第九部「蛇の見る幻」前編 (修正版)
総ては幻
しかし
それでもその幻は
多くの人生を動かす
☆
まだ春というには早い。
日々の気温の激しい変化に季節の訪れを感じる頃。
それでもたまに降る雪の粒には明らかに水分が増えていた。一粒一粒の重さも増す。地面に落ちた雪は最初はすぐに溶けて消えるが、消えかけたシャーベット状の地面はしだいに周囲を白く染めていく。
この時期の溶けやすい雪の影響がまさかの所に問題を発生させていた。
余程でない限り、なぜか
「まあたアンタたちは!」
「こっちおいで」
シャワーを浴びた猫たちがリビングを走り回ると、再び
「こら! 風邪引くでしょ!」
そしてリビングにバスタオルが舞う。
二人は
「よくお風呂嫌がらないよねえ」
「最初の頃から入れてたからかなあ…………寒い時期だったから暖かかったとか」
猫が最初に姿を表したのは、もうすぐ雪が降り始めそうな冬の始まりの頃だった。
その頃を思い出しながら、思わず笑みを浮かべる
「良かったじゃん。外で遊ぶのが好きな子たちだからねえ」
「でも不思議と敷地の柵からは外に出ないんだよね。だから安心してられるんだけどさ」
「不思議だねえ」
「外からの動物も入ってこないし…………ああ、でもこの子たちは入ってきたか…………」
「何かに守られてるのかな…………さ、だいぶ乾いたよ」
バスタオルから解放された猫たちは、すぐにいつものクッションの上で丸まり始め、それぞれの体を舐め始める。
二人はソファーに戻ると、溜息を吐きながら深く体を沈めた。
すると
「手は掛かるけど…………可愛いんだよねえ」
「そんなものかもね」
「あれ?」
すぐに
「今日って宅配は頼んでないはずだけど」
仕事柄外泊の多い
届いたのは重く長い箱。割れ物用のシールが貼られている。シールを眺めながらリビングに戻ってきた
「
「日本酒?」
二人で箱を開けると、日本酒の一升瓶が二本。
「そういえば、
「そうなの?」
ありがちな毛筆のラベルではなく、最近増えてきたシンプルなラベルがお洒落なデザイン。二人も好きなスタイルだ。
「へえ、これって高いやつじゃん。電話しとくか」
「この間の
日本酒のラベルを見ながら
「んー、どうしようかなって思ってた…………」
ソファーに体を沈める。
それは少し前のこと。
そして
「いずれ、分かる気もするけどね…………
「うん…………多分ね…………」
☆
一週間前。
とは言え、ある意味で
中学を卒業した
高校卒業後、
もちろん総ての後ろ盾は
最初の頃はその
その受付窓口でもある
その日も昼過ぎに帰ってきた
「お疲れ様……どうだった?」
いつも通り、素っ気ない。
しかしそれに軽く溜息を
「今日も簡単。最近心霊現象じゃない依頼が多過ぎて疲れるんだよねえ」
典型的な古いテナントビル。トイレと給湯室、小さなシャワールームがあるだけのワンルーム。それでも職種的には外に出ることが多いので問題はない。
せめてもと、
よくあるような祭壇のような物を置くでもなく、床にはフカフカのピンクのカーペットを敷き、ソファーのカバーから壁までゴスロリ系で揃えた。
しかも
「前は何でも無難にこなしてたのに……やっぱりあの人たちの影響?」
「まあ……ね。悔しいけどそんな感じかなあ」
しかも
もっとも、
もちろん
「カラコン…………最近新しいの買ってないけど…………」
「ああ…………無くなる前に注文しといてー」
「はーい」
例え相手には分からなくとも、未だに〝裸眼〟で人と目を合わせられない。
「まだ…………やっぱりカラコンあったほうがいい?」
そう言う
「んー…………気休めなのは分かるんだけどね…………サングラスってのも胡散臭いし…………」
「そっか…………注文しとくね」
「それより今日は相談があるのよ」
「ここの事務所の名前ってさあ、硬くない?」
マウスのクリック音を事務所内に響かせながら、モニターを見たままの
「……まあ…………柔らかくはないね」
「もう少しオシャレな名前に変えたほうがいいと思うのよ」
「
「世代間のギャップはあると思うの」
「せっかく今の名前で有名になったのに…………」
「有名になったのは私の名前だし…………」
「まあ…………」
その時、
「はい、
☆
その神社は遥か昔に作られていた。
地元の大きな神社から分社する形で作られた物。その神社を守る一家の中で強い力を持っていた巫女の一人が作った神社でもあった。
理由は〝
その
二人の姉は別の神社へと嫁いだ。必ず一人が継がなければいけないというわけではなく、それまでは二人や三人で継ぐこともあったという。
そして神社を継いだ
過去の例に漏れず、
ある時、一組の家族が神社に訪れた。
基本的に他の神社からの紹介がほとんどで、直接この神社にやってくる者は少ない。その家族も本家からの紹介だった。
お
──……この奥さんは、何かを隠している…………
一通りの
「お応えいただける範囲で構わないのですが…………ご両親から見られたご感想で構いません。ご夫婦仲のほうは……どうのように見られていましたでしょうか…………?」
その
「……実は……あまり良くはありませんで…………お恥ずかしながら、息子が何年か前に浮気をしまして…………それからは夫婦仲は冷めていたようです…………孫たちは何も知りません…………そして行方不明になる少し前にも新しい浮気をしてるのがバレたらしくて…………」
父は額の汗をハンカチで拭きながら視線を落とした。
横の母が言葉を繋げる。
「嫁が…………興信所に調べさせていたみたいで…………」
その言葉を
「結論部分は分かりませんが…………私の見えたイメージは大きな橋です。だいぶ山奥ですね。真っ赤な橋と、その両サイドにはお地蔵さんが一体ずつ…………どちらも真っ赤な頭巾を被ったお地蔵様です。夜…………奥様と、もう一人の男性……おそらく…………私の名前を出して構いませんので、改めて警察のほうに伝えてください」
「その人が殺したよ」
家族の足が止まり、空気が凍りつく。
「橋から落として殺したの。まだ
翌日、妻が自ら出頭する。その日の内に夫の遺体が発見された。
「見えたの?」
「うん、見えたよ」
「
「ちがうよ。その前」
──…………前……?
「
あの時、高校生の息子が二人いたことを
「これからは、お母さんに先に伝えてくれる?」
「うん。いいよ」
その
──……この歳で…………この子は何もせずに見えている…………
それでも幼い頃から数々の修行を積んできた。中学を卒業してからは荒業も経験させられる。その上で現在の能力を手に入れた。
幼い頃に特に感の鋭い期間というものは存在する。何もしなければその能力が薄れていくことはよくあること。
その
逆に、修行をさせることでどこまで能力が高められるのか興味も沸く。
それから数年。
修行の始まる年齢でもある。すでに二人の姉は修行が始まっていた。
しかし
誰からも気持ち悪がられ、やがてイジメの対象となる。
そして
とある平日の午後、急遽小学校が休校になる。学校の連絡網をテレビ報道が補う。
四年生から六年生までの生徒五人が次々と二階の窓から飛び降りたという。全員が病院に運ばれて重症のまま。マスコミは〝集団ヒステリー〟〝集団パニック〟として報道を始めていた。
生徒が飛び降りた時の目撃者として、
そしてその夜、本殿に呼び出されたのは
「今日のこと? 友達だったの?」
祭壇の前で膝を曲げながら、
「とりあえずしばらくは学校もお休みになるみたいですから、三人でゆっくり休みなさい」
すると、
「…………あの五人…………私を虐めてた………………」
その言葉を受け、
しばらく考えてから口を開こうとした時、先に
「……あの時も虐められてた…………」
そして
「…………死んでしまえばいいと思った………………」
その両目からは、大粒の涙がこぼれ落ちていた。
詳細を聞き出してから、初めて
「……私は…………目を見ただけなの…………そしたら自分で窓を開けて…………」
「……誰の目も見たくない…………みんな私を怖がる…………」
大粒の涙を流しながら
その
二人は
翌日、五人の生徒は一命を取り留める。
☆
街の基幹産業の一つは日本酒だった。
元々県そのものが
その酒造会社も一〇〇名を超える従業員を抱える歴史の長い
機械化しているとはいえ、古くからの職人が関与せざるを得ない部分は確実に存在する繊細な世界。人の手で行わなければならない部分も多く、従業員は頭数ではなく〝人材〟として扱われていた。
当然一人が体調不良で一時的に現場を離れたからといってラインがストップするというわけではなかったが、続けざまに五人の従業員が休むとなれば不穏な噂話も浮かぶもの。
最初に
連休明けに電話を受けたのは現場主任。
「そうか……仕方ないな……無理をせずに休んでくれ……なに、現場は何とかするよ…………いやいや────」
すでに一〇年以上働いていたベテランでもあった。ズル休みをするような従業員でもない。事実、体調不良で休んだのは初めてのこと。病院に行っても貧血のようなものだろうと薬をもらうが一向に良くなる気配はないという。
休みも三日目となり、さすがに会社としても不安が過った頃、二人目が同じ症状で休み始める。あれよあれよと一週間ほどで五人が同じ症状で休む。
そして、いずれは八代目として会社を継ぐことになる若い専務に社長から調査の指示が飛ぶ。
休んでいたのは男性が四名、女性が一名。いずれも一〇年以上の勤務経験を持つ中堅社員。
待遇への不満があるのかとも考えたが、それよりは他社からの引き抜きを恐れた。
専務は個別に多くの従業員から情報を聞き出すしかないと判断した。
「降霊術⁉︎」
昼休みに捕まえた従業員の言葉に、思わず専務は声を上げていた。
「五人が仲がいいのは知ってますよね」
そう言って従業員の若い男性が続ける。
「しかもみんな〝オカルト好き〟で有名だったんですよ…………しかも休み始める何日か前に、降霊術がどうとか話してるのが聞こえましてね…………面白そうだったんで聞いてみたんですけど、コックリさんをやった話をしてて…………」
「そんな馬鹿げたことで体調不良なんて…………」
あまりに予想外な情報に、専務もそう応えながら、もちろん信じられるはずがない。
それからどの従業員に聞いても、五人は共にオカルト好きとして社内では有名だったという話ばかり。その五人が降霊術をすると盛り上がっても、仕事に真面目で社内での信頼も厚かった五人を
それで何かが起こるなどと真剣に考えもしなかったのは自然なこと。
それでも五人が定期的に降霊術を行なっていたという話が広がり始めたのはここ最近のことだったという。気が付いた時には社内にオカルトじみた噂が蔓延していた。
専務を含め会社的にそんな話を
おかしな噂が世間に広がる前に、会社としては問題を解決したかった。
しかし休む従業員が二〇名を超えた時にはさすがに工場のラインにも影響を及ぼし、一時的に操業を停止する決断をせざるを得なかった。
もはやおかしな噂話も無視は出来ない。
やがて会社の専務が相談を持ちかけたのは、会社と古くから繋がりのある税理士、
「かなざくらの古屋敷」
〜 第九部「蛇の見る幻」後編へつづく 〜
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