第十七部「数珠通りの坂」第2話 (修正版)
この日、
当主の
それでも二番手の
「
「
「左様で…………〝
古くから
それ以来、神社を建てただけではなく、
「何か、問題でも…………?」
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……はい…………〝
すると、
肩越しに
「……その〝揺らぎ〟とは…………」
「恐らくは…………〝ヒルコ様〟かと…………」
その直後に動いたのは
しかし口を開いたのは
「……いいでしょう…………」
「では、なにとぞよしなに…………」
その夜。
「ご苦労様でした……今夜の
「なに…………あの程度、何ということもありません…………」
それでも、連日の業務に
その
「
「
「…………
その
「……分かるのですか…………?」
「はい…………常にアンテナは張っております……
「そうですか…………」
──……
そんな
「よろしいのですか?」
意外にも
「……やりなさい…………
「母上はどうなのですか?
その
そのまま
「
静かになった。
お互いに、次のお互いの言葉を待つ。
やがて、何かの覚悟を決めた
「…………あなたには…………あるのですか…………?」
☆
夕方。
空はすでにだいぶ暗い。
あちこちの街頭が灯り始めた頃、
マンションは四階建て。四角く中庭を囲むような作り。
4階 4部屋(分譲)
3階 4部屋(分譲)
2階 8部屋(賃貸)
1階 管理室・ロビー・ジム・カフェスペース
すいませんと声を返して通り過ぎてくれるならまだいい。無言で通り過ぎる人がほとんど。しかも一様に誰も表情が暗い。疲れているように見えた。それが心霊現象のせいか、マスコミのせいか、そこまでは分からない。
中の管理室の小窓から初老の管理人の鋭い視線まで感じる。
──……なかなかシビアだなあ…………
周囲にマスコミ関係者は見当たらなかった。マスコミとは言っても、すでに注目しているのはローカル局のみ。取り上げた程度。新しい動きがなければ何度も取材に来ることはないだろう。
マスコミで報道されている内容はラップ音や足音、金縛り、人影のようなものを室内で見た等、よくある怪談話レベル。ポルターガイストレベルならば水道管が原因のウォーターハンマー現象や建物の構造、低周波の作り出す振動、そういった物理現象で説明がつくものがほとんど。そこに集団の思い込みがプラスされると検証のしようがなくなるのでタチが悪い。結局のところは答えがはっきりしてしまうことがほとんどだが、どうにも
──……明日電話作戦しても難しそうだなあ…………
せっかく
──……一旦引くか…………
ビジネスホテルが一つ。カプセルホテルが数カ所あるだけ。決して観光客が来るような土地柄ではなかった。とはいえ、再開発に向けていくつかのホテルの建設予定はあるらしい。
今夜はそれほどお金を掛ける理由もない。
決して真新しい印象ではなかったが、料金もそれに見合った場所。
「女性専用のフロアありますけど」
若い受付の男が、パソコンに向いたまま慣れた感じで言う。
もちろん
「そうですね。そこでお願いします。チェックアウトの時に領収書もらえます?」
その
「いいですよ。マスコミの方ですか?」
「ああ……分かります?」
やっと男は顔を上げて返した。
「マスコミの人って独特なんですよね。なんとなく雰囲気が。変わった人が多い感じだし…………少し前まで多かったですから……あのマンションでしょ?」
「ええ、まあ」
「少し前も東京から来たって人たちいましたけど、あまりネタにならないってグチこぼして帰りましたよ。最近じゃお
「そうなんですか…………」
──……テレビに出た話はしてなかったな…………
そう思いながら
「
「そうそう。ああ、でも取材に行くなら気を付けたほうがいいですよ。〝
──……やっぱり差別意識があるのか…………
「そういえば、あの幽霊マンションってお寺があった所って聞きましたけど」
「話に聞いたことはあるけどホントかどうか……よく聞くじゃないですかそういうの。人が呪い殺されたりしない限りホラー映画のネタにはならないんじゃないですか」
──……熱が冷めてる感じ…………今回は小ぶりな記事で終わりかな…………
翌朝、
地元のマスコミに直接掛け合って情報を集めようと考えていた。
地元のテレビ局の報道映像は見ていた。住人数名のインタビュー映像を見せてもらった上で、テレビ局経由ならインタビューも可能かもしれないという可能性に賭けるしかない。
もちろんこのまま帰る気にもなれなかったというのが本音だった。
財布と名刺を手に受付に向かった。
まだ早い時間。受付周辺に人は少ない。受付の奥には昨夜の若い男。あのまま夜勤だったのだろう。
その男は
「ああ丁度よかった。あれ見てくださいよ」
男が指差す先にはカウンター奥の小さなテレビ。
そしてそこには、
〝幽霊マンションで焼身自殺〟
の文字。
「ホラー映画っぽくなってきましたよ」
そう言ってニヤニヤとする男を無視し、
「チップ込みで。お釣りはいらない」
車を停めていた平面駐車場までが遠く感じる。
その坂は通称〝
苛立ちながらもやっとマンションが見えてくると、そこにはパトカーが三台と救急車が二台。マスコミのワンボックスが一台と軽自動車が数台。マンション前の広い道路を埋め尽くしていた。
──……どうしてまだ救急車があるの? しかも二台…………
近付くと、現場の緊迫度が伝わってくる。
何度も警官と救急隊員が出入りしていた。
──……焼身自殺だけじゃないの?
──…………これじゃ簡単には入れそうにないな…………
周りに目をやると、道路にはテレビ局のワンボックス。さっき中継をしていた局のようで、大きなカメラを下げたカメラマンとマイクを持つ女性アナウンサー。
「さっき中継してたのって…………」
そう言いながら、出来るだけさりげなく名刺を差し出す。
二枚。いつものフリーライターとしての名詞と、出版社付きの名詞。こういう時は大きな会社の名前を出したほうが色々と仕事がしやすい。経験で
すると名刺を受け取った
「
その男性は鋭い目のままに口元に笑みを浮かべた。
「ご存知なんですか?」
「昔だけどな。新聞社時代に世話になったよ……こうなりゃ
すると男性は話を聞いていた女性アナウンサーに顔を向ける。
「────カナちゃん、説明してやってくれ。こっからの取材は面倒なことになりそうだ。情報収集も難しくなるだろうしな」
「ありがとうございます。助かります」
そして若い女性アナウンサーが説明を始めた。
「ご遺体はもう運ばれたみたいなんですけど、他にもトラブルがあったみたいで…………」
「トラブル? 焼身自殺って聞いてましたけど…………」
「ええ……そのご遺体の他に自殺未遂が一人と…………暴れてる人もいるって管理人さんが言ってました…………さっきの中継の後に聞いて…………」
その時、入り口からの大きな音に全員が顔を向ける。
救急隊員が担架と共に現れた。二台。一つは顔にまでシーツが被せられ、一つは
現場の緊迫感が上がる。
さらに上から女性の悲鳴。
全員が見上げると、三階の部屋のベランダで叫びながら飛び降りようとする女性。それを止める男性の姿。
警官が数名ロビーに走る。
そして
指を滑らした。
「あ……緊急です…………洒落にならないオカルト話かもしれません…………」
☆
町の規模の割に建物が大きいのは町役場と同じだった。
殺人事件ではないが、さすがにパトカーの出入りは多くなっていた。
そのためか、タクシーは警察署入り口の少し前で停まる。
「お姉さん、何だか随分とパトカーの出入りが凄いよ。道路脇にまで停まってるし……ここでもいいかい?」
タクシーの運転手が溜息混じりにそう言うと、センターコンソールに一万円札が一枚。
「いいわ。運転手さん優しいからお釣りは取っといて」
そう言ってタクシーを降りたのは────
「すいません、ありがとうございましたー」
その運転手の声を背中で聞き、続けてドアが閉まる音。
──…………ふーん……無駄な威圧感にも意味はあるんだろうけどさ…………
門までは五〇メートルもあるだろうか。
歩き始めると足音が高く鳴る。黒いゴスロリに合わせた黒いローファーは最近買った物。
──……この靴、やけに音がうるさいのよねえ…………
そんなことを思いながら門から入ると、玄関部分の自動ドアの左右には警官が二人。
その
「
警官はまだ若い。
「……え、ええ……そうです…………」
「マスコミの人たちは?」
「あ、はい……来てました…………」
「そう、分かった」
そしてその向こうの奥。
そこには
「あ!
なんとなく、反射的に
そして
「今終わりました。早かったですね」
もちろん
──……なにか分かる気がする……だからフリーか…………
「行きましょう。説明します」
☆
中庭に悲鳴が上がった。
いつもの朝。
まだ真夏までは早い。朝も過ごしやすい季節。その日も穏やかな朝のはずだった。
一人の女性の悲鳴に、空気が引き裂かれる。
まばらに部屋を出た他の住人の目に入るのは、中庭から上がる僅かな煙。
見下ろした視線の先にある炎は大きなものだった。
しかもその炎は中庭を激しく動き回る。
歩いていた。
両手を振りまわし、体をのけぞらせる。
一人の住人が風呂場のタライで水をかけた。しかし炎は動き回る。別の住人も続けて水を落とすが、炎の根を消すことが出来ないままに、それでもゆっくりと炎の動きが鈍くなった。
その時、一気にその炎が消える。
横には大きなバケツを持った管理人の姿。
辺りには煙と嫌な匂い。
「救急車呼びましたから‼︎」
息を切らした管理人の叫び声にも、住人たちの気持ちは落ち着かない。
緊迫感が全体を包む中、次の悲鳴。
二階の廊下に女性が飛び出す。
「──夫が…………夫が…………────!」
隣の部屋の住人が中を覗くと、そこには首を吊った男性の姿。
すると、三階の廊下に飛び出した別の男性が叫ぶ。
「──妻が倒れた! 救急車を呼んでくれ!」
緊迫感が生む静寂が、ザワつきに変わった。
静かなパニックが生まれる。
管理人は再び受話器を手に取った。
☆
地元のテレビ局も
そこのロビー。小さなテーブルが五つあるだけのカフェスペースに
「偶然だったんですけど、ここのディレクターさんが私の依頼先の編集長の知り合いでして」
缶コーヒーを開けながら
「どうも」
そこに
「相変わらずマスコミの人間ってぶっきらぼうよね」
「感情の塊じゃ仕事になりませんよ……あのくらいが丁度いいのかもしれません…………幽霊マンションの話に関してはさっき説明した通りなんですけど、とうとう犠牲者が出てしまったので、ここまでくるとさすがに…………」
「まあね。典型的な集団パニックだとは思うけど、いきなり死人が二人も出るとね」
「三人になりました…………さっき話した
「呪いで殺されたってするには無理があるね…………自殺の原因だってこれからでしょ? 単純に理由があった可能性だってあるし…………一度見てみるしかないか…………」
そこに
「昨日、マンションのお
「そっちは
その
「え⁉︎ 来てるんですか⁉︎」
「だから早く来れたのよ。
「じゃあ、あの神社って…………」
「うん…………
☆
そこは小さな神社だった。鳥居も取り立てて大きくはない。古めかしさはあったが、それは決して嫌な印象を伴うものではなかった。
鳥居の前に車五台ほどの駐車スペースがあったが、
聞いていた通り、横には古い墓地が広がる。確かに墓石も古いものばかりだ。それでも今でも整備された印象のある場所だ。明らかに人の手が入っている。
辺りにほのかに残る線香の香りが、不思議と二人の気持ちを落ち着かせた。
「……いい場所だね…………空気が綺麗…………」
車を降りてすぐに
「うん…………ここに嫌なものは存在しない…………」
鳥居から続く石畳も長くはない。すぐに本殿。周囲に背の高い木が無いせいか、狭い土地とはいえ開放感はある。
建物は奥に長い。奥は住居スペースも兼ねているのだろう。
賽銭箱を通した本殿の板戸は解放されていた。奥が伺える。板間に小さな祭壇と、その前に座布団が一つだけ。
「空気が綺麗なはずね」
そう言った
それまでの
気持ちが
二人が、ここが
その時、小さな足音が聞こえた。
若い長身の
「どうぞ、ゆっくりなさって下さい」
〝
しかし、そこに二人は〝影〟を見た。
最初に言葉を返したのは
「あの……実は…………少し聞きたいことがありまして…………」
この時、未沙はマスコミがマンションの話を聞きに来たのだろうと単純にそう思った。しかし
「よろしいですよ。どうぞお上がり下さい」
「今、お茶お持ちしますね」
そう言って奥に戻る。
終始笑顔の
それでも気を張り続けながら、二人は座布団に座る。いつものようにロングスカートの
「他にこの神社の方は…………」
「いえ、今は私だけです…………両親は去年交通事故で…………」
「そうでしたか……失礼しました」
「いえいえ、小さな神社ですから……一人でも別に困りことは御座いません」
明るく笑顔で返すが、
「でもこの町には他に神社は無いと聞きましたから、色々とお忙しいんじゃありませんか?」
「たまに地鎮祭とかお
僅かな違和感を覚えた
「いえ…………私たちは…………」
直後、隣の
「単刀直入に〝
「
嘘をついているようには見えなかった。
言葉に〝
──……本当に知らないのかもしれない…………
そう思った
「
「
そこに
「では…………水晶のことはご存知ありませんか?」
「……水晶…………ですか?」
不思議そうな表情の
僅かな陽の光が、水晶の小さな光の粒に反射する。
「……いえ…………私は存じませんが…………」
「……この子は…………真っ黒……………………」
「かなざくらの古屋敷」
〜 第十七部「数珠通りの坂」第3話(第十七部最終話)へつづく 〜
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