第十五部「偽りの罪」第1話 (修正版)
それは何度も繰り返された
幾度も幾度も
初めがいつなのかも分からない
☆
安政六年────一八五九年。
安政の大獄の翌年。
まだ血生臭い話ばかりが聞こえてくる時代だった。
村の中心ともなっていた豪商────
その
庭で突然倒れたまま呼吸が止まる。医者の診断は
治ることのない
そして家族に
イツヨの場合は特殊な例だった。もちろん
イツヨの兄、一〇才の
しかも死因はイツヨと全く同じもの。イツヨと
しかし更にその七日後、それはやっと家の中が落ち着いた頃だった。
全員が揃ったのは夕食時。いつの間にか四人だけになってしまったことをスミが口にし始める。
「急に寂しくなりましたね…………」
スミに決して悪気があったわけでは無いだろう。スミの素直な気持ちだった。しかし、それは後継を産むことを求められ続けたカヨにとっては、まるで自分を責められているかのようでもあった。
「申し訳ありませんお母様…………」
咄嗟にそう返すカヨの声は僅かに震えていた。
スミも反射的に返す。
「カヨさんのせいではありませんよ…………」
それを隣の
「その通りだ…………総てはあの────」
その言葉を
「父上。いくら
そして語尾を細めた。
妻のカヨは既に三〇近く。この時代としては子供を産むには高齢と言われる年齢。
そして、そのカヨが小さく咳き込んだ。
全員に嫌な悪寒が走る。
しかしその咳が止まらない。
一番恐怖を感じていたのはカヨ本人だっただろう。
そして、その恐怖が頂点に達する。
カヨは口と目を大きく開いたかと思うと、喉に手をやったまま畳に倒れ込んだ。
声にならない
「カヨ!」
叫んで近付こうとする
「近付いてはいかん!」
声と物音に驚いた使用人が
「来るな! 入ってきてはならん!」
そして、カヨが体の力を失う。
しばらく静寂が流れた。
やがて、座ったままのスミが立ち上がると、使用人に顔を向けて口を開いた。
「出来るだけ
その唇が震える。
しかし、しばらく経った後、その使用人は息を切らして戻る。
医者は来なかった。使用人の話では緊急の患者がいるからとのことだったが、その理由は明らかだった。
そして
「……あの
最終的に隣の村まで使用人を走らせた。やがてやってきた医者の診断結果は二人の孫と同じ。新しい形の
そして同時に多くのことを諦めざるを得なかった。
葬儀が続くことで、自然と村の中で噂が広がり始める。
それは
そしてその夜。
始まりは
就寝前。
「旦那様!
「医者を呼べ…………来てくれる医者なら誰でもいい…………どうせ…………」
そして、別の使用人の叫び声が屋敷内に響き渡った。
「旦那様! 奥様が!」
血の気が引いた。
スミは布団の上で体を仰け反らせて硬直したまま動かない。その体はすでに微動だにしなかった。
次は自分かもしれないという恐怖が全身に広がる中、
「触るな! 誰も触ってはならんぞ!」
──……このままで終わらせてなるものか…………
鬼の形相で狂気を振り撒く
若い女の使用人だった。
その使用人は、
「……お前は…………」
振り下ろす手に力を入れた時、使用人がその手を掴んで揉み合う。
使用人の女は闇雲に刀を奪おうとする。
使用人が刀を掴んだ。
そして、その刀は
幾度も幾度も突き刺さった。
やがて、
使用人は重くなった体を引きずるように数歩だけ
そのまま、力の限り、その刀の
苦しかった。
喉の奥から何かが込み上げてくる。
その中には、最後まで、悔しさと寂しさが渦巻いていた。
その
使用人の名前はイト────一六才。
☆
テーブルを挟んだいつものソファーの向かい側に、両手にコーヒーの紙コップを持った
「戻ってきてくれて助かったよ」
「最近はこれといった面白い記事もなくてな。唯一の人気のオカルト系を書ける奴がいねえ」
相変わらず、意見を投げかけることはあっても決して入り込み過ぎない。
「オカルトっていうより、最近は未解決事件とかのほうが人気ありそうですけどね。都市伝説とか」
「そうなのか? 最近は色々と流行り物が多くてわけが分からんな」
そう言って溜息と共に
実際のところ、インターネットの普及と共に人気のジャンルというものは細分化されるようになった。昔のように何かが
「でも、昔もオカルトブームってあったっていうじゃないですか。今じゃあんまりテレビは飛び付かなくなったみたいですけど」
「それもそうだな。考えてみりゃあの頃のテレビなんてメチャクチャだったぜ」
「ヤラセも当たり前だったって聞きますよ」
「テレビ側はあくまでエンタメだと思って番組を作りながら、でも視聴者はリアルなものを求めてた…………それなのに知識が無いからエンタメをリアルなものと勘違いする。結局リアリズムって知識が作るもんなんだろうな」
「かもしれませんね。でも今はネットのせいで知識ばっかりになっちゃって…………みんな頭でっかちな感じもしますけど。それもどうかと思いますよ」
「でも無知なままじゃリアリズムは追えないだろ?」
「今回はどうなんだろうなあ…………ネット記事で良ければオチしだいでは連載もありだな」
二人も取り立てて何が、というわけではなかったが、珍しく興味を抱いたことは事実。
「一応現在進行形のネタですから、ネットのほうが動きが早いかもしれませんね」
「いつもみたいに何かカラクリがありそうなのか? お前さんの記事はそういうのも人気だからな」
そう言った
もちろんそれは
しかし今回に限ってはまだ詳細は何も見えていない。
「怪談師のライブならまだしも、ただの怪談話じゃ誰も読んでくれませんからね。でも今回はまだその辺が分からなくて…………」
「幽霊話はあるんだろ?」
「一応……霊能力者が絡んでますからね。おかげでニュースになったようなものですから」
「ニュースになるほどの幽霊騒ぎねえ…………どこまでリアルな話に出来るかだな。お前さんの得意分野だろ?」
そう言いながら口角を上げる
「まあ、そうですけど…………」
☆
その屋敷は長い間に渡って廃墟と化していた。
それでも何十年もその大きな屋敷は、地元では〝
明治、大正、昭和、と、誰の管理も無いままに
屋敷に変化があったのは太平洋戦争が終わりに近付いていた昭和二〇年────一九四五年。
まさに終戦の直前。その地域に大規模な空襲があった。多くの地域と同様に大量の
戦後、崩壊した物は建物だけではない。行政までもが機能を失う。
終戦。
そのまま何年も後、やっと土地の整地及び開発が始まった。
その頃にはすでに、
やがて中核都市へと繋がる太い道路が作られる。
時は高度経済成長期。戦後の面影に、多くの国民が背を向けた。
時代の波に乗って住宅地開発が進み、遠くからも人々が移り住んだ。
そしてマイホームブームがそれを後押しする。
しかしまだ法整備が中途半端なままでのマイホームブームは、そのほとんどがいわゆるプレハブ工法。料金にとても見合わないような安い材質と
そして問題になったのはアスベスト。
日本語では
そしてそれが広がってから問題が湧き上がる。
昭和四〇年代後半────一九七〇年代。
アスベストを吸い込むことによる健康被害の実態が露わになり、建築会社や行政を一般の国民が訴えていくという事態に発展し、それはやがて全国の自治体に波及する。
アスベストの環境への悪影響も言われ始めると、完全にアスベストは悪者になった。
しかもそれは日本だけでなく世界的な問題となっていた。
かつて藤原家があった村も現在は〝
町民の多くが肺や呼吸器系の
やがて行政と建築会社が敗訴。
賠償金による改修や建替えが行われていくが、その裁判は何十年にも渡り、賠償金が降りた時はすでに平成────一九九〇年代。戦後の再開発で建てられた建物が多く、その老朽化の問題もあって建替えも多かった。
しかし、アスベストの健康被害は環境を変えたからと言って終わる物ではない。一度アスベストが理由で健康を害した者は、よほどでない限り慢性的な症状を引きずったまま生きていくことになる。事実として賠償問題は現在も続く。
しかし、アスベストとは違う健康被害が増え始めた。新しい住宅に暮らす新しく移り住んできた町民にもその被害は広がり始める。多くは頭痛や喉の痛み、アスベストのような呼吸器系に問題がある場合もあった。
原因は不明なまま。
そして同時に広がっていたのがオカルトブーム。
何かオカルト的な理由があるのでは、と言い始める人が出始めた。
そして一人の霊能力者が町に来たことでオカルトブームに拍車がかかる。
遠くからやってきた霊能力者はその名前を〝
突然町を訪れた
「
しかしもちろん役場の職員は相手にしない。
それでもそれをテレビが報道したことで、苦しんでいた町民たちは
多くの家の庭で、日本人形のような和服でおかっぱ頭の女の子が
当然のようにマスコミは飛び付いた。
そのマスコミによって
町は完全にパニックになっていた。
☆
夕方。
雑誌社から
それでも
しかし今は違う。
ちなみに今夜のおかずは
全員の気持ちに少しだけ、ゆとりが生まれていた。
しばらくの間、色々なことが張り詰めていた。
あえて今のような時間を作って気持ちを休ませようと考えたのは、もちろん
残念ながら今週は、その
そんな中で
もちろん未だ殺された
「その使用人の呪いってこと?」
日中に
「そういうふうに言われてるみたいですね。むしろ殺された
「
「まあ、明治維新前の記録ですからねえ…………その記録自体が正確なのかどうか…………」
「当時の記録そのものが残ってるの?」
「はい。とは言っても、私も見たのは文献みたいな物だけですけどね」
「その死に方だと
そこに
さすがにゴスロリではなく上下スウェット姿。とはいえ柄は派手だった。
「でも問題は現代になって呼吸器系の病気が流行してることなんでしょ? 最初のアスベストは別に呪いとは関係ないよね。でも家が新しくなっても別の
返すのは
「確かにね…………今の段階だと、ただのオカルトブームが話を大きくしてる印象かなあ」
「町の歴史は分かったけどさあ……つまり土地そのものが呪われてるって話なんでしょ? ニュースにまでなったんじゃ全国から
そう言い放った
ガラスのお
「ああ、昔の
「うるさいわね」
しかしこんな相変わらずの
「確かに何人かは行ってるみたいですよ。幽霊騒ぎもありますからねえ。マスコミもそういう人たちが好きですし」
そう言った
「ただ、ニュースになる前に町に入った人が一人だけいるんですよ。他の人たちはニュースを見て集まった感じなんで…………どうなんでしょうね」
そこに返すのは
「その最初の霊能者って…………誰かに呼ばれたの?」
「どうなんでしょう……そこまでは…………」
「会う予定は?」
「明日会いに行ってきます。本人にアポは取りました」
そう言うと、
「ダメよ。食べなさい」
そこに
「そうだよ。体にいいんだから」
声の小さくなった
「ブロッコリーだけは…………」
「────私はブロッコリーの独特の食感と匂いがダメです」
キッパリと返す
「アボガド食べれるじゃない」
「全然違うじゃないですか」
「あれも独特じゃん」
「いえ違います」
断言する
「ブロッコリー食べたら明日一緒に着いてってあげる」
「ホントですか⁉︎」
しかしそれに返すのは
「よかったね
そして
「もちろん
「なんでよ⁉︎」
即答した
「だって…………こういうことはねえ」
そう返した
「気になってないとは言わせないよ。
「だって
「だいぶ行き詰まってるけどね…………向こうにも不思議なほど新しい動きはないし…………今週は
「でも来週には次の所に行くし…………」
事実、
あれから二ヶ月。何の動きもない。
しかもお互いにだった。
資料を調べつつも、
表情を曇らせた
「焦っちゃダメだよ
先が見えないから不安になる。先が見えないからこそ気持ちが急ぐ。
だからこそ
「
「かなざくらの古屋敷」
〜 第十五部「偽りの罪」第2話へつづく 〜
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