘違いしないで。正義の味方じゃないから。ただ能力を持ってるだけ」
そして次の悲鳴はさらに上。
全員が部屋を飛び出す。
405号室。悲鳴というより泣き叫ぶ声。
全員が走った。
管理人が鍵を開けると、真っ先に入った
「救急車!」
エアコンに紐を固定して首を吊っている夫に妻が抱きついていた。天井の高さが仇になった。夫はすでに力がない。
落ちる夫の体を
そして
「まだ大丈夫」
そう言った
そして
「心臓マッサージの経験は⁉︎」
警官は状況を理解すると、無言で倒れる夫にマッサージを始めた。
「AEDあるでしょ⁉︎ 持ってきて!」
管理人が慌てて部屋を出ると、
そして呟く。
「へー、結構いい男じゃん」
☆
交通事故は、突然起こる。
車同士の衝突事故だった。
警察からの電話を受けた
相手の車の男性は怪我だけで済んだという。
事故で全員が死んだわけではない。一人でも生き残ったほうがいい。
きっと両親もそう考えるだろう。そう思った。
「相手の車の男性は、
何を意味して警官がそれを
──…………
もちろん現在の
しかし幼少期の頃にまで理解出来ていたわけではない。
この町と神社の歴史を学んだ。
かつて神社を強制的に潰され、
城に住む大名だけではない。町ぐるみだったそうだ。人々は仏教に傾倒した。
しかし攻め込んだ隣の大名によって城と共に仏閣が焼け落ち、墓地だけが残ったが、人々の気持ちは亡き人々ではなく仏閣にあった。
いつしか忘れられたようになった墓地は、管理する人もいないままに朽ちていく。
それでも曽祖父はこの地を許した。
憎まなかった。
先祖を粗末に扱うことは出来なかった。
最初からその曽祖父の感情を理解出来たわけではない。
曽祖父の
しかし
しかし今回の事故。
不思議な感覚だった。
何かが心の奥底に顔を出す。
それが〝憎しみ〟というものなのかどうか、
葬儀屋に相談の上で、
翌日、
何を祈っているのか、自分でも分からなかった。
それから数ヶ月。
二階の賃貸の部屋で自ら命を絶った人がいたという。すでに部屋は綺麗にされたが、一度〝お
部屋には何も
この部屋に住んでいた人の魂は解放されたのだろう、と
──……もう大丈夫ですよ…………終わりましたから…………
どうして自ら命を絶ったのか、それはもちろん分からない。しかし本人にはそれだけの苦しみがあったのだろう。
それで充分なはずだった。
「ここには…………良くないものが渦巻いておりますね…………」
しかし当然不動産屋としては落ち着かない。
「良くないものとは…………」
反射的に不動産屋が返したその言葉に、
「この地にあった仏閣のものでしょう…………大勢が焼き殺され…………大勢が首を撥ねられています…………その呪いは簡単には消えません…………」
「そんな昔の…………」
「土地に
その
結果的にマンションの住人を精神的に追い詰めていった。そんなもの、と思いながらも、やはり気になるのだろう。賃貸の住人ならいざ知らず、分譲の住人はすぐに引っ越すことも出来ない。
やがて起こる集団心理が多くのことを心霊現象に結びつけ、パニックが起こった。
それからマスコミを交え、何度かのお
──……悪い噂が広がれば…………再開発計画も…………
しかし、行政というものは幽霊話に簡単に動かされるものではなかった。
☆
目の前の〝
何台ものパトカーと救急車。さらにはマスコミと思われるワンボックス数台が行手を阻む。
大量の野次馬によって完全に道は塞がれていた、
「歩いたほうが速そうね」
時間はすでに夕方といってもいいだろう。
僅かに空が暗くなり始める時間。
三人が坂を登る。
そして
その
「何かあったね。
それに応える
「大丈夫……
そして、
逆光で顔は見えない。
しかしその鋭い目は坂の上から三人を見下ろしていた。
その人物に向けて口を開くのは
「あらあら……わざわざこんな所まで…………」
そして、その
「
すると、すぐに
「なるほどね。この騒ぎはあんたたちのせいか。〝
「そんなもの……引き金に使ったに過ぎません。この土地の
「あなたたちが無理に掘り起こしただけでしょ。どうしてそこまでして
すると
「〝力〟の為です。結局は力でなければ人心を掌握することなど出来ません。
「私も
そう言う
しかし
「そんなもの…………このままではこの国は────」
それでもその言葉は
「────それこそ
「しかもやり方が好きじゃないな。そんな理想とは関係の無い人間の
さらに
「あなたたちは
すると、少し間を開けて
「…………
その時、聞こえたのは
「……私の
それまで黙って話を聞いていた
そしてその言葉が続く。
「……決して…………今に生きる人々に向けたものではない‼︎」
「言うか……それこそ
事実だった。
ただ、体が震えた。
──…………私のせいだ……………………
その耳に届くのは
「あなたたちがそう仕向けたんでしょ。まさか……その恨みを持つようにわざと…………」
その直後、三人の足元が明るくなる。
三人が視線を落とすと、足元には大量の白い蛇。
それでも三人は決して慌てず、動かなかった。
──……動かないで…………
その
そして、
「……困りましたね…………穏便に済ませたかったのですが…………
それは、
そして
「
「
その
「なりません。あの土地はさらに
しかし、直後に聞こえたのは、誰も予想しなかった声。
「────残念でした」
その声は三人の背後から。
三人が振り返ると、そこにはしゃがみこんでアスファルトに右手を着いた────
そして足元の白い蛇が消える。
すぐに立ち上がった
「まだ
そして続けた。
「どうせ、私に勝てないんでしょ」
すると
そしてその姿を
「じゃ、この先で待ってるよ」
そして、その姿も消える。
唖然とする
「まったく…………相変わらず
それに返す
「
すると、二人の後ろから
「行きましょう……急がないと…………」
二人が振り返ると、
何かを覚悟した目だった。
☆
マンションは完全にパニックと化していた。
総ての部屋で次々と誰かが異常行動を起こし、それを
そして異常なほどの負の念を感じた。
──……〝
「早くなんとかして! 私はこっちで手一杯だから!」
「…………そういうことか」
見上げた
そこで両膝を着く。
目を閉じて両手の指を絡ませた。
しだいに、周囲の負の念とは違う感覚が少しずつ空気に混ざり始めていった。
目に見えるものではない。
それでも確かに
二人も膝を着き、地面に水晶を持った左手を押し当てる。
空気が変わった。
不思議と、周りの雑音も消えていく。
そして
「……これは…………集団心理が作り出したもの…………」
それに返したのは目を
「──それを作り出したのは、私です…………私が〝
しっかりとした
「……ただの人間だからさ…………99.9%ね…………特別な人なんていないよ…………」
三人の静寂の中に、階段をゆっくりと降りてくる足音。
そして
「あんな所で足止めされてんじゃないわよ。ま、来てくれたおかげでなんとかなったけど」
「こっちもおかげで助かったわ。
「今時だよねえ…………で、この
最初に口を開いたのは
「あなた、強いね」
「いえ、私はまだ未熟者です。皆さんに助けて頂きました」
「ま、何かあったらいつでも呼んでよ」
「はい。ありがとうございます」
しかし、すぐにその顔が曇る。
「ですが…………亡くなった方が三名もいらっしゃいます…………まだ増えるかもしれません…………」
「大丈夫。これ以上は増えないよ」
「しかし…………」
「私が保証する。でも……後始末をするのは、あなただよ」
その
「…………辞めちゃダメだよ。いい人見つけて結婚して……必ず神社を盛り上げていくの。自分の罪を常に認識しながらね。それは生きてるから出来ること。今までだって、会ったことのないような人たちのお墓を守ってきたんでしょ。あなたなら出来るなんて無責任なことは言わない。でも…………責任は取らなきゃね」
☆
二週間後。
再び山の中の一軒家に四人が揃っていた。
少し遅めの朝。
コーヒーの香りがリビングから縁側を経由して外にまで広がっていた。
「うん、そういう寄付金の税金とかどうなるのかなって思って……ごめんね。ちょっと調べてくれる?」
電話の相手は
リビングのソファーでは
「これをあの神社のポストにでもこっそり入れてきてもらえる? これだけあれば道路も動かせるよ」
すると
「中身は知らないことにしておきます」
そして電話を切った
「みっちゃんが知らないフリして神社に行ってみるってさ。行政にも掛け合ってくれるって。道路のこと」
「さすがだねえ。後でボトルの一本でもご馳走してあげてよ」
「仕方ないわねえ。
その直後に叫び声を上げたのは
「げっ!
その声に、食事中の三匹の猫が一斉に顔を上げる。
それを見ながら
「あら、良かったじゃない。彼氏いないって言ってたのに」
そして
つい言葉を漏らす。
「あっ……あの時のイケメン警官だ。……って、なんで
「別に…………ちょっといい男だなって思っただけよ…………」
しだいに小さくなる声のまま、
当然のように満面の笑みの
「そろそろ
「一人でいいわよ一人で」
「予備」
「いらない」
そう応えた
「かなざくらの古屋敷」
〜 第十七部「数珠通りの坂」終 〜
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