第十五部「偽りの罪」第1話 (修正版)

     それは何度も繰り返された

     幾度も幾度も

     初めがいつなのかも分からない





 安政六年────一八五九年。

 安政の大獄の翌年。

 まだ血生臭い話ばかりが聞こえてくる時代だった。

 村の中心ともなっていた豪商────藤原ふじわら家。

 その藤原ふじわら家の別館の庭で、当主、左衛門さえもんの孫、イツヨが亡くなった。

 よわいは五才。

 庭で突然倒れたまま呼吸が止まる。医者の診断は労咳ろうがいの症状に似ているが、突然症状が現れて死に至るような場合は見たことがないとのこと。労咳ろうがいとは現在でいう結核けっかく不治ふじやまいとされた。

 治ることのないやまいでありながら、近付くと感染が疑われることから、当時は病人の隔離や差別等の記録も多い。飛沫感染であることから隔離そのものは対策としては間違ってはいない。問題は治療法がなかったことだろう。そしてそこから生まれる差別が問題だった。しかしながら死に至るやまいである以上、当時のその流れを責められる人間はいないだろう。

 そして家族に労咳ろうがいが出ただけで、家族全員が家ごと焼き殺されるような事例まで言い伝えられている。決して明るい歴史ではない。

 イツヨの場合は特殊な例だった。もちろん左衛門さえもんは医者に口封じの為のお金を渡して帰らせる。

 イツヨの兄、一〇才の昭一しょういちが亡くなったのはそれから三日後。就寝後に亡くなったとみられ、朝に布団の中で目を見開き、口を大きく開けたまま冷たくなっていた。当然まだイツヨの葬儀が終わったばかり。立て続けであり、同時にいずれ跡取りとなる長男まで失ったことは藤原ふじわら家にとってはこれ以上無い悲劇だった。

 しかも死因はイツヨと全く同じもの。イツヨと昭一しょういちの父親であり、次の世継ぎである左衛門さえもんの息子────左平太さへいたはすぐに近くの神社から宮司を呼んで御祓おはらいを執り行った。

 しかし更にその七日後、それはやっと家の中が落ち着いた頃だった。

 左衛門さえもんと妻のスミ。息子の左平太さへいたとその妻のカヨ。

 全員が揃ったのは夕食時。いつの間にか四人だけになってしまったことをスミが口にし始める。

「急に寂しくなりましたね…………」

 スミに決して悪気があったわけでは無いだろう。スミの素直な気持ちだった。しかし、それは後継を産むことを求められ続けたカヨにとっては、まるで自分を責められているかのようでもあった。

「申し訳ありませんお母様…………」

 咄嗟にそう返すカヨの声は僅かに震えていた。

 スミも反射的に返す。

「カヨさんのせいではありませんよ…………」

 それを隣の左衛門さえもんが拾う。

「その通りだ…………総てはあの────」

 その言葉を左平太さへいたが強い言葉で遮る。

「父上。いくら遠戚えんせきからの頼みとあっても私は納得なりません。確かに私もカヨも次男を求めてはおりましたが…………」

 そして語尾を細めた。

 妻のカヨは既に三〇近く。この時代としては子供を産むには高齢と言われる年齢。

 そして、そのカヨが小さく咳き込んだ。

 全員に嫌な悪寒が走る。

 しかしその咳が止まらない。

 一番恐怖を感じていたのはカヨ本人だっただろう。

 そして、その恐怖が頂点に達する。

 カヨは口と目を大きく開いたかと思うと、喉に手をやったまま畳に倒れ込んだ。

 声にならない嗚咽おえつを漏らしながら、食事を乗せていた御膳おぜんを蹴り上げる。

「カヨ!」

 叫んで近付こうとする左平太さへいたそで左衛門さえもんが掴んだ。

「近付いてはいかん!」

 声と物音に驚いた使用人がふすまを開けると、再び左衛門さえもんが叫ぶ。

「来るな! 入ってきてはならん!」

 そして、カヨが体の力を失う。

 しばらく静寂が流れた。

 やがて、座ったままのスミが立ち上がると、使用人に顔を向けて口を開いた。

「出来るだけふすまを開けて…………医者を呼びに行きなさい……」

 その唇が震える。

 しかし、しばらく経った後、その使用人は息を切らして戻る。

 医者は来なかった。使用人の話では緊急の患者がいるからとのことだったが、その理由は明らかだった。

 そして左衛門さえもんが言葉を吐き出す。

「……あのやぶ医者め…………恐れをなしたか…………」

 最終的に隣の村まで使用人を走らせた。やがてやってきた医者の診断結果は二人の孫と同じ。新しい形の労咳ろうがいではないかと医者も恐れた。今回も金を渡して帰らせることになる。例え口止めをしても隣村まで情報が流れる事となれば、いつ噂が広がってもおかしくないと左衛門さえもんは考えていた。

 そして同時に多くのことを諦めざるを得なかった。

 葬儀が続くことで、自然と村の中で噂が広がり始める。

 それは労咳ろうがいの噂ではなかったが、あまりにも多い葬儀のせいか暗い噂ばかり。

 そしてその夜。

 始まりは左衛門さえもんの部屋に使用人が飛び込んできたことから始まった。

 就寝前。

「旦那様! 左平太さへいた様が!」

 左平太さへいたは入浴中に亡くなっていた。なかなか上がってこない左平太さへいたを心配した使用人が見付けて走った。

 左衛門さえもんが駆けつけると、左平太さへいたは既に湯船の中で口と目を大きく開いたまま冷たくなっている。

「医者を呼べ…………来てくれる医者なら誰でもいい…………どうせ…………」

 そして、別の使用人の叫び声が屋敷内に響き渡った。

「旦那様! 奥様が!」

 血の気が引いた。

 スミは布団の上で体を仰け反らせて硬直したまま動かない。その体はすでに微動だにしなかった。

 次は自分かもしれないという恐怖が全身に広がる中、左衛門さえもんが叫ぶ。

「触るな! 誰も触ってはならんぞ!」

 左衛門さえもんは仏間へと急ぐと、先代から譲り受けた日本刀を手に取った。その場でさやから抜くと、そのまま廊下を歩き始める。


 ──……このままで終わらせてなるものか…………


 鬼の形相で狂気を振り撒く左衛門さえもんの前に、やがて一人の使用人が現れた。

 若い女の使用人だった。

 その使用人は、左衛門さえもんに負けない程の鋭い目付きを向ける。

「……お前は…………」

 左衛門さえもんは言葉を漏らしながら刀を振り上げていた。

 振り下ろす手に力を入れた時、使用人がその手を掴んで揉み合う。

 使用人の女は闇雲に刀を奪おうとする。

 左衛門さえもんも力では負けなかったが、片足を踏み外した隙に、刀を握る力が緩む。

 使用人が刀を掴んだ。

 そして、その刀は左衛門さえもんの体に突き刺さる。

 幾度も幾度も突き刺さった。

 やがて、左衛門さえもんの体が動かなくなる。左衛門さえもんの体をまたいで立ったままの使用人の薄い着物は血塗ちまみれだった。すそからその血が滴り落ちる。

 使用人は重くなった体を引きずるように数歩だけ左衛門さえもんの体から離れると、刀の刃を持って逆さに。

 の頭を血に濡れた畳に着け、切先きっさきを自分の胸に当てた。

 そのまま、力の限り、その刀の切先きっさきに体重をかける。

 苦しかった。

 喉の奥から何かが込み上げてくる。

 その中には、最後まで、悔しさと寂しさが渦巻いていた。


 藤原ふじわら家はその村一番の豪商。

 その藤原ふじわら家に何らかの恨みを持った使用人が藤原ふじわら家に侵入して犯した犯罪とされた。

 使用人の名前はイト────一六才。

 藤原ふじわら家は血を絶たれ、そのまま屋敷は廃墟となった。





 杏奈あんなは打ち合わせのために雑誌社を訪れていた。

 テーブルを挟んだいつものソファーの向かい側に、両手にコーヒーの紙コップを持った岡崎おかざきが腰を降ろす。

「戻ってきてくれて助かったよ」

 杏奈あんなの前に紙コップを一つ置いて岡崎おかざきが続けた。

「最近はこれといった面白い記事もなくてな。唯一の人気のオカルト系を書ける奴がいねえ」

 相変わらず、意見を投げかけることはあっても決して入り込み過ぎない。杏奈あんなもあれ以来、内閣府の話はしていない。

 岡崎おかざきとしては杏奈あんなの身を案じていたのは事実。戻って来てくれてホッとしたというのが本音だった。杏奈あんな自身が無事ならば関わり過ぎる必要はないとも考えていた。それでも完全に不安が無くなったわけではない。

 杏奈あんなはコーヒーの紙コップに口をつけながら応える。

「オカルトっていうより、最近は未解決事件とかのほうが人気ありそうですけどね。都市伝説とか」

「そうなのか? 最近は色々と流行り物が多くてわけが分からんな」

 そう言って溜息と共に岡崎おかざき煙草たばこに火を点けた。

 実際のところ、インターネットの普及と共に人気のジャンルというものは細分化されるようになった。昔のように何かが流行はやってすたれ、次に何かが流行はやるというものではない。多くのものが多重的に広まる。テレビの世界は未だに一つずつの流行りゅうこうを追いかけ、取り上げようとする。しかもネットのほうが情報の広がるスピードが早い。若者のテレビ離れを加速させる要因にもなっていた。

「でも、昔もオカルトブームってあったっていうじゃないですか。今じゃあんまりテレビは飛び付かなくなったみたいですけど」

 杏奈あんなのその問いかけに、岡崎おかざきも時代の変化を感じながら返していく。

「それもそうだな。考えてみりゃあの頃のテレビなんてメチャクチャだったぜ」

「ヤラセも当たり前だったって聞きますよ」

「テレビ側はあくまでエンタメだと思って番組を作りながら、でも視聴者はリアルなものを求めてた…………それなのに知識が無いからエンタメをリアルなものと勘違いする。結局リアリズムって知識が作るもんなんだろうな」

「かもしれませんね。でも今はネットのせいで知識ばっかりになっちゃって…………みんな頭でっかちな感じもしますけど。それもどうかと思いますよ」

「でも無知なままじゃリアリズムは追えないだろ?」

 岡崎おかざきはそう言いながら、テーブルに置かれた杏奈あんなの企画書を手に取って続ける。

「今回はどうなんだろうなあ…………ネット記事で良ければオチしだいでは連載もありだな」

 杏奈あんなもまだ直接取材したネタではない。それほどの情報があるわけではなかったが、可能な限りのニュース記事と文献を追いかけていた。それだけで岡崎おかざきに企画書を出すには杏奈あんなにも理由があった。それは一緒にニュースを見ていた萌江もえ西沙せいさが話に食いついてきたからに他ならない。

 二人も取り立てて何が、というわけではなかったが、珍しく興味を抱いたことは事実。

「一応現在進行形のネタですから、ネットのほうが動きが早いかもしれませんね」

「いつもみたいに何かカラクリがありそうなのか? お前さんの記事はそういうのも人気だからな」

 そう言った岡崎おかざきが身を乗り出す。

 もちろんそれは西沙せいさに始まり萌江もえ咲恵さきえの協力が大きかったが、表に出せるのは西沙せいさのみ。

 しかし今回に限ってはまだ詳細は何も見えていない。

「怪談師のライブならまだしも、ただの怪談話じゃ誰も読んでくれませんからね。でも今回はまだその辺が分からなくて…………」

「幽霊話はあるんだろ?」

「一応……霊能力者が絡んでますからね。おかげでニュースになったようなものですから」

「ニュースになるほどの幽霊騒ぎねえ…………どこまでリアルな話に出来るかだな。お前さんの得意分野だろ?」

 そう言いながら口角を上げる岡崎おかざきに、杏奈あんなはコーヒーを飲み干して返した。

「まあ、そうですけど…………」





 藤原ふじわら家は血を絶たれたまま。

 その屋敷は長い間に渡って廃墟と化していた。

 それでも何十年もその大きな屋敷は、地元では〝藤原ふじわら屋敷〟と呼ばれ続けた。

 明治、大正、昭和、と、誰の管理も無いままに風雨ふううさらされ続ける。

 屋敷に変化があったのは太平洋戦争が終わりに近付いていた昭和二〇年────一九四五年。

 まさに終戦の直前。その地域に大規模な空襲があった。多くの地域と同様に大量の焼夷弾しょういだんが降り注ぐ。古い日本家屋だらけの村は、藤原ふじわら家だけでなく周辺一帯が焼け野原となった。

 戦後、崩壊した物は建物だけではない。行政までもが機能を失う。

 終戦。

 そのまま何年も後、やっと土地の整地及び開発が始まった。

 その頃にはすでに、藤原ふじわら屋敷での惨劇を覚えている者は誰もいない。伝承としても忘れ去られていた。

 やがて中核都市へと繋がる太い道路が作られる。

 時は高度経済成長期。戦後の面影に、多くの国民が背を向けた。

 時代の波に乗って住宅地開発が進み、遠くからも人々が移り住んだ。

 そしてマイホームブームがそれを後押しする。

 しかしまだ法整備が中途半端なままでのマイホームブームは、そのほとんどがいわゆるプレハブ工法。料金にとても見合わないような安い材質と杜撰ずさんな建築が後々に様々な問題を引き起こしていく。しかしこの頃は、国民全員が浮き足立っていた。やがて訪れるバブル経済ですら、その現実に誰も気が付かないまま。

 そして問題になったのはアスベスト。

 日本語では石綿いしわたと言われる物だが、この時代に建築資材としてだけでなく車等、幅広く使われた物だ。メリットも多く耐火や防音に優れ、何より安価だった。その為、建物の壁を中心とした至る所に使われてきた。

 そしてそれが広がってから問題が湧き上がる。

 昭和四〇年代後半────一九七〇年代。

 アスベストを吸い込むことによる健康被害の実態が露わになり、建築会社や行政を一般の国民が訴えていくという事態に発展し、それはやがて全国の自治体に波及する。

 アスベストの環境への悪影響も言われ始めると、完全にアスベストは悪者になった。

 しかもそれは日本だけでなく世界的な問題となっていた。

 かつて藤原家があった村も現在は〝藤原町ふじわらちょう〟となっていたが、その町でもやはりアスベストは問題となっていた。

 町民の多くが肺や呼吸器系の疾患しっかんを抱え、行政を訴えていく。

 やがて行政と建築会社が敗訴。

 賠償金による改修や建替えが行われていくが、その裁判は何十年にも渡り、賠償金が降りた時はすでに平成────一九九〇年代。戦後の再開発で建てられた建物が多く、その老朽化の問題もあって建替えも多かった。

 しかし、アスベストの健康被害は環境を変えたからと言って終わる物ではない。一度アスベストが理由で健康を害した者は、よほどでない限り慢性的な症状を引きずったまま生きていくことになる。事実として賠償問題は現在も続く。

 しかし、アスベストとは違う健康被害が増え始めた。新しい住宅に暮らす新しく移り住んできた町民にもその被害は広がり始める。多くは頭痛や喉の痛み、アスベストのような呼吸器系に問題がある場合もあった。

 原因は不明なまま。

 そして同時に広がっていたのがオカルトブーム。

 何かオカルト的な理由があるのでは、と言い始める人が出始めた。

 そして一人の霊能力者が町に来たことでオカルトブームに拍車がかかる。

 遠くからやってきた霊能力者はその名前を〝早江さえ〟と言った。ローカルテレビ局がオカルトブームに乗る前。まだ報道的にはアスベストの賠償問題と謎の健康被害を取り扱っていただけの頃。

 突然町を訪れた早江さえは町役場に顔を出す。

藤原ふじわら家の呪いをおさめに参りました」

 しかしもちろん役場の職員は相手にしない。

 それでもそれをテレビが報道したことで、苦しんでいた町民たちは早江さえにすがった。

 早江さえが一軒一軒を回り始めた頃には心霊現象も多発。

 多くの家の庭で、日本人形のような和服でおかっぱ頭の女の子がまりをついている姿が目撃されるようになる。

 当然のようにマスコミは飛び付いた。

 そのマスコミによって藤原ふじわら家の呪いが掘り起こされ、いつしか呪われた町として有名になる。

 町は完全にパニックになっていた。





 夕方。

 雑誌社から杏奈あんなの新しい住まいである山の中の萌江もえの家までは車で一時間以上。

 それでも杏奈あんなは帰宅してみんなで食事を取る時間が好きだった。思えば長い期間、自宅で誰かと食事を取るということがなかった。外で誰かと、は仕事の絡みでたまにあった。しかし基本的にはアパートで一人。もしくは仕事中に車の中や雑誌社のオフィス。

 しかし今は違う。萌江もえの家で一緒に暮らすようになってからは、みんなと食卓を囲むことが楽しみになっていた。しかも西沙せいさも一緒にいる。

 ちなみに今夜のおかずは真鱈まだいのソテーにバジルソースえ。萌江もえの影響なのか、最近は西沙せいさ杏奈あんなも料理に興味を持ったほど。

 全員の気持ちに少しだけ、ゆとりが生まれていた。

 しばらくの間、色々なことが張り詰めていた。

 あえて今のような時間を作って気持ちを休ませようと考えたのは、もちろん萌江もえ咲恵さきえ西沙せいさにも杏奈あんなにも、あまりにも辛い現実が続いていたからだ。

 残念ながら今週は、その咲恵さきえはいない。咲恵さきえは隔週で店に出るようになっていた。一週間ごとに帰ってくる。とは言っても三人で店に飲みに行って咲恵さきえのマンションに泊まり込むこともしばしば。それも杏奈あんなには楽しかった。

 そんな中で杏奈あんなも久しぶりのネタを見付け、久しぶりに仕事復帰をしようと考えた。

 もちろん未だ殺された佐々岡ささおかの面影が頭から消えたわけではない。死に目に会ったわけでも葬儀に出席したわけでもない。今でも突然電話が来るのではないかと不思議な感覚に囚われる時がある。その度に懸命にその想いを振り切った。しかしまだ、スマートフォンのアドレス帳から名前を消せてはいない。

「その使用人の呪いってこと?」

 日中に杏奈あんながかき集めた情報を聞いて、最初にそう質問を投げかけたのは萌江もえだった。

「そういうふうに言われてるみたいですね。むしろ殺された藤原ふじわら家の呪いっていうほうがしっくりしますけど、その使用人の藤原ふじわら家への恨みが不明なままなんですよねえ」

 杏奈あんなはそう返してはしを置くと、缶ビールを手にする。

 萌江もえがすぐに返した。

藤原ふじわら家当主以外の死因もよく分からないよね。一応記録上は結核けっかくってことになってるんでしょ?」

「まあ、明治維新前の記録ですからねえ…………その記録自体が正確なのかどうか…………」

「当時の記録そのものが残ってるの?」

「はい。とは言っても、私も見たのは文献みたいな物だけですけどね」

「その死に方だと結核けっかくっていうより毒物みたいだけどね」

 そこに杏奈あんなの隣の西沙せいさが挟まる。

 さすがにゴスロリではなく上下スウェット姿。とはいえ柄は派手だった。

「でも問題は現代になって呼吸器系の病気が流行してることなんでしょ? 最初のアスベストは別に呪いとは関係ないよね。でも家が新しくなっても別の疾患しっかんが広がったから呪いだって言うの? なんだかしっくりこないなあ…………」

 返すのは萌江もえ

「確かにね…………今の段階だと、ただのオカルトブームが話を大きくしてる印象かなあ」

「町の歴史は分かったけどさあ……つまり土地そのものが呪われてるって話なんでしょ? ニュースにまでなったんじゃ全国から胡散臭うさんくさい霊能力者が集まって来てるんじゃないの?」

 そう言い放った西沙せいさは一人だけいつも日本酒を飲む。ビールは苦手。最近は春の終わりと共に冷酒を楽しむようになっていた。

 ガラスのお猪口ちょこに冷酒を注いだ西沙せいさに返したのは缶ビールを飲みながらの萌江もえ

「ああ、昔の西沙せいさみたいな感じね」

「うるさいわね」

 しかしこんな相変わらずの萌江もえ西沙せいさのやりとりですら杏奈あんなにとっては微笑ましい。

「確かに何人かは行ってるみたいですよ。幽霊騒ぎもありますからねえ。マスコミもそういう人たちが好きですし」

 そう言った杏奈あんなが説明を続ける。

「ただ、ニュースになる前に町に入った人が一人だけいるんですよ。他の人たちはニュースを見て集まった感じなんで…………どうなんでしょうね」

 そこに返すのは萌江もえ

「その最初の霊能者って…………誰かに呼ばれたの?」

「どうなんでしょう……そこまでは…………」

「会う予定は?」

「明日会いに行ってきます。本人にアポは取りました」

 そう言うと、杏奈あんなは自分の皿のブロッコリーをはし西沙せいさの皿に移す。

「ダメよ。食べなさい」

 西沙せいさがブロッコリーを杏奈あんなに戻す。

 そこに萌江もえ

「そうだよ。体にいいんだから」

 声の小さくなった杏奈あんなが即答した。

「ブロッコリーだけは…………」

 杏奈あんなが何よりも嫌いな食べ物。杏奈あんなの唯一食べられない物だった。

「────私はブロッコリーの独特の食感と匂いがダメです」

 キッパリと返す杏奈あんなに返すのは西沙せいさ

「アボガド食べれるじゃない」

「全然違うじゃないですか」

「あれも独特じゃん」

「いえ違います」

 断言する杏奈あんなに、萌江もえが挟まる。

「ブロッコリー食べたら明日一緒に着いてってあげる」

「ホントですか⁉︎」

 杏奈あんなが身を乗り出す。

 しかしそれに返すのは西沙せいさ

「よかったね杏奈あんな。頑張って食べな」

 そして萌江もえ

「もちろん西沙せいさも行くでしょ?」

「なんでよ⁉︎」

 即答した西沙せいさが目を見開いて萌江もえに顔を向ける。

「だって…………こういうことはねえ」

 そう返した萌江もえが笑みを浮かべながら続ける。

「気になってないとは言わせないよ。杏奈あんなちゃんを助けると思ってさ」

「だって清国会しんこくかいの調査だって…………」

「だいぶ行き詰まってるけどね…………向こうにも不思議なほど新しい動きはないし…………今週は咲恵さきえもいないから動けないしね」

「でも来週には次の所に行くし…………」

 事実、西沙せいさには焦りがあった。自分でも分かってはいる。

 あれから二ヶ月。何の動きもない。

 しかもお互いにだった。

 清国会しんこくかい側からのアクションは無い。

 資料を調べつつも、萌江もえも動こうとしない。そしてそれには何か必ず理由がある。それがいつもの流れだった。

 西沙せいさ杏奈あんなと同じく生活が楽しくないわけではない。しかしどこか焦りを感じるのは、やはり美由紀みゆきのことを意識してのことだった。美由紀みゆきのために引き下がらないと決めた。その気持ちに嘘はない。

 美由紀みゆき骨壷こつつぼ立坂たてさかから受け取り、部屋で毎日手を合わせ続けていた。

 表情を曇らせた西沙せいさを、萌江もえさとす。

「焦っちゃダメだよ西沙せいさ…………タイミングにも必ず理由はある。今回の一件も意味があるよ…………私の能力、忘れた? 完璧じゃないけどさ」

 萌江もえはやはり西沙せいさよりも明確に未来を見ることが出来た。

 西沙せいさも忘れていたわけではない。

 先が見えないから不安になる。先が見えないからこそ気持ちが急ぐ。

 だからこそ西沙せいさは、今回も萌江もえを信じようと思った。

杏奈あんながブロッコリー食べたらね」

 西沙せいさがそう言うと、隣の杏奈あんなが慌ててブロッコリーを口に入れた。





          「かなざくらの古屋敷」

      〜 第十五部「偽りの罪」第2話へつづく 〜

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