第九部「蛇の見る幻」後編 (修正版)
そしてその過程で、
──……この子は…………強すぎる…………
──……この圧力…………どこかで…………
しかしそれを思い出すことが出来ないまま、日々その圧力は大きくなっていった。
同時に
「
本殿裏の祭壇でその日の修行を終えたばかりの
「
「あの五人…………私と
「…………二人が…………救ったと…………」
──……私は…………とんでもない後継を産んだのか…………
次いで口を開いたのは
「母上…………私は……
すでに学校は再開されていた。
それでも一向に学校に来ない
あの場にいたことはすでに知れ渡っていた。しかもあの時、いつものように
まして神社の娘。オカルト好きな年齢の小学生が飛び付かないわけがなかった。
以前から自分は周囲に嫌悪されている存在だと感じていた
──……私は…………人を傷つける存在…………
しかしその時はたまたま周りに誰もいなかった。
顔を上げれば赤信号かどうかは確認できる。しかし
何も考えてはいなかった。
突如、横から聞こえるクラクション。
驚いて体を戻すも、その時、
道路の向かいで自分を見る人と、目が合う。
その人はフラフラと車道に進み出る。周囲にクラクションが鳴り響きその歩行者の直前で車が止まった。
その歩行者の体に謎の黒い影が絡みつく。
──……なに…………?
ただ、怖かった。
結局、学校に戻ったのはそれから一週間後。
もちろん生徒たちの間では〝黒い噂〟は収まっていない。しかし当然のように、そんな噂に教師たちは辟易していた。
「
五〇代の男性教師だった。
その教師は返事の無い
「立ちなさい」
「顔を上げなさい!」
教師の張り上げたその声に、
──…………やめて………………
ゆっくりと、
やがてその目は、黒板ではなく、教師の目に向けられた。
途端に、教師の全身が黒い影に覆われて見えた。
全身に汗を吹き出させた教師は廊下に飛び出し、廊下の窓から身を乗り出す。
それをたまたま通りがかった別の教師が止める。
それからは、教師も、さらには生徒も、誰とも目を合わせようとしない
☆
すでに操業が停止したまま三日目。熟練の職人からの不安の声はもちろん続いていた。
「お酒というものは……生き物なんです…………決して休んでいる間に冷凍庫で眠らせておける物ではありません…………」
専務の話し方だけをとっても、会社の存続の危機であることが分かる。もちろん専務としても
「職人たちは入れ替わりでチェックをしてくれていますが…………いつまでもこのままでは会社の存続に関わります…………まさか降霊術などと……そんなもので会社を潰すわけにはいかないんです」
専務も未だに降霊術を信じていたわけではない。
それが普通の感性であることは
それでも工場は事実として動かないまま。もはや信じるかどうかではなかった。
専務の声が続いた。
「しかし…………〝先生〟ならなんとか出来ませんか…………?」
地元でちょっとした有名人になっていた
総ては会社のため。
そして
──……またか…………
降霊術という話を聞いていた時から予想はしていた。
気持ち的に少し苛々とした感情がありつつも、それを抑えながら
「これから……その最初の五名…………ここに連れてきてもらうことは出来ますか?」
「これから……ですか?」
「はい。少し強引かとは思いますが事は急がれたほうがいいでしょう。ここに連れてきて頂ければすぐに終わります…………一週間以内に工場は再開出来ますよ」
それを聞いた専務の表情が僅かに明るくなる。
それから専務は直接五人に連絡を取り始めた。
動かせる従業員数名にも連絡を取り、その五人の足になってもらい、最終的に五人が集まったのは午後三時。
別の応接室に集められた五人と対峙するのは
具合が悪そうに
「降霊術を度々行なっていたというのは…………事実ですか?」
すると、全員がまちまちに顔を見合わせ始めた。明らかに落ち着きがない。体調が悪いところで会社に連れてこられ、しかも目の前にはゴスロリ姿の霊能力者。冷静でいられるほうが不自然だろう。
しかし
やがて、男性の一人が口を開く。
「……そういうのが、好きで…………」
「降霊術?」
ついつい
別の男性が言葉を繋げた。
「オカルトっていうか…………」
「オカルト? まあ、私もその道で生きてる人間だから興味はなくはないですけど……」
その
「前にテレビでやってるの見て……それで興味があってやってみたくて……」
その言葉に、
「ちなみに最後にやったのは?」
それに対して、体調の悪かったはずの一人が意気揚々と語り出す。
「こっくりさんです…………動物霊って低級霊って言うじゃないですか…………それを降ろしてやってたんですが……どうやら終わらせ方が良くなかったみたいで……写真撮ったらオーブも写るし……毎晩夢に
この言葉に、
「動物って…………低級なの? じゃあ人間は? 人間は高級なの? 同じ動物なのに? 他の動物に対して上から目線? 人間って何様だよ。私に言わせれば人間のほうがよほど低級に見えるけど」
全員の目が泳ぎ始めた。
空気が変わる。
「いい加減にしてよ…………どこかで聞きかじった知識でオカルトに詳しいつもりになって、幽霊ってこういうものだとか、ああいうものだとか勝手にイメージを膨らませて思い込みの自己催眠で勝手に体調崩して周りに迷惑かけて…………オーブなんてただの
「降霊術なんてただの遊びなんだってば! ホントに幽霊が応えるなら十円玉に指なんか置かなくても動くでしょ⁉︎ いい歳してんだからその判別くらいしなさいよ! 〝
☆
そしてこの頃になると、
そして中学校でも虐めは続く。
すでに中学を卒業した
ある日、久しぶりに
廊下を歩くだけで、周りからの冷たい目線を感じた。視線を落としているにも関わらず、それも
小さな声も聞こえてくる。
それは決して
〝 バケモノがきた 〟
〝 人間じゃない 〟
〝 近付いたら殺される 〟
〝 ── 人殺し ──── 〟
「あ、バケモノだ」
聞き慣れた声。
虐めグループの一人の声。同じ小学校の子の声。
聞き間違うはずもない。
「人殺しが来た」
その声に、
無意識に顔を上げた。
首を回す。
声の主を見付けると、その目を見つめた。
一人が二階の窓から飛び降りる。
「人殺し────」
振り返った
一人が壁に体を叩き付ける。
周囲から悲鳴が上がった。
午後に
もちろん、物理的な証拠があるわけではない。
しかもその中心にいるのは
それでも、
自分の娘を疑いたくはない。
しかし感じたものは、母としての感情を潰すだけ。
当然、
物理的な証拠はなくても、これまでの経緯を考えると二人からの疑いももっともと言えた。
深夜までの荒業を終えた日の夜、
「
「あなたは……それを見たのですか?」
二人が
しかし〝母としての自分〟もいる。
しかし
「……いえ…………何度も感じました」
「あなたの程度で感じたものなど────」
「いえ母上」
そう言って
「
──……あの時の〝蛇〟だとしたら…………連れてきたのは…………
しかし、それを二人に伝えることはなぜか
それから丸二日。
そこは本殿の中心となる本祭壇とは別の準祭壇の一つ。
絶対に
──……あの時の〝蛇〟ならば…………これで……………………
どれだけの時間だっただろう。
もはや
やがて、
そして、やっと
そこに
「
その顔が
そのまま
「
そう言う
☆
酒造会社が操業を再開するまでは、
五人を説得した翌日には他の体調を崩していた従業員を含め、全従業員に向けて
今回のことは〝幽霊に取り
最近はこういう〝心霊〟とは無関係な仕事も増えた。幽霊がいるかいないか、ではない。
少なくとも今回の件は〝思い込み〟によるもので総ての説明が出来た。
もしもそれ以外ならば、
もちろん今のような考えに至ったのは、
──……お母さんの言った通りだね…………
しかしお
事務所そのものを違う形に移行していくことも考えた。しかしそれも何かが違うような気がしていた。幽霊や呪いや
自分でなければならないとは考えていない。
それでも、
今回の酒造会社からは謝礼を支払いたいとの申し出があった。
再び応接室で専務と話しながら、やはり
「大したことはしてないので…………」
──……この言葉、飽きたな
それでも相手には初めての言葉。
「いえ、そんなことはありません。解決をして頂いたのは事実です。お陰で製造ラインも無事に再稼働させることが出来ました」
純粋な感謝の言葉。
それでもやはりこの言葉を言ってしまう。
「私は50%……幽霊も呪いも
「しかし何か御礼をしたいと社長も申してまして…………」
「では…………こちらの日本酒を何本か頂けたらそれで…………」
「え……ええ……私どもは構いませんが…………」
「お酒好きな知り合いがいますし…………私もこちらのお酒は前から好きでしたので」
──……たまには、お礼しないとね…………
外の陽差しが、春が近付いていることを告げていた。
「かなざくらの古屋敷」
〜 第九部「蛇の見る幻」終 〜
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